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着崩れ |
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瑞穂は毎年、新年に晴れ着を着る。
年に一度しか袖を通すしか機会が無いものの、きつく帯をしめ、しゃんと背筋を伸ばすと、それだけで気持ちが引き締まる気がする。
華やかでいて、見るからに職人達の手がかけられた絹織物は、ドレスではけっして味わえない晴れがましさを、毎年瑞穂にもたらしてくれる。
ましてや、ドレスのように簡単に新調できるものでもない。
祖父母から送られた蝶の柄の振袖も、母が若い頃に着ていたという総絞りの晴れ着も、いずれも等しく瑞穂のお気に入りだった。
この新年も、早起きなど苦にならない弾んだ気持ちで朝一番に着付を始めた。
「あっ………」
するり、と肩に白い長襦袢の生地を滑らせた瞬間、体の奥に見えない火花が散ったような気がした。
「あら、瑞穂。長襦袢を先につけちゃだめでしょ。こっちの肌襦袢が先よ」
毎年の事だけに、襦袢と裾よけぐらいは母の手を借りず、自分でつけている。
めずらしく順序を間違え、おぼつかない手元で腰紐を結わえている娘に、晴れ着を用意して待っていた母は
「年に一度だとやっぱり忘れちゃうかしらね。そろそろ着付けのお教室でも通ってみる?」
などと、よもや娘があらぬ感触に戸惑っているなどとは夢にも思わぬ顔で、のどかに微笑った。
最近ではブラとショーツをつけたまま着物を着付けてもらう人も多いらしいが、瑞穂は昔ながらに全裸の上にまとうことにしている。
昔気質と笑われても、着物のための下着として襦袢や裾よけがあるのだから、下には何もつけないのが一番正しいと思う。
毎年のように身につけている長襦袢であるのに、今年は常に無くその肌に馴染んだなめらかさを1日意識せずにはいられない。
そして、着物の布を幾重にも重ね分厚い帯で締め上げた鎧のような強固さとは裏腹に、袖の下、身八つ口と呼ばれている開いた部分から手を入れてしまえば、すぐ素肌…しかも乳房に触れることができてしまう無防備さに思い当たると、つかの間おぼつかない心持ちを味わった。
(今までこんなこと意識したことなどなかったのに………。)
自分は変わってしまったのだろうか。
夜、自分の部屋で息苦しい帯を解き、肩から晴れ着を滑り落としながら、瑞穂は人知れず深いため息を漏らした。
しわにならないよう、脱いだ着物は手早く和装用の長いハンガーにかけ、壁際に吊るしておく。1日ほどこうして風を通したのち、この晴れ着はまた来年か再来年の新年までの長い眠りにつく。
腰紐をほどいて長襦袢と裾よけをはずし、ガーゼの肌襦袢まで落としてしまうと、肌を包むものはもう何もない。
まだ冷たい冬の夜気の中で、不自然に火照ってしまっている自分の体。
瑞穂は、ゆっくりとした動作で白い長襦袢を拾い上げ、ふたたび肌の上に直に袖を通した。そして、薄い生地の胸元をかき合せる。
それは寒さのためだけではない、そのしなやかな布の感触がもたらす、甘い痺れを味わうための動作だった。
肌の上をすべるしなやかななめらかさを感じ取った肌は、素早く記憶の底からよく似た感触を引き出してくる。改めて考えてみなくても、この火照りを呼び起こす感触が何に酷似しているのか、痛いくらいにわかっていた。
身じろぎするたび脳裏に浮かんだのは、まぎれもなく熱い男の肌と触れ合う淫らな記憶だった。
はぁ…、と白い呼気が、桜色に染まった唇からたちのぼる。
今日一日、ひっきりなしに体中を撫で回されていたような錯覚に溺れて、挨拶にきていた親戚にどうやって答えていたのか、思い出せない。
まろみを帯びて重たげな白い乳房も、華奢なわりにはしっかりと張り出した臀部も、ゆるく布地に擦れるたび、甘い熱を足の間の奥底に送り続けた。
(こんなこと、いけない……)
そう思いながら、腕はなめらかな布に包まれた自分の体をきつく抱きしめ、足元から畳の上にくずおれてしまう。
白く伸びやかな足を広がった白襦袢の上にすべらせて、袂をかき合せていたはずの手はいつのまにか布地の下、豊かな隆起の輪郭をなぞるように動いていた。
(私………)
快楽と呼ぶにはあまりに淡い痺れの中で、ぼんやりと考える。
今日一日思い浮かべていた肌の感触は、一体誰のものだったのだろう。
自分を組み伏せ、冷ややかに見下ろす視線と言葉とは裏腹に、焼ける様な灼熱の快楽を教え込んだ医師の引き締まったそれであったのか。
それとも、決して無理強いはしないものの、巧みな手つきと甘い言葉で揺れる瑞穂の心を容易く支配する幼馴染の兄の温かい肌であったのか。
その一瞬の迷いをふりおとすように、頭を振る。
自分はきっと、淫らな女なのだ。
決して認めたくは無い、けれど高校生でありながら容易に複数の男の肌を思い浮かべることの出来てしまう自分を、淫らと言わずしてなんと言えばいいのだろう。
自分の厭わしい性分を責めながらも、肉の悦びを思い出して、つんと尖ってしまった淡いピンク色の乳首を嬲る指先を止めることができない。
「ぁ………っ」
部屋の淡い明かりでぼんやりと浮かび上がる白い生地の下に、手の動きにあわせて物欲しげに形をかえるはりつめた乳房の輪郭が透けている。
やがて、閉じられた部屋の中に甘い甘いため息と、交互に漏れる押し殺した吐息、そして音というにはあまりにかすかな水音の気配だけが響いていった。
Text written by Miru Sannnomiya