■ 休暇だより 〜 後ればせお年賀 〜
沢村様


「同窓会?」
「みたいなモノ。えーっと貴柾兄さん憶えてるかなぁ…小学校の頃やたらと私と喧嘩してた川根って子いたでしょ。こっちに引っ越してるんですって」
 元旦に一度だけ袖を通せた振袖とワンピースを壁に並べて見比べている私の後ろで、お茶のおかわりをしていた貴柾兄さんの手元で湯飲みががちゃんと鳴った。
「……。貴柾兄さん、どうしたの?」
「いや、ちょっと手が滑っただけだから」
 朱塗りの急須が割れたかを確認している貴柾兄さんをちらっと見てから私は壁にかけた2着の服に目を戻す。
 大晦日の大雪はしっかり根雪になってしまって外は雪と小道にはっきりと分かれていた。街に出れば雪は基本的に掃除してあると考えていいだろうから着物でも大丈夫だろうと思える。
「雪に振袖かぁ……どうしようかなぁ…」
 普通二十歳前に新調するものなのかもしれないけれど私の振袖は曾御婆ちゃんからの順々の御下がりなので、何となく着ないともったいないという事で元旦からしっかり着させて貰っていた。明治時代からの着物は古着に入るのかもしれないけれど結構高価なものらしいが、話によると新調しても振袖は成人式と結婚式のお呼ばれ程度しか袖を通さないという勿体ない話で親も着る機会があれば気まくる様に言っている。
「振袖、着ていけば? 駅まで送るよ。何なら街まででも送るし」
「でも座ると皺が入っちゃうからなぁ…どうしよう」
 初詣は近所の山にある小さな神社だったものでミニクーパの出番はなかった。着物の時はあまり車に乗りたくないのだけれど貴柾兄さんが妙に振袖を薦めている気がして、とりあえず私は炬燵に戻る。
「振袖、気に入ったの?」
「え? あ、ああ…とてもよく似合ってたよ」
 何故か唐突に質問されて驚いた様な声を出してから貴柾兄さんは篭の中の蜜柑を剥き始めた。8畳間は小さめな箪笥などもあってあまり広くはないのだけれど、でも男の人の一人暮らしというのはそう言うものなのか貴柾兄さんは基本的に荷物が少なくて、4人用の標準サイズの炬燵が部屋の中央を陣取っていてもあまり狭くは…感じてしまうかもしれない。背凭れ代わりに箪笥に背中を預けられるのは便利だけれど。
「? 何だか気のない返事してる」
「いや、似合ってたよ。何というか大人の女の人みたいだった」
「……。何だかそれとっても引っかかるんですけれどー」
 まだまだ子供っぽく見られているのかな?という疑惑が噴出して思わず唇を尖らせてしまいそうになってしまって、私は蜜柑を手にとって揉み始める。
 藤岡さんは何やら冬は帰省するらしく、結局帰った時には既にいなくなってしまっていた。なるほどこれではタイミングがずれている筈だと思う反面、何やらタイミングが良過ぎて作為的に感じなくもない。あんまりゴネるのも躊躇われてあの後約束を確認するワケにもいかず、私が帰ってからの貴柾兄さんの性欲処理の問題はどうなるんだろう。――結局障子の張り替えやら大家さんのお手伝いで共有部分の大掃除やらお餅つきやらですぐにうとうとして寝てしまっていて、あれから色っぽい事は実は何もしていなくて、とても気になってはいたりする。
「だから4日は朝から街にでて、御夕飯には帰ってくるつもりなの。映画見るとか言ってた」
「言ってたって他人事の様に」
 あれ?と私は不意に貴柾兄さんが少し不機嫌な事に気づく。
「どうしたの?貴柾兄さん」
「川根って、葵ちゃんのスカートをやたらとめくっていたガキ大将じゃなかったっけ?」

「葵変わったな」
「川根君も随分背が伸びた」
 何せ小学校以来なもので駅前の待ち合わせの場所で最初判らなかったくらいだった昔馴染みのガキ大将は、随分とかっこいい男の子に変わっていた。身長は180センチ以上になっていたけれど、目一杯頭のよさそうな顔つきに相変わらずの悪戯っぽい印象だけは残っている。
「しかし振袖で来るとは思わなかった」
「だって勿体ないじゃない?10回も着ない人が多いんですって」
「んー、そうだけど…いや……」
 ちょっと考え込んだ様子の後、不意に川根君が私の耳元に唇を寄せた。
「和装って下着つけないんじゃなかったっけ?」
 耳朶に触れそうな唇と囁きの空気に耳朶を撫でられて私はぞくっと身を震わせる。
「相変わらずセクハラ男ねー。……。ま、着物の伝統として西洋下着はなし、ですけれど」
「やっぱりそうかー。葵の性格からして伝統守ってるだろうなーと思った」
 腕を組んで一人納得している川根君の妙に真面目な風情に、私は吹き出しそうになる。小学時代に転校してしまったのだから5年ぶりの筈なのに、まるで同じ高校に通っている様に自然と話せてしまう不思議な雰囲気が楽しかった。実はほんの少し馴染めないのが怖かったのだけれど、でもそれは会って数秒で崩れてしまった…と言うか待ち合わせ場所でいきなりお尻を撫でられたら畏まり様がない。
「でも待ち合わせ場所でいきなりお尻撫でるのは危ない人だと思うの」
「いや、葵なら判ってくれると思って」
「振袖姿じゃなければ昔みたいにひっぱたいてたのに」
「ラッキー」
 軽いお調子者みたいな会話をしているけれど、よく見ていると振袖姿では歩きにくい場所を綺麗に避けてくれている川根君に、私は何となく感心する。選ぶ映画のセンスといいガキ大将のままの中身というのではなさそうだった。てっきりハリウッドのアクション大作かと思っていたのだけれど、久々の再会で選んだ映画は女性ウケのいいしっとりとしたラブロマンス物である。高校も県内で一・二を争う進学校で私を驚かせていた。

 朝から家を出たのだけれど街に着いたのは昼過ぎで、映画を見た後はもう夕方で、そろそろ少しだけおなかが空いてきた私に川根君が案内したのは、高校生同士としては洒落たこじんまりとしたイタリア料理店だった。
「ここ軽い物でも頼めるから。着物だとあまり腹に詰め込めないだろ?」
「え? あ、うん」
 高校生同士だからファーストフードも覚悟していた私は意外過ぎる選択についていけず、ちらちらと周囲を見回してしまう。
「意外?」
「うん」
 くくくっと笑う川根君は案内しているだけあって慣れているのか、イタリア語でしか書いていない手書きメニューから何やら注文していく。選択でイタリア語があるのか聞いてみた所、そうではないらしい。と、運ばれてきたワインのボトルに私はぎょっとしてしまう。
「ちょ、ちょっとー」
「まぁ御屠蘇だと思えばいいからさ。それにこのワイン、割に安いけど美味しいから飲んでみれば?」
 流石にソムリエなどのサービスはなく、洒落ているけれど気軽な雰囲気もあるお店は小声で話していれば結構目立たずに済む。コルクを開けたワインの口を差し出されて思わず反射的に持ってしまった私のグラスにとぷんとぷんと白ワインが注がれる。多少は口にしているけれど白ワインは辛口で苦手なのだけれどなーと思いながら乾杯して、口にした途端に私は思わず声を漏らす。
「わ、これ美味しいー」
「な。結構甘いんだこれ」
「……。でもメニューに値段書いてなかったよーな…イタリア語で書いてあった?」
「大体の予算話してあるから大丈夫」
「割り勘だからあんまり気張らないでよー」
「今日は俺の奢り。そっちも田舎から出てきて電車やらタクシーやらかかってるだろ?それに随分とお洒落してるから、そーなったら男が奢らないでどうするんだよ」
 おしゃべりしながら食べる食事も、揚げ春巻きの上に鶏肉とトマトなどの乗ったサラダも貝とキノコのグラタンも一口サイズになっていて随分と食べやすく、するすると胃に収まってしまう。再会が気まずかったのもあって妙に弾んでしまう話に、私は何度もワインを注いで貰ってしまっていた。
「葵さ、大学こっちなんだろ?」
「え……?んー、でも行きたいの教育学部なの。ないからなぁ……」
「学部新設されるの知らない?例の貴兄ちゃんの大学」
「……。えー!?」
「お前さ、少しは調べろよ」
 くくくっとクセのある笑いを浮かべる川根君に、グラスを持ったまま私は唸る。
 そうなると選択肢の中の最上位になるのだけれど、正直私の偏差値だと結構過酷なモノがあった。新設という事なので調べないといけないのだけれど、でもそうそう気軽に入学出来ると楽観出来るものではない。
「もしこっちに来るなら俺もフォロー出来るし」
「川根君、あの大学なの?」
「そう。まず99%」
「うー…気楽に言ってるなぁー」
 何杯もワインを飲んで少し温かくなっている身体に、頭の中がふわふわしていて心地よい。電車で駅まで帰らないといけない事を考えるとそろそろ抑えないとキツいな、と思いながら私はぺろっとワインを舐める。
 貴柾兄さんと同じ大学に入れるとなれば来年は気合いを入れて受験勉強をして、合格出来ればあの下宿に入れるかもしれない。親は寮よりも慣れている下宿の方が安心だろうし、私も外観を見ただけの近代的な寮よりも勝手知ったる下宿の方が気楽だった。――尤も、合格出来てからの話だけれど。
「しかし随分といいバイトしているの?こんな所も慣れてるみたいだけど」
「ちょっといい仕事をしてる。始めたばかりだけど」
「ライターさんとか?」
 一瞬貴柾兄さんを思い出して聞く私に、川根君は小さな袋を差し出してきた。思わず受け取って開けてみた私の目に一冊の文庫本が映る。カバーもついておらず、ただしおりの代わりに親展という無骨なスタンプ文字の打たれた厚めの紙が挟まれている。
「……。何、これ」
 本屋さんでちらっと見た事のあるアダルト書籍の可愛らしいけれど過激な表紙に、私は耳まで赤くなるのを感じながら川根君を見た。
「作者名」
「? ――えええええっ?」
「それ2冊目。この前1冊目の印税入ったから」
 貴柾兄さんの仕事は専門誌で私が読んでもちっとも判らないので一度ちらっと見ただけなのだけれど、アダルト小説というのは内容がしっかり判るだけに私は本と川根君を見比べてしまう。淫とか妖とか魔とかそういったキツいタイトルではなくて耳障りのいい気の利いたタイトルはいいのだけれど…表紙の女の子はどう見てもえっちそうな乱れた格好をしてしまっている。
「ど……ど、どーして」
「前からインタネで書いてはいたんだけれどね。高校生作家と言っても直木賞やら芥川賞とかそーゆーメジャー路線でないからまず脚光浴びないだろうなー」
「こーゆー本で脚光浴びてどうするのよ、それも名前ひらがなにしただけで」
「まぁウチの親はそーゆーの気にしないから。――だから、ただいまちょっとお金持ち」
 悪戯っぽく笑う川根君に、ぱらぱらっと中を見た私は挿絵の多い本の文章も確かにエッチな内容であるのを確認して文庫本を閉じる。ワイングラスを軽く揺らしてにっと笑う川根君に机に突っ伏したくなりながら、私は少し冷たい目をしてみた。
「セクハラ男だと思ってたけど、ここまですけべぇだったとは」
「葵に小学時代にお世話になったからなー」
「じゃあ印税少し回して」
「いいよー何杯でも飲ませてやろう」
 スカートめくりだけで何の足しになるのかな?と考えるけれど何やらそう言われるととんでもない下地作りに荷担してしまった気になってしまう。まぁ、小学時代の事なのだから当然その後にいろいろあってここまで至ってしまったのだろうけれど。貴柾兄さんといい、男というのはどこで何をしているのか判らないなと考えたら、急に貴柾兄さんと藤岡さんのあの声を思い出してしまって、私はくいっとグラスを空けた。
「お、いい飲みっぷり…ってそんなに水みたいに飲むなよなー」
「エロ作家、注ぎなさーい」
「あー、判ったわかった」
 ぽーっと頭に血が昇るのはあの濡れ場のせいだろうか、突き出したグラスに注がれるワインをひゃっくりをしながら見る私は、やっぱり辛口ワインの味が判らないお子様にしか見えないのかもしれない。
 ぽかぽかしてくる身体に振袖がとても疎ましくて、囚人の拘束具か何かの様に息苦しくて、ワンピースで来るべきだったなーと作戦ミスを感じながら私はゆらんと首を傾ける。何だか心配そうな表情の後、どうしようもないなーと呟く川根君の声に、お酒のにおいのする息をついて私は唇を尖らせた。

 冬の夕暮れというのは早くて、まだまだ早い時間なのに暗くなっていく街角の駅前通りのベンチで、私は妙に柔らかくて硬いモノの上に座っていた。ふわふわとしている感覚にぼんやりとしている私の肩を川根君の手が抑えてくれていて…私は川根君の膝の上に座って半分眠りこけてしまう。男性用コロンのにおいが少しこそばゆくて、背伸びと本当に大人びている事の違いをぼんやり頭の中で漂わせているだけで、結論を出そうという所にまで辿り着いてくれない。
「葵、ウエストにタオル巻いてる?」
「んー…? ううん…あれ…苦しいからきらい……」
「タオル巻かないと帯の形がなぁ…。まぁ…俺としては体型が判ってとても嬉しいけどさ」
「どーせ幼児体型とか……言うつもりなんでしょー…このロリコンー」
「ロリコンだったら幼児体型で喜ばないといけないだろうが」
「そっか……」
 こくんこくんと首が揺れてしまうのを持ち直しながら、私は重くなってきた瞼を閉じる。外気は寒い筈なのに身体が温かくて少しも寒さを感じないのは、膝の上の両手を川根君がインバネスの中で握ってくれてるからかもしれない。指の節がちょっと骨張っている手が温かいのが何だか不思議だった。あのガキ大将の手が大きいというのも不思議だったし、すぐにスカートをめくるわ悪戯をしてくるわの川根君がこんなに落ち着いているのも不思議でならない。とても眠くてことんと川根君にもたれて息をつく私の思考速度がどんどん落ちていく中、困った様なため息が一つ聞こえた。

 不意に身体が揺れて私はぼんやりと瞳を開ける。
「あれ……?」
 見覚えのあるミニクーパの助手席からの風景に瞼を擦った私は、珍しくラジオもかけていない車内に首を巡らせた。やはりというか当然の様に車を運転しているのは貴柾兄さんで、そしてほとんど街灯のない道は見覚えがなくて、いつ車に乗ったのか記憶がまったくない。
「いつの間に帰ってきたんだっけ……?」
「女の子が外で寝こけるまで酒を飲むんじゃない」
 珍しく、とても珍しく厳しい声を出す貴柾兄さんに私の意識が急にはっきりとしてきた。
「私、駅で寝てた?」
「いや、携帯電話で呼ばれて迎えに行った」
「駅まで?」
「いや、僕も用事があってあの街に出てたから」
 そう言って貴柾兄さんが視線を前から動かさないまま私の膝に携帯電話を落とす。猫のマスコットの付いているパールホワイトの携帯は私の物で、でも取り出した記憶はやっぱりなかった。
「……。あれぇ?」
「いきなり男から電話がかかってくる身になって考えて貰いたい。――心臓に悪い。親御さんに何と言ったらいいのか」
「あぁ川根君が連絡してくれたんだ…でも貴柾兄さん、相手はあの川根君だよ?」
 そう言えばやたらと眠かった間に、川根君に聞かれるままに携帯電話を渡したり、口紅を直して貰ったりした様な気がする。やっぱりいつの間にか色々な芸当を身につけているのか、ぼんやり感心した様な気がした。鞄に携帯を仕舞っていると文庫本の袋が入っているのが目に映って、飲んでいたのが夢でなかったなと確認出来る。飲み始めて少ししてからの記憶がとても曖昧で怪しいのは、機嫌の悪い貴柾兄さんには言わない方がいい気がした。
「会ったのは何年もぶりなんだろう? 男っていうのは結構変わるものなんだよ」
 そう言われると心配して貰えるのはありがたいのだけれど、でも頭にかちんとしてしまう。
 貴柾兄さんだっていつの間にかセックスフレンドなんていうモノを作っていて、しかも私が来る間はお預けというあの会話までしてしまっているではないか。それに比べれば川根君がエロ作家になっていたのは可愛げがある気がしてしまう。年単位でエロ作家になっているのに比べ、休暇毎に会ってたのにすぱっとセックスフレンドを作ってる方が変貌として凄くないだろうか。
「でもセックスフレンドを皆が作ってるワケじゃないですから」
 思わず不機嫌に口から出てしまった言葉に言い終わった瞬間に私は焦る。まだ少し酔っているのだろうか、一番言ってはいけない言葉で触れてはいけないと思うのは…やはり気にしている為なのかもしれない。
「じゃあ葵ちゃんは僕の性奴隷になってくれるのかい?僕はごめんだよ」
 売り言葉に買い言葉と言わんばかりに貴柾兄さんが言う。性奴隷という単語が一瞬判らないで考えてからその漢字が頭に浮かび、私の顔が熱くなる。奴隷という言葉が貴柾兄さんの口から出るのも意外だけれど、貴柾兄さんのセックスフレンドが性奴隷という何とも侮蔑的な響きなのが何だか嫌で、しかも即座に否定されたのが何故かよく判らない不愉快な感覚で私はフロントガラスを睨み付けた。
「性奴隷って何ですか、性奴隷って。奴隷なんて女性蔑視的なセックスが貴柾兄さんは好きなワケなの?人権無視のセックスに誰もが応じるとでも考えているとしたら大間違いだと思いますっ。何だか変な雑誌の読み過ぎみたい、そんなの嫌い」
「人の性的嗜好をとやかく言うのはよくないよ葵ちゃん」
「他者を奴隷扱いする人に言われたくないです」
「――葵ちゃん。僕は本気になれば君をいやらしいセックス浸けの牝奴隷に出来る自信、あるよ」
 口走ってしまっていた私は、少し低い声ではっきりと言われた貴柾兄さんの言葉に絶句する。
 しんと静まった車内に古びたミニクーパの危なっかしいエンジンとエアコンの音だけが篭もり、私は逆上していた頭の血がさーっと引いていくのを感じていた。それは私を大切だと言う貴柾兄さんへの信頼と、奴隷に牝の字までつけてしまう存在にまで私を堕落させてしまう事に自信がある貴柾兄さんへの認めたくない怯えが混ざり合って、どうすればいいのか判らなくなってしまう頼りない感覚だった。
 頑張って好かれたいのに、こんな時、自分がどうなればいいのかが少しも判らない。

「――お風呂、どうする? 家に帰ってからだと町営温泉はやっているけれど少し遅くなるよ」
「うん……」
 しばらくの気まずい沈黙の間につけられた小音量のラジオの番組が一つ変わってから貴柾兄さんが口を開く。貴柾兄さんとのエッチというのは想像するとどきどきする筈なのに、あの言葉からそれがとても怖く思えてしまう自分を扱いかねてしまう。所詮藤岡さんとは比べモノにならない子供という事なのだろうか、これが8歳の年齢差なのかもしれないけれど、でもその年齢差はどれだけ背伸びをしても埋められない…いや貴柾兄さんの知っているすべてを憶えれば埋まるものなのだろうか。
「振袖で町営温泉に行くのも何だから、一度帰ってからになるから今のうちに寝ておいていいよ」
「……。ホテルで、お風呂入ってもいいよ」
「肩肘張らないでいいんだよ」
 困った様な貴柾兄さんの言葉に、私はちいさく首を振る。
「エッチしたいんじゃなくって、ただ…抱っこして欲しいんだけど…駄目?」
 貴柾兄さんとセックスしてしまうのは怖いのに、昔みたいに抱っこして欲しい気持ちが先刻から強くて、小声で私はおねだりする。
 こんな事をしてしまうと更に子供扱いをされてしまいそうなのだけれど、でも昔からの関係がこの冬休みで壊れきってしまった様で時折不安になってしまう。多分人間関係というのは流動物で不変という事はないのだけれど、でも水面下の急な変化はそれが大切なものであればある程、私には不安だった。――それに大切というのは恋人とは違っていて、どの位置づけなのかが判らない。
「……。いいよ」
 ちらっと私を見てから貴柾兄さんは穏やかな声で答えてくれた。
 道の左右には雪が積もっていて、冷えた空気の中フロントガラスの向こうには降ってきそうな程に星が輝いていた。自宅の方では3等星まで見えれば上等な星空がこちらでははっきりと見える。吸い込まれそうな深い夜空に月はなくて、それなのに雪は薄くぼんやりと闇の中で蒼く浮かび上がっていた。
 自分にとってこんなに気持ちのいい場所で、どうして自分は身動きが取れなくなってしまうのだろう。貴柾兄さんは無理強いをする事はないし、川根君は受験を応援してくれるし、誰も悪意も何もないのに自分勝手に自分を持て余してしまう、そんな状態に私は戸惑っていた。何かしたい事があるのだろうか。貴柾兄さんと恋人関係になりたいのか、となると自分でも踏ん切りが何故かつかない、それはセックスへの感覚の差なのかもしれないし、妹の様に可愛がって貰える状態への未練なのかもしれない。正直に感じるままに認識してしまえば、私が求めているのは性奴隷とかそういった世界ではなくてもっと優しくて穏やかなセックスで、常の貴柾兄さんとそれはあまりにも異なり過ぎていて気持ちがついていけてない。多分、これは贅沢な悩みというものなのだろう。認めたくはないけれど、背伸びをしてしまったツケというのが多分今私を圧迫している。
「25歳っていうのを葵ちゃんは大人だと考えているだろうけれど、案外子供じみた部分は残っていると僕は思うよ」
 そんな私の心の中を読む様に貴柾兄さんは語り出す。
「葵ちゃんは葵ちゃんのままで、僕は僕のままで歳月を重ねていけば自然と変わっていくだろうけれど、8歳の年齢差なんて20歳を越えてからの変化は人それぞれでしかないんだ。その意味、葵ちゃんの為に背伸びしている部分は僕にはあるよ」
「……。無理してる?」
「無理、かなぁ…。自分らしくないと思う部分もあるけれど、それが必要だと思うからサボろうとは思わないな。僭越ながら葵ちゃんにとって頼りになる人間でありたいと思うし、もしもそれが実行出来ているのなら、悪くない」
 言って欲しい事に当たっている様な当たっていない様な微妙な感覚に、私は今以上帯が崩れない様に少し浮かしていた背をミニクーパのシートに預ける。
「自分がなりたいものと、自分の現状が判らない時って、貴柾兄さんならどうする?」
「その問いの正解は多分ないよ。人それぞれの解決法があるからね。自分の事を周囲に問いただして見つける人もいれば、見つけるまで何年も独自で構える人もいる。僕のやり方を葵ちゃんが聞いてそれを実践するのは薦められない」
「でも、いろいろと駄目になりそうで、怖い」
 自分との事だと言われていると判らない貴柾兄さんだとは思えないのだけれど、その口調はとても穏やかで講義を聴いている様に柔らかくて、そして踏み込んでくれない。
「僕は味方でありたいから、無理に葵ちゃんを曲げる様にし向けたくない。悔いが残るのは嫌だろう? ――でも、25歳の僕にもやりたい事や出来ない事もある事は、少しだけ憶えておいて欲しい」
「貴柾兄さんに、出来ない事?」
「葵ちゃんが無事か心配しないでいる事…かな。まずは」
「……。今日は心配をかけて、ごめんなさい」
 今まで謝り損ねていた事を思い出して、ぐちゃぐちゃになっている頭の中でそれだけは素直に、謝罪の言葉が出た。

 ソファの上に畳まれた振袖一式を視界の隅に見ながら、私は広いベッドの隅に膝をつく。お互いに別々にシャワーを浴びて、貴柾兄さんがバスローブ姿で横たわるベッドに、ゆっくりと乗って半分だけめくられた布団の中に身体を黙ったまま滑り込ませる。髪は洗った後にポニーテイルにしてまとめたけれどまだまだ湿っていて、一瞬躊躇った後私は貴柾兄さんの腕枕に頭を乗せて身体を寄せる。
 こんな状態でセックスなしなんておかしな話なのかもしれない。でも、昔みたいにぎゅっと抱きしめて欲しい気持ちはあって、そして、激しく交わる事は正直怖かった。
 ラブホテルではなくて途中の駅のビジネスホテルはとてもシンプルで、おかげで必要以上に緊張しないで済んだのかもしれない。ベッドサイドの柔らかい白熱灯を貴柾兄さんの手が消しかけて、私はバスローブの袖を引いてそれを止める。正月三が日を過ぎたビジネスホテルはあまり繁盛していないのか、とても静かだった。
 ゆっくりとベッドの中で貴柾兄さんの腕が私を抱き寄せる。
 幼い頃からおんぶや抱っこをしてくれた人なのに、その腕はいつの間にか大人の男の人のものになっていて、小学校にも通っていない頃の無条件の存在とはかなり違ってしまう。備え付けの同じシャンプーとボディソープを使った筈なのに、家のそれと違うだけで鼻をくすぐる匂いがこそばゆい。
「――葵ちゃん」
 不意にかけられた穏やかな声に、私は少し緊張したまま貴柾兄さんを見上げる。考えてみればバスローブ姿というのはその下は何もつけていなかったりするのだから、合わせからは少し身を捩るだけで脚が布団の中でこぼれてしまう。でも振り袖姿だったから下着は襦袢などしかなくて、流石にそれをバスローブの下に着けるセンスは持ち合わせていなかった。
「なぁに?」
「驚かせてごめん」
「……。確かに、驚きました」
 今日の事なのか帰省直後の事なのか、何だか今回の旅は妙に気忙しかった様な気がして、それを自覚した途端に私はどっと疲れた感覚に息を付く。
 お互いにバスタオル一枚でベッドで寝ているのに反省会の様な妙にしんみりとした空気になりつつある状態は若くないと思うのだけれど、でも私としては今は有り難かった。
「初体験って、いつ?」
「ぅ……。うーん…大学1年の春……」
「うわっ、こっちに来た途端じゃないですかー」
「高校は男子校だったから、初体験なんかしようがないじゃないか」
「まぁ…そうかもしれないけど」
 7年前となるとまだ私は10歳で、貴柾兄さん恋しくて夏休みに初めてこちらに来た時には相手は童貞を捨てていたという事になる。まぁ10歳では微妙な変化など気づきようがないだろうから、童貞でない貴柾兄さんに歓迎され続けてしまっている間に変化を完全に見過ごしてしまったのだろう。しみじみとこの人はロリコンでなかったのだなぁと思いながら、私は腕枕してもらってる頭をこりこりと左右に揺らす。
 大学1年でセックスを覚えたのなら、10歳の女の子が周囲でぱたぱたしていても眼中になかった盲点みたいなものになってしまってもおかしくないだろう。だとしたらいつから女性として見て貰えたのかな?と思うけれど、それを聞くと誘っている様な気がして私はじーっと貴柾兄さんを見るだけで済ませた。
「何人、知ってるの?」
「根掘り葉掘りだなぁ…葵ちゃん、そーゆーのはちょっと何だと思うよ?」苦笑いを浮かべた貴柾兄さんの顔が、ふとぽかんとしたものになる。「――ちょっとごめんね」
 そう言いバスローブの首筋を少しめくった貴柾兄さんの顔が不機嫌なモノになった。
「?」
「宣戦布告かー」
「? 何?なに?」
「ちょっと鏡で首筋見てごらん」
「う、うん……」
 楽しいのか怒っているのか判らない表情の貴柾兄さんに、私はベッドから抜け出て壁に備え付けてある姿見を覗き込む。サイドテーブルの白熱灯が灯ったままの室内は結構明るくて姿見に映る姿はほんの少し沈んでいるけれど見れないというレベルではなった。
 貴柾兄さんの前でバスローブをいじるのは多少躊躇われたけれど、そっと首筋の辺りをめくった私の目に、小さな赤い部分が映る。
「あ、虫さされ。雪が降っても虫っている………あ、もしかしてこれ振袖に何か虫ついてたって事?わ、どうしよう」
「違うちがう」
 ベッドの上で上半身を起こしていた貴柾兄さんが力無く突っ伏した。片膝を立てているバスローブ姿はやや胸元が開いていて、広い肩幅も相まって何だかとても大人の男の人らしい色香が漂っているのだけれど、その表情は少し不機嫌なやんちゃな感じでそのギャップに私の胸がどきんとする。常の貴柾兄さんは胸元がはだけたり落ち着きなく視線を彷徨わせたりせず、そんな悠然とした所が頼もしいのだけれど、こんな様子は逆に貴柾兄さんと私の年齢差を少し縮めてくれている気がした。
「それ、キスマークだよ」
「……。えー!? な、何でそんなモノが私の首についてるんですかー!」
「心当たりないなら、酔っぱらってる間、なんじゃないかと」
 妙に区切って言う貴柾兄さんの不機嫌な様子に配慮するよりも先に、私はテーブルの上に置いていた携帯電話を慌てて掴み、川根君の番号を呼び出す。
【葵、無事に帰れたか?】
「川根君っ!貴方何やってるのよー!」
 数回の呼び出し音の後、誰何もなしに聞こえた川根君の声に私は思わず怒鳴りつける。
【今頃気づいた?結構遅いなー】
「貴柾兄さんが言ってくれなかったら明日まで気づかなかったわよっ、このセクハラ男!」
【……。今言われて、気づいた?】
 楽しんでいる様子だった川根君の声の変化に私は言葉に詰まる。夜早めに酔い潰れて解散になったとしても、お風呂に交代で浸かったりしていたせいでちょっと時間が経ち過ぎていて、帰宅早々と言うにはタイミングがずれていた。まぁ下宿に戻ってご飯食べて町営温泉に行ったとなればこの時間でもおかしくないのだけれど、でもビジネスホテルに居る後ろめたさに私は反射的に逃げ腰になってしまう。
【ちゃんと帰ってる?】
「う…いろいろとありまして……。でも変な勘ぐりしないでよっ」
【怪しいなー。動揺してるの見え見え】
「電話なんだから見えないでしょっ。ともあれ何でこんな悪戯するのよ!馬鹿っ!」
【んー?俺、葵の事好きだからね。無防備に寝てるからつい】
「何が好……と、ともあれ!変な……ん……ぅっ」
 貴柾兄さんがベッドに居る事も忘れて逆上していた私は、不意に背後から抱きすくめられて身体を強張らせる。
 柔らかいバスローブの上から抱きしめる貴柾兄さんの手が、私の手から優しく、でもしっかりと携帯電話を取り上げる。
「――もしもし、川根君? 本日は葵ちゃんがお世話になりました」
 落ち着いた口調の貴柾兄さんだけれど、他の人との電話中に携帯を取り上げる事など本来する人ではなく、その穏やかな口調が何だか怖い。しばしの間の後社交辞令的な会話を返す貴柾兄さんの声を後ろ斜め上に聞きながら、私は硬直している身体でぎこちない呼吸を繰り返す。冗談とはいえ好きなどという言葉の含まれるやりとりを口にしかけてしまった事はとても気まずい。キスマークを酔い潰れている間につけられてしまうだけでもかなり怪しくて困るのに、川根君は本当に冗談が過ぎる。
「ひ……ぁ…っ!」
 背後から私を抱きすくめている貴柾兄さんの手にバスローブの上からゆっくりと胸を撫でられ、驚きのあまりに声を漏らしてしまった私は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
 私の胸をまさぐりながら何やらご馳走になってしまったお礼やら雪道の話をしている貴柾兄さんの声は少しも動揺しておらず、だけど…私の腰の上に当たっているモノはどんどん硬くなっていくのが判ってしまう。身長差もあってヒップよりも上に押しつけられているそれが、徐々に上に伸びていき、そして大きくなっていく。
 そんな肉体的反応を微塵も感じさせない会話を続ける貴柾兄さんに私は混乱する。川根君の悪戯を窘める事は流石に子供の喧嘩に親が口を挟む様なモノだから、しなくて当然なのだけれど、何故お礼の電話の最中にこんなえっちな事を私に仕掛けてくるのだろうか。川根君といい、何だかよくワケが判らない。
 貴柾兄さんの手は優しく胸を撫でている状態から徐々に大胆なものにかわっていき、柔らかいけれど薄手のタオル地の上から乳首をきゅっと摘み上げて捏ね回し、指の間に乳首を挟み込んだまま大きな円を描いて乳房を揉みしだく。すっかり猛々しくなってしまっている背中に当たっているモノの熱さがじわりとバスローブ越しに伝わってきて、胸の動悸が滅茶苦茶になっていく。まだ醒めきってない酔った感覚がぶり返してくるみたいに腰が火照ってしまう。
「ゃ…あ……っ、ね……貴柾兄さん…やめて……」
 電話先に聞こえない様に出来るだけ小声で囁きかけるのだけれど、私の携帯がどれだけ音を拾えるのかが持ち主だけれど判らない。電話の性能が悪い事を期待してしまうのは混乱しているのかもしれない。何とか貴柾兄さんの手をやんわりと解こうとしてみるけれど、羽交い締めに近い状態で少しも逃げられなかった。これは例の奴隷に出来る自信の裏打ちの一つなのだろうか。
 お尻を少しでも引っ込めて熱いモノとの密着を避けようと前に身体を反らせると胸を突き出してしまうし、どんどんむず痒くなっていく胸を何とか隠そうと身体を捻るとお尻の上の辺りが熱いモノを擦ってしまう。この状態で貴柾兄さんが悪戯してきているなんて川根君に知られては二人とも不名誉な話だというのに、何故か貴柾兄さんの手はとても卑猥に私の乳首を弄ぶ。
 肩で携帯電話を挟んで空いた貴柾兄さんの手が、ゆっくりとバスローブの胸元を開く。
「ひ……っ…やぁ……っ、駄目ですって…ばぁっ、貴柾兄さんっ」
「――じゃあ葵ちゃんに代わります」
「え……?」
 急に携帯を手渡され、呆然としたままそれを受け取った私は反射的に耳に当てた。
【葵? お前さ、今何時だと思ってる?】
「え……? え? あ…今……12時回ってる…。わぁ、ごめんなさい!」
 そう言えば落ち着いてから初めて時計を見たのかもしれない。カウンターの上の置き時計は12時を回っている。夜の10時過ぎに電話をかけてしまうのはどうしても必要な時でなければ避けるべきなのに、逆上して川根君にとんでもない時間に電話してしまったらしい。
【まぁいいけど。それにこーゆー事に慣れてないって判っただけで結構な収穫だし】
「収穫って……馬鹿な悪戯するのやめた方がいいわよ? え……?何?」
 ふわっと抱き上げられた私はベッドに仰向けに寝かされ、そして貴柾兄さんが脚を開かせようとするのを感じて反射的に膝に力を込める。
 何でこんなに今日は妙な事をするのだろうか。酔っぱらったお仕置きなのだろうか。まだ通話中の為にはっきりと制止出来ない私の両脚をぐいと貴柾兄さんの手が上げて、まるで赤ちゃんのおしめ交換の様な姿勢になってしまい、バスローブの裾が丸ごとウエストの方に上がってきてしまう。
【だけどこんな時間にいい年齢の男に首筋見られるって、お前何してたワケ?】
「え? な、何……で、でも首筋って言ってもあんまり奥って程じゃないでしょ」
【……。ま、今は仕方ないかもしれないけど。でも俺、譲るつもりないから】
「はい……? な……何を?」
 もしかして私は器用な人間ではないのかもしれない。会話にも対応にも集中出来ずに混乱している私の身体を更に深く曲げて腰をぐいと高く上げさせた貴柾兄さんが、顔を寄せる。
 まさかと思った瞬間、舌がそこを舐めた。
「――っ!」
【葵?】
 思わず漏れてしまうかすかな引き攣った声を川根君が聞き取って問いかけてくる。
「な、なんでぇも…なぁ……いっ」
 しっかりと答えたつもりなのにその発音はとても怪しい。
 携帯電話を両手で持ったまま、腿が胸にあたりそうなくらいに身体を曲げられた私のバスローブの腰はすっかりはだけきってしまっていた。もしかしてとは思っていたけれど、最初に舐められた時から私の谷間は既に濡れていて、貴柾兄さんの舌はそれを意地悪に弄ぶ様にびちゃびちゃと音を立てさせて舐め続ける。まだ電話中なのに、呼吸がどうしても乱れてしまう。
【……。俺が小説書く様になったのは貴兄ちゃんがライター始めたってのを聞いたからなんだ】
「え……?」
【こっちに来た奴がいろいろ話してて聞いたんだよ。まぁ技術系雑誌のライターなんて俺のガラじゃないから好きな物を書いたんだけど】
「そ…、そうなん……だ…ぁ……」
 確かに近所や小中学校でも出来の良さでは折り紙付きだった貴柾兄さんだけれど、でも伝説になる程ではない。8歳も下の私となると小学校ですら一緒に通う事はないのだから、何故貴柾兄さんの仕事に憧れたのかがよく判らなかった。でも少なくとも目標になっている人間は電話中に邪魔をする様ではいけないのではなかろうか。
【まだ2冊目だけど、俺、負けるつもりはないから】
「なんでそこ…で……かちまけにな…るぅ……かなぁ……っ」
 身体がぶるっと震えて膝の力が抜けそうになる。ただ抱っこして貰うだけの予定だったホテルで何でこんな状態になっているのだろう。貴柾兄さんが両足首をぎゅっと掴んで頭の上へと押して、腰が自然とシーツの上から浮いてしまう。ぴちゃぴちゃといやらしい水音が室内に篭もって声が震えてしまう。襞を舌が意地悪く舐り回し、時折よじれるくらいに激しく吸い付いて口の中で歯を擦り付ける。携帯電話を持つ手が小刻みに震えて落としそうになる…これが通話中でなければ抱っこだけという話をうやむやにされてしまってもいいくらいに腰の奥が熱くて、身を捩る私のバスローブが徐々にはだけていってしまう。
【葵……?】
 勘ぐる様な川根君の声に、私の腰が震える。馬鹿な事をするけれど勘のいい川根君なら、気を緩めてしまうと今私がどの様な状況なのかをすぐに気づかれてしまうだろう。えっちな本を書いてしまうくらいなのだから川根君には恐らく性体験があるし知識もあるだろう、同級生だったのにその違いはやはり男子と女子の差なのかもしれない。
「なんでも…なぁ……いっ……」
【凄くいやらしい声になってる。貴兄ちゃんに弄られてる?】
「……っ、ちが……っ…そ、そんな事……っ」
【ふぅん…。電話切らない程度って事か…。――フェアじゃないけどバラしちまお。貴兄ちゃんさ、この前綺麗な女の人と一緒にアダルトショップにいるの見た。凄くグロいバイブレーター選んでて、羞恥プレイみたいに彼女っぽい人が項垂れてて貴兄ちゃんが何やらエロいサド顔して耳打ちしてた】
「! ……、そ、それ……プライバシーってものなんじゃないの……?」
 貴柾兄さんに川根君の声は聞こえない。女の人というのは藤岡さんなのだろうか。帰省初日から知っている事実で、しかももう解消するという話だったけれど、それでも貴柾兄さんと藤岡さんがいかがわしいお店に一緒に出向いているというのは私にとってあまり愉快な話ではなかった。
 それはあの日帰宅した時には藤岡さんが帰省してしまったらしく不在で、流石に電話で解消させるという真似は到底出来る筈がなく、うやむやのうちに解消話が保留になってしまったからかもしれない。確かに貴柾兄さんにセックスフレンドが居るのは不快だけれど、でもそれを私が解消させてしまう事を望んでいいのか、冷静になると悩んでしまう。男の人の自慰みたいな性欲処理と決めつけてしまうのは問題があるけれど、でも女性もそれを同意しているとしたら休暇の間だけ居座る私がどうこう口出ししてはいけないのかもしれない、そう考えると自分が我が侭に思えて煮詰まってしまう。
「――川根君の…馬鹿ぁ!!」
 どうして貴柾兄さんと藤岡さんの事を私に言い出すのか判らないけれど、そういったお店に二人で行ってる事はやはり秘め事ではなかろうか…いや、そんな常識ではなくて、とにかく会話と行為の板挟みでぐちゃぐちゃになっている頭の糸が切れた。
 電話に向かって大声で怒鳴りつけてそのまま小さなボタンがめりこみそうな勢いでスイッチを切った私は、驚いている貴柾兄さんを振り払い、ベッドの枕を掴んでその顔にぶつける。
「貴柾兄さんの馬鹿ぁっ!! 電話中でまだ切ってないのに何考えてるのよっ、エロえろ魔神!」
「っぷ……!ごめんっ!葵ちゃんごめん!」
 両手で枕を掴んで繰り返し貴柾兄さんの顔を叩きまくる私に、最初の一撃以降は一応腕で防御しながら貴柾兄さんが枕を振り回す合間ごとに切羽詰まった謝罪を繰り返す。貴柾兄さんを叩くなど初めてで、内心やっちゃったーという感覚があるのだけれど、でも手が止まらない。ホテルの枕は結構柔らかくて打撃力など期待出来ないのだけれど、でも私は壊れた機械の様にぼふぼふと叩き続ける。
 ……。意外と、ストレスが溜まっていたのかもしれない。

【――判った、もう人のプライバシーを言うのはやめる。ごめん】
「判ったら、よろしい」
 あれからホテルを真夜中なのに無理矢理出て、下宿に戻ったのは3時を回っていた。マナーモードになってた携帯電話に何度も入っていた川根君の電話には10回目の大台突入で出ておいた。
【でもキスマークに関しては謝らない】
「何よそれ。そーゆー悪戯ばかりしているといつか痴漢扱いで掴まっちゃうわよ?」
【無差別にはやってないって】
「まぁ…2月の第二週だった?こっちに来るなら案内するけど、悪戯したら怒るからね?」
【嫌がる事はしない。ついでに飲める所を探しておいて貰えると有り難い】
「この不良ーっ。皆に声をかけとけばいいんでしょ?」
【……。いや、それは俺がやるから】
 妙に素直に謝る川根君を少し意外に思いながら少し話してから電話を切った私の耳に、まるでタイミングを計った様にドアをノックする音が届いた。
「葵ちゃん、起きてるかい?」
「今ふて寝する所です」
 我ながら大人げのない返事だなと思いながら、でも蟠りが解消出来ずに私は携帯電話を充電器に戻す。
「寝る前だけど軽く何か食べるかい?」
「太ります」
「地鶏の串焼き、作ったから」
「……」
 大家さんから貰う鶏はスーパーで買うのとは比較にならない。それでも夜中の3時に串焼きというのはとてもダイエット的に問題がある気がするのだけれど、気まずい状態を貴柾兄さんがどうかしようとしてくれているのなら、ここで釣られた方がいいのかもしれない。流石に男性の顔を枕で殴打してしまったというのは自分としてもとんでもない事をしてしまった自覚があって、自分からどうにか出来る自信が私にはなかった。
「おネギ、挟んであります?」
「あるよ、全部塩」
「……。じゃあ行きます」
 どこで身につけたのか貴柾兄さんの準備した串焼きはやたらと美味しくて止まらなくなる。正月中にお餅を結構食べているからそろそろ自粛しないといけないなと考えているのだけれど、その意味喧嘩を売ってるのかという疑問も多少なくもない。

 骨董市で見つけてきた一人用の小さな七輪の上でちりちりと脂を垂らして串焼きが焼けていく。炬燵で向き合っている状態で串焼き、となるとやはり日本酒だろうという事で台所のやかんでお澗している地酒は貴柾兄さん用で、私は玄米茶。流石にワインで泥酔してしまった今日はもうお酒を飲もうとは思えなかった。
「貴柾兄さん、藤岡さんの事好き?」
「? ……。少なくとも嫌いではないけれど、でも恋愛じゃないな…。最初はセックスをしていると身体で情が沸くかなと考えたけれど、意外と身体に引きずられる事はないのかもしれない…前に言ったっけ」
 多分食べた後に仕事をするのでなければ寝るだけだろうに、飲んでるけどジーンズにセーターという姿で話す貴柾兄さんに、パジャマ姿でお邪魔してしまった私はやや恥ずかしくなる。きちんとした格好なのはホテルでの反省なのかもしれない。
 やかんの中で徳利がことことと揺れる音がして、換気しきれない蒸気が少し部屋を湿らせる。
「でも藤岡さんは違うとか、そういった事はないの?」
「……。多分、ないよ」
 短い返事にはいろいろと含むものがありそうで、でもそれを口にしない貴柾兄さんに私は炬燵から抜け出してやかんの火を止めて徳利を袴に入れる。炬燵に入ってる時はそう感じないけれど夜の3時過ぎの古びた下宿は結構寒かった。炬燵に戻って貴柾兄さんのぐい呑みに地酒を注いで、私はふーっと息をつく。
「私には判らない事があるから、拘るのって実は馬鹿みたいなのかもしれない。例えばこうして飲んでるのでも貴柾兄さんにとっては同世代の大学の人と飲んだ方がいい時とかあるかもしれなくて、知らなくてそれの邪魔をしちゃうのは、やっぱり良くないと思うんだけど……」
「まぁ大学だって休暇なんだから殆どに人は帰省してるよ。居残ってるのは研究とかで仕方のない人が多いし、それに僕だって用がある時は出かけているだろう?」
「そうだけど」
 じりじりと備長炭に脂が落ちて香ばしいにおいが漂う。完全に臭みのないレバーは、貴柾兄さんはタレの方が好きな筈なのだけれど今日は私に合わせて塩にしてくれている。そろそろ眠い筈の真夜中なのに炬燵も七輪の火も温かくて、美味しいにおいと蒸気が部屋に漂っていた。
 毎年迎えていた穏やかな空気が心地よくて、でも去年までと違うのは貴柾兄さんの別の面を知ってしまった事だった。
 こうして穏やかな時間を過ごす事が好きで、好きで、それが男女の交わりに勝るのか、と聞かれたら多分答えられない。
 くいっとぐい呑みを空ける貴柾兄さんの顔色はお酒を呑んでいるのにあまり変わらない。恋愛時期を通り越して晩年の夫婦みたいな空気だな、とふと気づいて私は少し情けなくも、それでもいいかななどと考えている。――嫉妬というモノをしていいのかも判らない状態はとてももどかしくて、でも一度深みにはまってしまうとこの空気を失ってしまいそうで怖かった。
「……。ねぇ、セックスフレンドって性欲処理なのだとしたら、私にも出来る事なのかなぁ……?」
「葵ちゃんだと私情が入り過ぎるから、駄目だよ」
 少し呆れた様な口調で貴柾兄さんが言う。空になったぐい呑みにお酌して、私は首を傾ける。
「僕は大人げがなくて独占欲が強い。もし葵ちゃんに味を占めたら帰せないし、他の男と飲みに行く事なんて許可出来ない」
「……。それ、もしかして川根君の事?だって川根君って、あの川根君よ?」
「首筋にキスマーク付ける様な、ね」
「貴柾兄さん…勘ぐり過ぎ」
 多少呆れながら苦笑する私に、貴柾兄さんが使っていないぐい呑みを差し出してきた。正直あまり飲みたくないくらいなのだけれど、一口くらいはいいかな?と私はそれを受け取ってみる。
 ワイングラスの上品な軽さとは違う萩焼のぐい呑みの素朴な感触に空いている手の指を少し滑らせ、まだまだ熱い地酒を注いで貰う。炊いたばかりのご飯に少し似た日本酒のにおいを少し嗅いで、私は舌先でちろっと舐める。お澗したせいか、少し揮発性みたいな感じのする液体の感触が舌の上に広がった。
「葵ちゃんがそう言うなら、まぁ……いいけどね」
「んー…、でも、セックスフレンドとかにしないし、お預けにしてるのに、何でそんなに警戒するんだろ」
「――まぁ、何というか、女の子として範囲内に意識したから、かな?」
 思ったよりも日本酒が美味しくて私はちょっとだけ飲んでみる。舌先だけで感じていた温かい揮発の感触が喉にまで広がってくるのは、心地よかった。正直味よりもその感触が心地よくて、私はもう一口飲んでしまう。確かにこれは串焼きと相性がいいなと思いながら、私は貴柾兄さんにお酌し返す。
「でも、僕にとって葵ちゃんには、セックスの対象とかの分類でなく、葵ちゃんという地位が確立されてるんだけどね」
 困った様にくすっと笑う貴柾兄さんの顔に、胸がどきどきして、私はくいっとぐい呑みを空けた。

 お澗が何回目だろうか、ほとんどは貴柾兄さんが飲んでいるのだけれど、お相伴に預かっている私も串焼きを摘みながらちょっとずつ飲んでいて、ふらっと足下が怪しくなってくる。
「葵ちゃん、そろそろ寝た方がいい」
 顔色を変えてない貴柾兄さんにそう言われると自分が子供扱いをされているみたいで少し悔しくなってきた。
「平気ですー。準備してくれたの貴柾兄さんなんだから、私がお片づけしたいし、まだまだ起きていられるからー」
 応えながらも少し足下がぐらぐらしてしまって冷蔵庫に手をついて息をつく私に、貴柾兄さんが炬燵から出てきてくれて身体を支えてくれる。私の何倍も飲んでいるのに危なっかしさの欠片もないのは、私が先にワインを飲んでいた為だろうか。
「片づけは明日でもいいから。今日は寝ておいた方がいいよ」
「そー言ってた時で後で片づけさせて貰った事ないもん。お片づけ、します」
「もう夜遅いんだし、寝ておいた方が美容にいいよ」
「お片づけ出来ないと精神衛生によくないです。――って、まだお澗ですってば」
 ひゃっくりが出そうな感じで支えてくれる貴柾兄さんを見上げる私の目に、2人に増えてる姿が映る。冷静に考えればこれは酔っている状態なのだけれど、何だか世話好きな貴柾兄さん2人に抱えられている気がしてしまう。
「もう飲まなくていいから。ほら足に力入ってない」
「貴柾兄さんのえっち……」
 何でかホテルでのあの妙な責めを思い出してしまった途端に、今だと足に力入らなくて駄目なのだろうなぁと不思議と笑いがこみ上げてきた。電話中でなかったら、多分あのまま流されていっても悪くなかったと思いながら、私はぺたっと貴柾兄さんの胸板に頭を預ける。最後までは手出ししないみたいだけれど、それならどの辺りまで致すつもりなのだろうかなぁ、と考える私の腰が徐々に下に落ちていく。
「……。えらく無防備だなぁ…、これは」
 少し唸る貴柾兄さんに私はにこーっと笑いかける。
「信じてますからっ」

 敬礼したいくらいの意気込みでそう言った私の顔に、何故か真剣な顔をした貴柾兄さんの顔が寄せられた。
 ぽかんと少し開いていた口を、口が塞いで舌がすぐさま口内に潜り込んでくる。全然顔には出ていないけれど貴柾兄さんのキスは日本酒の味が残っていて、何となく私はそれを舐める。
 お酒でぽかぽかと温まっている身体を貴柾兄さんの腕が絡め取って、広いとは言い難い8畳間と台所の板の間の間に身体が落ちていく。座り込んだ貴柾兄さんにしなだれかかる形になっている私のパジャマの背筋を貴柾兄さんの指が撫でて、ちょっと厚手のピンクのストライプのパジャマの下はブラジャーも何もつけていないのを確認している様だった。それがこそばゆくて身体を少し捻るけれど、捻ると何だか身体が切なくなってきてしまう。
「下、ショーツだけで男の部屋にあがったんだ」
「……。ショーツって…なんらか業者さんみたい……」
 少し呂律の回らない私と貴柾兄さんの唇の間で、唾液の糸が伸びる。日本酒の味のキスはとても温かくて、恥ずかしいよりも先に気持ちよくてもっとして欲しいなど思いながら私はとろんと首を傾けた。
「まったく……、こっちの気も知らないで」
「?」
 少し頭の中が温かくて貴柾兄さんが何を言いたいのかがすぐには判らない。煮過ぎた野菜の様に貴柾兄さんの腕の中でくったりとだらしなく溶けてる私のパジャマの上着の裾から手が滑り込んでくる。あれ?と首を傾げる私の唇にまた唇が重ねられて、貴柾兄さんの手が直接背中を撫で始める。酔ってしまったらしく上気した身体は感覚がぼけていて、自分の身体から骨がなくなってしまったのではないかと思えるくらいに曖昧な感じで、その肌を撫でる貴柾兄さんの手がとてもこそばゆい。
 くすくすと笑ってしまうのだけれど、でも今日はそういった事は抜きなんじゃないかな?と他人事の様に頭を掠める。
「貴柾兄さんのえっち」
「――男だからね」
 パジャマの上着のボタンを一つ一つ外されて素肌が晒されるけれど、エアコンなどない室内なのにお酒で温まっているせいであまり寒さを感じる事はなかった。炬燵と台所の間の狭い空間に座り込んで向き合った体勢でずっとキスを続けたまま、パジャマのボタンをすべて外される。
 キスしたいのか、お酒の味が美味しいのか判らないけれど、とにかく繰り返し絡めてくる貴柾兄さんのえっちな舌や唇を、美味しいアイスみたいに舐めかえす。ちょっと自分がしている事が卑猥な事の様な気がするのだけれど止めるつもりには何故かなれなくて、緩い吐息が漏れ続けた。流し込まれる唾液をこくんと音を立てて飲む。ねっとりとした唾液が甘い。
 背中を抱き留めている手だけでなく、焦らす様に乳首を指先で撫でられて身体が自然とぴくぴくと震え始める。電話中の悪戯であれだけ怒ったのに、身体が甘く疼いてもっと積極的にして欲しくて貴柾兄さんの首に腕を絡めたいなぁと考えてしまうのだけれど、流石にそれは恥ずかしくて私は鼻を鳴らせた。
「乳首いじられるの、好きだよね」
「ゃあ……ん……」
 ぼんやりしている頭の中で穏やかな声が心地よく響いて、何だかそれが神様みたいな上の存在からの言葉の様に感じる。それが事実だからかもしれない。自分一人の自慰でも気持ちがいいとは感じていたけれど、して貰うとこんなに気持ちがよくなるとは想像もしていなかった。夢中になってしまっておねだりしてしまうのがこんな状態でも恥ずかしくて、私は貴柾兄さんの舌に甘える様に舐める。
 くいっとウエストを引き寄せられて、少し腰が浮いた私のパジャマのズボンが腿の途中まで引き下ろされた。火照って蒸れていたパジャマの中に篭もっていたいやらしいにおいが漂うのに気づいて思わず私は恥ずかしさに貴柾兄さんの首筋にしがみつく。
「もうとろとろになっている」
「やぁん……いじわる……」
 ぐちゃぐちゃに濡れてしまっている下着の上から貴柾兄さんの指が下腹部を撫でて、その指が丘の谷間に布を食い込ませて前後に動く。愛液が溜まっていた粘膜の谷間を布越しに指が擦り、切なくて自然と揺れるお尻の間に下着が寄って食い込んでしまう。
 今日も誰も帰ってこない下宿の静まりきった室内に卑猥な粘着質な音と、堪えきれずに甘えた声で鳴く私の乱れた呼吸とそれをキスで塞がれて舌の絡み合う音が篭もる。他の住人が半ば大学に住み着いてしまっているこの下宿は、昔から貴柾兄さんと私の二人きりである事が多い。他にも人が住むべき部屋があるのに、声を堪える必要がないというのはどこか不思議な感覚だった。
 全身が脈打ってワケが判らないくらいに身体が温かい。首にしがみついてしまったから両手が自由になったのか、貴柾兄さんの手がゆっくりと弄ぶ様に下着を降ろしていく。何故かその動きは肉食獣が獲物を少しづつ甚振っている時のそれに似ている様に思えた…でも実際にそうなのかもしれない。とてもいやらしく昂ぶってしまっている私が今度は抵抗出来ない事を知っていて愛液まみれの下着をゆっくりと降ろしていく貴柾兄さんの動きは、私の頭の中を真っ白にしていく。
「あんまり毛が生えてないのにこうも濡れると、アンバランスで堪らないな……凄く卑猥だよ」
「たかまさ兄さ…ぁん……いやぁ…んっ……そん…っく……ぷ…いっちゃ……やあ……」
 下腹部を前後から愛撫する指が動くたびにぐちゅぐちゅと音が沸く。火照って骨抜きになっている身体の中で一番蕩けている柔らかいお肉を両手の指で貴柾兄さんが弄りまわす。襞や皮を指で捏ねて引っ張り、膣口の窪みを擦り、愛液まみれのクリトリスが滑って指からすり抜けようとするのを摘まれる。
 両手を使った愛撫だから貴柾兄さんは身体を支えてくれなくて、首に腕を絡めて何とか身体を支えようとする私の顎を貴柾兄さんと私の唾液が伝う。
「体質だからこれから増える事は多分ないだろうね。柔らかくてぜんぜん色素が沈着していないおまんこで、ほとんど毛が生えてない。――昔とほとんど変わってない…それなのにあんなに美味しそうに指を咥え込んで潮を噴くんだね」
「あ……、あああああ…っ……やあん…いやぁ……っ…そんなえっちなこと…いっちゃやあ……っ、いやなの……っ、ぁあん…はずかしいの……ぉ……」
 何を言われているのかが頭の中でしっかりと形になってくれないのに、酷く淫らな事を言われているのだけは判った。私の恥ずかしい場所がどれだけ淫らなのかを、貴柾兄さんが穏やかに、優しげに、そして神様みたいに話す。どくんと身体が脈打つ。この人は誰だろう。優しく頭を撫でてくれる貴柾兄さんだけれど、でも違う。違うのに、同じ人だった。
「弄っていいかい? 葵ちゃん」
 既に疼ききってる身体は貴柾兄さんの指が欲しくてほしくて仕方ないから、拒絶する事なんてありえないのに、わざわざ質問してくる。鳴きながら、私は腰で円を描く…ミニクーパの中で繰り返した動き。
「お酒が入ってるから言えるだろう? 葵ちゃん、おまんこを指でぐちゅぐちゅに掻き混ぜてもいいかい?」
「ぁ……あぁ……ぅ…っ……たかまさにぃさん……たか…ま…にい……さぁ……ん…、そんなこといっちゃ…や……」
 とてもずるい、そんな事が頭の中で渦を巻く。裏ビデオで見た様な威圧的でヒステリックでの命令なら何だか汚らわしい大人の男の人として嫌悪感が沸くのに、落ち着いた穏やかな声で、しかもお酒のせいに出来るなんて言われてしまうと、どんな事でも仕方ない気がしてしまう。ぞくぞくと背筋が震えて、パジャマも下着も大切な場所はすべてはだけきったいやらしい姿で、私は着衣の乱れのない貴柾兄さんにしがみつく。
 ぎゅっと強くしがみつけばしがみつく程、貴柾兄さんの指の自由な範囲が広がって、指先がせわしなく膣口の窪みを撫で回す。自分の膣が痙攣を繰り返してしまうのが判る。切なくて仕方のない膣が何も挿入されていない状態で締め付けると、膣口から愛液が溢れて、無言のおねだりを貴柾兄さんに繰り返してしまう。
「はずかしい…の……、おねだり…しちゃう……ぁあ……」
「ああ…葵ちゃんはおねだり上手な身体だね、手が愛液でぬるぬるだよ。でも、言わないと駄目だよ」
 膣口の窪みを伸ばして撫で回す指が二本に増えて、卑猥な水音が倍になる。部屋中が串焼きと日本酒と愛液のにおいで噎せそうになる。
 食欲も性欲も両方なんてとても強欲なのに、絡め取られた身体と酷く熱い膣が幸せとそれを認識させた。男女の交わりはこんなに追いつめられるものなのだろうか、同じ部屋の中で背中を見ながら微睡む幸せとはまったく違うのに、引きずられてしまうのは私の身体がもう女として性欲を憶えてしまっているからなのだろうか。
「やぁ……ん……たかまさにいさん…いじわる……」
「誰も聞いていないから、言ってごらん」
「……、あ……あっついの…ずっとひくひくしてて……とけちゃう……」
 淫らな言葉を言える様に膣口を責める指の動きがゆっくりとしたものに変わって、でもそれは私の切なさと物足りなさを強めるばかりだった。クリトリスも乳首もずきずきして、いっぱい責めて欲しくて仕方ない。
 全身に汗が滲んで、胸の表面をじりじりと責める様に伝っていく。膝まで落ちているパジャマのその上に重なっている水色の下着は愛液でぬるぬるになっていた。内腿を濡らす汗と愛液は恥ずかしいのに、言葉にしないと多分責めてくれない貴柾兄さんの態度にもっともっと身体が欲しがっている事を無言のうちに伝えて欲しくなっている。
「あのね……、あの…ね……せめて…いっぱい……してほしいの…ぉ……、く…くるまのなかの…あれ……、……、して……」
 いつの間にか膣口をなぶる指の為に腰が前後に動いてしまっていた。もしかして私の動きの狙いが判っているのか、入り易い様に二本に重ねられた指先が膣口からほんの少し入り、私は小刻みに腰を揺らす。
「――どんな事をしたかな」
「いじわる…ぅ……っ、たかまさ…にぃさん…の……いじわるぅ……」
 たった一回だけなのに強烈に植え込まれてしまった膣の快楽に私は病みつきになってしまっていた。くちゅくちゅと小刻みに腰を揺らして貴柾兄さんにしがみついていると、セーターに乳首が擦れてとっても痒い。前後から下腹部をいじられているからヒップにも貴柾兄さんの手が添えられているのに、私のヒップはいやらしくひくんひくんと強張っては緩んで前後に揺れる。もっと自分を抑えたいのに貴柾兄さんの指がもっと奥に入ってくれないかと自ら場所を探ってしまうのを感じて、私の唇から引き攣った啜り泣きが漏れた
 あんっ、あんっと声が漏れる、いや漏れるだけでなくて貴柾兄さんに甘える為の声だと自分でも判る。
「葵ちゃん、言わないとしてあげないよ」
 しがみついている私のパジャマがはだけて剥き出しになっている鎖骨の辺りを貴柾兄さんの舌がゆっくりと舐めた。
 頭の中で血管が膨らんで脈のたびに揺さぶられているみたいだった。結局お相伴で徳利1本分くらい飲んでしまったから、酔ってしまっているのだから素面じゃない…そんな言い訳が頭の中でゆらゆら揺れる。
「でも……でも…わたしばっかり……」
「葵ちゃんで快楽を得たら、辛抱出来なくなるからね。しばらくは、挿れないし、射精したくない」
「するい……」
 確かに貴柾兄さんはとうに初体験が済んでいて、私など比べモノにならないくらいの快楽をしっているのかもしれない。でも私だけが目が眩んで、貴柾兄さんは冷静なままというのはとてもずるい気がしてしまう。それはどうしても恥ずかしい言葉を言いたくない為の逃げ道だろうか。
「もし、あした…せかいがおわっちゃったら、おしまいなのに?」
 しがみついたままの私の質問に、貴柾兄さんが困った様なため息をつく。
「もし終わるなら多分残念だとは思うけれど、でも無理矢理葵ちゃんを抱いてしまってやり直せなくて後悔しながら死ぬのよりはいいと思うよ」
「……。ずるい……」
「気長なのも善し悪しだけどね」
 そう言い軽く肩を動かす仕草に促されて、私は貴柾兄さんの唇に、キスをした。

「――っくちっ!」
 自分の肩が冷え切っている寒さに、私はくしゃみをして目を覚ました。
 ぼんやりと見回した視界に、部屋の隅で壁に立てかけられている炬燵と、腕枕をしたまま眠っている貴柾兄さんの顔が至近距離で映る。結局指の気持ちよさと酔いであれから少ししたら吸い込まれる様に眠ってしまったのだけれど、多分あの4文字は言わずに済んだ…様な気がする。
【10日に帰るんだよね。――それまでに言える様にしてあげようかな】
 途切れ途切れの記憶の中にあるそんな言葉に、起き抜けにいきなり顔が熱くなるのを私は感じた。貴柾兄さんの姿はパジャマで、その絵柄は確か私が一昨年のクリスマスプレゼントで渡したペンギン柄である。今ならもっと趣味のいい年齢相応なモノをプレゼント出来るのに、でもそのパジャマが私の未熟さを象徴している気がする。着てくれるのはとても嬉しいのに、少し歯痒くて辛い。
 腕枕して貰っている私がくしゃみをしても熟睡している貴柾兄さんに、疲れているのかなぁと私は雨戸の細い隙間越しの朝日のささやかなあかりでじっと見つめる。私は帰りの半分近く眠っていたけれど貴柾兄さんは眠る事なんて出来なかったのだから、昨日遅くまで起きているのは実は辛かったに違いない。
 そういえばミニクーパで何時間もかかる街まで何をしに行ったのだろう。本当はもしかして心配して迎えにきてくれたのかもしれない。でもそれは自意識過剰かもしれないし、それに私だってもう17歳なのだから…心配をかけず、今度から酔い潰れずに一人で帰ってこれる様にならないと駄目だろう。
 背の高い貴柾兄さんの布団は従来のものより少し大きめだけれど、腕枕で2人潜り込んでいるとやっぱり狭い。
 貴柾兄さんの腕枕なんて何年ぶりだろう。とても懐かしくて嬉しくて、それは異性への胸の高鳴りと同じくらいの分量で胸の中にある。
 「お兄ちゃんみたいな貴柾兄さん」という存在が胸の中に大きくて、異性として求めてしまう事には少し躊躇いがある…これは冷静になって振り返る点で、夜に書いたラブレターを朝日の中で読んで確認する作業に似ている。恋愛にあんまり縁がなかったから、恋人という存在があまりピンとこない。
 恋人になってしまったら、お兄ちゃんの部分を求めてはいけない気がする。とても狭量に思えるのだけれど、女として男の人に唯一のパートナーとして求められるのなら、それは妹みたいな甘えの強い存在でなく、女としてこちらも支えられるくらいでなければ駄目だろう。――妹である特別は、パートナーである特別に勝てない気がする。いつまでも妹でいるのは、多分無理だろうから。一番大切な存在というのは、どんなものなのだろう?
 「貴柾兄さんの腕枕」が嬉しいのでは女の部分がまだまだ足りないのかもしれない。でも甘えさせてくれる部分を切り離すのは、ちょっぴり怖い。
 でも今朝は腕枕を堪能していい様な気がする。
 とりあえず、「言える様に」なるまでは。
<2005.09.18 UP>