■ relatives 青島 等様 「……ちゃん! ……ねぇ、聞いてる?」 久しぶりに肌をあわせた後、ベッドに横たわったままゆっくりと煙草をくゆらす僕に、彼女が話しかけてきた。 僕の胸に顎をのせて、傍らに寝そべりながら。 「ああ、聞いてるよ……で、なんだって?」 「もう……聞いてないじゃん。これだから、男の子って一方的だって言われるのよ」 何が一方的なのかはよくわからないが、大方マンガか何かで「寝た後の男のいい加減さ」についてでも読んだのだろう。 「一方的って、おまえ……俺はさっさと自分だけイクような真似はしてないぞ。さっきまで、あんなに……痛ッ!」 今更何を恥ずかしがるのか、つい先刻まで行っていた行為について触れようとした僕に、彼女は腕をつねる事で抗議した。 「エッチ! 本当に、スケベなんだから……もう」 「おいおい、まだ何も言ってないじゃないか。そりゃぁ、自分からねだって俺に尻の穴まで……あ痛ッ! お、怒るなよ」 彼女のすねたような怒った顔が、僕は結構好きなので、調子に乗って露骨な事をつい言いかけた。 その報復に肩口を噛まれたが、まぁよしとしよう。 「痛てて……悪かったよ、しょうがないだろ、男ってのはみんなスケベなんだから」 「その中でも特別でしょ! まったく、もうっ!!」 口を利いてくれるってことは、本気では怒っていない証拠だ。幼い頃からの付き合いで、僕には彼女の事がよくわかる。 たぶん、こうやって怒ってみせるのも、ジェスチャーのようなものだろう……昔から、変わっていないこう言う所が、僕は好きだ。 「ああ、そうだよ……仕方ないさ、だって俺はおまえの……」 言いかけたとき、ふいに彼女は僕の言葉を遮った。 「そう、そう言えば……この間、聞いたわよ、秘密を」 「……へ!? ……秘密って、俺の?」 彼女の表情はころころ変わる。いつの間にか、怒った顔から微笑みを浮かべた得意気な顔になっている。 「そう! 知らなかったわ……あたしの大事な、可愛い弟とそんな関係だったなんて! 本当に、エッチね」 「なんだ、その事か……って、誰に聞いたんだよ。俺とあいつ以外は知らないはずだぞ」 聞くまでもないだろう。本人から聞いたに決まっている。 あいつめ……今度逢ったら、お仕置きだな……。 「あの子はね、あたしには隠し事が出来ないのよ。だって、あたしあの子がエッチな本どこに隠してるか知ってるし」 「それは、関係ないと思うぞ……つーか、あいつの部屋を漁ってるのか、おまえ?」 これも、愚問だろう……僕の部屋も、昔から彼女によく家捜しされたし……ま、それが発端でこう言う関係になったんだけどな。 「あったりまえでしょ! あの子が非行に走らないように、姉としてあたしは監視する義務があるのよ。あの子のお兄ちゃんも、ズボラで頼りないしね」 「ふ〜ん、そいつぁ立派な心構えで……『お兄ちゃん』も、そのセリフを聞いて草場の蔭で喜ぶだろうよ」 「なぁにすねてんの、らしくないわよ……そう言えば、いつからあの子と?」 悪戯っぽく微笑む彼女。どうやら僕の反応が、お気に召したらしい。 「ん!? っと……俺が中三の時だから、三年前だな。確か」 「ええっ!! それじゃ、あたしよりも長いじゃない! あの子との付き合い!!」 さすがに、驚いたらしい。ま、無理はないか。 「そうなるな……おまえとは、俺が高一の時だしな」 「ってゆーか、あの子あたしの一つ下よ、もちろん知ってるでしょうけど。……十二歳の、小学生に手を出したのね……けだもの」 「ひどいなぁ……しょうがないだろ、あいつはおまえに似て可愛いし、それに……俺は、好きなんだよ、あいつが。同性とか、おまえの弟だとか抜きにして、好きなんだ。それに……あいつから、誘ってきたし」 思えば、あいつは天性の『何か』を持っている……僕がそれまで持っていた常識や理性を、一気に吹き飛ばす何かを。 「誘ってきたって……ま、しょうがないわね。あの子とあたし、本当に良く似てるし、すごく可愛いもんね。 時々、あたしもあの子を押し倒したくなるわ。好奇心とか、そう言うんじゃなくて… …あたしも、好きだから、あの子」 やっぱり、か……そうだろう。あいつは誰にでも好かれる。 年齢性別血縁、好きになったら関係ないってことは、僕も彼女も常々思っていて実践してる事だ。だから、僕は別に驚かない。 むしろ、それも当然な気がするぐらいだ。 「穏やかじゃないなぁ、弟に性教育かい? 良き姉としては」 ひと事のように、僕は言ってみた。ちょっと、からかうつもりで。 「それも、いいわね……女装とかさせたら、まるであたしが自分とレズしてるみたいで、楽しそうだし」 「……たいがい、おまえもけだものだよ……俺も人の事言え無いけどな」 やっぱり、彼女は昔からずっと変わっていない。そのまま乗ってきてくれた。僕はこう言う面にも惹かれたんだよな……あの時。 「あ、ひっどーい! そんな事言うわけ? 十二歳の男の子に手を出したり、十四歳の美少女を手ごめにした男が」 「人聞き、悪いなぁ……ま、その通りだけどな。確かに」 思わず苦笑いを僕は浮かべた。 冗談だとはわかっていても、そう事実を飾らずに言われると、さすがにちょっとひどいと自分でも思ってしまう。 「まぁ、しょうがないわよね……良く考えたら、もっと昔からあたしはこう言う関係になりたかったし。あの子に先越されていたのは、ちょっとショックだけど。 ずっと好きだったんだから、あたし」 嬉しい事を言ってくれる。 「照れるな……そう言えば、そうだよなぁ……よくよく考えたら、おまえも俺を誘惑したんだよな。自分から」 「だって、あたしが好きだってずっと言ってるのに、気付かないんだもん。恋する女の子は大胆なのよ」 言って、彼女は快活に笑った。 「果報者だね、やっぱり俺は……浮気をとがめない、理解ある可愛い彼女が居る上に、そこまで言われるんだから」 「そんな事ないわよ。あの子だから、構わないだけ。他の女の子に手を出してたりしたら……許さないから!」 「……大丈夫だよ、たぶん……いや、本当に。俺には、おまえだけだよ」 本気、である事に気付き、思わず僕も冗談ではなく本音で答えた。 「なら、いいわ……そうそう、ところで……」 「ん、今度はなんだい?」 めまぐるしく、彼女は話題を変える。それがまた、楽しい。 「お父さんがね、来週から一ヶ月出張だって。台湾に」 「ほぉう……そうか。それで?」 だいたい、言わんとすることは察したが、僕はとぼけてみせた。 「うちに、来ない? あの子も居るし」 やっぱり、だ。 「そうだな……あの親父が居ないなら、大丈夫だね」 「でしょ! それで……ねぇ、あの子も入れて、三人で……」 積極的な、とても嬉しい事を言ってくれる。 「いいなぁ、それ。うん。……っと、ところで母さんは元気?」 「相変わらずよ。のんびり、と、ごくフツーにマイペースだから、こっちの方がたまに調子狂うわ」 親父はともかく、お袋さんの方は、ずっと気がかりだった。彼女の言葉を聞いて、僕は思わず笑みをこぼした。 「なら、問題ないな……うん」 「理解あるからね。お母さんは……ってゆーか、よくわからないけど、全然気にしないし、怒ってないからね。あたし達の事」 「そうだな……久しぶりに会うのが楽しみだよ。もっとも、夜の方がもっと楽しそうだけど」 二人して、笑いあった。 「うん、いつかまた……一緒に暮らせるといいね。部屋、出てってからそのままだよ。いつ、帰って来てもいいように……お兄ちゃんが」 「俺も、そうしたいよ。だけど、勘当されたからなぁ……」 思わず、僕はため息をついた。 「しょうがないよ。だって、最中を見られちゃったんだから、お父さんに……でも、いつか、きっとね。お兄ちゃん」 力づけるように言って、微笑んでくれた。 たぶん、なんとかなる。 少し弱気になった僕に、そう思わしてくれるような微笑。 「ああ! 大丈夫だよ!! いざとなったら、おまえを親父から奪い取ってでも、一緒に暮らすさ!!」 「うふふ、その時は、あの子も一緒に、ね……お兄ちゃん」 そう言って、妹は再び笑ってくれた。 世間の常識では、許されない間柄なのだが、そんな事は僕たちには関係ない。 人が人を好きになるのに、理由は要らない。 たとえ、歪んでいると言われても、僕は妹と弟が好きだ。 それなら、それでいいじゃないか……広い世界に、こう言う兄妹が居ても。 後悔は、しないさ……この先、何が待ってても、ね。 <2001.07.14 UP>
平成十一年文月十四日 青島等
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