■ relatives 「B」 青島 等様 「祐希……おまえ……そ、それは、どう云うコトだ?」 一ヶ月後に高校入試を控えたある日、勉強をする訳でもなく、自室の畳の上に寝そべっていた米内祐哉は、いつもとは違うただならぬ雰囲気で衝撃的なことを話しかけてきた弟を見つめた。 「どうしたって……やっぱり、変……かなぁ? ボク……」 兄の視線から目を背け、祐希は小さな声で呟いた。 「ん……いや、その……」 起きあがり、畳の上に胡座をかいた祐哉は口ごもった。 どうにも、彼は三つ年下のこの弟が苦手だった。 知らない人ならショートカットの少女と見間違えることがしばしばある彼を前にすると、いつも祐哉は肉親、それも弟に抱いてはならぬ想いにとらわれ、戸惑ってしまう。 母親に似たのか、生まれつき色素のやや淡い頭髪と白い肌、幼さの残る中性的な顔立ち、ウィーンの合唱団に入らせたくなるような声、そして華奢な身体からのびる細い手足が、どうにも自分を誘惑しているように思えてならない。 今までは、理性でそれを必死に抑えていたが、もう限界を突破しそうな予感を祐哉は感じている。 それもそのはず、日頃からそんな思いを抱いている弟に、「ねぇ、ボク……男なのに、兄さんの事が好きなんだ!」とか、「だから、兄さん……ううん、何でもない……変だよね、こーゆーの?」などと云われた日には、とてもじゃないが心中穏やかで居られるわけもない。 「だから……あのなぁ、俺は……」 喉まで出かかった言葉を、祐哉は再び呑み込んだ。 「いいよ、言わなくて……ゴメン! 変なんだよ、ボクは……気持ち悪いよね……」 自分の気持ちと、そして兄との今までの関係を守るため、祐希は逃げの言葉を口にする。 言葉が上手く出ない兄の姿を見て、先刻と同じに早合点したのである。 明確に拒絶の意思を表示しないのは、兄の優しさだと思っていた。 そう、幼い頃から迷惑ばかりかけているボクを好きになるハズがない……。 面倒くさがり屋で気分屋な上に、ズボラで何事も楽したがっている兄に、世話を焼いてもらってばかりいたのだ、きっと厄介者だと思っているのだろう……ボクなんか。 それでも、優しくしてくれるのは、弟だからだ……そうに決まっている! 祐希の中で、どんどん思考が自虐的で絶望的になって行く。 「な、泣くなよ……」 兄の声で、いつの間にか涙をこぼしていたことに、祐希は気付いた。 また、心配をかけてしまった……。 「……ご、ゴメンなさい……ボク……」 「う……あ、その……なんだ……」 慰めの言葉をかけようとして、またも祐哉は出かかったセリフを呑み込んだ。 目の前で泣いている弟以上に、彼の心は乱れている。 許されるのなら、思い切り抱きしめてやりたい……そして……。 だが……僅かに残った理性、いや日頃から下らないと思っているが、自分を縛り続ける『世間の常識』とやらがそれを許さない。 「いいよ、もう……兄さんは姉さんが好きなんでしょ? ボクは……」 言われて祐哉は驚いた。 確かに、自分より二つ下の妹である祐香に対しても、彼は肉親への情を越えた感情を持っているのは事実である。 だが……それを、まさか弟に気付かれていたとは、思いも寄らなかった。 それ以前に、弟がそう言う事がわかる程に成長していたとは……。 「そ、それは……ああ、祐香は……妹だからな」 とりあえず、祐哉は逃げてみた。 「違うよ。ウソだ! ……姉さんを見る兄さんの目、普通じゃないよ」 何故だか自分でもわからないが、祐希は声を荒げた。 「……い、いや……その……」 祐哉は返答に窮した。 曖昧な答えでは、たぶん弟を傷つけるような気がする。 何処を取っても良いところの少ない、ズボラで無責任で頼りがいのない自分を、昔から慕ってくれている可愛い弟を……。 いや、弟だから可愛いのではない……それとは、全く別の次元だ。 祐哉は腹をくくった……逃げていた自分の気持ちと、真っ向から向き合うことに決めた。 「……なぁ、祐希……」 ゆっくりと、祐哉は立ち上がった。 「おまえ、勘違いしてるよ……」 言葉を選びながら、彼は未だ涙を流す弟を見つめる。 「……勘違いって?」 手の甲で目の下を拭い、祐希は彼を見た。 今まで、見たこともない表情を浮かべて立つ、祐哉の姿はいつもとは違って見えた。 「まず……おまえは変じゃないし、気持ち悪くもない……俺も、好きだよ、祐希が」 少しだけ逡巡したものの、祐哉ははっきりと言った。 「あと、ウソをついたのは、謝る……祐香も俺は好きだよ、祐希と同じ意味で……わかるだろ? もう」 隠さず正直に彼は言いきった。 何か、ふっきれたような気がしてきた……あと少しで……。 「それって……」 「ああ、その通りだよ、祐希……弟とか妹なんて意味じゃなくて、好きってことだよ」 後戻りは、もう出来ない気がしたが、そんな事は祐哉にとってはどうでも良い。 生まれて初めて、自分に素直になれたのだから。 「……兄さん」 「やっと、笑ってくれたか……」 途中まで言ったところで、祐哉は言葉を切った。 祐希が抱きついてきたので、祐哉は彼を優しく抱きしめた……言葉の代わりに、行動で示したのである。 「……祐希、俺は……」 「ん……わかってるよ、兄さん……言わなくても……」 言うと、祐希は兄の唇に己の唇を重ねた。 それで充分だった。 これだけで、祐哉が今まで縛り付けられていた『常識』は遠い世界へと飛んで行き、二度と戻ってくることはなかった。 「どうして、俺は……こう言う羽目に陥ったのだろうか?」 十九歳になった祐哉は、ベッドから半身を起こして呟いた。 傍らには、妹と弟が裸で寝ている。 はじめて祐希と肌をあわせたその日から、あまりにも色々とありすぎて考えるヒマもなかったが、こうして父親の元から家出させてきた二人を見るにつれ、それを思わずには居られない。 幸い、生活の方は念願が叶い連載を持つことが出来た上に、単行本も発行されたので、金銭的には問題ない。 未だ高校生の弟と妹も、アシスタントとして手伝ってくれている……。 だが、食事も夜の生活も、この二人とずっと一緒と言うのは……何かひどく自分が良いようにされているように、思えてならない。 望んでこういう状況になったはずだが……やはり、昔から流されてばかりである。 「ま、楽しいし、コイツらの事は好きだから、別に良いか……うん」 枕元に置いてある煙草を咥え、祐哉は火をつけて呟いた。 「しかし……死んだら、俺は地獄落ちかな、やっぱ?」 四年前に、世間一般の狭量な常識に三行半をたたきつけた身の上だが、血の繋がった妹と弟と毎晩のように肌をあわす生活は、何かが間違ってる気がしてならない。 「ま、どーでも良いや……別に俺が地獄に堕ちようとも、この二人が幸せなら、構わないさ」 面倒になったので、とりあえず彼は自分を納得させてみた。 好きな人と一緒にいられるのだ、それ以外に望むモノはないだろう。 相手が二人で、それが妹と弟でも、本人同士が良ければ問題ないだろう。 だが……それを彼らの父親が許すかどうかは別問題だが、関係のないことである。 何があっても、後悔しないと決めたから、今の自分が居るのだから……。 「……そう言えば、法律的には、俺……何か罪を犯していたかな?」 誰に言うともなく、愛する二人を見ながら祐哉は呟いた。 十二歳とか十四歳だった頃に、誘われて流されるままに関係を持ってしまったのだが、罪になるのだろうか? 「ま、時効だね……さて、寝ている間に、ペン入れまでは終わらせよう……」 高校生の夏休みはもうすぐ終わる。 一日中アシスタントが居る生活から、居ないときに自分にしかできない作業を終えておく生活に、そろそろ戻らないとならない。 「しかし……俺って仕事と、あとは二人とヤル以外、何もしてないな? ま、いいか……うん」 よく眠っている二人を起こさないようにしながら、祐哉は机に向かう。 「……腕一本で、自分と家族を養う、か……支えて、くれるよな? 祐香、祐希……」 ゆっくりと、一週間後〆切の原稿のペン入れをはじめながら、彼は昼間と夜の疲れでぐっすり眠っている二人を見て呟いた。 <2001.09.05 UP>
平成十一年長月五日 青島等
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