■ 眠り姫と夏の覚醒(めざめ)
玲士方様


夏の終わりを告げる夕陽が、色濃い沈黙で図書室を照らしだしていた。
貸出カウンターに終了の札をたてた天野みはるは立ち上がり、凝った肩をほぐそうと大きく伸びをして腰をまわした。窮屈にしめつける白い夏服のブラウスの下ではちきれそうな胸が惜しげもなく弾み、小柄な体が大胆にそりかえると、ブラウスのカラーから流れでたネクタイが胸もとの谷間を強調する。
薄茶のメッシュを入れた髪を肩先で揺らし、みはるは閉館の準備に追われていた。
残った生徒に声をかけ、忘れ物や出しっぱなしの本を片づけつつ回っていくと、一番クーラーが効くお決まりの場所に、いつもの少女たちがいた。
「あ、天野先輩、お仕事おつかれさまですー」
後輩である彼女たちは、夏休みのあいだ涼を求めてここに集まり宿題をこなす常連のようなものだ。親しげに声をかける生徒らを見下ろしたみはるは、腰に手をあてるとため息をついた。
「‥‥あなたたち、鳳さんを虐めるのもたいがいにね」
「虐めてないですよ?」
「愛情のあかしだもん。ほらぁ、可愛いじゃないですか」
ぷくっと口をふくらます少女たちと同じテーブルに、鳳羽衣がつっぷしていた。見ているこっちが気持ちいいくらいの熟睡ぶりだ。
後輩たちと同じ学年である羽衣は、すらりとした長身に大きな瞳が印象的な癒し系の少女だった。女子高のつねとしてバレンタインにはチョコレートがひきも切らず、憧憬の視線がたえることもなく、口説き落とそうと試みる上級生は数多い。冗談とも本気ともつかぬそれらの誘いを、羽衣はすべてやわらかくいなしてしまう。
ふんわりとした少女の、これが無防備な寝顔だった。
涎こそたらしていないが広いおでこに軽く汗をにじませ、しみじみ寝入っているのだ。
だが、みはるの指摘は、羽衣を起こさないことへの叱責ではなかった。
無防備な寝顔いっぱいに書き込まれた落書き。
おでこといわず頬といわず鼻といわず、ラメ入りのマスカラやアイシャドウで残されたいたずら書きは「寝るな!」に始まり兎の絵やハートマーク、はては「食べちゃうぞー」などの物騒な文句まである。
女子高にはありがちな遊びまじりの好意の形であり、それだけ羽衣は友人らに慕われているのだろう。
「あなたたちねぇ‥‥この子のおでこは伝言板なの?」
「あ、うらやましいと思ったでしょー」
「私たちの友情のしるしですから。羽衣はみんなのものなんですよーだ」
「先輩も、羽衣に所有の痕をつけたいですか? みはる先輩なら許可してあげますよ。羽衣も先輩のこと好きみたいですし」
にやっと笑った1人がマスカラを差しだす。
「あのねぇ‥‥あたしがそんなとこするわけないじゃない」
冷たく突き放しつつも口調には笑みをにじませ、天野みはるは後輩たちを追い立てる。
「さぁさぁ帰った帰った、勉強の続きは自宅でね」
「鳳さんはどうするんです?」
「さぁ? あたしも図書委員の仕事が残ってるし、図書室を閉めるまでの30分ぐらいは寝かせてあげるわ」
「あー、ほら、やっぱりイケナイことするん‥‥ぐぁ、痛ぁ」
軽口を叩きかけた1人の頭に、みはるは容赦なくゴチンと拳骨をくれた。
「そういう冗談は嫌いなの。さ、これ以上わずらわせないで」
「はーい」
厳しくも優しい先輩にせかされ、後輩たちがしぶしぶ支度をはじめる。少女たちを図書室の外に送りだし「本日閉館」の看板を廊下側のノブにかけると、みはるは入口を閉ざして扉にもたれかかった。
そっと、後ろ手に。
‥‥カチリと施錠の音がひびく。
「‥‥」
天野みはるは無言だった。
静寂の深まった図書室をみわたす端正な横顔だけが、ほんのり、妖しく上気している。
司書の山浦先生が休みなのは承知していた。誰も来る気づかいはない。
2人きり、だった。
熟睡していると知りつつ、足音を忍ばせて羽衣のいるテーブルへひきかえす。
背の高い本棚とプールを見下ろす窓に囲まれた隅の一角。そこに、眠り姫は変わらず静かな寝息をたてていた。
今日も午前中いっぱいは自主練で泳いでいたのだろう。しどけなく背中を流れ、机の上に渦を巻いてイバラのように腰あたりまで広がるストレートの黒髪からはプールの残り香が今も漂うかのようだ。
信じられないぐらい動悸が昂ぶっている。
笑顔、じゃれかかる表情、拗ねた顔、彼女のしぐさ一つ一つが寝顔に重なる。まるで走馬灯のようだと思い、その不吉な思いを吹き消した。とわの別れを告げるためじゃない。親しい先輩と後輩の関係では、みはるはもう満足できなかった。
羽衣との関係を正しく本気のものにするのだ。
隠すように背中に回したみはるの手のうちに、その覚悟のほどがあった。


‥‥狂おしい光沢をはなつ、黒革の手錠と、首輪と、鎖とが。


羽衣をあたしのものにする。羽衣をあたしのものにする。大丈夫、受け入れてくれる。
むせぶ息づかいを殺しきれず、さらに一歩足を進める。
鳳羽衣は夢のなか。
水着が入っているのだろう水泳鞄に頬をあずけ、腕をだらんとたらして寝こけている。
クーラーの風がさらさら髪をなで、柔らかそうな頬、無防備にすぎるうなじ、制服の襟ぐりからは胸の谷間どころかふくらみまでがのぞいていた。誘惑するかのように顔は上向き、かすかにほころんだ唇からひそやかに寝息が洩れる。
うねりだす感情が、最後の理性を飲みこんだ。
みはるはポシェットからお気に入りの口紅をとりだす。からからに乾いた唇に、少女のものではない、艶めかしい女の彩りが塗りこめられていく。ほどよく赤みがかった上品なベージュはシャネルのイドゥラバーズだ。
キスをしようとして、窓側をむいたままテーブルに深くつっぷした羽衣にうまく顔をよせられないことに気づいた。すぐに決心すると片膝をついてテーブルに乗りあがり、上からおおいかぶさると火照った顔を近寄せた。甘美なほどの柔らかさで、むきだしのうなじへ唇をおしあてる。
「‥‥」
寝ている少女のぬくもりが痛いほど唇の先から染みとおってきて、ほとんどぼーっとなる。ちゅっちゅっと、熱にあてられた表情で、首にも頬にも耳たぶにもあざやかなキスマークを残していく。
羽衣にキスするのは初めてではない。
今までにも閉館まぎわ、後輩にならってこういう「いたずら」をすることはあった。
けれど、今日はその意味が違うのだ。一息ごとに火のような感触が唇にやきつき、どろりと甘美に意識をただれさせていく。
「ん、んぁ‥‥」
かすかな羽衣の呻きが、われを忘れかけていたみはるを引き戻した。
ここが計画における最大の急所だった。いま彼女を目覚めさせたらすべてが終わる。
起こすなら完全に彼女を支配してからだ。
革手錠をとりだし、羽衣の両手をそろりそろり腰の上にねじあげていく。
緊めあげた手枷のベルト穴にバックル中央のU字ピンを通し、そこに南京錠をかけると、もはや本人の意思では外せなくなる仕組みだ。
通販で買った6800円(送込み、一式)のこの手枷は、簡単にはずせるナスカンで左右の枷が繋いであり、みはるの用途には不向きだった。そのため、彼女はナスカンを外し、2つの南京錠をからませることにしたのだ。
直角に曲げた後ろ手を背中で重ね、しなやかな腕に片方づつ革手錠を巻いていく。
真新しい革が羽衣の手首に吸いつき、かっちりと肌を食む。
厳しく絞りたてた左の革手枷を施錠すると残る右手も緊めあげ、ベルト穴を通したU字バックルと左手の南京錠を重ねて、その上に2つ目の南京錠をあてがい‥‥
カチリと、残酷な音が響く。
ぞくぞくぞくっとわきあがった勝利の感慨に全身をつらぬかれ、みはるは身震いした。
甘い呻きがはっきり口から洩れる。おおいかぶさる体の真下には、無防備に熟睡したまま、本当の意味で無防備な体にされてしまった愛しい後輩がいるのだから。
うっとり見下ろす少女は扇情的なものだった。
不自由な後ろ手拘束の身が呼吸に合わせて上下し、どこか窮屈そうに息がもれている。ナスカンと鎖を外して手首同士を密着させた分、いっそう拘束はきついものとなり、身動きも抵抗も圧迫されるはずなのだ。
「羽衣‥‥素敵だよ‥‥」
今度こそ片手片膝で屈みこみ、腰をねじって反対側をむく羽衣の顔に顔を重ね、吐息の洩れる鮮やかな唇に、唇を近々と震わせて‥‥みはるは、鳳羽衣の最後の砦を、少女の証を、奪っていた。
甘美すぎる刺激を伝える口。呼気がみはるの中に送りこまれ、かわりに舌を差し伸べ、少女の口腔をじわじわと侵食していく。狂おしいほどの妄想だった羽衣の中はぬるりと暖かく素敵な味わいをもたらし、並びのよい歯列にそって飽きることなく探索をくりかえすうちに、うっとり目を閉ざして酔いしれてしまう。
残酷ではない。侵略でもない。愛をそそぎこむだけの、女の芯をとろかす口づけ。
ときおり返ってくる微妙な反応や刺激をいじらしく思い、舌に舌をからめ、うなじと
腰を抱きよせながらなおきつく唾液をすすりあげる。
無我夢中だったのだ。
だから、すぐには気づかなかった。
舌先にからみついてくる舌、ほどこうとする動きを阻むように甘噛みをほどこす歯。
与えられた唾液を自然に飲みこんでいく動きに。

「‥‥」
「‥‥」

「‥‥‥‥!」
「‥‥」

ぎょっとした天野みはるが目を開けたとき。
唇をねっとり絡みつかせたまま、拒絶も非難もせず、静かにのぞきこむ瞳があった。
彼女に応えるかのように鳳羽衣はキスを受けいれていた。



               ‥‥‥‥‥‥‥‥



息が止まるほどの衝撃が身じろぎとなり、深い交わりが断たれていく。
唇が唇を惜しむかのように離れていき、間隙にいやらしい粘つく銀糸がアーチを描く。
「あ、‥‥あな、た‥‥」
「みはる先輩」
透明なまなざしを向けて羽衣がつぶやいていた。
衝撃をうけるはずがないにも関わらず、天野みはるはおののいた。力づくでもモノにしようとしていた当の相手の、あまりの普通ぶりに。怒るか、おどろくか、真っ赤になるのか。あるべき反応がないどころか、まるで当然のように彼女は唇を重ねあわせ、みはるに同調して舌を絡めあっていたのだ。
「な、なんで?」
それが理解できない。
攻めているはずのみはるが、支配しているはずの彼女が、混乱し、凍りついている。
仮に普通の反応が返ってきていたのなら、みはるは手を休めることもなく羽衣を責め、愛をささやきつつ服を脱がしていただろう。
「先輩の‥‥キス」
もう一度、羽衣がつぶやく。
その口の端からつううと涎がしたたりかけ、かすかに頬に赤みが差した。
それで眠気がぬけたのか、寝起きのぼんやりした瞳に色が戻ってくる。だが、羽衣はどこか普段と違っていた。いつものようなふんわりした、おっとりした表情ではない。
あくまで透明な瞳。表情のない顔が、みはるを凝視している。
みはるに腰を抱きよせられたまま上体を起こし、首をふった羽衣は軽く乱れた黒髪をはらった。その肩がひくりと動き、同時に鈍い金属音が短く鳴る。
「?」
なにが起きたのか分からないという表情で、鳳羽衣はまたも手を伸ばしかける。ひくひくと全身に力がこもっているのが見てとれるのだ。
「‥‥」
腰と肩を弾ませた羽衣は、不自然に背にまわされた自分の両手に、手首同士をつなぐ革の感触に、しばし不思議そうに首をかしげ、身をもだえさせた。むろん、彼女がどれだけ悶えたところで捕らわれの身が自由を取りもどすことはない。キン、カキンと無情な響きを2つの南京錠が奏でたてるばかりだ。
「‥‥そう」
うすく目を閉ざした羽衣は腕を左右にひねり、後ろ手の手首を押したり引いたりして軋ませ、真剣に息を詰めてもがいていたが、やがて納得がいったのか頬を赤くして、
「これが、みはる先輩の愛し方なんですね」
などと呟いた。
とろんとした普段通りの瞳が、けれど感情をこめずに天野みはるを糾弾している。
「じゃあ、完ぺき主義の先輩のことですから」
「な、なにかしら」
「こんな大胆な行動を取るってことは、きっと校内は無人で悲鳴なんか無意味、手錠を外すなんて不可能だから、逃げだせる可能性は絶望的、あとは泣いても嫌がっても、私は先輩にされるがままですね」
「‥‥そうよ。さすがに察しがいいのね」
「こんな無理やりに‥‥私は、先輩のモノにされちゃうんですか」
「嬉しいでしょう?」
急速に暗さを増していく図書室のなか、イドゥラバーズの口紅の痕を残した少女の唇が質問をつむいでいる。
奇妙に韻をふむ旋律にのまれまいと腰を抱く手に力をいれ、反対の手をなだらかな胸にのばした。寝汗で湿った布地ごしにもぴとっと掌に吸いついてくる羽衣の乳房。ブラジャーを通してさえ、丸みをおびた小ぶりな柔らかさと熱に、みはるは浮かされたようになるのだ。
プチ、プチッと一つづつ。卑猥に音をたて羽衣のブラウスがはだけられていく。
あらわになっていく自分の素肌を、そこに、おそるおそる這わされたみはるの指先を、羽衣はじっと見下ろしていた。
逆らわない肩を抱き寄せ、みはるが近々と額を寄せる。
「あたしは、少なくともあたしは、もう我慢できない。愛してるの。羽衣を愛してる‥‥だから絶対に逃がさない。お願い、羽衣をあたしだけのモノにさせて」
「愛しているんですね?」
「本気よ。分からないはずないでしょう?」
こくりと。
少女はうなずいた。それだけでみはるの中を電流が走りぬける。
羽衣は痺れるような悩ましい目を上目づかいに向け、
「‥‥いけない人」
歌うかのように、そろりと言葉をつむぎだした。
「みはる先輩‥‥本当にいやらしい人なんですね。私、幻滅しました」



               ‥‥‥‥‥‥‥‥



予想はしていた。
今は嫌われてもいい、必ず私を愛させてみせる‥‥それは傲慢にも近い熱情だ。
昂ぶる思いは堰を切り、もはや一線を越えずには、男女の関係にならずには(女同士でこの表現も奇妙ではあるが)いられなかったのだ。
だというのに、今、みはるの手はそこですくんでしまっていた。
幻滅。あまりにも冷ややかでハンマーのような語感が心を打ちのめす。
「みはる先輩‥‥?」
おおいかぶさったきり動こうとしないみはるを見やり、ネクタイの下ではだけられた制服のすきまに忍びこんだ手が固まっているのを見つめ‥‥あれほど従順に、奏でるかのようだった視線が、声が、しずかに冷めていった。
拘束された背中でもどかしげに腕をよじり、みはるの腕から逃がれようと抵抗しだす。
「‥‥最低」
みはるにぶつけられた鳳羽衣の口調は、おどろくほどに険しかった。
「喜ぶわけないじゃない。襲われて、初めての唇さえ奪われて」
「う‥‥あう、あたしは」
「当然でしょう? 幻滅したって、されたって」
「うあ、その、ゴメ‥‥」
「まさか謝るつもりじゃないでしょうね。。好き放題乱暴したら、尻尾ふって相手がついてくるとでも思っていたんですか? それで謝れば何でもありだと!」
「‥‥」
しだいしだいに少女の語気がヒステリックに昂ぶってくる。
「いつもそう。綿密に計算するくせに、最後の最後で中途半端。そんな覚悟で、私を襲ったんですか。私は、その程度なんですね‥‥卑怯者」
‥‥え?
顔をあげたみはるが見たのは、黒髪に顔を隠し、表情をみせまいとする羽衣だった。
拗ねているかのような反応にぞくりと心を揺さぶられ、むりやり少女のあごをつかむ。
あらがう力をねじふせてのぞきこむ‥‥
そこに、ドキッとするほどうるんだ2つの瞳が揺れていた。
甘えさえ含み、まぶたのふちまで目いっぱい感情にみたされた羽衣の瞳が泣いている。
嫌がりつつも逆らえない、そのジレンマにとろけているかのようだ。
「何を言わせたいんですか。何を待っているんですか!」
「‥‥」
みはるは答えなかった。
いや。答えなど、最初から知っていたはずだった。
手首を喰い緊める革の手枷をギシギシ弾ませ、無抵抗な両腕を揉みねじって訴えながらも、みはるの腕から逃れようとはせず逆にカラダをぴたりと押しつけてくるその意味に‥‥涙で揺れている瞳の、こぼれそうなほど大きな瞳の奥でけぶる、どうしようもない屈服の甘やかな色に‥‥
それらすべてが、初めから一つきりのメッセージを発していたのだ。
「幻滅されたから何だっていうんです。先輩のモノなんでしょ? そう言ってくれたじゃないですか!! 泣こうが嫌がろうが、もう、私は私のものじゃないのに。拘束して、つないで、首輪まで用意して」
「羽衣。あたしは‥‥」
「臆病者! 臆病者! するなら、せめて最後ま‥‥‥‥」
耳に痛いほどの慟哭を、みはるは乱暴な口づけに変え、強引に羽衣から吸いあげた。
「なっ、んぁッッ!?」
暴れる少女の抵抗を封じ、言葉のかわりに無限の思いを注ぎこんでいく。
遠慮も容赦もない。丸められたみはるの舌が歯をこじあけ羽衣を引きずりだし、顔をつまむとどろどろの唾液をたっぷり流しこんでいく。ふぅぅ、ふぅっと声を出せずに呻く羽衣の瞳が細まり、恍惚をきわめて、つうっと目尻からしずくが頬にしたたった。
やはり、そうだった。
2つの心が重なりあう。つまりは、少女もまた‥‥
明瞭に理解した今、彼女を喜ばせるという決意を秘めて天野みはるの口戯が愛情深く羽衣をとろかしていく。
唇を深く合わせたまま、制服の下に進入してくる掌に少女は自分から肌を押しつけた。
火照った胸は激しい動悸に乱れきり、ブラジャーの紐を抜き取ろうとすると協力するかのように羽衣自身が腰をよじって脱ぎやすいポーズをとる。
「んっ、んーっっ」
「んふふ」
かわいらしい無地のブラを鼻先に掲げられ、羽衣の顔が真っ赤になる。
唇を奪われていては文句さえ言えないのだ。
ぐちゃぐちゃにただれた交合に没入したまま、ネクタイをゆるめて革の首輪を少女にまきつけていく。細い首筋を黒の光沢がとりまき、手綱代わりの長いチェーンが垂れ、ついに南京錠が鈍く虜の響きを告げた。みはる自身が少女のために選びだした新品の首輪が、革のにおいをまきちらし、被虐のつやと隷従の圧力を秘めて囚われの羽衣の心を幾重にも深い絆で縛りあげていく。
「んっ、んはぁァッ」
ビクンと背をつっぱらせて羽衣が悶え、陶酔と絶望の淫らな喘ぎが鼻から抜けていく。
くたりと力が抜け、奴隷の証を施された少女は先輩の腕の中にもたれかかった。
ぷはぁという息つぎ。
ロマンスの息吹もない生々しく下品な深呼吸は、かえって2人の情欲をそそりたてた。
長い長いキスを終え、名残惜しげに紅をさした口唇が離れていく。
「はふ、う、みは、る先輩‥‥」
額をくっつけたまま、ろれつの回らぬ口で羽衣がささやいた。
さっきまでの、冷静で奇妙な愉悦の色が、ふたたび羽衣の顔に浮かんできている。
「先輩のキスで‥‥私、こんなになってます‥‥」
「知っていたわ。喜んでいるじゃない。どう。今度こそ、幻滅してくれた?」
「‥‥はい」
ぶるぶるっと背の高い少女が全身を震わせる。
睦言のあいまに、みはるの指がその情熱の証を‥‥カチカチに尖りきった細い乳首を中指と薬指にはさんでころころ転がしつづけ、そのたびにふわぁ、と、今にもイッてしまいそうな妖しげな声が羽衣の口からこぼれるのだ。首輪の鎖を引かれるがままに顔をあげ、逆らう様子もなくとろけた顔で先輩にすがりつく。
完膚なきまでの隷属。けっして軽くない革の感触が、本当に先輩の奴隷に堕とされてしまったのだという事実をくりかえしくりかえし少女に認識させる。嗜虐心をそそる表情に、みはるの体までが熱くいやらしく潤いだすのだ。
「ふふ‥‥気持ち良いぐらい感じてくれるのね」
「あん、ン‥‥」
しばしハァハァと快楽に身をよじっていた少女は、熱い吐息とともに語りかけてきた。
「その手を、離しちゃダメですよ」
「羽衣?」
とん、と足音をたて、鳳羽衣が机から立ち上がった。
頭一つ分高い後輩の少女。ほそい腰とうなじに両手をまわしたまま、必然、みはるは見上げる形になった。後ろ手の革手枷を軋ませて背を伸ばすとかるく胸をつきだしたポーズとなり、ゆるやかな上半身の曲線が、わずかな起伏を描きだす。
いざなうかのようにカラダをすりよせた羽衣は自分から捕らわれようと腰をひねり、寝汗で湿った制服のブラウスごとみはるに胸を押しつけていく。
そのまま先輩の耳たぶに柔らかくかじりつき、自分を縛りつける相手の耳朶に、熱く吐息を流しこむ。
「‥‥先輩は、私のモノなんですから」
「!!」
天野みはるの体が、おどろきの波でひくんとひきつれる。
みはるの横顔を乳房のふくらみにうずめさせ、不自由な後ろ手の体をまさぐられつつ、すらりと背をそらす長身の少女が上気した声をかすれさせる。
「違います? 私をこんなにして、虐めて‥‥なら、その先輩は誰のモノですか?」
「‥‥羽衣」
混乱しつつ羽衣を抱きすくめる腕に、理解とともに力がこもっていく。
もどかしく鎖をにぎったまま、みはるは羽衣の胸にくるおしいほどにキスの雨を降らせ始めた。一口ごとに濡れた舌で肌をなめ、汗をすくい、乳房の周辺をなぞっていく。
「ね?」
羽衣がにこりと笑い、みはるの瞳孔がおそれと予感にきゅっと収縮する。
「先輩だってずっと火照っていて‥‥本当はもうたまらないんじゃありません?」
「う‥‥あのねぇ、あたしは別に」
「それとも、先輩にとって、私はそんなに魅力なかったですか?」
みはるが口ごもるのも無理はない。
ひたすら愛撫を受けつづけた羽衣の乱れ姿を前にして、何もお返しをしてもらえないみはるのカラダは、我慢できないほど、太ももをもじもじ無意識にすり合わせてしまうほどに、感じてしまってたのだから。
「あたしは‥‥羽衣のもの。羽衣だけのもの」
「そうです。だから、先輩が私を好きにできるように‥‥こんなイケナイことをした先輩は、私が、しつけてあげます」 
「しつけるって。あたし、何をしたらいいの」
おずおずと後輩に訊ねかける天野みはるに、鳳羽衣はとびきりの笑顔をみせた。
「‥‥みはる先輩の一番えっちな顔を、みせてください」
それが決め手。
羽衣の責めるような言葉だけで、みはるのカラダが反り返り、はしたなくよじれた。



               ‥‥‥‥‥‥‥‥



太陽はほとんど沈み、長く射しこんでくる淡い輝きだけが無人の図書室を灯している。
いや‥‥
「あ、あのね‥‥ほ、本当に、しなきゃ駄目なの、羽衣?」
「何を言っているんですか」
空調の効いたはずの図書室にむっとたちこめるのは、熱気にも近い少女たちのかぐわしさだった。隠しようもない未成熟で甘い性の匂いが、空気を重く濃くまとわりつかせている。
窓を背にしたテーブルに、鳳羽衣が腰をのせていた。
右膝をたて、左足はだらんと机の下にたらして‥‥その膝に頬を寄せるように、上気した顔を傾けてこちらを見つめている。
ちょこんと座るそれだけで、囚われの少女はたまらなく蠱惑的だった。
本来なら膝を抱えこむ両手がきつく留められ背中で施錠されているせいで、不自然にひじを張り上体を丸めたその姿勢が、ひどく無防備な危うさを放っている。
「顔を赤くして‥‥今のみはる先輩、かわいいです」
うっとりと甘える口調そのままに。
玲瓏たる瞳が、うっすら湛える笑みが、何もかもが小悪魔的で淫蕩だった。
あえかな白いうなじに吸いつく首輪はブラウスのカラーを押しひしぎ、ほつれたネクタイと鎖が絡まりながら唾液のあとが残る充血したはだかの胸をいたぶり、まくれたスカートの蔭りで白い布地が視線を誘いこむ。
「羽衣‥‥ねぇ‥‥ん、うンッ」
いやらしく半裸に剥きあげた拘束少女を前にして、かってないほどの動悸に胸をわしづかみにされた天野みはるはハァハァと呼吸を荒くさせ、没頭できない辛さから優美な眉をきゅっと切なげにひそめていた。
「はっ、ハァ‥‥こんなの、あたし‥‥許してェ‥‥」
「駄目‥‥ですよ?」
あどけない天使の声で拒絶され、悩ましげなドミナの顔がさらにゆがむ。
ツプンと淫蕩なしぶきをたてて指がもぐりこみ、クチクチと恥ずかしい音が響くのだ。
羽衣の正面で椅子の腰かけたみはるはM字に股を開き、秘めた部分を外気にさらして――つまりは、自慰行為を命じられていた。
頬を染めあげるオレンジの夕陽が、熱っぽい少女の凝視から顔を隠すことさえ拒む。
ブラウスの上から大きな胸をまさぐり、ぎこちなくスカートの下へ手を沈めながらも、思うように官能にひたりきれない。恥ずかしさが行為を鈍らせ、必然、快感どころか極限のさらし者のなかで、イクにイケない焦らしばかりが延々とみはるを責めあげていくのだ。
「こ、こんな駄目、だめ‥‥」
「‥‥」
「あたしイケるどころか、恥ずかしすぎて‥‥カラダ、が」
とうとう泣きそうな瞳を閉ざし、指を止めたみはるは無言の羽衣に屈服してしまう。
と、少女がついっと机から降りたった。
ぞくとカラダが震え、みはるは思わず、ボタンを外してもいないブラウスの前をかきあわせてしまう。
自由を奪いとり、本気の口づけで陥とし、首輪をはめ従属させた拘束少女が近づいてくる。おそれではなく、どろどろした予感にみはるの動悸は高鳴り、快楽に焦がれた
女の裸身がひとりでにうねってしまうのだ。
奇妙な逆転の構図だった。
透明な瞳に甘い嗜虐の揺らぎをたたえて少女が近寄ってくる。
「来て」
トクトクと胸を昂ぶらせたみはるの差し伸べた手に、羽衣はそっと頬をすりつけた。
苦労して縛められた躯を屈め、下僕のようにひざまづくと上目づかいでドミナに囁く。
「いけない人。何を期待していますか?」
「‥‥羽衣とおなじことを」
「うわぁ、なにソレ。ずるいですよぅ、ソレ」
クスクスっと淫靡な笑みをこぼし、ジャラリと鎖を揺らして羽衣がしなだれかかった。
自分自身と比較するかのようにみはるの大きな胸にうっとりした目を投げ、色づいた唇から吐息をこぼすと、クーラーの冷気にもかかわらず汗ばんだブラウスのボタンにかぷりとかじりつく。
「お手伝い‥‥して差し上げますわ。お姉さま」
いたずらっぽくしなを作り、プチ、プチ、と羽衣がボタンを外しだした。
むろん、手枷を嵌められた手が使えるはずもない。
口だけをつかって器用にボタンをくわえては一つ一つ胸元をはだけさせ、ブラの中に窮屈におしこめられた胸がぷるりと弾むと、ぽよんと谷間に顔を沈めて舌をだす。
「あ‥‥ンァ、羽衣、それ」
「先輩の胸‥‥すごく気持ちイイです。暖かくて、ドキドキ弾んでる」
たまらずこぼれる喘ぎ声を懸命に押し殺し、奉仕される側の悦びにじーんとカラダをしびれさせたまま、少女は愛おしい奴隷の姿に魅入っていた。
「あむ、っう、ン、ふぅんン」
子猫のようにちろりと濡れた舌をのぞかせ、ブラのふちを彩るフリルと肌との境目を少女の口がねぶりだす。熱心な刺激がたまらぬ愉悦をうみだし、みるまに乳首がつんと固く尖っていくのだ。
「気持ち‥‥イイですか、みはるも」
敬語ではなくじかに名前を呼ばれた瞬間、電撃のような甘い衝撃がみはるを貫いた。
求めあい、惹かれあう心がしっかりと繋がったような気がしたのだ。
「う、うんっ、すごく」
「こんな恥ずかしいことするの初めてだから‥‥うまくなかったら教えてくださいね」
「あたし、羽衣の初めて、たくさん奪っちゃった」
「みはるになら‥‥」
ひくひくと隷属の悦びにまぶたを伏せ、桜色に染まってただれきった肌に羽衣が舌を這わす。ねっとり尾を引く淫靡なしずくがきらきら痕を残し、敏感な肌をさらに過敏に焦がしていく。
「胸も見せてください‥‥私、みはるのカラダ、ずっと、うらやましかったんです」
「う、うん‥‥いいよ」
もはや、ためらいはなかった。自分からブラに手をかけ、ホックを外そうとする。
‥‥その手が、擦り寄った羽衣の口中に吸い込まれていた。
「はっ、羽衣?」
「ン、あむ」
びっくりするみはるをよそに、羽衣はチュパチュパ音をたててみはるの指をしゃぶる。
歯の先で関節のうらをくすぐり、甘えるように咎めるようにそっと噛む。
「駄目ですよ、みはる。ンッ、んむっ‥‥私から、奴隷の義務と愉しみを奪わないで」
「うふふ。甘えん坊だわ。じゃ、こんな意地悪はどう?」
「ンっ、んふぅー!」
「なぁに。あたしの指をべたべたにしちゃって、いやらしい子ね」
咥えられた指で羽衣の舌をきゅっとつまみ、ねっとり指を意地悪く引き抜いていく。
舌先をはさみこまれたままン、ン、と喉をならす顔を引き寄せられ、羽衣はネクタイにかじりついた。襟がゆるんで肩まで上半身がはだけられると、しっかり肩紐で支えられたブラを、かいがいしく少女が脱がせていく。
肩から紐を抜きとられ、ホックが外れ‥‥
パンパンに張りつめたブラからたわわな胸がまろびでると、たゆんと弾んだ乳房の熱にあてられ仄かな嬌声があがった。上半身をはだけて素肌をさらけだし、触れられる瞬間を待ちわびるばかりとなった自分の双乳を、みはるは複雑なコンプレックスのいりまじった瞳で見やる。
「羽衣は嬉しい‥‥の? うらやましいの? こんなのが」
「?」
「だって、大変なのよ? 肩は凝るし、運動はしんどいし‥‥ん、ンァッ」
今度こそブラ越しとは比較にならない甘美な衝撃で、みはるの喉がそりかえった。乳房の上に唇をはりつけ、きつく吸いあげた少女がキスマークを印したのだ。
赤くなった表面に舌を嬲らせながら羽衣が命じる。
「つづけて」
「それに男はみんな‥‥変な、最低な目であたしを見るんだもの‥‥んっ、はぁン」
「でも、私もまさに今、そういう最低の目でいやらしく見とれています。どころか、ふふっ、ね?」
「あっン、はぁぁンッ!」
いたずらっぽい無邪気な羽衣の問いかけに背筋をガクガク余韻にしびれさせることしかできず、あられもない声でみはるはよがり、喘いだ。会話はたやすく疚しい喘ぎにすりかわり、快感にカラダを揺さぶらずにはいられない。
強弱に含みを持たせ、舌先でたわませたり舌全体でかすかな汗の湿りを舐め取ったりしながら熱心な奉仕がつづく。
無限の痙攣。
それらが怒涛のように少女のカラダを捕らえ、押し寄せてくる‥‥
そのとき、すっと柔らかい触覚が引いていった。
「あっ、いやぁ、羽衣ぉ」
「駄目。私はここまでですから。最初に約束したでしょ?」
自分自身も疼きをこらえた愉悦の口調で、けれど羽衣はきっぱり拒絶した。恥も外聞もなく続きをねだって伸ばす指からするりとのがれ、首を振った少女がもつれた黒髪を肩からはらい落とす。
「みはるの手でイクところを見せて欲しいんです。だから‥‥ン、私も、それまでは我慢‥‥する、から」
「うぅぅ、そんな、殺生なー」
「いいですか、一番エッチな顔ですよ? 1回オナニーでイクまでお預けです」
女をとろかす調教の命令というならば。
この鳳羽衣の一言こそ、みはるの仕打ちよりなにより厳しい命令であり、くるおしい2択をつきつけるものだった。お預けか、さらし者か。見られながらの、ほとんど苦痛まじりの自慰行為を要求され、それでも今の火照ったみはるの裸身は愛撫の続きを求めてくらくらと眩暈を起こさせるのだ。
それでも、ほんのわずか逡巡し、許しを求めて羽衣の顔を見やり――
観念して上体を折り曲げ、胸と股間に手が伸びたとたん‥‥どっと、獣のような悦びがみはるを壊していた。
見られている。凝視されている。恥ずかしい姿をさらけだしている。
クチュ、クチュという控えめな淫汁は、あっというまにしぶくばかりの激しい慰めにすり替わっていく。指がとまらず、痛いぐらいに爛れたクレヴァスに指を飲みこませ、女の帳からしずくを掻きだすばかりの乱暴さで自分自身を虐めていく。惨めな行為であればあるほど、獣じみて浅ましい仕草であればあるほど、はしたない本性を愛する
人に見せつけている実感が、くすぶる欲情の焔をかっかと照りかえらせるのだ。
「――――ッ!!!」
「やっ、ヤダ‥‥みはる、ってば‥‥」
まるでおそれているかのような、怯えているかのような羽衣の声が遠く届いている。
恥ずかしい。軽蔑されるかもしれない。嫌われちゃうかもしれない‥‥でも、なのに、官能でどろりとかすんだ瞳にうつる羽衣の真っ赤になった顔が、みはるをもっともっとと駆り立ててていくのだ。
「見て‥‥あたし、これが本当の、いやらしくて‥‥ン‥‥」
「ふぁ、そんなに‥‥そんなにして‥‥」
自分が何のために始めたのか朦朧として思い出せないぐらい、深く、深く、みはるは没頭しきっていた。イク所なんて見られたくない、でも指が、あそこが、ぐじゅぐじゅになって刺激を貪っている。自分の世界でカラダを開け放ち、いつものように乳首をひねり、たわませ、ツメを立てるぐらいにして美乳を虐めていく。
ダメ、来ちゃう‥‥!!
惨めなよがり顔を、一番みっともないところを見られちゃうっ‥‥!!


――全部、みはるのせいですよ。みはるが私をこんなにしたんです。


少女が何かを語りかけきた、その直後。
不意にがばっと熱を立ちのぼらせる裸身がしなだれかかってきた。その勢いと重みに躯がビクンと反応し、クリトリスをなぞっていた指がぎゅうと敏感な肉芽を押しつぶして‥‥
「ン、んぁぁ‥‥ッッ!!!」
「私‥‥私には、もう、どうしようもないんです」
なにがなんだか分からずつぅんと絶頂に突き上げられ、長く揺り戻すアクメの衝撃で少女の躯をを胸にのせたまま、乱れくるったドミナはガクンガクンと腰をふっていた。
イク。いってしまう。
意識が飛びかけ、ひたすらな愉悦の大波が裸身をかけめぐっていく。
ぱっくりと指で開きっぱなしだったクレヴァスは灼熱の官能に爛れきって肉色をのぞかせ、羽衣の下腹部にまで、だらだら熱い透明な愛液をたらしていく。
「‥‥し‥‥たしのこと」
胸から首へ、首から頬へ、そして耳たぶへ。
キスをくりかえしつつ這い上がってきた少女の唇が吐息をそそぎ、遠くうつろだった声がみはるの耳に囁きかけた。
「私のことだけ、見てなきゃ‥‥イヤ」
「は、ふぅ‥‥羽衣‥‥」
「私‥‥私には、もう、どうしようもないんです」
みはるのモノなんですから‥‥
腰をゆすりたててモジモジと足をからめてくる少女の肢体が告げる望みは一つきり。
ためらわず細腰をぐいとかき寄せたみはるは彼女のスカートを外し、自分のしずくで濡れそぼった利き手をショーツの下へ滑り込ませていった。



               ‥‥‥‥‥‥‥‥



宵闇のなかで柔らかな美しい曲線の輪郭がくねり、くんずほぐれつ熱心に絡まりあう。
相手を求めるその抱擁がなんであるか分からずとも、図書室のその一角に濃厚にたちこめた女の匂いばかりはごまかしようのない淫蕩さに達していた。
「ん、あぅ。あたし‥‥うん、うン。うんっ」
「エッチなんですね」
「うぅ‥‥う、ぅあぅ‥‥だって、羽衣に見られて」
「ウソばっかり。サイドが紐のショーツなんて初めて見ちゃいましたもの」
ぐずぐずに溶かされた蜜の声音で歌うように糾弾しつつ、羽衣がついと口で咥えてみせる。ブラと対になったそれは妖しい大人の魅力をたたえ、裏返すとすっかり粘液で変色しているのだった。
上目づかいにうふふと浮かんだ小悪魔の笑いが、ふっと崩されて快楽に喉を絞りだす。
広げた股のあいだに羽衣を抱き寄せたまま、天野みはるの空いた手が少女の下腹部にちゅぷんともぐりこんだからだ。まだまだ未成熟なスリットを強引に開くことはなく、すべて心得た指がゆるゆると涎をあおり少女の華をほころばせていく。
くぅんと猫のように喉を鳴らし背中を反り返らせる少女のおとがいを指でつまむと、みはるはたっぷりと情熱的なキスを施していた。
「ンッ」
「ン、ハァァン」
唇をつたい、交歓される快楽の味はひとしく等価。
どちらの少女も、エクスタシーを迎える寸前のところで、どうにか理性をつなぎとめお互いにいやらしいペッティングを施していくのだ。
「優しいんですね、みはるは」
「はっ、はひッ」
「意地悪だけど、痛くないように、ンはぁッ‥‥縛ってくれてる、でしょう?」
下から上へ。
敏感すぎるおへその穴から始まり、たっぷり涎をまぶした舌でお腹をなぞりあげつつ、鳳羽衣はわざと腰をゆすりたて、固く施錠された後ろ手の革枷をきちきちと軋ませてみせる。
不自由なポーズを強要する後ろ手の縛め。
けれど実際、彼女の言うとおり肌に吸いつく革の枷は、安価な手錠などと違って手首を傷つけたり縄のようにうっ血させるおそれが少ないのだ。遊びの少ない南京錠が、窮屈な不自由さで少女を甘く悶えさせる。
「こうやってもがくとね。私、先輩のモノなんだなぁって、これが夢とかじゃなくて
本当に虐められているんだなあって、幸せになるんですよぅ」
「ふふ。だから言ったじゃない。素直に喜べばよかったのよ、最初から」
「はい」
とろんと瞳がからみあい、ちゅっとすばやく唇同士がついばむ。
「私いま、調教されている真っ最中じゃないですか。ご主人様がみはるで、奴隷が私。いっぱい泣かされるんだから、せめて今のうちにできるだけご奉仕しなきゃ、って」
「‥‥バカ。えっちな子ね、本当に」
夢中になって舌を転がす少女の頭を、みはるはわしゃわしゃと撫ぜた。
はちきれんばかりの乳房に少女はすがりつき、自分自身も剥きあげられたお尻をつるつると弄られて声を裏返しては、ひたすらに弄りまわされ桜色にゆだった胸を寄せて乳首と乳首をなすりあう。ボリュームも雰囲気も異なる4つのふくらみは、それゆえ凶々しいほど艶やかなのだ。
「そんなモノがあろうがなかろうが関係ないわ。あなたはあたしのモノなんだから」
「へっ、う‥‥?」
ドキッと少女が口ごもり、赤裸々な愛の調べに目を赤らめた一瞬をみはるは逃さない。
ころんとバランスを崩すと回りこんで上になり、ちょうどシックスナインのように、生乾きのしずくを新たな蜜が汚す少女の下腹部をのぞきこむ。
みはる自身のお尻のあたりから、不安そうな、おどろくような声が聞こえてきた。
「ン‥‥腕が、痛いです」
「そうね。でも、すぐに気にならなくなるぐらい‥‥」
多分、自分の今の表情は相当にサディスティック入っているのだろうと想像しつつ、首をねじったみはるは軽い怯え顔の羽衣に婉然とほほえみかける。
「‥‥気持ちよくなるから」
「っ、っっッッン、ンンン‥‥ん、ひゃァァ!!」
頭を下げ、濡れたスリットに唇を寄せる。
くぐもった息づまりから一転、立て続けの悲鳴がわきあがった。エクスタシーの予感を見せつけられて悲鳴は甘い呻きとなり、ほころびだすクレヴァスを裂き割って卑猥な芳香と真新しい蜜をすすりあげていくと、少女のそれは甲高い啼泣にまで高まっていく。
「もっとよ。もっとかわいい声を聞かせて、羽衣」
「はぁん、ひゃぁァアン、そんなぁぁ」
舌ったらずな喘ぎ。
嫌がっているのかよがっているのかそれさえ本人でも分からぬほど、快楽成分をたっぷり含んだ声はみはるに優越感と満足をもたらした。はかない嬌声の誘惑は、神経のことごとくを下半身に集めて灼りつかせていくかのようだ。
初のクンニを汚いと嫌悪するまもなく、火照る裸体はみるまに女の準備を整えていく。
熟練の技巧であっけなく陥落した虜のカラダ。
黒のハイソックスだけをまとうむきだしの下半身はこれ以上なく扇情的で、股間の秘部、初々しい血色をたたえたスリットに一本づつ指を食いこませて優しく帳を開いていくと、はかない呻きと身もだえとともに粘膜の奥に溜まっていたしずくがどぷりとあふれだしてくる。
かすかにおしっこの匂いがしたが、総じて清潔に身を保っているらしく、はっきりと鼻をくすぐる羽衣の体臭が、みはる自身のカラダもじゅんと潤ませていた。
クンニに対するレスポンスは、大胆であられもなくはしたない。みはるの思うがままあやつるがままに喘ぎは途切れることもなく、少女は無上の悦びにみちた嬌声を奏でさせられていく。
「んふふ‥‥ねぇ、物足りないなぁ」
「ひっ、ふぅぅ、はぅ‥‥なに、なにでしょうか」
「なんだか分からないの? ギブ&テイクじゃなくって?」
「‥‥あ」
ドミナはわざと腰を高くかかげ、挑発的にゆすってみせる。
残照のおりなす橙と黒の濃密な影のなかできらきらと透明な雫がこぼれ、いくらかはぽたぽたと少女の顔にしたたるのだ。
気づかれないように指での愛撫はつづけながら、首を傾けカラダを浮かしたみはるはお股のあいだで上をみあげる少女の様子をそっと観察する。
まるで誘われるかのように、羽衣はうなじをそらし、首をもたげていった。
目をみはり、予感に腰を震わせつつ、みはるもそのときを待つ。
息がかかるほど近々と顔を寄せた鳳羽衣は、一瞬きゅうと目をつぶり、天野みはるの女の部分めがけて一気に顔をうずめていって‥‥


――次の瞬間、激しく咳きこんだ。


「あぁぁ‥‥大丈夫?」
しまった、とみはるは内心ほぞを噛む。
典型的なミスだった。
女同士の場合、初エッチのときこそ注意深く年長者が導いてやらないといけないのに。
グロテスクな性器の形もあるし、なれない中で強引に自分ばかりが愉しんでいては、相手にトラウマを与えかねないのだ。
すべてリードする側の責任であり、みはる自身がなにより申し訳なさで一杯になる。
あわてて腰をあげ、シックスナインの姿勢をほどこうとする――
その下腹部に、少女みずからが舌をさしこみ、軽く歯までたてて身動きをはばんだ。
痛みまじりの鮮烈な刺激は、まるで内側から肉をむさぼられたかのように彼女の躯をガクガクとたわませる。
「ヒァッ! はっ、羽衣!!」
「ううん、違うの‥‥あたしが慣れていないから、だから、だから」
懸命になってみはるを引きとめようとする。
言葉がつまってまたひとしきり蒸せ、さらにケホケホと喉を鳴らしたあとで、
「大丈夫です。私が焦って毛が喉にからんだだけです」
「女の子のって、けっこうグロでしょ? きつかったら辞めていいのよ」
「そんな‥‥」
驚いたように声を切った少女は、心からの言葉で――
「みはるの中、すごいエッチで夢中になります」
またしても。
平然と、頭を殴りつけるかのようなそんな甘いささやきをもたらした。
鼻の頭をてらてらと光らせたまま顔をあげてこっちをのぞきこむと、少女は反則的なかわいさでにっこり微笑みかけ、本格的にクンニリングスに集中しはじめた。
ピチャピチャというみだらな猫舌。
かわいらしいと思う間もなく、少女の攻撃はみはるが意識を飛ばすほど大胆なものに変貌をとげていく。
「あぅ、ン、ンン‥‥ひゃァァン、なに、なに、それェェ」
びっくりし、あわてて腰に力をこめてももう遅い。すっかり無防備だったクレヴァスすべてをおおいつくすかのようにかぱっと唇を開いた少女が吐息を吹きこみ、弾んだ腰から際限なく淫ら汁をしゃぶり啜りつくしていく。
あっというまに主客が反転し、責める側が気をやる寸前にまで追いこまれ、みはるは焦って反撃を開始していた。汗としずくと涎が渾然一体となって攪拌され、見るものすべてを疼かせずにはいられない性の桃源郷が広がっていく。
もちろん2人のクンニは舐めるだけではない。
歯型を残し、きつく吸いあげて肌を赤くさせ、鼻先でくすぐり、さらには腰と腰を、
胸と胸を、おたがいにくなくなとなすりあって密着した悦びを分かち合うのだ。顔をきゅうとしめつける太ももの力がよがり具合を教え、喘ぎ声がさらなる嗜虐心をよびさます。
――どれだけ経っただろう。
すでに3度は淡いアクメに気をまかせ、天野みはるはまだまだこんこんと湧きあがる情欲にあかせて羽衣を責めたてていた。首もだるく口はガクガクするが、それでいて羽衣も手を休めることなく、さらに思いつくかぎりのアイデアでみはるをイかせようと狙っているのだ。
その意志をくじけさせようとして柔らかな桃尻に両手の指を食い込ませたとき、意外な少女の一言がみはるの耳を疑わせた。
「ズ‥‥ズルイ、ですよぅ」
「ええっ?」
「ズルイ。手を抜いちゃヤです。もっと徹底的に私にしてくれていいんです、みはる」
まるで気をやれず焦らされたかのような、悩ましげな響き。
いや、そんなはずはない。
こうして机の上でシックスナインの体勢にからみあい、持てるかぎりのテクニックでみはるは優しく羽衣を溶かしてきたし、現にしゃぶりつく目の前で羽衣のスリットが幾度となく浅いアクメにひくつくのを確認しているのだから。もう、充分に彼女は歓楽を得ているはずなのだ。
今だってそう。ひくんひくんとクリトリスが揺らいでいる。
ふっ、ふぅっと淡い呼気を吹きかけてやると微細なそれがかえって新しい刺激をもたらすのか、充血して包皮のすきまから顔をのぞかす小さな肉芽がふるふると跳ねては充分以上の快感を少女の芯に送り込んでいく。
腰のささやかな動きにさえ反応するそれは、まるで首をふってこれ以上の刺激を嫌がっているかのようで無意識の嗜虐心を見る者にそそらせるが、しかし、少女の未熟な性体験を考慮したうえでドミナは自重したのだった。
クリトリスにはあえて手を触れず、じっくりと性感を開発することを意識して少女の帳を責めていていく。
理由は簡単。行きすぎた女の悦びは苦痛にも似て尾を引くものだから。
それゆえ、甘くソフトな刺激こそをと心がけて優しい快楽を与えていったはずなのに。
「あたしのどこがずるいのかしら」
「ダメです‥‥よっ、もっと‥‥ひどく、ひどく、痛くしてくれないと‥‥」
「どうして」
「だって、みはるは無理やり酷いことをするんですから、私に‥‥じゃないと、私がみはるのモノだっていう証が残らないんだからぁ‥‥!」
「‥‥バカね、羽衣は」
きれぎれにあどけない思いを主張する羽衣に、思わず微苦笑がもれた。
証だなんてそんなもの。これからは、いつだって、好きなときに、好きなだけ。
たっぷりとつけることができるんだから――
最後は言葉にすることもなく、その代わりにみはるは行動でしめした。
ぬるりと舌を引き抜き、息をつめ、急にやんだ刺激に少女の腰が動揺してうねりだすタイミングをじっくり待ちかまえて‥‥
一片の容赦もあたえず、半剥けの包皮から肉芽をつまみだすなり舌ではじいたのだ。
ずずっと充血した肉芽の感触がみはるの舌先に残り、そして。
「はぁぁぁん、あぁぁン‥‥‥‥!!」
「ふふん」
ガバッとこわばった少女のカラダが、狂ったような痙攣と弛緩で打ちのめされていく。
喉をそらしてあえかに呻く羽衣に、当然の勝利を知って余裕の笑みをみせる。
――その、次の瞬間だった。
「!!!!」
つぅんと強烈な衝撃がみはるを貫く。
神経のかたまりを吸いだされ‥‥くすぶっていた体内の焔が一気に爆発した。
予想外の、気を抜いた瞬間の攻撃。
みはるもまたクリトリスにしゃぶりつかれ、限界を超えた快楽の波濤におぼれていく。
灼りついた神経をかけめぐる官能が肌の表面を舐めつくして走り、こりっと歯を立てられた痛みさえもがたまらないアクセントになって、みはるをどろどろにあふれさせて、したたるしずくの音さえ耳から遠くなって――
「イク、ウソッ、あたしまたイクよ、羽衣ぉぉっ‥‥‥‥」
「みはる、みはるぅぅ‥‥!!」
初めてでほとんど同時にエクスタシーに達するなんてまるで奇跡だと感激したのを最後に、天野みはるは少女のかたわらにくなくなっと崩れ落ち、脱力した四肢をアクメのぶりかえしでブルブル引きつけつつ、奈落に意識を手放した。



               ‥‥‥‥‥‥‥‥



しばらくは立つこともできず、すっかり汗だくになった肌でひしと抱き合っていた。
闇をましていく図書室と満ちたりた息づかい。
その長い長い沈黙を破ったのは、みはるの携帯から流れだす着メロだった。
「わ。ふわっ、みはるどうしよう、あれ、お母様だ」
「えっ、え、へぇっ!?」
考えてみれば、無視すればよかったのだろう。だが、静かすぎた空気を破るノイズにあわててしまい、とっさには手枷も外しようがなく、奪うように携帯をとりあげると羽衣の耳に押しあてる。
「はっ、はい‥‥うん、うン私」
普段どおりをよそおって上気した顔のまま羽衣が応対をはじめた。いつもと同じふわふわした口調を出そうと懸命に努力しているが、いかんせん、澱のように体内に残る官能の残滓が、どうしたって声を耽美に浮つかせるのだ。
軽いいたずら心が頭をもたげる。
携帯をあてがったまま、焦る少女の後ろにまわりこむ。羽衣の顔色が変わった。
何をされるか理解して必死で身を揉みねじるものの、拘束されたカラダで携帯を支えてもらっている状況下では、逆らえるはずがないのだ。
「いい声で鳴いてね」
「‥‥‥‥‥‥ひッ!!」
反対の耳たぶに煽りを吹きこむと、みはるは剥きだしのオッパイに手を這わせ揉み揉み虐めはじめた。たちまち恋人の顔がくもっていき、悩ましげにかつ苦しげに裸身がひきつり、腰がガクガクと弾みだすのだ。
それどころか、しっかりと粘液さえ太ももをつたいだす。
「あ、お母様‥‥はい、ヒッ」
「‥‥」
「ふぇ、ふへェッ! ‥‥ン、違うの、ちょっとプールのあとで風邪引いたみたいに」
「‥‥」
「あふッ‥‥ンン、そう」
「‥‥」
わざとらしいくしゃみまで混じえての懸命のアピールがかわいらしい。
「うん、ええ‥‥だから大丈夫」
ふぅふぅと必死で嬌声を殺していた羽衣が、ふっとちらりと挑むような視線を投げた。
ぎゅううっと爪先をそりかえらせ、みはるの腕にぶるぶるっとへたりこむ。
「今日はいいの。天野先輩の家に泊まるから。うん‥‥勉強をみてくれるって」
「え?」
驚いたときには、もう、電話は切れていた。
ワケが分からないというみはるに、涙まじりの怨嗟の顔がむすっと向けられる。
「あんなことをした罰です」
「なんで家に?」
「私、初めてだったんですから。一晩みっちり責任取ってもらいます‥‥それに」
まだ呼吸を乱れさせたまま、頬をあからめた鳳羽衣はごにょごにょと言葉をつむいだ。
まだ、止まらないんです。
疼いていて、たまらないんですから‥‥と。




                            (FIN)
<2005.09.11 UP>

… 対作「落書き姫と夏の口づけ」を読む …
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