■ ユキ
darkover様


 僕たちの高校は田舎の、本当に「田舎」という言葉が似合うくらいに田舎の小さな学校で、同級生のほとんどは小学校や保育園からの知り合いだった。言い換えるならばみんな幼馴染みという状況なのだが、こういった田舎にあっては、この言葉はさらに近しい間柄に限って使われる。つまり、家が近所で毎日のように顔を会わせていたような相手だ。
 僕にとっては、まさしくユキがそれだった。


「ねねねねコウちゃん、今日のお弁当は何、何、何?」
「鶏肉の唐揚げに野菜炒めと卵焼き」
「ふうん、オーソドックスだね。まあいいや」
「お前ね、人に弁当作ってきてもらってその言い種はねーだろ」
「だって、あたし料理下手なんだもん」
「そんな事は十年以上前から知ってるよ」
「じゃあいいでしょ……うん、美味しい」
「って人の話を聞けよ、おい」


 ユキの家は僕の家から五分と掛からない場所にある。僕とユキは保育園に上がる前から仲が良かった。最初に顔を合わせたのは多分物心もつかないような昔の事だと思う。気がついた時にはもう、ユキは僕の側にいた。
 幼い頃は男子よりも女子の方が身体が大きく、少しばかりの先導権を握る事が多いものだが、僕とユキもそうだった。ユキの印象といえば、まず軽やかな笑い声が浮かぶ。ユキは本当に楽しそうに笑っていた。


「コウちゃんはヤキュウ、ホントにヘタだよね」
「うん……どうしてユキちゃんはあんなはやいボールうてるの?」
「ええと、よくわかんないけど『きあいとこんじょう』なんだって」
「あのマンガよんだら、ぼくもうまくなるかなあ」
「『きょじんのほし』だったっけ。たぶんだめだとおもうよ」
「ぼくもホームランうちたいなあ」
「それじゃ、あたしと『とっくん』しようよ。あのね、『せんぼんのっく』っていうのがあってね……」


 小学校から中学校へと、僕たちは仲の良い友達付き合いを続けていった。中学生になった僕はユキとの関係がくすぐったいようにも感じるようになり、「幼馴染み」という言葉を「腐れ縁」などと言い換えてみたりしたが、もちろんそれでユキのスタンスが変るような事はなかった。


「さあて今日はバレンタインデーですが、コウイチくんの戦績はいかに?」
「ユキのそういうトコが大っ嫌いだ。俺がもてない君なの知ってるくせに」
「あははは、まあ落ち込まずに食えマイチョコ。実は期待してたでしょ」
「う、図星だ。かたじけなく頂いておく。感謝」
「よいよい、ホワイトデーのお返しには奮発せよ」
「はあ、やっぱりそーいう魂胆ですか」
 
 男女間の性意識が生じたのは高校になってからだ。僕はそれまでユキを女として意識した事などなかったのだが、この頃になると僕の周りの友人たちの間にも、いくつかカップルめいた代物が出来ていた。
 当時の恋愛事情は、今と比べれば実に子供染みたものだと言えた。クラスの中でも「進んでいる」と言われるカップルでもキスをした事があるか否か、といった程度だったし、実際の行為に至った事例は校内で数件、それも本当なのかどうか分かりかねるような噂に過ぎなかった。


「シンヤとミチコ、先週の日曜にヤっちゃったんだって。すごいね」
「あのねユキ、仮にも女の子なんだから、そんな言葉は使わないの」
「……はぁい。でも『仮にも』ってのは取り消せおい」


 僕とユキは、高校になっても仲が良かった。ユキは保育園の頃からずっと続けてきた「コウちゃん」という名で僕を呼び、暇を見てはだらだらとした時間を共に過ごした。周りの連中はそれを見て、僕とユキの事を恋人同士なのだと勝手に判断していたようだが、僕にはよく分からなかった。分からなかったので下校時、試しにキスをしてみた。
 初めて重ねる女性の唇の軟らかさにも驚いたが、何よりも驚いたのはユキの反応だった。学生鞄による怒りの一撃を覚悟していた僕に、ユキは勢いよく抱き付いてきた。僕は困惑した。


 「好きなの、コウちゃん」


 やがて僕たちはセックスした。そして失敗した。



 僕は高校を卒業し、都会の大学へと進んだ。
 初めての行為はユキをいたずらに苦しめただけのようで、僕たちの関係は信じられないくらい簡単に、あっさりと崩れ去った。僕はユキと顔を合わせる事を避け、そうこうしている間に大学受験が終わった。僕は田舎を後にした。
 都会は驚くほど多様な人々の坩堝だった。ごったがえす人の群れ、時間の流れるスピードが妙に早い。田舎が牧歌的に思えてくるほど、都会の暮らしは慌しいものだった。遠くに来ている、という実感があった。違う場所、違う人々、違う言葉、信じられないほどの混雑、空を閉ざすビルの群れ。何もかもが異質に見えた。
 大学生になった僕はとあるサークルに入った。そこの飲み会で、僕はサークルの先輩と訳の分からないうちに意気投合し、酔っぱらったままホテルに入った。
 明らかに経験豊富な先輩とのセックスは、驚くほど甘美だった。先輩と肉を交える度に僕は疼き、悶え、震えた。これがセックスなのだと思った。いつかのユキとの経験とは全く異質な快楽の交感に魅了され、僕はその先輩と付き合い始めた。女に溺れるというのはこういうものなのだろうと思うほど、ただ毎日毎日毎日毎日セックスした。
 やがて、付き合っているからセックスをしているのか、セックスをしているから付き合っているのかが分からなくなって、僕と先輩は別れた。


 そして何年かが過ぎ、僕は大学を卒業した。
 僕は就職もせずにコンビニの夜勤バイトで生活費を稼ぎ、実家に帰りもせず無為な日々を送っていた。これから何をしようか、と実際には答えを出すつもりのない自問を続けながら、僕は働き、飯を食い、眠った。
 ユキに出会ったのは、そんなある日の事だ。
 深夜のコンビニでひとり、僕は商品棚に並んだサンドイッチの賞味期限を確認していた。その日は運良くカマンベールチーズ入りの高価なサンドイッチが売れ残っていて、僕は「これを朝食にしよう」と決意したところだった。
  と、レジカウンターの方から声が聞こえた。どうやら客が居たらしい。「はいすみません」と言いながら僕はカウンターに駆け込み、客の手にした商品を受け取った。客は若い女性のようだったが、慌てていた僕は相手の顔をよく見ていなかった。
 お釣りとレシートを手渡し、「ありがとうございました、またお越し下さい」とマニュアル通りの呼び掛けを済ませても、その女性客はレジの前から立ち去ろうとしなかった。何か文句でもあるのだろうかと思って、僕は相手の顔に視線を向けた。
 思わず、自分の目を疑った。違和感。ある筈のないものがそこにある。
「気付いて、ないの?」
 と問う相手に向けて、僕は首を振った。
「何でユキが、ここにいるんだよ」
 我ながら気の利かない第一声だと思った。
 目の前に立っているのは、あのユキだった。高校以来会っていないのだから、もう何年振りになるだろう。気まずいまま別れた幼馴染みを前にして、僕は懐かしさと胸苦しさの入り混じった奇妙な感情を覚えた。
「こっちで暮らしてるのよ。知らなかった……わよね、そりゃ」
「知らねえ。ていうか俺がここで働いてる事、知ってたのか?」
「そんなの知らかったわよ、なんで?」
「だってお前、驚いてないじゃん」
「ううん、驚いてるよあたし。わあびっくりコウちゃんお久し振り」
 ユキの物言いは高校の頃と何ひとつ変わっていなかった。僕たちは他に客が居ないのをいい事に、時間を忘れて歓談し合った。高校の頃の事、高校を卒業してからの事、僕の事、ユキの事。いくらでも話題は見付かった。
 それを機に、僕たちは何となく会うようになり、


「コウちゃん、しよ。あたしもう平気だから……ね?」


 やがて僕たちはセックスした。



 何度目かの飲みの後、ほろ酔いになったユキは僕を誘った。断る理由を見つけようともせず、僕はユキをホテルへ連れ込み、ひとり暮しの目から見ると随分大きなベッドの上へと、その身体を転がした。
「ほらあ、早く脱がせて。どうせ『ご休憩』なんでしょ?」
 ユキは言い、僕に挑むような視線を向けた。僕はわざとらしく溜息をついて見せると、ユキの上へと覆い被さっていく。と、ユキは僕の首に手を伸ばし、自分の方へと勢いよく引っ張った。「うわわ」と間の抜けた声を上げて、僕はユキの上に倒れ込んでしまう。
 アルコールによって緊張の抜けたユキの身体は驚くほど軟らかく、どんな高価なクッションよりも柔軟に僕を受け止めた。その感触に狼狽する僕の唇を、ユキは自分の唇で塞いだ。ユキのキスは巧みで、それは高校時代に交わしたぎこちない接吻とは異質なものだった。
 少しだけ、僕の胸がちくりと痛んだ。
「コウちゃんとキスするの、すごく……久し振りだね」
「ていうか酒臭え」
「ン何っ? コウちゃんだって同じくらい酒臭いはずだよ。ああもうデリカシーないなあ、都会に出ちゃったせいで素直な心をすり減らしちゃったんだねよしよし」
「誰がだおい。ったくもう、気分出ねーな」
 僕は半ばはだけたユキの胸元へ掌を差し込み、ブラ越しに右の乳房を無造作に揉みしだいてやった。するとユキは顔をしかめて、
「あーもう駄目駄目。服にシワ出来ちゃうじゃないのっ」
「ちぃ……面倒臭ぇの」
 僕はわざと冗談めかせたやりとりを続けながら、ユキの服を脱がせていった。馬鹿な事を言えばユキはそれに付き合ってくれるので、僕はそれだけでも安心する事が出来た。逆に言えば、その言葉くらいでしか安心できなかったのだ。会話の内容を除けば、ユキは変わってしまっていた。
「胸、でかくなったよな」
「……でしょ。もう昔みたいにペチャパイなんて呼ばせないんだからね」
 僕は何も言わず、ユキの全裸になったユキの身体に視線を走らせた。いつかとは違って、ユキは自分の裸身を隠そうとはしなかった。
 首筋をついばむようなキスから始め、僕は舌と唇でユキの上半身を舐め回していった。滑らかな肌の感触を舌先に感じながら、僕は少しだけ躊躇った。別の女性に試した方法でユキを愛撫する事に、何故だか後ろめたいものを感じたからだ。だからと言って、手と舌を止めようなどとは思わなかったが。
 たわわに実った乳房を鷲掴みにして揉み立てていると、掌の中でユキの乳首が勃起していくのが分かった。僕は唇を乳房へと滑らせ、粒の小さい桜色の乳首を舌先で転がす。しこり始めていた乳首は、すぐにぴんと尖り立った。
「……ん、おっきいでしょ、あたしのおっぱい。気持ちいい?」
「いや、気持ちいいのはどっちかっつーとユキの方なんじゃないか」
「そりゃそうなんだけど……あん、それいい、よ」
 冗談めいた口調のついでに乳首を軽く噛んでやると、ユキの唇から悦びの声が漏れた。僕はもう一方の乳首を指で摘まんで捻りながら、
「何だよ、乱暴にされるのが好きなワケ?」
「ちがうよ。でも……ちくび噛まれるの好き……いいよ、もっと噛んで」
 その言葉を聞いた僕は、ユキの左右の乳首に代わる代わる歯を立てた。敏感な突起を甘噛みされる度にユキは身体を震わせ、僕に更なる愛撫をねだった。白く柔らかい乳肉へと指を食い込ませ、その弾力と量感を確かめる。
 胸への愛撫に息を弾ませていたユキは、不意にその手を伸ばし、トランクスの布地越しに僕の勃起を掴み取った。
「やだ、すっごくおっきくなってる……興奮してるんだ、コウちゃん」
「ユキだってそうだろ?」
 お返しとばかりに僕はユキの股間へと手を差し入れ、茂みを掻き分ける。亀裂から少しはみ出した花弁を割り広げると、内側に溜まっていた蜜がこぼれだし、僕の指を濡らした。そのまま僕はユキの花園をまさぐって入口を探り当てると、ぴんと伸ばした中指を、蕩けた肉の洞穴へと一息に突き入れる。
「あ、やだッ! ああ、あうっ!」
 突然の侵入にユキはびくりと大きく身体を震わせた。それに呼応するかのように、ユキの中もざわざわと蠢いて、僕の指を強く食い締めた。
「あん……いきなりなんてひどいよぅ、コウちゃんのばかぁ」
 ユキは鼻声で抗議しながら、今度はトランクスの内側へと手を滑り込ませてくる。ひんやりとしたユキの手は、僕の幹を擦りながら進み、根元の袋を優しく包み込んだ。ユキは僕の陰嚢をやわやわと揉み立て、その内側に納められた一対のボールを転がしながら、
「……コウちゃん、舐めっこしよ。ね、ね?」
 そう囁きかけてきた。ユキの積極的な攻勢にややたじろぎながらも、僕はその申し出を快諾する。
 ユキは少しだけ恥ずかしそうにしながら、寝そべっている僕の顔を跨いだ。ベッド際の照明がユキの股間を照らし、濡れそぼった花園を露わにする。
「あんまり見ないで……恥ずかしいんだからね」
 そう言うとユキは上半身を倒し、僕の股間へと顔を寄せる。つまり俗に言うシックスナインの体勢になったわけだ。僕はユキの尻を掴まえて軽く引き寄せると、露出した花びらの合わせ目をぺろりと舐め上げた。すると、
「ひゃあ」という、余り色っぽくない声が上がる。
「びっくりした?」と僕が聞くと、
「びっくりしたぁ」と振り向きながらユキが答えた。僕らはそんな間の抜けた格好で見詰め合うと、思わず二人一緒に吹き出してしまった。
「あはは、ごめんね。気分出ないよねこれじゃ……あ、小さくなってる」
 ユキはくすくす笑いながら僕の根元を掴むと、少しだけ力を失った勃起に唇を被せた。生温かい口内粘膜と舌がもたらす感触に、僕のモノは間を置かず屹立する。ユキは力を取り戻した勃起を嬉しそうに舐め回しながら、ねだるように腰を振って見せた。どうやら、股間への愛撫を催促しているらしい。
 僕は眼前に引き寄せたユキの尻たぶを割り、ぬかるんだ秘所をさらけ出した。左右の親指で花びらをくつろげてやると、生々しいピンク色の粘膜が目に飛び込んでくる。
 むしゃぶりつきたくなる衝動を抑えながら、僕は肉色の泉をじっくりと観察した。蜜をたたえて卑猥な光沢を放つユキの性器は、いくら見ていても飽きる事がない。ほころびかけたユキの膣口からは、牝の匂いを秘めた真新しい愛液が徐々に滲み出ている。余すところなく押し広げられた秘所は、僕の両親指と鼠蹊部、そしてクリトリスを頂点とする不恰好な菱形を形成していた。
「……ちょっと、コウちゃん?」
 さすがに痺れを切らせたのか、ユキは僕のモノをひとまず吐き出すと、肩越しに恨めしそうな視線を投げ掛けてきた。
「何ですか?」などと、わざと惚けた答えを返してみる。するとユキは、
「舐めろこら」と怒ったような振りをして、僕をぎゅっと握る。
 僕は苦笑しながら、ろくに触れてもいないのにすっかりと潤んだユキの泉へと舌を伸ばした。
「あん……はぅ……気持ちいい、よ」
 濡れた粘膜を舌先で突き回されて、ユキは喘いだ。
 自分も負けてはいられないとでも思ったのか、ユキは僕の先端を咥え、そのまま唇を幹に滑らせながら、根元まで一息に呑み込んでしまう。シックスナインという体位の関係上、勃起の腹に接するのは舌ではなく、やや硬い感触のある口頭蓋だった。舌の方はといえば、雁首のくびれにぴったりと吸着して、傘の裏側までをも丹念にしゃぶり回している。
 僕も黙って受身に甘んじていたわけではなかった。僕の舌は可憐な肉色の花びらを、慎ましげに息衝く尿道口を、興奮に色付くクリトリスを繰り返し擦り上げ、そこにたっぷりと付着したユキの蜜を舐め取っていった。
「んむぅ、んんっ、んうぅ」
 ユキは湧き上がる官能に尻を振るわせながらも、硬く張り詰めた勃起を放そうとはしない。自分の股間から生じた快感を送り返そうとでもしているかのように、ユキは僕のモノを激しく貪った。
「んはっ……コウちゃん、おちんちん気持ちいい? 気持ちいい?」
 勃起を横咥えにして裏筋に舌を這わせながら、ユキは聞く。
「すげぇ気持ちいいよ……ユキは気持ちいいか? ほら、こことか」
「あ、あ、あああッ、だめ、あたしクリちゃん弱いのにぃ……!」
「ふふふ、自ら弱点を明かすとは愚かなり」
 腫れ上がった快楽の芽を吸い立てられて、ユキは泣くような声と共に身を震わせた。ごぼりと音を立てて、だらしなく緩んだ入口から真新しい蜜の塊が吐き出される。湯気でも立てそうなほど温かな分泌液は、そのまま花園を滑り落ちると、すっかり尖ったクリトリスを伝って、僕の口中へと滴った。
「だめぇ、コウちゃんだめぇ、だめだよう……あう、やあッ! ……クリちゃんすごい、気持ちいいよ、はうんッ!」
 これほどに官能を引き出せる器官がある、というのは羨ましい限りだ。僕は両親指で押し広げていたユキの花びらを放すと、今度は二本揃えた指先を内側へと潜らせる。大量に分泌された愛液が潤滑油の役割を果たし、僕の指はすんなりとユキの中へ侵入した。僕は指先を軽くばたつかせて狭い道をほぐしながら、人差指と中指を根元まで挿し込んでいった。
「やん、そんなのだめ……ひっかいちゃやだよう……んんッ、あッ」
 幾重にも折りたたまれた肉襞を指先で掻くように撫でてやると、ユキの内部はぎゅっと収縮して侵入者を締め上げる。僕は忙しなく指を抜き差しさせて、また固くなったユキの内側を突き広げていった。
「ああっ! もうやだあっ、あたしめくれちゃうよう……んん、んああッ!」
 もう勃起への愛撫も忘れ果てているのか、ユキはシーツを掴んで悦楽にむせび泣くばかりだった。激しく振り立てられる尻を抑え付けながら、僕はユキの胎内深くまで指を突き込む。弾力のある奥地に指の腹を押し付けてやると、その度ユキの嬌声は一層高まった。


「……もう、だめぇ……コウちゃん激しすぎるよ、ばかぁ」
 何度か立て続けに達した後で、ユキはぐったりと倒れ込んだ。弛緩し切った柔らかな身体が、僕の上に心地よい重みをもたらした。開口した秘所から少しだけ蜜が流れ出し、僕の胸元を濡らす。
「コウちゃん、上手だね……いろんな女の人と、した?」
「いや、コレがそうでもないんだ。ひとりだけ」
「そうなの?」ユキは意外そうに言うと、ふと声を落として、
「あたしは……いろんな人としたよ」
 そう言った。
「サークルの先輩とか、大学の教授とか、あと不倫もしたの。すごく真面目そうな商社マンと駆け落ちみたいな事もしたり。いろいろあったよ。たくさん恋をしたし、たくさん失恋したわ」
 ユキの顔は見えない。その声には抑揚がなく、僕はこの幼馴染みの少女がどんな表情をしているのか、少し気になった。
「今、誰か付き合ってる奴はいるのか?」
「……どうしてそんな事、聞くの?」
 逆に問い返されて、僕は言葉を失う。少しの沈黙があって、
「いるわ。半年前にお見合いしたの。優しくて……とてもいい人よ」
 ユキはそう答えた。僕はまた、何を言っていいのか分からなくなった。するとユキはくすくすと笑って、萎えてしまった僕の陰茎を掴み、
「ほら、コウちゃん元気出してってば。しっかりきちんと最後まで確かにやるわよ、OK?」
「……了解です」
 そんな馬鹿げた口調だけが、僕とユキを以前のように繋ぎ止める。


「んふふ、大っきくなったねコウちゃん。それじゃ、しよっか?」
 再度の愛撫によって大きく勃起したモノに、ユキは軽く頬擦りした。僕はユキの白く柔らかな尻の下から身を起こす。
 ユキは促されるままに尻を高々と突き出して、挿入の瞬間を待った。その花弁と肉芽は、先の愛撫によって充血し、膨れ上がっている。勃起の先端で花びらを掻き分け、入口を探り当てると、ユキの奥からまた新しく愛液が流れ出てきたようだった。
「大洪水じゃん。水分の過剰摂取か?」
「もう、馬鹿なこと言わないの……早く入れてよ、ね」
 囁くようなユキの声が、僕の興奮を駆り立てる。僕は一息に突き込みたい衝動を押し殺しながら、四つん這いになったユキの腰を掴んで、ゆっくりと引き寄せていった。
「んん、あぁ……入ってくるよ、コウちゃんの……あん、太い……大っきいよ」
 亀頭がじわじわと肉襞を押し広げ、進んでいく。遅々とした挿入に不平を漏らす事もなく、ユキは甘えたような声をあげた。ユキの内部は貪欲にうねりながら、僕のモノを隅々まで撫で回す。やがて先端は最奥に達し、ユキの子宮口を軽く圧迫した。ユキは溜息のような嬌声を漏らした。
「あふ……コウちゃんのって、こんなに大っきかったんだね……えへへ、あの時はごめんね、あたし泣き出したりして」
 ユキは胎内を満たす勃起の感触に震えながら、僕と初めてセックスした時の事を思い出しているようだった。僕はユキの背中に覆い被さり、その耳元へ囁いた。
「まだ謝ってなかったよな……ごめん、ユキ」
「そんなのいいよ。気に、しないで」
 ユキは首を振り向け、僕の唇を奪った。性器と唇で繋がったまま、僕たちは身動きひとつせずに見つめ合った。
 どれほどの間そうしていたのか、やがてどちらからともなく、僕たちは腰を振り始めた。勃起がユキの花園を掘り返す度に、ぴちゃぴちゃという水音が部屋中に大きく響く。かつて失敗した初めての行為に比べようもないほど、そのセックスは甘美だった。
「ふあぅ、そこいい、きもちいいっ! コウちゃん、コウちゃん!」
 身も世もなく悦びの声を上げ、ユキは腰を振り立てる。熱く潤んだユキの内部はしっかりと僕を咥え込み、襞の一枚一枚まで感じ取れそうなほどの激しさで絞り上げる。余りの心地よさに早まる抽送を、僕は必死に抑制した。
「あぅ、もっと! もっといっぱい突いてっ!」
「無茶言うなよ……すぐ出ちまうって」
 僕はユキの身体を引き起こすと、背後から伸ばした手で両の乳房を握り締めた。火照って薄い桜色になった乳肉を掴んで、ユキの身体を前後に揺らす。
「痛くないか?」と念のために聞いてみると、
「ううん平気、痛くないよ、いい……っ!」
 ユキは荒い息を吐きながら、絞り出すような声で僕に告げる。固くしこった乳首を指先で弄りながら、僕は更に深くユキを貫いた。強く突き込まれた先端が子宮の入口に乱暴なノックを浴びせ、ユキの喉から嬌声と涎を吐き出させる。掴んだシーツが破れてしまいそうなほど、激しい乱れようだった。
「はあっ、すご……いいっ! そこ感じるの、いいっ……コウちゃん、あたし気持ちいいよう、おまんこ気持ちいいようっ!」
 よがるユキの唇から、ふと四文字の卑語が漏れた。さすがに僕は驚いて、抽送のリズムを崩してしまった。付き合っていた男から教え込まれでもしたのだろうか、と思う。別々の場所で過ごしていた数年間の隔たりを、僕は今更ながらに実感させられた。
 そういった思いが、絡み合う互いの肌を通して伝わったのかも知れない。ユキは僕の方を振り向き、何故だか目尻に涙を浮かべて、
「ごめんね、コウちゃん……ごめんね」
 喘ぎ声を堪えながら、そう繰り返した。その声はいつだったか、幼い昔に聞いた事があった。それは僕が大事にしていた玩具の腕時計をユキが壊してしまったときだったか、それとも風邪をひいているというのに冬の裏山へ同伴させられて僕が高熱に倒れたときだったか。何にせよユキが放った声は、家を出てからずっと胸の奥へ閉じ込め、押し殺し続けていたノスタルジアを解き放ってしまったようだった。
 僕は自分自身でも理由の分からない衝動に駆られ、繋がったままユキの身体を強く強く抱き締めた。いつのまにか大人の女になっていた幼馴染みへと、僕は我知らず囁き掛けていた。
「好きだ」
「だめ……コウちゃん、それは言っちゃだめだよ」
 僕の言葉に、ユキは激しく反応した。僕の腕の中で悦楽と困惑に身を捩りながら、
「あたし、好きな人がいるよ……結婚する相手が、いるんだよ?」
「関係ない」と、僕は言った。それがどれだけ身勝手で、ユキにとって残酷な答えなのかを理解していながらも。
「やだよ……嘘って言ってよ、あたしとセックスしたかっただけだって……言ってよう……ああうっ、あはっ!」
 いつしか涙声になったユキに答えず、僕は無心にユキの中を蹂躙する。温かく潤いに満ちた粘膜を掻き回し、内側の襞が捲れ返ってしまいそうなほどに抜き差しを繰り返す。ユキはぼろぼろと涙を流しながら、激しい肉の交わりに悶え叫んだ。
「ひあっ、あああっ! だめ、もうだめぇ、イっちゃうよう!」
 絶頂が近付くにつれ、ユキの締め付けが強くなるのが分かる。僕はユキの上にのしかかるようにして上半身を密着させ、ユキの子宮へと小刻みな圧迫を繰り返した。
「あああっ! コウちゃん、あたしのことキライだって言って、お願い、お願い……んう、あっ!」
 僕は掻き抱いたユキの肩越しに耳たぶへと舌を這わせ、
「好きだ」
 もう一度、そう言った。それと同時にユキは達した。
「ああああ……ばかぁ、コウちゃんのばかぁっ!」
 その絶叫と共にユキの身体は痙攣し、次いで僕も高まった欲望の証を思うさま解き放つ。ユキの肉襞がざわめくように蠢いて、僕が放った精液を啜り取っていった。



「おとなになったらけっこんしよっか」
「だれと? ぼく、すみれぐみのかおりちゃんがいいなあ……いたっ」
「こら、あたしはだめだっていうの?」
「だってユキちゃん、すぐぼくのことたたくからやだ」
「……じゃあ、もうたたかないから。ゆびきりだよ」
「じゃあゆびきり。これでもうたたかないよね」
「ま、けっこんするまではね」



 結局、その日は「御泊まり」にした。
 いつしか僕とユキは裸で絡まり合ったまま眠り込んでしまい、気付くともう朝になっていた。僕とユキはシャワーで汗やら唾やらの汚れを洗い流すと、無言のままホテルを出た。
 何だか名残惜しくなった僕はユキを誘ったが、
「だめ、あたし、今日は用があるの」
 あっさりと断られてしまった。
 別れ際、地下鉄のプラットフォームでユキは僕に言った。
「もう、会わない方がいいよね、あたしたち」
 僕は無言で見つめ返す。ユキはすっと、僕の目から視線をそらした。
 列車の到来を知らせるアナウンスが流れ出した。ユキは何か言おうとして唇を開き、すぐに思いとどまって目を伏せる。やがて生ぬるい風と騒音を伴い、列車は到着した。無機質な空気音と共に乗車ドアが開く。
 身を翻して立ち去ろうとしたユキの手を、僕は咄嗟に掴まえていた。ユキは「だめよ」と言わんばかりに、背を向けたまま首を振ってみせる。だが、
 僕はユキの手を放そうとはしなかった。
 決して、放そうとはしなかった。
<2000.05.09 UP>