Mid Summer Day
 

夏の暑い日だった。
彼女から電話があって、駅に着いたというので迎えに行く。
初めて彼女が僕の部屋に来る。
駅からアパートまで、日陰になる路地を選んで手をつないで歩く。

「あっついねぇ…しかも坂多いし」
「夏だしな」

不毛な会話。でも汗ばんだ手を離す気にはなれない。
彼女の手はいつもひんやり冷たくて気持ちいい。
ちらりと横をみると、前ボタンの白いキャミソールが目につく。歩くたびひらひらと女の子っぽいフリルが揺れる。
彼女も意識してるのかな、なんて考えると、のぼせかけた頭がさらに熱くなる。

「遠回りだけどこっちに行こう。日陰だし」

つないだ手を少しだけ強くひっぱって、最短コースから外れて歩き出す。
狭いアパートに着いてしまうのがなんだかもったいない。
かすかに汗を光らせて、陽の光に髪が明るく透けて、こんなにもきれいな笑顔で彼女が隣にいるのに、僕の中にはどろどろと煮えたぎった欲望が渦を巻いていて、部屋のドアを閉めたら最後、待ったなんて到底ききそうにない。

「それじゃ道を覚えられないよ」

甘えた声で笑う彼女。少しだけ遠回りになる狭い路地に入っていく。
一日中日陰になっているこのあたりの住人しかしらない小道。左右に続く狭く高い塀や年季の入った玄関の脇にはたくさんの植物の鉢が置かれていて、ひんやりと湿った空気の匂いが火照った体を包み込む。
熱っぽく空を焼く夏の日差しも、ここには届かない。
まるで時間が止まっているように人気のないほの暗い道を、僕らはつないだ手を揺らしながらのんびりと歩いていく。

「ずっとこの街にすんでるの?」
「そうだな、小学生の時に越してきてからはずっと」

他愛のない会話。
まだまだ付き合い始めたばかりだから、お互いのことで知りたいことはいくらでもある。
こんな風に、少しずつ2人の時間と気持ちを重ねていけることが嬉しくて、浮かれてしまうのは僕だけだろうか。
薄い影がおちてひときわしっとりとほの白い彼女の腕と、日にやけた僕の肩が時々ぶつかって、その都度見上げる笑顔が少しずつ胸の奥に刻まれていく。

「ね、キスしよ?」

心地よい風がふき抜ける日陰の裏道から、まぶしい日差しの坂上へと抜けていく狭く急な苔むした階段。
一足先に一段目を上がった彼女が、ふいにそんなことを言って僕を振り返った。
いつも見上げてくる瞳が、同じ高さで僕を覗きこむ。

「ここで?」
「うん」

自分から大胆なことを言い出しておいて、ちょっとだけはにかむように笑う。
反則、というより先に一本取られたような気分になる。

「だめ?」

答える代わりに、ピンク色の濡れた唇にかるく顔を寄せた。
ちゅっと2人にしか聞こえないかすかな音が響く。

「ね…」

照れたようにひらりと身を翻して足早に駆け上っていく彼女と、小さな小さな声で囁かれた誘惑。
夏の陽射しとはまったく別の熱で、じわりと体の奥が火照ってくる。
見上げると、階段の上から逆光で表情の見えない顔がこちらを振り返っている。

「ねぇ、こっちでいいの?」

先を指差して弾む声につられ、僕は光に向かって階段を上りはじめた。
<2005.07.25.UP>