あの夏の空の色 |
【 プロローグ 】
もう、あの日には戻れない。 突然そんな感慨が胸をついて、息が止まりそうになる。 たかが17のみそらでこんなことを思うのはおかしいのかもしれない。 それでも、俺は愛しく哀しく思いだす。俺達を取り巻いていたあの頃の全てを。 あまりに早く通り過ぎてしまった、倖せな時間のことを。 あれは夏。 まぶしく瞳と肌を焼く日差しと、笑い声と、ワクワクとした予感に満たされた、 俺と和人と瑞樹で過ごした最後の季節。 「ねえ、ヒロ。いいこと教えてあげよっか」 それは、いつも瑞樹のそんなひとことから始まった。 気弱だけれど妙にノリがいい和人と、行動力だけが取りえの俺、それからやたらに目端のきく瑞樹と男二人女一人のコンビは、いつも一緒につるんで、たあいないいたずらの相談に頭を寄せあっていた。 14才の、まだまだ子どもじみた、でも一生懸命に背伸びしていたあの頃。 大人にもなれず、かといって子どもでもいられない。今になって思えば、どっちつかずなよるべない気持ちを、いつも笑いながらごまかしていたような気がする。 瑞樹が笑うたび、伸びすぎた茶色の前髪がふわふわ揺れて、陽の光を吸って金色に溶ける。短かく襟でそろえたショートカットとすっきりとした輪郭は、年齢のわりにはまだ固く、少年とも少女ともつかない中性的な印象をもたらしていた。制服のスカートがなければ、やや華奢ではあるけれど容姿の整った少年でとおってしまう。休日に私服でジーパン姿になれば、しょっちゅう勘違いした少女たちが振り返ってはかっこいいね、と小さな声で囁きあう。いずれは瑞樹の上で花開くはずの女性としての美しさ、柔らかさは、いまだに固くとじた蕾のまま彼女の中で眠っているようだった。 実際、俺たちはよほどのことがない限り瑞樹が女であることを失念していたし、そして、それこそが、瑞樹の望んでいたことでもあった。 なぜならその水際立った清冽な美しさは、瑞樹に不幸を呼びこそすれ、決して幸せをもたらしたりはしなかったから。だからこそ、瑞樹は誰よりも何よりも自分が女に産まれたこと、女でしかいられない事実を嫌っていた。 今ならわかる。瑞樹の喜びも、絶望も。何一つ見落とさずにそばに居てやることができる。でも、なにもかも遅すぎた。俺も和人も、あの頃はそんなことには何一つ気づくことのできない愚かな子どもで、瑞樹が家に帰りたがらない理由を考えもせず、からかいのタネにさえしていたのだった。 俺と和人の間で、瑞樹は笑いながら何を想っていたのだろう。 わかってもらえないもどかしさややるせなさより、俺達が何も知らないでいたことが瑞樹の救いになっていてくれたならいいと思う。 「遠くに行きたいなぁ」 どこまでも高く広がった青い空を眺めて、溜息をつくようにつぶやくのが、瑞樹の口癖だった。 ... To be continue.
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