ブーケ
ANNA様

 にゃんちゃんの結婚式が終わって、お互い昨日は実家に泊まって、今日東京に帰る。
 僕と先輩は引き出物の袋と、お土産の荷物を抱えながら、駅までの道のりを歩く。
 先輩は今日も無口だ。
 話しかけると笑顔で答えてくれるけれど、なんだか寂しそうに見える。
「先輩。寂しい?」
 聞いてみた。
「まあね。五月蝿いのがいなくなったって思う反面、親の攻撃をどうやってかわそうかと…。」
 あ、先輩も実家で言われてきたんだ。『お前もそろそろ結婚してもいい年だ。』って…。
 ごめんね。父さん母さん、僕はきっと一生嫁は貰わないよ。
「馨だって、満瑠ちゃんが嫁に行ったら、同じ気分を味わうんだぞ。」
「まだまだ大丈夫みたいです。」
「そう思っていたら、何時の間にか彼氏を紹介されるんだぞ。」
「そうですねェ…」
 何となくしんみりと列車に乗り込み、ぼんやりしているうちに東京に着いていた。
 食事を作るのがめんどくさいねと、そのまま駅前の定食屋で夕食を済ませ、マンションに戻った。
 洗濯機を廻して、今夜は雨が降りそうに無いので、ベランダに干すことにした。
 先輩がベランダの物干し竿に、ひょいひょいと洗濯物を干して行く。背が高いとこう言う時に便利だな。
 干し終えた後先輩は、ベランダに置いてある小さな椅子に腰掛けて、夜空を見上げていた。
 先輩の横に腰を下ろし、一緒にぼんやりと空を見上げる。
「晴れていて星が綺麗に見えますね。」
「ああ、絶好の洗濯日和だったな。」
 当たりさわりのない会話を交わしながら、僕は考える。
 これからもいろんな出来事が待っていると思うけど、歳をとっても、こうして二人でぼんやりと星空を眺めていたいな…。と。
「馨、ブーケどうした?」
「ちゃんと持ってきましたよ。崩れないようにって箱に入れてもらいました。」
「持ってきて。」
「は〜い。」
 部屋に戻って、昨日貰ったブーケを取り出す。良かった、崩れたりしていない。
 これって、受け取った人が次の花嫁になるんだって、満瑠が言ってたな。あの子も欲しかったんだろうな。
 お兄ちゃんだからあげるのよ。とでも言いたそうな満瑠の表情を思いだし、独りほくそえむ。
 白い花を基調に薄青い小花をアレンジしたブーケは、昨日の花嫁そのもののように思えた。
「先輩、持ってきましたよ〜」
 ベランダに声をかけながら、まるで自分も花嫁気分でブーケを捧げ持ち、再び先輩の隣に腰を下ろした。
「にゃんちゃん、綺麗でしたね。」
「ああ、化けたな。」
 にゃんちゃんの前では言えないくせに、そんな事言って…。
 先輩の顔を除きこんだら、眼鏡の奥で珍しく照れている。こんな表情をさせるなんて、ちょっとにゃんちゃんに嫉妬してしまうなぁ。
 先輩が立ちあがる、照れ隠しかな?
 ブーケを見つめる僕の上に、白いものが掛けられた。ひんやりと冷たい。
「な、何?」
 慌てて顔を上げると、それはさっき干したばかりのシーツだった。まだ湿っていて冷たい。
 文句を言おうとする僕の前で、先輩が
「汝、馨。貴方はこの男を伴侶として、病める時も老いたる時も、生涯を共にする事を誓いますか?」
 え?何?何を始めたの?
「馨、返事は?」
「…はい。」
 恐る恐る、僕も同じ言葉を口にする。
「汝、慎二。貴方はこの男を伴侶として、病める時も老いたる時も、生涯を共にする事を誓いますか?」
「はい。」
 先輩が答える。
「では、誓いのキスを…。」
 シーツを持ち上げると、先輩の唇が僕の唇にそっと触れた。
 満天の星以外は、列席者も証人も誰もいない二人だけの結婚式だった。
<1999.07.10 UP>