[ 七海ちゃん公式FC分室 ]
|
LOVE BALANCE
Chariot様
もうどうやっても間に合いそうもない。 「うわあ、先輩怒ってないかなあ」 馨は大急ぎで自宅の玄関を飛び出す。東京から帰ってきた当日の夜、慎二から電話をもらった。 「明日、時間があれば遊びにおいで。・・忙しいなら別にいいけど」 そんな、馨に慎二の誘いを断るほどの用事がある訳もない。だが、しかし・・ 「とにかく急がないと」 約束の時間には・・ちょっともう恐くて、腕の時計は見られない・・・・ 「10分遅刻だ」 馨がチャイムを鳴らすと、慎二はすぐに出てきた。今か今かと待ち構えていたのがすぐに解るタイミングの早さである。 「まあ、急いできたようだから許してあげよう」 もともと咎めるつもりもなかったが、あまりにも馨が不安そうな表情をしているので、何か言ってやらないと笑ってくれそうにない。冗談だよ、との意思表示の替わりに、玄関の段差のおかげでいつもより更に低い所にある頭を撫でてやる。もう少ししたらまた、会える機会は一気に減ってしまうのだ。だったら笑顔の馨を見ていたい、と慎二は思う。 まあ、たまにはそうでない顔も見たいとは思うのだが。 「・・はい、お邪魔しまーす」 屈託のないいつもの笑顔に戻った馨は、慎二があがれと促すままに飛び上がるようにして慎二のすぐ後ろにピタリと並ぶ。 何も変わったものなどないのに、あちこちを興味津々といった眼差しでキョロキョロと見回す様は、本当に犬のようだ。 よしよし、僕の忠犬は今日も健在だな、などとひとり慎二は悦に入っていた。 「なんだ、それでどうしたんだ今日は。寝坊か?」 ちょっとした悪戯心から、からかい混じりに慎二が言うと、馨は心外とばかりに大慌てで否定する。 「そんな折角先輩が家に呼んでくれたのに寝坊なんてしませんよ!」 「本当かな?」 階段を上がって、慎二の部屋に着いたところで馨が鞄から袋を取り出した。 「あ、先輩。これお土産です。うちの弟と妹が作ってくれたんですけど」 「そうか。いくつなの?」 「10歳なんです。小学校の4年生で。弟が南波、妹が満瑠っていうんですけど。なんか僕が帰ってくるのに合わせて二人で作ってくれてたみたいなんですよね」 少し照れたように馨が笑う。 「それで、東京に行った土産を昨日渡したら、今朝は朝ご飯作ってくれるって朝から二人して台所を占領しちゃって。馨お兄ちゃん、もうすぐ出来るから待っててね、って一生懸命やってくれてたもんで、ちょっと急いでるからとは言えなくなっちゃったんですよ。慣れない手つきでやってるの見てると可愛くて」 「お兄ちゃんっ子なんだ」 「はい! すごく懐いてくれてて、可愛いですよ」 「へえ、随分仲が良いんだね」 「はい」 きっぱり言い切る。勿論、兄弟仲が良くて悪いことなど何もないのだが・・ 「でもな、馨には馨の時間があるんだから。受験勉強なんかも。そんなに弟や妹にかまってばかりいるのはどうかと思うぞ」 「いえ、でも僕も嬉しいですから」 満面の笑み。歳の離れた弟妹はそんなに可愛いものだろうか。慎二は正直少し面白くない。 「それは、兄弟愛に水をさして悪かったね」 いつもの優しい苦笑い。でも、ちょっとどこか違う。瞳が笑ってない。もしかして・・・・ 「先輩、ひょっとして拗ねてる?」 「・・・・!」 その一言で目に見えて慎二は動揺した。なーんて冗談ですよ、とすぐに続けるつもりの台詞だったのに。 うわあ、珍しい。あの二人に嫉妬されても困るんだけど、と思ったところで馨は気付く。 妬いてくれてるんだ。 「な、なに言ってるんだ。僕が馨の弟や妹に嫉妬してどうするんだよ。種類が違うだろう種類が! ああもう、馨の発言とは思えないな、どうしたんだ今日は、お前ちゃんと寝たのか昨日は」 焦っているのか、早口にまくし立てる慎二。言葉ではっきりと言われなくても、なのに、それがまるで愛の囁きのように聞こえる。そう思うと、とても愛しい。 「・・だって、先輩、可愛いんだもん」 やりすぎかな、という気もしたけど、思い切って言ってみると、慎二の顔が一気に赤くなった。 顔を机にくっつけて、悔しそうに呟く。 「お前、強くなったな・・」 よく見ると耳まで赤い。 「なんか僕、ちょっと自信ついちゃった」 良かった。自分の一方通行みたいなものかもしれないと思ってたけど、先輩もちゃんと僕のこと好きみたいだ。 まあ、それでもまだ僕の方がもっと先輩を好きなんだろうけど。 「・・馨。お前、僕と弟たちと、どっちの方が好きなんだ?」 少し立ち直った慎二が、ボソボソと馨に訊いたが、 「・・え・・・・そんなの比べられないよ」 ますます嬉しそうな笑顔になる馨は、慎二の期待通りの返事はくれない。 「ね、先輩。種類ってなに?」 訊きながら、馨は慎二に近づく。縮まる二人の距離。 「僕のこと、どんな風に好きなの?」 返ってきたのは言葉ではなく、馨の期待通りのもの。 まだ何も言ってもらったことはないけど、その仕草や表情、態度、遠回しな言葉が僕を好きだって言っていると思ってもいいのかな。 合わせた唇の温もりを感じながら、馨は慎二の背に腕を回す。 いま、先輩の心が見ている人が僕だけでありますように。 まだ、言葉なんていらないから・・・・ この日、慎二はいつか絶対に「先輩の方が好き」と言わせてみせる、と心に誓ったのだが、さて、この結末はどうなる? <1999.04.13 UP>
|