三宮家の日常
〜おやつ争奪戦〜
ANNA様

 ある冬の日の夕方の三宮家。
 母は買い物に行っており、家には子供達だけが残っていた。
 おやつにと母から渡された、4個入りの肉まんを皿に並べ、電子レンジに入れようとしていた純が、ふと足元の白猫を見て呟いた。
「みどり…、さかってるんじゃない?」
「まっさかぁ、このとぼけたのが?」
 他に食べ物は無いかと、戸棚の中を覗いていた等が、興味無さそうに返事をした。
「いつもよりすりすりして来てない?」
 そう言った純の足元にはすりすりと白猫がまとわりついている。
「尻尾上げててさ、ほら、やっぱりそうだよ。うっとりしてる」
「う なぁあん………(ふにふに)」
 白猫は幸せそうな目で、純の足元に身体をこすり付けていた。
「みるの方は何ともないみたいだけどな。腹が減っただけじゃないのか?」
「かもな…。」
 チーンと音を立て、肉まんが温まった。早速そのうちの一つを口に咥え、純は台所のテーブルの上に残りを置いた。
「にゃぁあ」
 白猫はとてとてと純の後を付いて、歩き回っている。
「やっぱり、腹減っただけじゃないの?」
 もう一つ皿に乗っていた肉まんに、等の手が伸びる。
「んー、ほっとけば治まるだろ」
「あ、純兄ィ、僕の分とっておいて〜〜!」
 ちょうど学校から帰ってきた緑が台所の二人を見て、一声かけると階段を駆け登っていった。
「み?」
 白猫はくんくんと何かを嗅ぐ動作をして見せる。
「色気だしても、食い気はなくなんないみたいだな」
「だから、単に腹減ってるだけじゃないか?」
 むぐむぐと肉まんを飲みこんだ純は、もう一個に手を伸ばし、半分に割った。
「みぁああー(ちょうだいー)」
 くいくいと純の足元で白猫が合図する。
「ん、みどりも食うか?肉饅」
 猫の口元に肉まんを差し出すと、白猫は叩き落すようにそれに飛び付いた。
「あ、てめっ!半分も持って行くなよ!」
 哀れ肉まんは純の手を離れ、床の上にころんと転がった。
 仕方がないなと純が残りの半分を手にしたとき、階段を降りてくる足音がした。
「僕の肉まんは〜」
 私服に着替えた緑は皿の上を見たが、残った肉まんは後一個であった。妹の姿が見えない所を見ると、この一つは彼女の分であろう。こっそり食べてしまっても良いが、後で吹き荒れる嵐のことを考えると、残り一個に手が出せない緑であった。
「僕のは…?」
 それでも一応兄達に確認してみる。
「みどりが食ってる。」
 長兄の足元には、ころんと転がった肉まんと、ちょこんと座った白猫がいた。
「にぁああ(ほしぃぃのぉ、でもあついのぉ)」
 白猫はくいくいとまねきねこの様に肉まんを転がしては、にゃあにゃあと文句を言っていた。
「あれ?みどり食わないの」
「そのおっこった半分食って良いよ。」
 白猫は、残念そうな長兄の台詞を待っていたかのように、ようやく冷めた肉まんにかぶり付く。
「ほら、みるも食うか?」
 こっそりと台所に入ってきたきじ虎の猫を見つけて、等が声をかけ、肉まんをひとかけら目の前においてやった。
「んにゃぁ んくんく(おいしいぃ)」
「にゃぁお(ちょっとまだあついわよ)」
 2匹の猫達は、当然と言う風におやつのお相伴に預かっていた。
「等兄ィ…。僕にも一口ィ〜」
 緑が等の手の中の肉まんを指差しながら、哀れな声を出した。
「しょうがねぇ、一口だけだぞ」
「わーい、あぐっ。…んぐんぐ…ンまい」
 なんだかんだ言っても、弟には甘い兄であった。
「あ、兄ちゃん達ずるい。樹のは?」
 匂いにつられたのか、妹までが台所に顔を出す。
「ほら、まだ熱いぞ。」
 純は最後の一個を妹に向かって投げ渡した。
「みぁあ(おいしかったぁ)」
 白猫は4分の1ほどを食べ終えると、満足そうに顔を洗い始めている。
「デリカシーのない渡し方しないでよ」
「結局食うんなら一緒だろ」
 兄に向かって苦情を訴える妹であったが、兄の方は一向に頓着せず最後の一口を食べ終わった。
「にゃ うにゃぁ」
 白猫がもらった肉まんの残り半分をもって、外に出て行こうとしていた。
「あれ、みどりどこ行くの?」
 いぶかしげに緑が勝手口のドアをあけてやると、白猫は振り返りもせずに駆け出していってしまった。
「彼女の所に持ってくんじゃねぇの?」
「うにゃぁぁぁ〜(もっとちょうだぁい〜)」
 きじ虎の方の猫が純の足元にまとわりつき始めた。誰が一番食糧事情に詳しいか良く知っている故の行動である。
「みるも食うか、よしよし待ってろ」
「まだあんの?だったら俺にも」
「僕も!」
 いくら兄とは言え、弟の分のおやつまで食べてしまったので、多少の罪の意識が働いた様であった。
 そのころにゃんこは御近所の三毛猫の家の庭に入りこんでいた。かぎ尻尾の彼女はきりっとした瞳の、妙齢のお姉さまである。
 彼女の傍に行き、口に咥えた肉まんをそっと置く。
「にゃぁぁぁぅ(ぷれぜんと、ふぉー、ゆー)」
 しかし、かしこまって彼女のリアクションを待つ白猫の前を、三毛猫は悠々と歩いて去ってしまい、後には4分の1個の肉まんだけが残っていたのであった。
『ふられた』『振られちゃった…』
「にゃぁあ〜(=T-T=)」
 夕暮れの小路の塀の上で、悲しげな猫の鳴き声が響いていた。
 一方、そのころの台所では…、がさがさと冷凍の肉まんを袋から出し、再び皿の上に並べている純の姿があった。
「チンすりゃすぐだよ」
「ただいまー」
 玄関から母の声が響く。
「あちゃ、」
「ただいま…、あんた達、なにやってんの!おやつちゃんと置いて行ったでしょうが」
 母は目ざとく皿の上の肉まんを見つけた。
「あ、お母さんとお父さんの分の特選肉まん!手を出すなって言ってたじゃない。」
「ちぇ、一足遅かったか。育ち盛りだから腹減るんだよ。」
「そう言って、この間お腹壊したのは誰だったっけ?」
 母と長兄がたかがおやつの事で、熱心に口論しているのを横目で見ながら、等は弟に呟いた。
「緑、諦めろ。飯抜きになるぞ」
「…肉まん…」
「にゃぁぁ(おかーさんには勝てないわ)」
 きじ虎の猫も御相伴に預かれないのがわかるのか、くるりと丸まって毛繕いをはじめた。
「はぐはぐ、おかえりなさーい」
 長女だけがマイペースでおやつを食べていた。
 と、台所のドアをカリカリと引っかく音がした。
「みどり、どうした?早かったじゃないか」
 ドアを開けて猫を家の中に入れている等の後ろから、樹が覗きこむ。
「振られたんじゃない?」
「にぁああ……」
 白猫は力無く一声鳴くと、きじ虎の猫の横に行き、くるりんと丸くなった。
「肉まんの効果なしか」
「うにゃっ!」(しっかりしなさい)
「べしっ!」(ねこパンチ)
 いきなり傍に来た白猫に、きじ虎の猫パンチが飛ぶ。
「にゃぁああっん(みるちゃぁあん)」
 白猫は猫パンチを受けたにもかかわらず、きじ虎の猫に擦り寄って行く。
「にゃっ」(まったく…)
「にゃぁぁぅ、」(仕方が無いわね。私の分までおやつ貢いだりするから、こんな事になるのよ)
 2匹は仲良く毛繕いをはじめた。 
「兄ちゃん…すりすり」
 等の背後に甘えたような声で、緑が忍び寄った。
「まったく…」
 等は、諦めた面持ちで最後の一口の肉まんを、弟の口に押し込んでやった。
 かくして、今回のおやつ争奪戦で一番の貧乏くじを引いたのは、等であったそうな。
<2000.02.04 UP>