桜咲く頃
ANNA様

 雪が降るかもしれないと、天気予報は言っていた。
 部屋の中はエアコンが効いていて、寒さは感じない。



「下にもう二人居るんですよ。」
 僕の腕のなかにすっぽりと包まれた、風呂上がりの馨からは石鹸の良い匂いがする。
「両親にもあんまり負担はかけられないし…。」
 ついつい、抱いている腕に力が入る。
「…もう、先輩。ちゃんと聞いているんですか?」
 紅茶に入れたお酒のせいでほんのりと色付いた目元と、ちょっと不満気な口元 が可愛らしい。
 僕に体を預けるようにして、話し続ける。
「だからぁ…、もし、明日の発表で合格してなかったら…、先輩と同じ大学には行けないかもしれない…。」
 だんだんと小声になり心配そうに俯いて、手にしたスヌーピーのマグカップを弄んでいる。
「大丈夫、馨はこの2年間頑張ってきたじゃないか。」
「…でも…」
「でも、心配?」
「…ぅ…ん…。」
 大丈夫だよ。とでも言うように何も言わず抱きしめ、後頭部に口付ける。
 一瞬緊張した体からふっと力が抜け、僕に体を預けてくる。甘えるのが上手くなったね。
 この2年間、馨が頑張ってきたのは知っているよ。
 僕のあげた参考書がぼろぼろになるまで勉強していたのを知ってるよ。
 七海を心配していた馨も、まだ小さい弟や妹を気遣う馨も、僕の腕の中で可愛い声を上げる馨も知っているよ。



 いつのまにか馨を抱きしめたまま、二人してうとうとしてしまったようだ。
 馨は、マグカップを床に置いたまま、スースーと寝息を立てている。
 起こさないように、そっとベッドに寝かせた。小さな子供のような寝顔。いったい何を夢見ているんだろうね?僕の事?それとも…
 もしも、神が(いや、悪魔であっても構わない)いるのなら、僕の腕の中からこの可愛い子犬を奪わないで下さい。
 馨の少しウェーブのかかった髪を梳きながら、そっと囁いた。
「僕だって、2年間も待っていたんだよ。春になって、桜が咲いたら…一緒に暮らそう。」
<1999.04.15 UP>
ANNA様画(^ ^)