クラスメイト |
【 中 編 】
彼……鹿島は、真っ赤になった三上をみて、来るべきものが来たな、と内心でつぶやいていた。 初めて出会ってから今日までの三上の態度で、いつかこういう日がくることは分かっていた。本人が思っている以上に、三上はとても正直な人間だ。はた目には仲のいいクラスメイトにしか見えないだろうが、彼にはちゃんとわかっていたのである。 この容姿のせいで、幾度となくシャレにならない目にも、人にはいえないような目にもあってきた。女だけではなく男に言い寄られたことも数えきれない。だからというわけではないが、三上が思っているほど彼は初心な人間ではなかった。でも、なぜかそれを、三上に対して申し訳なく感じることがたびたびあった。いつかこの夢を壊してしまうんだろうなぁ、という、そういう後ろめたさ。それは彼のせいではないのだが、真っすぐにむけられる三上の気持ちはそういう罪悪感を感じさせるほど真摯だ。思えばいままで、三上のような人間は、彼の周りにはいなかった。 他人の目にうつる自分と、生身の自分自身とのギャップ。彼の場合、それは常に避けられない問題だった。女の子みたいな容姿のせいで、まわりは勝手に彼のキャラクターを想像し、それに乗っ取って応対する。彼自身がどんな人間なのか、知ろうともしないのだ。 馬鹿馬鹿しい、とどれだけ本人が思っていたとしても、それは避けられない現実だった。だから彼はそれにいちいち反抗するのではなく、かといって流されるでもなく、自分のペースを守り通すことを覚えた。そのなかで作り笑いを覚えたし、腹がたっても受け流す芸当もできるようになった。誰も中に踏み込ませさえしなければ、それはけっこうたやすいことだった。誰も彼の嘘に気づかない。気づこうとさえしない。人は見たいものだけ見るのだから、それに一喜一憂するなんてバカみたいだ。そう考えていたのである。 なのに、なぜ三上にだけ、こんな気持ちになるのか。 まだ熱い缶コーヒーを飲みながら、彼は飯塚美幸の理知的な顔を思い浮かべた。物おじしない気っぷのよさで近寄ってきた彼女は、親しくなればなるほど、意外な表情を見せた。それは主に、隣に座っている三上に関わる話のときだけ見せるもので、彼女の本音をすっかり聞き出すまでに大した時間はかからなかった。 「男だったら、あきちゃんみたいに友達になれたのに」 放課後、委員会の仕事を手伝うと、作業の合間に彼女はよくそんな言葉をもらした。 「でも、男だったら、恋人にはなれないぞ。女でよかったじゃん」 「女だからって、彼女になれるとは限らないじゃない」 「可能性は高いだろ。……もっとも好きになったら、相手が男だろうが女だろうが、なりふりかまっちゃいられないんだろうけど」 彼の言葉に、美幸は顔をあげた。 「意味深な言い方だなぁ。……あきちゃんは、そういう恋愛したことあるの?」 「まだないよ。でも、人の恋愛みてると、そう思う。時々、マジで怖くなるよ、人の気持ちって」 常に一方的に好意をよせられるだけの(好意だけではないこともままあるが)彼にしてみれば、度を越した感情ほどこわいものはない。それは時に彼自身の気持ちを無視して暴走するからだ。そして、恋はそこから最短距離の位置にあって、いつも彼を泥沼に引きずり込もうとする。 彼が美幸に心を許したのも、美幸の想い人が自分ではなく三上だから、というのも大きいだろう。そのことがいま、ややこしい状況をつくってしまっているが、それでもそれを疎ましいとは思えない。むしろ渦中の一人であることが、彼にとっては嬉しかった。 美幸が語る三上の話を聞き、それにチャチャをいれたり、ときには関心したり、男としての意見をいったり、三上自身の気持ちを美幸に語ることは決してできなかったけれど、それでもそんな時間が一番楽しかったから。 彼に恋をしている三上と三上を好きな美幸。これで、彼自身が美幸に惚れていたら、それこそまるでゴールデンタイムのドラマのような三角関係になるところだが、あいにく、美幸には共犯者にもにた友情を、そして三上……三上にはほんの少しだけ普通のクラスメイトというには温かすぎる気持ちを抱いているだけにすぎない。 それでも美幸の恋を語る言葉は、まだ恋をしらない、そして恋愛に対してあまり肯定的ではない彼に、ほのかな恋へのあこがれにも似た気持ちを植えつけていた。熱にあてられたわけではないが、誰かを好きになる、恋をする。それがどんなことなのか知りたい、とうまれてはじめて思い始めていた。 いままで自分を好きだといってくれた人が、どんな気持ちだったのか。 目の前で真っ赤になっている彼が、どんな気持ちで自分をみつめているのかを、知りたい。 彼はまっすぐに顔をあげて、三上の瞳に映った自分の姿をみつめた。 ...To be continue.
|