2度目の恋
【 第1話 】

 深夜に携帯のベルが鳴った。
 液晶ディスプレイの見慣れない番号に首をかしげる。
 番号だけで名前はでない。この番号を知らせてある友達は、そんなに多くはない。
 いたずらか間違いか。考えながら、通話ボタンを押した。
「はい?」
『もしもし、悠人か?』
 受話器から聞こえるその声に、僕は頭の中が真っ白になった。
 幾分かノイズが混じってはいたものの、その声の持ち主を間違えるわけなんかない。
 忘れたくても忘れることのできなかった、僕の名を呼ぶ懐かしい声。
「……貴巳」
 もしかしたら、僕の声は震えていたかもしれない。
『おう、久しぶりだな、元気だったか?』
「うん」
 貴巳、懐かしい貴巳。僕の親友。
 自分で何を話しているのかぜんぜんわからない。ただ、意識とはうらはらに、勝手に口がうごいて、昔話なんかをしている。
 なんてことだ。
 僕は泣きだしそうだった。
 大好きだった僕の貴巳。あんなにも忘れようとしてたのに、僕の気持ちは貴巳の声を聞いた途端に、また会おう、と別れたあの日まで、簡単に引き戻されてしまっていた。
 愛しくて愛しくて言葉になんかならない。言葉になんかできない。
 18才のあの頃、なんでもない顔で貴巳の隣にいることがどんなに辛かったか、彼は知らないだろう。
 どうかしてる。
 貴巳は男で、自分も同じ器官を持つ男なのに、どうして僕は彼への欲望をおさえることができないのだろう。毎夜毎夜、貴巳のことを思い浮かべては、僕は自分を責めた。
 それでも、貴巳に惹かれる気持ちを止めることはできなかった。
 むしろ、自分を責めれば責めるほど、僕は貴巳を想う自分の気持ちに溺れてしまって、どうすることもできないでいた。
 どす黒い欲望を隠しながら親友づらをしてる自分に吐き気がしそうだった。
 できることと言えば、それこそ半身を引きちぎられるような痛みに耐えて、彼の前から消えることだけだった。
 高校卒業と同時に、僕は家を出た。大学は自宅から通うには少し遠いところだったので、いい口実になった。慌ただしい引っ越しとせわしない生活をいいわけに、今までの友達には誰も行く先を告げないまま、新しい場所での日々は過ぎていった。
 あれから5年も経ったのに、僕はちっとも変わってなんかいない。
 どうしよう。まだ、愛してる。僕は貴巳を求めている。
 あふれだした気持ちはもう留めようがなくて、いまにも滴になって落ちてしまいそうだ。
 彼は何も知らずに、自分が勤めている大学の話しをしている。
 僕の知らない貴巳の5年間が次々とこぼれてくる。
 今、大学で研究室に居残って助手をしていること、教授のお供でもうじき日本を離れてしまうこと、そして何年かは戻ってこれないこと。
 だからその前に一度くらいは一緒にまた飲もう、と屈託なく笑う。
「誰もお前の居場所知らないんだから、まいるよなぁ。連絡ぐらいしろよ、ホントに」
「ごめん…」
「まったく呑気なんだからなぁ…。お前の実家と連絡ついてよかったよ」
 そういえば貴巳は高校の時よく僕の家に出入りしていた。
 明るくて礼儀正しい貴巳を僕の母親はかなり気に入っていたようだった。
 貴巳は5年前と変わらない強引さで約束を取り付けると、
「じゃ、来週の金曜日にな」
と電話を切った。
 携帯の通話ボタンを切ったあとも、僕の耳には貴巳の声が残っていた。
 受話器の向こうの仕草まで、見えてきそうなくらいだった。
 上手く思考がまとまらない。
 ただ、熱にも似た気持ちだけが溢れて、僕はいつまでも携帯を握り締めていた。