2度目の恋
【 最終話 】<

 冷たい夜の空気のなかで、僕は空を仰いだ。
 まだ足元はおぼつかなかったが、大きな幹線道路まで歩いて、タクシーを待つことにする。
 時計の針は深夜を示していたが、ためらわずに携帯の短縮ナンバーを押した。
「もしもし、遅くなってごめん。これから帰るよ。………いや、大丈夫。うん、いろんな話しをして…………うん……そう」
 受話器の向こうの彼女は、やはり眠らずにテレビでも見ていたようだ。背後に映画のものらしい会話の声が聞こえる。テレビは見ている人から思考を奪うものだが、そのせいか、かなり落ち着きをとりもどしてる様子だった。
「………ねえ、さや、同じ人にもう一度恋するなんて、あると思う?」
 さやは、一瞬の沈黙のあとで、僕のその問いに応えた。『もちろん、あるわよ』と。そして、帰ってきたら、ちゃんと話してもらうわよ? といたずらっぽく笑った。
 幸い空車のタクシーはすぐにみつかった。
 窓の外を流れていく対向車のライトに、貴巳の住んでる場所から確実に遠ざかっていくのを感じながら、僕は静かに目を閉じた。
 これからの貴巳の人生に、僕の姿はない。
 触れあった瞬間、それが痛いくらいに、わかった。
 僕は貴巳にとって、過去の住人だった。だからこそ、ああして、僕に癒しを求めた。
 きっと、明日にでも貴巳は電話をよこして「なんだよ、置き手紙ぐらいしていけよ。心配しただろ」と何もなかったかのように、屈託なく笑うだろう。
 そうして、遠くない未来に、自分の信じたとおり日本を旅だって行く。僕が5年前にそうしたように、見知らぬ土地で、癒えない傷を大事に抱いたまま、慌ただしく毎日を過ごしていく違いない。
 月の光の下でのあの時間だけが、この先ずっと貴巳の記憶に残って、彼を癒してくれればいい。
 心からそう願う。
 僕はずっと、ここにいる。



 もう、僕の恋が、終わることはない。
<1999.11.07.UP>