■ 休暇だより 〜 暑中お見舞い申し上げます 〜
沢村様


「あっつぅ……い」
 一応一級河川ではあるらしいのだがへろへろと流れる細い川は雑草の生い茂る河原だけが妙に立派だった。麦藁帽子の目と鼻の先で空気が熱く揺らいでいる気がした。山奥の辺鄙な町は7年前に地方大学の新学部の誘致に成功したのだけれど、現在に至るまでちっともその後栄えた感覚がない。耳を塞ぎたくなる程五月蠅い蝉時雨に私はふぅっと息をつく。
「クーラー入れてるといいなぁ…無理だろうなぁ」
 木綿のワンピースの裾が熱い風でふわふわと揺れる。
 冬になれば足首まで雪が積もり、夏になればひたすら暑い、遠い駅前にもコンビニなどなく車で小一時間走ってようやくスーパーマーケットと呼べなくもない大きめな雑貨店に出くわせる。ハーゲンダッツのアイスを買っても到着するまで溶けてしまう辺鄙な田舎に、私は春夏冬の休みがくるたびに押し掛けていた。奮発したキャスター付の革のトランクは長期滞在用の服と勉強道具で満杯になってしまい、お土産入った紙袋はもう一方の手に下がっている。最初お土産に缶詰だの食用油だののセットを…と言い出していたウチのお母さんの発言は却下しておいてよかったと真剣に思う。いくら相手が独身の兄さんでも、そんなのは宅急便で送って貰わないと初日から疲れ果ててしまう。
 いつ崩落しても不思議じゃないくたびれて風化してる石橋の先に見えた同じく古びてる2階建ての木造アパートに、私は呻く。
「うわぁ……今年も草むしり係だー」
 セイタカアワダチソウと猫じゃらしが生い茂る前庭の草むしりは、毎年私のノルマになっていた。

「言ってくれれば駅まで迎えに行くのに」
 扇風機の前を陣取ってひとまず茹だっている肌を冷ましている私に、8畳間にそのまま面している台所の隅にある小さな冷蔵庫からポットを取り出して貴柾兄さんが冷たい麦茶をコップに注いでくれる。
「毎年の事だから悪いもの。台風とか大雪の時は遠慮なく甘えさせていただきますから、その時はよろしく」
「高校2年だろう?変な奴に襲われたりしたらおばさんに何て言われるか」
「う? うーん……」
 年を追う事にぎこちなくなっていく我が家を思いだして答えに迷う私に、貴柾兄さんが差し出してきたコップを受け取る。よく冷えた麦茶の入ったコップの冷たさが心地よい。
「……。今回はいつまでいるかい?」
「んー、8月下旬まではいようかなぁと思ってるんだけど…そろそろお邪魔?」
 ちらりと伺う様に見上げる私に、貴柾兄さんは優しく笑う。もてないとはとても思えないのだけれど、毎年バカンスシーズンに押し掛けているけれど私は貴柾兄さんの彼女という存在に出くわした事がない。もしかしてホモなのかな?とここ数年考えなくもないのだけれどそれなら彼氏と出くわしてもいい気がしなくもない。190センチの長身と知的な顔立ちで性格も悪くないのだから誰かがお手つきしていてもおかしくないのだけれど。――童貞かなぁ?という不謹慎な好奇心が掠めるたびに胸がどきどきしてしまうのだけれど、それは貴柾兄さんには流石に訊けない。
「いいや、ご飯を作って貰えるしこちらとしては感謝してるよ。葵ちゃん」
「少しはバリエーション増やしたから実験台になって下さい」
「楽しみにしてる」
 25歳独身大学院生の貴柾兄さんと私は、私が兄さんと呼んではいるけれど血の繋がりはない。昔からのお隣さんで兄の様な存在として育って、そしてこんな辺鄙な場所の大学に進学した兄さんのアパートにまで押し掛けている状態である。17歳と25歳の男女ならば両方の親が何かと気を揉みそうなのだけれど、何故か貴柾兄さんの家族もウチの家族もそれを自然の様に受け流している。
「あ。これおばさんからの預かり物と、ウチのお母さんから。お世話になります」
「いや、お気遣いなく。――はい、これ」
 紙袋を受け取った貴柾兄さんは私に鍵が2本付いているキーホルダーを手渡す。一本はこの部屋のもので、もう一本は今更このご時世に木造アパートに入室する人はいないのか空き部屋だらけの木造アパートの一部屋の鍵。これは毎年無料で大家のおばあさんが貸してくれる。貸して貰える部屋の掃除とアパートの草むしりと共有部分の掃除はお礼にもならないけれど、でもこれも花嫁修業みたいなものと思えばいい。尤も、嫁ぐ宛はちっとも決まっていないのだけれど。
 5年前の中学進級からアパートの一室で兄さんとは別々に寝る様に鍵を渡されているけれど、個人的には兄さんとおしゃべりしながら枕を並べているのはとても好きなので、私は些か残念でならない。
「明日お布団とかが届くみたいだから寝袋借りれます?」
「え、いや…寝袋干しておくの忘れた。しまったな……」
「だったらタオルケット。大丈夫、こんなに暑いんだから一晩なら風邪なんてひかないから」
「うーん……」
「貴柾兄さんのお布団、大きなのだよね?一晩なら潜り込んでも平気かな?」
「こら。嫁入り前のお嬢さんがそんな事を言うものじゃない」
「意外。ちょっとは女の子らしくなったと見てくれているのでしょーか」
 あんまりつっこむと性別を意識してきまずくなりそうな気がして引くタイミングを探しながら、でも貴柾兄さんが私を女の子として扱っているのを少しでも感じるとどきどきしてしまう。でも深くつっこんでここに来れなくなるのはつらいから兄さんが少しでも嫌な素振りを見せたら引かないと。

 家で何度も実験済みの手料理を気持ちよくたいらげて貰って上機嫌に鼻歌混じりに食器を洗う私は、ふと視線を感じて振り向いた。
「何?貴柾兄さん」
「いや、料理上手になったね葵ちゃん」
「美味しかった?」
「うん」
 満更ではないけれど一人暮らしで毎日自炊している貴柾兄さんの料理の腕には実はまだまだ及ばない。この前滞在中に風邪をひいた時に作って貰った鳥を丸ごと似たお粥の絶品さに、誉められて調子に乗っていたのに気づいて更に熱が上がったのは今でも強烈に覚えている。
 何をしに来ているかと言えば勉強の教え方の上手な貴柾兄さんにおさんどんと交換条件に勉強を教わるのは下手な夏期講習に参加するより身に付く為だった。でもこうして滞在している時が自分として一番落ち着くのが居心地がよくも、どこか歯がゆい。貴柾兄さんの事が好きなのだろうと思うのだけれど、でも異性として恋人になりたいのかと言えばどうも自分としてはっきりとしてくれない。
 感じた視線はカットジーンズのお尻のせいかな?と考えて、私は赤面しそうになって流しに向き直る。常時お尻のお肉が見える様なきわどい物ではないけれど、かがんだりするとお尻の線が見えてしまうかもしれない程度のラインではある。それにブラキャミソールはパットと一体になっている物で、暑いとはいえ少し無防備な気がしなくもない。
「そう言えば、今年もアパートがらがらなの?」
「ああ、大学の寮が出来てからは大体皆そちらに行ってしまったからね。今は4室しか埋まってないみたいだ」
「でもあんまり人の気配感じない」
「矢上さんと田之倉さんは大学に住んでいる様なものだから荷物置き場に近いね。あとは藤岡さんって人が最近入ったんだけど……」
「だけど?」
「どうやら深夜に帰ってくるみたいでまだ会ってないんだ。ご挨拶の素麺もポストに入ってた」
「こんな辺鄙な所で何のお仕事してるのかしら」
「さぁ……」
 平然と言ってはいるけど動悸は乱れまくっている。大家さんは少し離れた大きな家の農家で、という事は恐らくこの古いアパートには貴柾兄さんと私の二人きりという事になってしまう。意識しすぎるのかもしれないけれど…でもやはりこれは異性として貴柾兄さんの事を好きなのかもしれない、でもただ異性として無意味に意識してしまっているだけなのかもしれない。
 網戸にしている窓の庇にある南部風鈴が時折ちりんと鳴る。冷房は扇風機という貧乏学生そのものの部屋は押入が2つもあるお陰で随分とすっきりしていて、その片隅には洗い立ての綺麗なカバーのかかった敷き布団などがある。男の人にしてはこまめな貴柾兄さんは週に1度はカバーやシーツを洗濯しているけれど、私が来るのに合わせて掃除や洗濯をしてくれているのかもしれないけれど、意識してしまうとそれもやましい準備に思えてきてしまう。
「今年も大家さんのお風呂借りに行くの?」
「今年もコインシャワー設置は延期になったからね…ああ、そうだ。車で少し行った所にある町営温泉が改装したらしいよ」
「へぇ…あんまり効能が大した事ないって話なのに頑張ってるー」
「こらこら」

「……。流石、ど田舎」
 田舎の夜は早く、遅めのお夕飯が済んでから温泉に行った私達が着いた22時過ぎには温泉には人っ子一人いなかった。貴柾兄さん曰く24時間明いている町営温泉が一番賑わうのは畑仕事の終わる頃らしい。入口の木箱に入湯料を入れるだけで番頭さんすらいない。綺麗な桧の浴室は以前と同じ様にこじんまりとしていて…要は普通の銭湯程度でしかない。
 扇風機しかない部屋と扇風機すらない空き部屋の掃除で汗ばんでいる肌を綺麗に流して、私は下腹部のぬるつきに気づいた。
「やだ……」
 春にはあまり性を意識せずにいた為か濡れる事はなかったけれど、今回は初日からこの調子だ。最近自慰を憶えてしまったからかもしれない、それに…貴柾兄さんを自慰のおかずに使ってしまった事は何度かある。でもそれは異性で一番知っているのは貴柾兄さんだからであり、TVの俳優さんがピンとこないからだろうと考えている。泡立てた石鹸で丁寧に洗うと徐々に身体が火照っていき、そのまま自慰に変わってしまいそうな感覚に、私は慌ててお湯をかぶった。下腹部の突起も胸の先端もずきずきしている。滞在中は自慰禁止。それは私という居候を引き受けてくれる貴柾兄さんへの礼儀だと思う。
「――あれ?」
 浴室の隅にあるドアに気づいてそれを開けた私の目に、石段の小道が映る。ボイラー室への通路と違いそうなこれは露天風呂だろうか。タオルを当てて踏み出す素足に、石が少しだけ冷たい。
 10メートルくらい歩いた所にあるのは予想通り露天風呂だった、けど、その入口はもう一つあった。それを見て私は少し唾を飲む。誰もいないのは入口で確認済みだから、その後に農家のおじさんなどがやってきていない限りここを出てくるのは貴柾兄さんしかいないだろうし、それに夜遅くは皆寝静まっている様な田舎の、それも駅方面でなく畑がまばらにあるだけの山奥では大学の人間が来るなら車かバイクだろうけれど先刻からエンジン音一つ聞こえてこない。
 露天風呂で裸だの性別だの意識して悶々とするのはルール違反だと以前クラスメイトが言ってたのを思いだし、私は息を吸い込んでからそっと露天風呂に歩を進めた。じんわりと温かいお湯に片足を浸け、そして私は当てていたタオルをそのまま浸けていいのかを一瞬悩む。湯船にタオルを浸けるのはいけない筈だけれど、でもこれがないと貴柾兄さんが来た時にモロに見えてしまう事になる…でもわざわざ意識してタオルで隠す方がおかしいのかもしれない。何か、ストリップか何かを貴柾兄さんがいない時点から始めている様な感覚にくらくらする。
 縁に畳んだタオルを置いて、私はゆっくりと湯に身を沈める。ぴったりと合わせる脚の間で、下腹部がぬるっとした…先刻洗ったばかりなのに濡れがもう外に滲んでいる事実に顔が熱くなる。自慰を知ってしまうとここまで人間変わってしまうのだろうか。不純だと思う一方、貴柾兄さんを意識してしまうこの状態にどこかふわふわと浮ついた心が心地よかった。
 露天風呂は混浴だと貴柾兄さんは知っていたのかな?と考える。もしも知っていたのだとすれば混浴になる事を前提にここの話をしたのだろう…まさか二人きりになるとは考えなかったとして、でも私の裸を目にする事は考えているのだろう。それは幼い頃に、と言っても私が物心ついていない頃から小学校に入るまでなのだけれど一緒にお風呂に入ってたのの延長線上の下心のないものなのかもしれない。そうなると女らしくなっている身体への自尊心が少し傷つくのだが。――でも、もしも貴柾兄さんが女として私に興味を持っているとしたら、この関係が崩れてしまう時は一瞬という気がした。
 もしも貴柾兄さんが私を組み伏してきたら…いや、無理強いをするタイプではないだろう。優しく口説いてくる姿も想像がつかない。うやむやなのが一番想像がつく。研究室も一段落しているらしいので自宅で洋書をめくっている貴柾兄さんは基本的に夏休み中私の相手をしてくれる。それは買い出しだったり勉強だったりドライブだったりするのだが、恋人同士というのは変で、どちらかと言えば夜のお相手はないものの家族の様な、それでいて家族以上に仲睦まじい時間が一ヶ月以上続く。もしもこれが男女の仲になってしまったらどうなるのだろう。
「――貴柾兄さんって…性欲どんな感じなんだろ」
 ぽつりと呟いた私は石の上を歩く濡れた足音に口を閉じた。
「え……?葵ちゃん?」
「お気遣いなくー」
 気軽そうに言おうとしたけれど上手に言えた気がしなかった。でもここで「来ないで」と妙に恥じらうと変に拒んでいる気がする…でも心臓が暴れて全身が熱くなる。建物の手前の竹林から現れた貴柾兄さんは一応腰にタオルを巻いていて少し私は安心して、そして慌てて視線を逸らす。こそこそしているワケじゃないけど一応タオルの前に手を当てている、その手の下が膨らんでいる気がした…気のせいかもしれない、でも不自然な膨らみというかタオルの上がり方は多分、気のせいじゃない。
 どうしていいのか判らずに私は夜空を見上げる。
「こっちはやっぱり星が綺麗」
「ああ、この辺りは大学が拡張工事しても山が間にあるから光害をあまり受けないんだ。大学の方はやっぱり見える数が減ってるけれどね」
 何気ない会話をしようとしながら、私の聴覚はフルに貴柾兄さんの動きを探ろうとしている。やっぱりタオルは外してしまうのだろうか、そうなったらあそこをどうやって隠すのか、性的意識より前に素朴な疑問が頭に浮かぶ。
「夏の大三角、ちょっと傾いちゃってるね。でも凄い、天の川がぼんやり判る…やっぱりここは綺麗ね」
「そうだね」
「貴柾兄さんはよく夜空見上げてないの?」
「うーん…。一人だとたまに見上げるだけで後は研究でうやむやになっているかな。葵ちゃんが来ている時の方が夜空や風景を見てる気がする」
「あら、こんなに可愛い子よりも星や山の方が見てて嬉しいワケ?」
 自分も家や学校では一息ついて周囲を見る余裕を持つ時間が何故かない気がする。ルーチンワークを繰り返している感覚がこっちに来ると強く感じられて、貴柾兄さんの隣にいると美味しい空気を深呼吸出来ている感じがした。貴柾兄さんもそれを感じてくれているなら嬉しいな、と思う。
「可愛いよ葵ちゃん。――いや、綺麗になったって言った方が近いかな」
 貴柾兄さんの視線が向けられているのを強く感じて、夜空を見上げながら私の動悸は激しく乱れる。やっぱり下腹部まで堂々と晒す勇気はなくて伸ばした脚をお湯の中で軽く合わせて、その上に両手を置いているけど、代わりに両腕は胸を寄せる形になっていた。どちらの方がよかったか考えるけれど、今更ポーズを変えると意識しているのがバレてしまう気がする。
 呼吸まで乱れそうになって、私はようやく首を巡らせて建物の方へ顔を逸らす。竹林の合間から見える建物の灯りは強すぎず弱すぎず露天風呂に届いて足下が危なくない程度に照らしていて、竹林も岩も水面も浮かび上がらせている。多分、私の身体も。
 ぞくりと甘く危ない感覚が腰から背筋に昇ってくる。貴柾兄さんはどんな姿をしているのだろう、私はどんな感じに見えているのだろう。湯船の中で、私は一糸纏わぬ姿で表面上はリラックスしていて…どきどきしているけれど、でも同時に貴柾兄さんと一緒にいる安堵感で心地よくもある。お互いに仕事一本槍なお父さんとお母さんのぎくしゃくとした感覚はなく、私にとってご機嫌取りの様に人の顔色を伺わなくて済む一番の人が貴柾兄さんだった…多分私は家族よりも貴柾兄さんが好きなのだろう。何だかこうして貞操の危機みたいな状況でさえ、私はどこか甘えてしまう。
「ねぇ、貴柾兄さん……」
 何かを話しかけようとして、私は思いの外近くでお湯に浸かっているその姿に言葉を途切れさせる。
 あんまり運動をしているとは聞いていないのだけれど、広い肩幅にしっかりとした胸板、自分のへろへろな腕とはまったく違う筋肉のある腕。海水浴と考えれば裸の上半身なぞ大して気にする必要はないのだけれど、無色透明なお湯は、揺らぎながら結構はっきりと下半身の凹凸を浮かび上がらせている。明るすぎないと言うか常夜灯以下の灯りは、卑猥な具合に…腰のタオルがない状態を私の目に映す。
 私の目にそれが映ってしまったのに気づいたのか、脚を組み直す貴柾兄さんが視線を夜空に逸らす。
 それは、勃起というものだろう。ゆらゆら揺れるお湯の中で、おへその近くにゴツいモノが上を向いていた。それを意識して、期待していたせいで私は目一杯それを瞬間的に見てしまっていた。女子校とこの滞在癖のお陰で男女交際のチャンスがなかった私は友達の持っているマンガなどでしか知識はなかったけれど、でも大きく描かれている事が多いという話のそれより、貴柾兄さんのモノは大きい気がした。お湯がレンズ効果になっているんだと瞬間的に祈る様な呪文が何度も繰り返される。――そうでなければ、こんな大きなモノが入ったら相当痛くてたまらない。
「あー…、えーっと……、明日も暑っつくなるかな」
「天気がいいから、そうだろうね」
「そっか……」
 貴柾兄さんはどちらかと言えば学者風の穏和で整った顔立ちをしていて、大学院にのんびり残りながら何やらライターの仕事をしていると聞いて妙に納得した憶えがある。その顔立ちと下腹部のそれのギャップに私は頭がくらくらした。インテリはエッチが濃厚だという俗説がふっと過ぎるけれど、そう言った人ならば毎回彼女なしで私のお相手をしてくれるという事はないだろう。ただ大きいだけなのかな?でもそれは宝の持ち腐れというモノな気がしなくもない、そんな17歳の乙女にあるまじき思考に私はぽーっと顔が赤くなっている感覚に首を振る。
「葵ちゃん?」
「何でもないです、何でもない」
 ぱたぱたと手を振って誤魔化す私は、振る手が真っ赤に茹だっているのを見て焦った。そう熱過ぎるお湯ではないのだけれど、温泉は水道水よりも早く湯あたりしやすく、そして私はどちらかと言えば湯あたりしやすい体質である。でもタオル1枚しかない状態で貴柾兄さんにお尻を見せながら戻るのは何となく気まずい…これは貴柾兄さんをケダモノ扱いしている様な申し訳なさを感じるのだけれど女の子としては当然の配慮というか気苦労なのだと思う。
 どうせなら貴柾兄さんが先にあがるのを待った方がいいかもしれない。男の人のお尻を目で追う趣味はないから見ないで済むだろうし…この辺りの心理が自分ながらに面白くて私は思わず笑いそうになる。胸板や肩やあそこだったら見たい様な見たくない様なもどかしい恥ずかしさがあるのだけれど、お尻には興味がないのは男女の差なのだろう。男性はやっぱり女の人のお尻は好きなのだろうし、では何で男の人のお尻は魅力がないのだろう? 女の人のお尻とどんな感じに違うのだろう…臑毛だったら何となく想像がつくのだけれど、男の人のお尻をまじまじと観察した事がないからよく判らない。そう言えば貴柾兄さんは胸毛が生えていないしあんまり毛深くない気がする……。
「――ぉいちゃん? 葵ちゃん?」
 考えに耽っていた私は貴柾兄さんの声に我に返った。と同時に頭がぐらっと揺れる。
「あで……?」
 こめかみが脈打つたびにどくどくと大きく鳴り、視界が暗い。私の周囲がスプーンでかき混ぜた紅茶の様に回転して地震に似たゆっくりとした揺れで上半身が妖しく動く。湯あたりしてしまった自覚に生じる焦りは鈍った思考力で空回りをしてしまう。
 湯の中で湯船に手を突こうとしてよろける私を、貴柾兄さんの腕が抱き留める。
 どくんと全身が脈打つ。熱いお湯の中に溶けそうな感覚の中、貴柾兄さんの身体の硬さがとても心強く、そして卑猥なものに思えてしまうけれどそれはこそばゆいくらいに甘えたいものだった。そのまましなだれかかって猫の様にすり寄りたいなと思うまでもなく、力の入らない私の身体は貴柾兄さんの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ふに……、あったかい…ごめんなさい……たかまさにーさん……」
「我慢しないで出てよかったんだよ?」
「ふぁい……」
 貴柾兄さんの首筋に頭を預けて深みのある穏やかな声を聞いていると、全身が脈打ってこめかみが鳴っている事すら心地よいものに変わっていく気がした。以前抱っこされたのはいつだっただろう。雰囲気は学者風なのに簡単に私の身体を抱きしめている腕も胸板もすっかり逞しい男の人のそれで、湯あたりで血行が良くなり過ぎて…脈打っている私の下腹部と乳首がずきずきと疼いてしまう。
「ぁ……、あにゃにゃ……」
「出るよ」
 背中と膝の裏に貴柾兄さんの腕が回されて私の身体を抱え上げて、あっさりと湯船の縁の岩の上に横たえさせた。お湯すらなく貴柾兄さんに肌を晒してしまう羞恥心に焦るけれど身体がロクに動かない。幼児期はお風呂に一緒に入ったけれどこうして第二次性徴の後に隠す事も出来ずにすべてを晒してしまうのはやっぱり恥ずかしい…ぼんやりとしている視界に映る貴柾兄さんの肩や胸板の逞しさに比べると女の身体として物足りなく映ってしまうのかな、と焦れったささえ憶えてしまう。
「ふにゃ……みっともない…、かっこわるい……」
「僕と葵ちゃんの間柄だから無茶や我慢はしなくていいんだよ」
「ちがぅー…、からだ……にーさん…かっこいいから」
 くったりと岩の上に横たわって何も隠せずにいる私の横でタオルを絞っている貴柾兄さんが少し驚いた様に首を傾ける。大人の女はこういった場合に湯あたりの失態などしないだろうし、迷惑をかける事もしないだろう…でも貴柾兄さんが少しも迷惑そうな顔をしないのが妙に嬉しかった。――でも出来れば身体にタオルかけて欲しいのだけれど。
「葵ちゃんの身体、綺麗だよ」
「――わ……」
 何だか男女の濡れ場みたいな誉め言葉に腰がぞくぞくしてくる。もし当の本人の貴柾兄さんがここにいなければ自慰しそうなくらいに胸も下腹部の突起も針でつつかれているみたいに敏感に疼いてしまう。お湯の中に比べたら当然冷たい外気は火照った身体に心地よく、湯面からふわりと漂ってくる湯気が身体を撫でていくのが、愛撫みたいだった。
「拭いていいかな?」
「え……?」
「このまま服を着るワケにはいかないから、ちょっと拭くよ」
 そう言うと貴柾兄さんが私の頭を少し持ち上げてタオルで首筋を拭ってきた。強すぎず弱すぎず絞ったタオルで拭ってくれる動きは美容院のシャンプーの様な丁寧さで妙に慣れている気がしなくもないくらいである。首筋から肩へと降りていくタオルにあわせて、貴柾兄さんの手がそっと私の頭を床に戻してくれる。拭いてくれる理由は正しいのだけれど、拭くというとやっぱり全身になるのだろうか、やっぱりそうなんだろうけれど、でも拒むのも意識し過ぎているのかもしれない。でも拒まないのも軽はずみに思われないだろうか?
「やめていいよぉ……その…はずかしいし……」
「風邪をひかせるのは嫌だからね。――それに役得だし」
「えっち」
 冗談めかした貴柾兄さんの意外な言葉に私は楽しめているのならいいかなと思えて一気に楽になった気がした。軽口が出る程度なら妙に深刻にならない方がいいだろう。腕を拭って貰いながら息をつきそうになり…そして私は声を漏らしそうになる。
 貴柾兄さんのタオルが、胸をゆっくりと撫でた。ちょっとは自信のある胸を裾野から撫で上げる様にタオルがすくい上げ、そして尖ってる乳首の周囲をさわさわともどかしい優しさで撫でてくる。敏感になっているせいかもしれないけれど、自分の自慰とは異なる遠回しな感触のもどかしい甘さに、鼻のかかった吐息が漏れてしまう。
 役得というからには本当に少しは性的な楽しさがあるのだろうか。湯あたりして動かない人間相手では何というかダッチワイフみたいなモノなのだろうか…でも私の身体は生身で触覚も存在しているのだけれど。
 バスタオルだと胸など数回拭けば水気がとれるのだけれど、濡れているせいなのか貴柾兄さんのタオルは何度も繰り返し私の胸を少しずつ拭っていく。優しく裾野からすくい上げられて胸がぷるんと上に突き出させられるのを感じるたびに声を漏らしてしまいそうになる。声を漏らしたい。自慰で小さく声を漏らすのに慣れている私は乳首をいじる自慰ならば行っているけれど、でも乳首に触られなくても気持ちよくなってしまう事はあまり判っていなかった。
 冗談めかした言葉もなく、何度も何度も繰り返し乳房をタオルで拭う…いやこれは「役得」の悪戯なのかもしれない行為に、乳首の疼きは酷いものになっていく。そぉっと指で摘んでこねたらそれだけでじんわりとした快楽で満足出来てしまうのに、貴柾兄さんのタオルは意地悪をする様にそこを避けていく。でもそれを私から求めるのはあんまりだろう。
 とろんと蕩けて仰向けで湯船の縁に横たわる私の目に、夏の夜空が見える。漆黒の夜空に薄い靄の様な天の川。
 拭くだけだと言ったら本当に拭くだけだろう貴柾兄さんが私をこのまま手込めにするとは考えられない。――尤も、同意を何気なく求めてきたら本当にしてしまうのかもしれないけれど。
 今やっぱり貴柾兄さんのものは勃起しているのかな?そうであって欲しいというか、そうでないと屈辱的過ぎる。湯あたりというのは不自由で、ちっとも身体が自分の意志通りに動いてくれないからこっそりと盗み見る事が出来ない。見ようとしたら恐らく完全にバレてしまうだろう。何か行動をしたら貴柾兄さんを止めてしまう気がして、言葉が出ない。恐ろしいとかそう言った感情はないのが自分としても不思議だった。いくら何でも乙女としてこの状態を甘受するのはよくない筈だけれど、でも貴柾兄さん相手なら結構な所まで構わない気がする。まぁ、貴柾兄さんを男性として舐めているのかもしれないけれど、でも昔から知っているが故にその信頼は強い。
 と、タオルが胸から腹部に移った。
「――え?」
「どうかした?」
「なんでもなぃ……」
 思わず間抜けな声を漏らしてしまった私にごく普通な口調で貴柾兄さんが問いかけてくる。あれ?という感覚が否めない私は少しふてくされた感覚ですっかり力を抜いてしまう。言えばよかったのかなぁ…とどうしようもない事を考える私は、胸から腹部からに移ったその後に気づいて流石に内心慌てる。銭湯や修学旅行のお風呂では人目に晒さるを得ないけれど、でもこれから一夏お世話になる貴柾兄さんに下腹部を見られて、しかもタオルで拭われてしまうというのは流石に気まずいのではなかろうか。
 でも、正直貴柾兄さんの「役得」が本心ならばちょっとなら楽しんで貰いたいという気がするのは否めないし、それに胸を拭った時の優しい感触であそこを拭われるのは気持ちいいだろうなという不埒な期待も少しある…たっぷりかもしれない。
「ぁ……」
 ぞくぞくとした感触の後、不意に私は自分のお尻の辺りにまでぬるぬるした感触が広がっているのを感じて焦る。胸はえっちな感じになっていると知られないで済むけれど、ぬるぬるは流石に洒落にならない。ただ拭って貰うだけの人間がえっちな感覚で気持ちよくなっていると相手に知られると気まずいでは済まないだろう。引いてしまうかな?でも凄い方に雪崩れ込まれても自分がおねだりしているみたいで困ってしまう気がしなくもない。
「葵ちゃん、どうかした?」
「……、ぇー…っと……ね、その……からだが…」
 貴柾兄さんに引かれてしまうのは残念なのだけれど、自分でもこんなになってしまう事はほとんどないから恥ずかしくて仕方ない。どんな時にこんなになってしまうかと言えば、実は貴柾兄さんをおかずにしてしまっている時だったりする。
「――気にしなくていいよ。ちっともおかしくない」
 穏やかに囁かれてぞくっと腰から背筋に妖しい感覚が這い昇ってきた。私が何を言いたいのか判っているのか、それとも綺麗綺麗でないというそれ以前の話なのか。発育の問題なのか昂ぶってしまう反応の問題なのかを聞き返したいけれどそれは野暮というか聞き返してしまうのも何な気がして私は話しかける事が出来なかった。そうこうしている間に貴柾兄さんのタオルは胸と同じ様に腹部と脇腹を丁寧に撫で回し、そしてゆっくりと下へ降りていく。
 目を閉じてくれないかなぁと無茶な事を考えながら私はぞくぞくと這い昇るいやらしい感覚に緩い息を漏らす。ウエストも平均的にくびれてくれて、胸も腰も標準以上にはなっているのだけれど…実は下腹部はあんまり発育がよろしくない。ビキニラインの処理の必要なんて必要ない位に薄くちょっとしか生えていない茂みは鏡で正面から自分の身体を眺めてもぷっくりとした丘がほとんど隠れずに見えてしまう。育毛剤という言葉が過ぎるのはビキニラインでお困りに人にとっては羨ましいのかもしれないけれど、でも私としてはもうちょっとは生えてくれた方がありがたかった。
 絞ったタオルが茂みを撫で、そして両脚の付け根のラインをなぞった後、不意に貴柾兄さんの手が私の片脚を抱え上げた。
「――ひ……ぁっ」
 蒸れている場所が夜気で撫でられる清涼感よりも、まるでアダルトビデオの様に脚を開かれてしまった驚きに思わず声が漏れてしまう。湯あたりの浮遊感が貴柾兄さんに秘部を見られてしまっている状況を非現実的に感じさせる。もしかしたら誰か他の人が来てしまうかもしれない町営温泉の露天風呂で、貴柾兄さんとはいえ大人の男の人に脚を大きく開かれている姿で…そしてお尻までぬるぬるに濡れてしまっている。貴柾兄さんはどうなのだろう…萎えてしまっていたら少し悲しいかもしれないけれど、でもあの大きなモノが脚を開かされている私の至近距離にあるのはとても卑猥な光景な気がした。湯あたりで拭って貰っているだけなのだけれど、多分他の人が見たらそうとは考えてくれないだろう。
 ぐらぐらと世界が揺れる。身体の皮膚の一枚下で砂と水を混ぜた液体が徐々に分離して沈殿していく様に重力がのしかかってくるのに、身体は脈打つたびに甘く疼いていた。抱え上げられていた脚がウエスト近くまで膝を折られ、岩の上に押しつけられる。酷くいやらしい体勢の素肌に視線を感じて、火照った顔が更に熱くなって息が震えた。
 タオルが丘の表面を滑り、次の瞬間にぬるりと谷間の間に滑り込んだ。ぬちゃっといやらしい音がはっきりと響いて私の耳をなぶる。当然貴柾兄さんの耳にも聞こえない筈がない。ぬめる谷間を拭うには優しすぎる力加減のタオルは粘液を拭き取るには少し役不足なのに、そのままタオルは甘く撫でる様にお尻の穴にまで漂って、岩の上で潰れているお尻の間まで撫でていく。タオルの通った後は恐らく谷間がぱっくりと開いてしまっているだろうその光景を想像して私は何度も浅い呼吸を繰り返す。
 一度で綺麗に拭って貰えたらただ開いているだけで済むのだけれど、ぬるぬるになっている状態で開いている谷間は卑猥そのものでしかない。――胸みたいに何度も繰り返し拭おうとしているのかもしれないという想像に混乱してしまいそうなのに、恥ずかしさと期待と信頼で抵抗する気に少しもなれない。もう見られてしまったという諦めみたいなものがあるかもしれなかった。
「っ……ひ! ……ぁ…っ」
 さらりと谷間にお湯がかけられて伝う感触はお漏らしをしてしまった様な恥ずかしいものだった。入口を、お尻の穴を、お尻をとろとろとお湯が流れていく。そしてそれに続いて兄さんのタオルがぬめりを洗う様に私のいやらしい場所を撫で…その感覚の違いに私の身体が少しだけ海老反る。
 タオルの感触が弱い。先刻の何重にも重ねられているタオルの感触ではなくて、1枚だけしか隔てずに貴柾兄さんの指の感触が伝わってくる。ほとんど直接触られている様な指の形をまざまざと感じさせる状態で、タオルがゆっくりと優しく粘液を掻き混ぜて粘膜に馴染ませる様に左右に谷間を更に開いては突起から入口まで細かな円を描いて繰り返し動いていく。洗顔みたいな細かな丁寧さはデリケートな部分だから特別にしてくれているのかもしれないけれど、それは愛撫と言った方が絶対に近い。
 役得と言うには少しサービスし過ぎている気がして流石に少し焦る私は、今更ながらに脚を開かせている貴柾兄さんの手が異性のものなのだと実感してぞくぞくと心地よい恍惚感に泣きそうな息を漏らす。こんな事をしているのにドライブで二人きりでゆったりとしている時に感じる満足感を同時に感じてしまう。まだ慣れていない自慰よりも何倍も気持ちよくて切ない刺激に茹だってあまり動けない状態で緩く首を振る私の髪が岩の上で揺れていた。
「葵ちゃん?」
 切なくて振った首を拒絶ととったのか貴柾兄さんが問いかけてくる…けれどその声音は穏やかでとてもではないけれど女の子のいやらしい場所を悪戯している卑猥な響きではなく、でも儀式ばったものでもなく、自然で丁寧で優しいものだった。
「ぁ……ごめんなさぃ…、ちがう……そうじゃなくって……」
「そう。――続けるよ」
「……」
 すっと脚から手を離されても、私はそれを閉じる事が出来ずにそのまま脚を開き続けてしまう。両手の空いた貴柾兄さんが何をするのか少し怖いけれど、でもそれよりも何をするのかを期待してしまっている。でも、それは秘め事への後ろめたい感覚ではなくて子供の悪戯の共犯の様な感覚の方が強かった。17歳と25歳のお医者さんごっこというのが感覚的には近いかもしれない。
 空いた手が私のお尻を岩の上から持ち上げて、その間の隙間に貴柾兄さんの膝が入り込んだ。背を少し曲げたまま腰を浮かしている体勢は私のいやらしい場所を更に貴柾兄さんの視界にはっきりと晒す状態を意味している。そんなに見たいのかな、と不意に童貞なのかを考えた事を思い出す…でも童貞ならこんな状態なら我慢出来ない様な気が凄くする。
「葵ちゃん、剥いた事は?」
「ぇ……?むくって……なに? ――っ……あ!」
 唐突な質問が少しも判らないで逆に問いかける私に、貴柾兄さんのタオル越しに指が突起の表面を優しく撫で回し、その刺激に私は思わず甘く甲高い声を漏らしてしまう。タオルと粘液があるのだから刺激はそう強くない筈なのだけれど、自分で撫でる時とはまったく異なる不意で切ない刺激に腰が膝の上でがくんと揺れる。
 確かに突起に小さな鞘みたいな部分がついているけれど、それを指している事に遅れて私は気づく。タオル越しゆっくりとなだめる様に撫で回す貴柾兄さんの指に、湯あたりしている身体が自然とほんの少しだけ弓なりにしなって、折角拭いたばかりの肌に汗が滲んでくるのを私は感じていた。自慰は知っているけれど寝酒的にほんわりと気持ちよくなるだけで満足してしまっていた私にとってはそれはとても淫らな刺激だった。自然と声が漏れて抑える事が出来ない。
 私にとって初めての経験だという事が貴柾兄さんは判っているのだろうか、出来れば今自分のしている事が女の子にとって特別な事を判っていて貰えれば嬉しいのだけれど…でもそれは処女喪失とかの域でないと男の人にとっては迷惑な考えなのかもしれない。でもやっぱり貴柾兄さんにはそれと判って欲しいのは我が侭だろうか。
 身体が熱く火照って爪先まで痺れていくのに、全身がぴりぴりと敏感になっていく。突起を撫で回されて揺れてしまう身体にお尻が貴柾兄さんの膝を挟み込むみたいに動いて滑る。譫言みたいに唇から何度も貴柾兄さんを呼びながら段々ひきつった嗚咽が混じっていき、涙で夜空が滲む。身体の沈殿感が嘘みたいに平衡感覚が崩れて、まるで身体を軸にして世界が回転している様な眩暈のするあやふやな感覚に湯あたりで駄目になってる手足がもがきそうになる。
 あっあっあっと一撫でされるたびに声がこぼれ、ぼんやりと開いている瞳の奥で小さな火花が爆ぜて眩暈がして怖くなる。貴柾兄さんが怖いとかではなくて次の瞬間に地面に飲み込まれてしまいそうな不安定さと、そしてまったく憶えのない感覚に。何だろう、お尻をきゅっと引き締める感覚に似ているのだけれど変な蠢きが下腹部でしている。私の緩慢にしか動いてくれない持て余している身体がびくびくと痙攣して、内腿とウエストが別の生物か何かの様なのにその蠢いていた。
 酷く切なくて何度も貴柾兄さんを呼ぶ…でも身体は弾みがつきすぎて止めて欲しくないって訴えている。私のしていた自慰なんて子供のお遊びだったんだという実感が、何故かそれを仕掛けてくる貴柾兄さんへの甘えに変わっていた。お漏らしをしてしまいそうな切羽詰まった押し上げられる感覚に、腰が一段と激しくがくがくと揺れ……。
 ふっと指が止まった。
 もう少しで風船がはぜてしまいそうな感覚が不意に終わり、そしてひくひくと痙攣している身体を残されて私は呆然として夜空を見上げていた。何でとめたのかをもの凄く問いつめたいのだけれど、でもそうすると自分が今おかしくなる寸前だった事を貴柾兄さんに知られてしまう気がして、気まずさに言葉が出ない。――今もし押し倒されたら、喜んで迎え入れてしまいそうなくらい、身体に火がついてる。
 と、貴柾兄さんの空いている方の指が開ききっている谷間の両脇の丘の裾野に指を押し当て、左右に引き延ばす感触がした。
「ぁ……」
 ひくひくと変な蠢きをしているのが自分の、多分膣だと皮を張られた感触で私は気づく。ぽってりとした丘にはほとんど茂みはなくて何だか小さな子供みたいで情けない…それなのに開いている谷間の粘膜のその底はとろとろに愛液というモノを垂らして蠢いているのが自分でも判ってしまう。膣がぎこちなくしゃくりあげるたびに入口が蠢いている。そんな谷間の小さくて薄い襞と丘の間にタオルの指が潜り込んで撫でてきた。切ない焦れったさに乱れきった呼吸を整えようとしながら私は瞳を閉じる。
 どれだけ洗っても無駄なのが判っていない筈がない。今拭おうとしている貴柾兄さんの指がそもそも私の愛液が溢れる原因なのだから、どれだけ拭っても次々にいやらしい液体は私の中からとろとろこぼれてきてしまう。
「――段々濃くなってきた」
 ぽつりと囁かれた言葉の意味が判らない私は、貴柾兄さんが指で掻き出したりするのかな?と考えたのだけれど、でもその期待と不安は空振りに終わった。

 風鈴が鳴った。
 貴柾兄さんの換えのTシャツ一枚という凄い格好で運んで貰った私は、今は同じく貴柾兄さんの浴衣を着付けられてお布団の上でタオルケットを乗せられている。――結局、あの後ももの凄く時間をかけて全身を…そう、もう残すところなく全身を拭って貰って、でもあの弾けそうな感覚以上の刺激を貴柾兄さんは私に与えてはくれなかった。
 冷たい濡れタオルが気持ちよくて、初めて知ったとても気持ちのいい感覚のその先はもったいなかったけれど心地よい脱力感が興奮を凌いで、私は少し眠りかけている。電気スタンドの灯りをこちらに向けない様にして分厚い洋書を読んでいる姿をぼんやりと見つめる私に、貴柾兄さんがふと気づいた。
「ごめん。明るいかな?」
「ううん……、インテリっぽいなぁって見てた」
 そう言えば空き部屋を与えられるまではこうして寝付くまで貴柾兄さんの読書姿を見ていた気がする。少しレトロな形のフレームの眼鏡をかけている貴柾兄さんは本当に学者みたいで、小さな灯りに照らされるその横顔は穏やかで知的で幼心に見とれてしまうものだった。それは今も変わっていない。
「インテリは酷いな」
「昔と変わらなくって…私、こうして貴柾兄さんを見るのって大好きだな」
 徐々に押し寄せてくる睡魔に残念な事に瞼が重くなってくる。でもそれさえ幸福感があった。あんな事の後で帰宅してそのまま雪崩れ込まれたり、帰り道を変えて遠いラブホテルに連れ込む手はあった筈なのだけれど、でもこうしていつも通りに寝かせてくれる貴柾兄さんに複雑だけれど役得の件も含めて私は安心していた。
「ねぇ……」
「何だい?葵ちゃん」
「私、女の子してた……?」
 その問いは予想外だったのか、洋書をぱたんと閉じて貴柾兄さんは少し落ちていた眼鏡を指で持ち上げる。少し考えた様子の後、貴柾兄さんの指が私の頭を優しく撫でた。
「――ちゃんと女の子だったよ。とても綺麗だ」
 貴柾兄さんの誉め言葉に急に恥ずかしくなって、でもどこか嬉しくて私は貴柾兄さんの指に指を絡める。
「こうして可愛がってくれるなら……」
 抱かれてもいいや、とは流石に言えなかった。それに貴柾兄さんがいきなりそういった感じに雪崩れ込む様には見えない。やっぱり単なる役得の悪戯だったのかもしれないし、確かに結構とんでもない悪戯になるのだけれど、咎めるには嬉しさとこそばゆさが勝っていた。絡めた指をくいと引いて、私は重くなっている瞼を綴じる。
「腕枕して? 明日朝早くに草むしりした方が…すずしくて楽だもん……」
 何か言葉をもの凄く短縮してしまっている気がしたけれど、困った様な短い息の後、瞼の裏が電気スタンドのスイッチの音と同時に暗くなった。
<2005.09.18 UP>