■ 休暇だより 〜 残暑お見舞い申し上げます 〜
沢村様


「まぁ、精の出んさんなた」
 猫じゃらしをむしっている私はかなりボロけた竹の垣根の向こう側から姿を見せた小さなおばあさんに軍手で額の汗を拭いながら立ち上がった。
「大家さんおはようございます。今年もお世話になっています」
「そがん気ぃ使わんでんよかよ、畑で取れた野菜(やしゃあ)ば持ってきたけんが、冷やして食ぶんね?」
 小柄な身体だというのに大きな籠にはトマトやきゅうりなどが山盛りになっていて私は慌ててそれを受け取りに行く。軽そうに持っているけれどそれは大家さんが農作業で鍛えているからであって実は結構重いだろうし、それに目上の人に荷物を持たせたままにしているのは問題がある。受け取った野菜はやはり重く、大家さんの畑は一山離れた場所にあるのだが、そこから徒歩で野菜籠を抱えて来るのだから元気としか言い様がない。
「言って下さればお手伝いにも行きますから」
「よかよか、お隣さんも一緒にやりようけんが、皆でゆつらぁとしとうけんが大丈夫」ちなみに平均年齢80歳過ぎの筈である。「そがんこっより草むしりばしてもうろうて悪かにゃ」
「いいえー、こちらこそお邪魔させていただいてありがとうございます。麦茶飲まれますか?今お持ちします」
「よかさ、こいから墓参りば行っけんが」
「待ってて下さい、お供え物を持ってきます」
「わっかかとが気ぃ使わんでよかと、おじいちゃんが好いとうトマトば持ってくけんが」
 本当に立ち寄っただけの様子の大家さんは何とも言えないにこやかな笑顔で手を前後に振る。
「葵ちゃんが来んさっと貴柾君の悪そもせんと大人しかごと大人しかごと、見とうぎほんなこつ楽しかよー。うちのじいさんも若か頃ほんなって悪そやったばってん貴柾君はもっとやけんが、はよ嫁になってならんば」
「は、はぁ……」
 実はこちらの方言は半分程しか判っていないのだが、恐らく今の言葉はかなりに誤解を招いている気がしなくもない。あと「悪そやった」というのはどういう意味なのだろうか。本当は意味を聞きたかったのだけれど…後で貴柾兄さんに何気なく聞いてみるといいかもしれない。
 挨拶もそこそこに数キロの山道へと帰っていく大家さんを見送り、私は両手にずしりと重い野菜籠を持ち直す。名山というのでもない普通の小さな山間の村落が更に寂れてしまったという感じのこの辺りは結構過疎化がシビアで、大学と大学寮周辺や駅の辺りは若者がいてもこういった場所では時たま会う人のほとんどがお年寄りである。山の向こうから陽が昇り、山の向こうに陽が沈む。川沿いの田圃の青々とした穂が風に揺れ、暑い日射しの中少しだけ麦わら帽子を揺らしていく。こんな場所で日を過ごしていくのもいいな、とたまに思うけれど…それを今思い出すのはお嫁さんという言葉のせいだろうか。

「葵ちゃん、プールに行くかい?」
 駐車場と言うよりただの砂利道のつきあたりに駐車しているミニクーパの整備から戻ってきた貴柾兄さんに濡れタオルを渡し、卓袱台の上に拡げていた繕い物を私は片づける。
「行く♪ ――ってありましたっけ?」
「大学のプールが確か一般開放される筈なんだ」
「大学の? ……、ええーっと…平気?」
「何が?」
 不思議そうに私を見る貴柾兄さんに、私は何となく麦茶に視線を落とす。
「ほら、研究室のお仲間とか教授とか、私を連れてると……」
「少しも変じゃないと思う…けど」
「ロリコンとか」
 冗談めかしながら私は貴柾兄さんが全否定する事を期待しているのを感じていた。女子大生となると御色気度は女子高生とまるっきり違ってくるだろう…水着は一応持ってきているし、それなりにきわどいかな?と思える路線ではあっても基礎が異なっているとなれば結果は異なってしまう。要は貴柾兄さんに自分と御色気女子大生を目の前で比較されてしまうのが嫌なのだ。考えてみれば去年も町営プールなどなかった田舎で唐突にプールが出来ている筈もなく、大学の施設のプールになるのは当然だった。――海まではとても遠いそんな場所で何を期待してるのか、自分でもよく判らないけれど。
 ぽんと私の頭に手を置いた貴柾兄さんが髪を撫でる。
「ちっとも恥ずかしくないよ。女子高生の方がステータスと言えなくもないんだよ?と、これは失礼な話だけれどね」
「確かに、ちょっと中年っぽいご意見です」
 大人扱いをして欲しいのだけれど、貴柾兄さんの態度はあんな事の後でもあまり変わっていない。私としては全裸を見られて全身拭いて貰っちゃったからには少しは性を意識して貰えると嬉しいのだけれど…当然、意識するというのは引いてしまうのではなくて、ちょっとは色っぽい事があって欲しいという意味で。
「大学以外となると…後はキャンプ場跡地くらいしかないけど……」
「池でもあるの?」
「いや川が堰みたいになっててね。1年の時に地元の同級生が連れていってくれたんだ」
「そこがいいな」
「……、じゃあそこに行こうか」
 私の返事に一瞬驚いた後、貴柾兄さんがどこか困った様な表情でそう言った。
 貴柾兄さんが御色気女子大生を見て鼻の下を伸ばす所を見ないで済みそうな安堵はあったのだけれど、でもロリコンという冗談を全否定して貰えなかった気がしてそれが胸に少し引っかかってしまい、私は飲みかけの麦茶をくいっと煽る。

 貴柾兄さんが大学1年というのは7年前で、そして7年前には廃業していたキャンプ場というのは当時寂れていたモノが更に寂れているという意味だった。何とか獣道にならずに済んでいる山道の最果てにあるキャンプ場は見事に人気がなく、小型バスが昔は駐車出来ていたであろう駐車場はその大半が草に埋もれている。開けっ放しにしていた窓から流れ込んでいた風は田舎であるアパートの草と土のにおいを更に強くし、山間部ではなく山奥の空気は人のにおいを感じさせないものだった。
「えーっと…下を見てくるから葵ちゃん車の中で着替えているかい?」
「え?平気。下に着てきたから。帰る時は着替えないと駄目だけど」
 そう言ってから、キャンプ場跡地のそこが本当に跡地であり朽ち果てかけているバンガローには踏み込む事も躊躇われる状態で着替え場所が見つからない事に私は気づく。いざとなればバンガローの裏で着替えるのも手だけれど、藪蚊がいそうな草の中に踏み込むのは露出の多い状態では避けたいものである。
「物騒だからー…とりあえず下にバッグ持っていった方がいいかな?おにぎりとかも入ってるし」
「そうだね。僕が持っていくから葵ちゃんは足下に気をつけて」
 Tシャツにジーンズ姿の貴柾兄さんの足下はスニーカーで石ころと草だらけの小道をすたすたと歩きかけ、たまに私に手を差し伸ばしてくれる。意外と大きな手は私の手なぞ簡単に包み込んでしまい…そんな手に引かれて更に人気を感じさせない鬱蒼とした森の河原に進んでいくのは、どうしても町営露天風呂のあの夜を思い出してしまう。結局あの一晩だけ貴柾兄さんは介抱を兼ねて私を部屋に泊めてくれたけれど翌日からは何もなかったかの様に空き部屋に私を泊めている。
 ちょっと物足りないのかもしれないなぁ…。やっぱり女子大生を見慣れてしまうとまだヌルいのかもしれないなぁと残念な気がしてそのまま悶々と過ごしていたけれど、ひょんなタイミングであの刺激を思い出してしまう。
 キャンプ場の更に裏手、小道の突き当たりをちょっと曲がった場所にある素朴な石段を下りていくと、対岸は大きめな崖になっている意外と広い河原と深そうな川が見えた。――当然というか、対向車もなく轍もほとんど消えている道の最果てのキャンプ場で、その更に奥まった場所にあるそこは、完全に人気を感じさせない。ぞくっと背筋に危機感に似たおかしな感覚を覚え、私は貴柾兄さんの背中を見た。
「とりあえずここ数日雨がなかったから増水とかの危険性はないと思うけれど、何かあったらすぐに戻るよ」
「はぁい。――たっぷり泳いでからしか日焼け止め濡れないなぁ……」
 レジャーマットを河原の上に敷き、私は脱いだサンダルを2辺に片方づつ乗せて重りにする。川幅を増してはいるけれどここは最上流近くで、この下流では川の水を農業用水などにも使っているし、どう考えても日焼け止めを塗った後で川に入るワケにはいかないだろう。ちょっとは日焼けを覚悟しないといけないだろうけどお昼前の日射しは正面の崖の上の木々が隠してくれていて少しは予防出来そうだった。海の青と異なり緑に包まれている川は碧色だった、だが濁った不潔な感じはしない。
 カットジーンズを脱ごうとして、ふっと私は動かした脚で違和感に気づく。何だかあれから身体が変に…はっきり言えばえっちな事に対しての反応が変わってしまったらしく、そういう事を想像するだけで身体が反応してしまう。しかも困った事に、それまではちょっとぬるぬるする程度だった分泌物、いわゆる愛液が、濃く煮詰めたみたいになってしまっている。以前は薄めの葛湯とかの少しとろみがついている程度だったのに、今は卵の白身みたいな透明でもの凄く糸を引く粘液になってしまっていて、正直内心病気なのではないかという不安がなきにしもあらずだったりする…でもまさか貴柾兄さんや大家さんに質問出来る内容ではないから、出来ればこっそりと貴柾兄さんが不在の時にインターネットで調べてみようと考えていた。
 白いビキニのアンダーがそれでぐっしょり濡れているのを感じて、一瞬カットジーンズを降ろしかけている手を止めた私は、逆に勢いよくそれを脱いで猛スピードで畳み、そしてTシャツも同じ様にして小走りに川に向かう。
「こら、準備運動」
「大丈夫ー」
 貴柾兄さんと並んで白ビキニのアンダーが濡れて少し変色している姿を晒せる筈がない。ざぶざぶと勢いよく川に踏み込んで私は太腿まで水が届いた所で泳ぎ出す。河原の途中までが崖のお陰で日陰になっている川は意外と深く、川藻の発生を一瞬考えていたけれど、その感触はとりあえずしなかった。勝手に火照った肌を冷えた水が瞬間的に冷やしてきゅんと引き締める感触が心地よい。
 7年前から知っていたのだとしたら何で今まで連れてきて貰えなかったんだろう?と思える心地よい感覚にしばし潜っては泳いでいた私は対岸の岩の上にあがって息をつく。
「……」
 こちらに背を向けて服を脱いでいる貴柾兄さんの身体が私の視界の中央にあった。
 引き締まった身体は貧乏学生である証拠なのか無駄な贅肉はほとんどついていなく、逆に学者っぽい雰囲気にそぐわない筋肉のシルエットをはっきりと浮かび上がらせている。広い肩幅は想像通りと言えば想像通りだったのだけれど、だぼっとしたトランクスみたいな水着を想像していた私は、ぴったりとした競泳用の水着に正直度肝を抜かれる。きゅっと締まった四角いお尻と、長い脚にうるさくない程度に生えている臑毛も、目一杯大人の男のそれで、ちいさな頃にお風呂に一緒に入った姿とはまったく違っている。露天風呂でもちょっと見てしまっていたけれど、こうして昼日中の日射しでモロに見てしまうのとは見え具合がまるで違っていた。
「? こら、やっと出たか。駄目じゃないか準備運動をしないと」
「結果オーライ」
「まったく…大きくなったと思ったらこうだ」
 ふーっと息をついて服をビニールシートの上に置いた貴柾兄さんが準備運動を始める。音楽なしのラジオ体操第1そのものの動きをするのがどこか楽しい。「大きくなったら」という言葉は発育を認めて貰っている様でいて違う様で、物足りなく思える筈なのに今はその言葉が何となく嬉しかった。自分でも自分の反応の違いがよく判らないけれど、多分、今私は貴柾兄さんの身体が大人の異性過ぎて少し不安になってしまっているんだと思う…胸はどきどきしているけれど。

「葵ちゃん、それはそれだけなのかな」
「?」
「水着。えーっと…何だっけ?巻きスカートみたいなのとかそういったセットはなかったのかなと」
「あ、パレオ?あれを巻いたまま水に入る人はいないと思うんだけど……」
 一通り競泳や水の掛け合いなどをした私は、岩の上に座って貴柾兄さんを見下ろしていた。物知りだけれど貴柾兄さんはやはり流行などには疎いのだろう、まぁパレオの存在を知っていただけでもマシなのかもしれない。
「水に入れない物をセットにしている?」
「着ようか?一応持ってきてるから」
 怪訝そうな顔をしている貴柾兄さんに私は岩の上からひょいと飛び降りて水の中に落ちる。
「ああ、いいよまだ後で。見てみたくはあるけどね」
「でも貴柾兄さんがパレオを知ってるなんて意外」
「心外だなー。――ただ、その、ちょっと露出度が高いからね」
 岩から飛び降りて水面に出た私は、自分の身体を抱き留めてくれてる貴柾兄さんの言葉にどきっとして動きを止めてしまう。下腹部の生え具合がかなり足りないから結構ハイレグな水着を着てしまっているけれど、でも一応生えてはいるのだからはみ出てしまう事は考えないといけない。でも谷間の上にちょびっとしかないのだから、それが見えるというのはほとんどない筈なのだけれど。
「刺激強い?」
 冗談めかして言った私は、また胸がどきどきして至近距離の貴柾兄さんを見上げられずにしがみついてる肩を見る。ロリコン発言の時の様な肩すかしの返事だろうと思うのだけれど、でもどこかえっちな答えを期待している気もした。
「――とっても」
 一瞬間をおいて答えた貴柾兄さんの返事は、私の耳に寄せた唇が耳たぶに触れながらのものだった。
 深く穏やかな声は落ち着くものだというのに、耳たぶにキスをされている様な感触と同時になった途端にとてもエロチックなものに変わってしまった感覚に、私の身体がぞくりと震える。冷たい水で冷やされているビキニの下の乳首がきゅんと更に尖ってしまう感触と、同じくきゅんと締め付ける感触がしたのは…膣だった。
 自慰禁止と初日に決めたのだけれど夜になると無性に自慰してしまいそうになってしまうし、それに悶々とした後にトイレに行くとやたらと粘りけの強い愛液が下着とあそこの間で糸をひいてしまう様に変わってしまった、そんな身体を私は正直持て余している。自慰出来たら気持ちいいだろうなとは思うのだけれど、まるで芸能人と握手した手を洗いたくない心理みたいに貴柾兄さんの手で気持ちよくなった場所を自分で慰めるつもりになれないのである。当然お風呂では洗っているけれど、でも少しだけ洗う時間が長くなってしまったのは、秘密。
 腰ががくがくしそうな感覚に私は顎を引いて呼吸を止める。貴柾兄さんは「役得」なしでは悪戯しないだろうと考えているけれどそこはそれ25歳独身なのだから過ちくらいあってもおかしくない、そんな考えは貴柾兄さんに失礼な気がするのだけれど、流石に聖人君子を求めるのも異常な気がする…いや、露天風呂から後は貴柾兄さんを生身の男性なのだと考える事が基本でありながら、それでもまだ兄の様な存在として甘えてしまっている。
「……」
 冷たい川の中で抱き留めて貰っている身体がどくどく脈打っていた。急過ぎないけれどそれなりに早い川の流れの中、貴柾兄さんに支えて貰っている状態の身体は自然と密着していて、脚の間に両脚を割り込ませる状態は下腹部に身体を押しつける事になってしまう。身長差があるから貴柾兄さんの下腹部は私のおへその辺りになるのだけれど、でも競泳用の水着のそこがおへその辺りにあたっていると、その熱さがはっきりと伝わってくる。確かこういった水着だとサポーターで押さえ込んでいる筈なのだけれど、でも反応してしまった場合はどうなってしまうのだろう、見てみたい半面、見てしまったら後戻り出来ない気がしてつま先立ちのまま貴柾兄さんの肩にしがみついたまま私は瞳を綴じる。
「葵ちゃん、あがる?」
「――うん……」
 その提案は私がしがみつき続けていて疲れていると誤解させてしまった為なのかもしれない。小さく頷いた私を、水中とはいえ膝の裏に手を回してふわっと抱き上げた貴柾兄さんの手が一瞬お尻を撫でた気がして、首にすがりつく手がぴくりと揺れてしまったけれど、でもそれを問われる事はなかった。勃起しているのかな、あれはそうだったのかな、熱いのは水中の体温だったからだけなのかな、大きさを意識する事が出来なかったから判らない…そんな不埒な事が脳内でぐるぐると渦巻いている状態で抱き上げられているなんて貴柾兄さんは少しも気づいていないのだろう。
 身体を冷やす水が身体を隠してくれるヴェールの様な役割だった様な気がして、貴柾兄さんが歩を進めるたびにそれが徐々になくなっていくのは服を脱がされていく感覚がした。貴柾兄さんの脚の長さと猫背になってしまう体勢のお陰でお尻にも背にもあそこは当たっていないから、そこがどうなっているかを私は確かめる事が出来ない。ここが大学のプールなら監視員といかなくてもまったく人がいないという事はなかっただろう、昼頃だというのに他の人の気配どころか車の排気音すら聞こえてこないこの辺りでは、露天風呂という施設よりも更に人が来る要素が少なかった。そんな場所で、水着姿で身を任せているなんて自分でも少しおかしい気がしてならないのに、自分で歩けるのに、一歩ずつ水からあがっていく貴柾兄さんに異論を唱える気になれないのは…露天風呂の続きを期待しているから、だった。

 レジャーシートの上に身体を降ろされた私は、自然と視界に入ってしまった貴柾兄さんの下腹部に一瞬凍り付く。
 男性用競泳用水着が女性用と比べて伸縮性に異常に差があるとは思えないのだけれど、ぴったりと腰に窮屈そうにフィットしているそれが下腹部の前でもの凄く伸びてまるで牛乳の三角パックの様にいびつに吊り上げられている。私の目の高さは立っている貴柾兄さんの腰の位置より低いから見えないのだけれど、恐らく水着の縁の構造が他より厚くなっている為に先端が布を何とか引っかけてくれているのだろう…そうでなければかなりの急角度で勃起しているそれの頭、いや、もっと多くの部分が私の視界に入ってしまっていたかもしれない。多分布と下腹部の間に結構な隙間が空いてしまっているであろう構図は、貴柾兄さんの視点から見るととても間が抜けた光景だろう。
 どくどくと頭と胸と腰が脈打ってしまっている。崖の上の樹の木陰に中途半端な状態で入っているレジャーシートの上は寒くはないから時間が少し経てば濡れた水着も肌も髪も乾いてしまうだろうけれど、でもぐっしょりと濡れてしまった下腹部はきっと乾かない。潤滑液にしては粘りけが強すぎる酷い愛液は、あの露天風呂の後からのもので貴柾兄さんが何かおかしな事をした結果なのではないかと思うのだけれど、でも体質変化を招く様な事をされたのか?となると…正直判らない。何やら「濃くなってきた」みたいな事を言われた気がするけれど、気のせいなのか本当なのかは何せ動揺しまくっていたから自信がない。
 何だか半端な状態でキツいんじゃないかなと少し心配してしまうのだけれど、でもそれが飛び出してしまうとどうすればいいのか判らないし、萎えてしまうのも自分だと役不足だと判子を捺されてしまうみたいでたまらなくつらい気がした。
 何だか小さな…妙に熱いため息みたいなものが唇からこぼれる。肩で息をしているのが他人事の様に感じられる…その目の前で、競泳用の窮屈そうな水着の上端が遂に伸縮が耐えきれなかったのか滑ったのか、ずるっと下に落ちた。
「ぁ……」
 まるでゴムが弾けたみたいに勢いよく跳ね上がったそれに、私の唇からは小さな声が漏れる。木漏れ日がさしてくる日中の河原は露天風呂の様な夜の薄暗がりも漂う湯気もなく、私の目にはそれがはっきりと見えてしまった。
 水着の上端からはみ出す形でおへそへとそそり立っているのは、赤黒くてグロテスクなものであり、水着で腹部へと押さえつけられているのだけれど…水着に窮屈に押し潰されている感じなど微塵も感じさせない。正直綺麗とは思えない沈んだ赤黒い棒…茎の部分には縦に小さな襞みたいなものが微妙にくねっている様に伸びていて、皮の下に何かがのたうっているみたいにごつごつと太い筋が周りに大きく浮かび上がっている。そして、その上には茎の感じとは違うぺろんとした表面の、茎とはちょっとだけ色が違う傘があった。何と言えばいいんだろうか鏃とか銛を思わせる変な形は流石に友達のマンガの消し具合では想像していなかったもので、縦襞が傘に食い込んでいる形で左右に魚の鰓みたいに傘が気持ち悪くグロテスクに盛り上がっている。そして、茎と傘の間の鰓の部分の段差、それは本当に銛みたいに先端から広がって張り出していて…突き刺す為の構造というとても卑猥な形をしていた。
 腰の奥がぞくぞくとして下腹部の奥がざわめいているのが判る。まるで貴柾兄さんの指が突起を執拗にを撫で回していた時の様に愛液が、あの卵白みたいなやたらとねっとりとした愛液が膣口から溢れていくのを感じてしまう。私も貴柾兄さんも昔の身体とぜんぜん違うのだという実感は恐怖より先に驚きで私の頭をいっぱいにする。男の人の身体はこうなっているのだという感覚ではなく、貴柾兄さんの身体はこうなっているのだという不思議な認識の上書きで、私はそれをじっと見つめてしまう。
 大きい。水着の中に収まっていたとは思えない、というか膨張率というモノもあるのだろうけれど茎の半分も水着に収まっていないし、その上茎の上にある傘の丈もある。茎は…どんな大きさなんだろう?少なくとも私の指で輪っかを作っても回りきらないのは確かだろう。こんなの入ったら壊れてしまうだろうなという空回り気味の想像と、正直可愛いとか綺麗とかと無縁な赤黒い色とそのグロテスクさが何だかとてもいやらしい事が…好きそうな気がして、私はワケが判らなくなる。男の人なら好きで当然じゃないかと脳内で誰かが突っ込みを入れてるのに内心同意して、でも何だか目一杯遊び人というかハードに使っている様な気がして、胸の奥が少し痛い。
 それがびくんと動いて、そして目の前で更に大きくなった。
 現状で十分大きいと思っていたものが腹部を叩くみたいに跳ね、そして更に大きさを増していく光景に私の呼吸が更に乱れて、意識の遠くで啜り泣きみたいなひき攣ったそれでいて酷く卑猥で甘い吐息が聞こえる。あれで完全な状態だと考えていたのにまだ勃起の途中だったらしい。いつの間にかもじもじと擦っている内腿の付け根がぬるぬるして居心地が悪い。
 見られてしまっている事に気づいていないのかな?と疑問が何となく掠めるのだけれど視線はそこに釘付けになってしまって離せなくなってしまっていた。それに顔を見上げて何か表情に出してしまったら、とても気まずくなってしまう気がして、それは…とてももったいないというか切ない事である気がして出来れば避けたかった。
 何を言えばいいのか判らない自分の未熟さと同時に貴柾兄さんがどうにかしてくれるという期待と甘えが、次の動きを待っていた。でも正直このまま見ているのも不快とは思わない。もしも抱かせろと言われたとしても従ってしまうだろうと、全身がどくどくと脈打つ状態で頭に血が昇っている中でどこか客観的に私は私を眺めている。恋人とかそういったものではないというのも判っていて、モノの弾みという奴になるのは嫌だなと思うけれど、でも貴柾兄さんと致してしまう事は少しも嫌ではなくなっていた。
 と、不意に私の視界を、すっと伸ばされてきた貴柾兄さんの手が隠した。
「日焼け止め、塗ろうか」
「うん……」
 目隠しされてようやく前に向ける事が出来た視界は、木漏れ日の光源の弱さで貴柾兄さんの手を明るい赤に透かす事はなく、その微妙な暗さがほんの少し不安にさせる。
 目隠しという事は私の視線に気づいたんだろうし、そもそもの身体の主である貴柾兄さんが自分の身体の状態に気づいていない筈はない。だとしても見ていた時間はたった一瞬ではないのは確かで、数秒、いやもっと結構長い間凝視してしまっていたのだから…何で貴柾兄さんはすぐに目隠しなり後ろを向いて隠すなどをしなかったのだろうか?
「寝転がった方がいい…?」
「そうだね。じゃあ俯せで」
 拭ってくれた次は、塗って貰うのか。頭の隅の何だか妙に冷静な部分で納得して私はゆっくりとレジャーシートの上に俯せに横たわる。仰向けだと貴柾兄さんを見上げる事になってまたあそこを見てしまいそうな自分に安心して横たわったむねや腹部にレジャーシート越しに河原の小石の感触が少し硬い。俯せになった私の横でバッグの中にごそごそと手を入れているのを見て、私は何だか貴柾兄さんがタオルを腰に巻くなりしてあれを隠してしまう事を、当然だと考えながらどこか残念に感じていた。
「ねぇ……」
「何だい、葵ちゃん」
「水着姿のままで……いいよね?」
「……。背中の紐ほどく程度なら」
「そうじゃなくって…、お互いに」
 戸惑った様な間の後に答えた貴柾兄さんの誤解を私は出来るだけさらりと訂正する。
 あの状態である異性の貴柾兄さんにあれを隠すなというのは誘っていると取られておかしくないのだけれど、でも、その隠すという行為が何だかとてももったいない気がして私には嫌だった。怒られそうな気がするけれど…でも露天風呂であんな姿を見られてしまった仕返しなのかもしれないし、自分に興奮したという証で妙に威張っているのかもしれないし、性的な秘密をお互いが共有する事でもっと距離が埋まる事への期待かのかもしれない。
「――葵ちゃん、四つん這いになってごらん」

 絶対に嫌な事を無理強いはしないと思うのだけれど、でもあの大きなモノを生ではないけれど見てしまった瞬間から貴柾兄さんが男の人で、獣みたいな一面も存在している筈だという意識が根付いてしまっていた。
 木々が風にざわめくと木漏れ日が時折直射日光に変わり、背中を熱くする。レジャーシートに手を着いてる私のうなじに垂れてきた日焼け止めのオイルの少し冷たい感触に身体を硬直させる間もなく、貴柾兄さんの指がすうっとそれを円を描く様に拡げていく。ビキニの上は両胸の三角のパーツ意外は太目の紐で出来ていて背中とうなじで各左右を結ぶ構造になっている。濡れた後れ毛を弄ぶ様に貴柾兄さんの指が生え際をそっと優しく撫でてオイルを馴染ませていく。
 露天風呂の時と違ってタオルなどない直接の貴柾兄さんの指の感触は、オイルの滑りはあるけれど硬過ぎないけれどそう柔らかくもなく女の子の指とは違っていた。
 何で四つん這いになる必要があるんだろうという疑問は、お尻を突き出している私の両脚を跨ぐ形で背後に回っている貴柾兄さんの位置で何となく理解出来た。横たわっている人間にオイルを塗るとなると身体に乗って跨るか横に跪く状態になるしかないのだけれど、腰があの状態でタオルを巻かないとなると乗られては卑猥だし、横に跪くのは窮屈なのかもしれない。でも、この体勢は何だかえっちな行為のそれに非常に酷似していた。
 紐を上下にずらしたりして背中にオイルを塗ってくれる貴柾兄さんの手はとても丁寧だけれど、ただのオイル塗りとして考えるには悩ましい相手の姿と、そして卑猥な姿勢に私の腰は小刻みに震えてしまう。指で、掌で、触れるか触れないかでオイルを拡げては柔肌の奥まで馴染ませる様にねっとりと揉みこんでくるその動きは濃厚で焦らしまくっている愛撫を思わせる…と言うより既に愛撫そのものの動きになっていた。背筋や脇腹のくすぐったい場所を探り当てる必要がないのは、それは既に露天風呂ですっかり知られてしまっている為である。
 声が漏れてしまう。背中と脇腹だけでずっと長い事オイルを塗られ続けている、いや、無駄にオイルを繰り返し塗っているのではなくて、必要量塗った後に肌に擦り込まれ馴染まされているのは、私自身の汗だった。背中を撫で回される切ない心地よさもあるけれど、それよりも俯いて下を見た時に潤んだ視界に映る私の合わせた脚を挟み込む形で膝をついている貴柾兄さんの脚の…後背位を思わせる構図と、時折身体の動きのせいでビキニをつけたままのヒップに当たる絶対に猛っている硬く熱い下腹部と、四つん這いになってるせいで揺れてしまう私の胸の卑猥さに、頭が焼き付きそうになる。仕返しにしてもおかしな事を言い過ぎたのかもしれないいやらしい体勢は貴柾兄さんのお仕置きの役得になるのかもしれない。
 役得、そう考えた途端にまた愛液がとろっと滲んでくるのを感じて私は膝まで既にぬるぬるになっている内腿を摺り合わせてしまう。少しは自慰をしていたせいなのかたった1度いじり倒されただけでこんなにいやらしい身体になってしまうとは自分でも未だに信じられなかった。本当にあのどろっとした愛液は異常ではないのかが心配で、でも貴柾兄さんに相談するのは嫌だし、実は今でもそれに触れられるのはとても抵抗がある。それでもこの状態を誤魔化せないのは、あの露天風呂の事が一日として頭から離れないからだった。まるでえっちにしか頭が回らない男子みたいになってしまうのが怖い反面、あの弾けそうな感覚が弾けてしまったらすっきりするのではないかという期待がある。――弾けて病みつきになるという可能性がとても大きいのだけれど。
 四つん這いになっている為にお尻の半分しか隠していないビキニの縁をなぞる貴柾兄さんの指に、いつの間にか私のお尻のお肉は小刻みにしゃくりあげる様に上下してしまっていた。来てと誘っているみたいでとてもはしたない気がしてしまうのだけれどその動きが抑えきれなくて私の火照った顔が更に熱くなる。耳まで真っ赤になっているかもしれない。
 オイルを取る為に貴柾兄さんの両手が肌から離れ、次はお尻なんだと私はレジャーシートの上で握っていた手をもぞもぞと蠢かせる。紐みたいに少しずらすのかな…あんな事を言ったから脱がすのはないと思うのだけれど……。
「――っ……ひあ……っ!」
 不意にずるりとビキニの脇から潜り込んだ手に両乳房を揉まれ、私は思わず声をあげる。
 三角形の布の底辺を通る紐を背中で結び、頂点から伸びる紐をうなじで結ぶ形のビキニのブラはぴっちりと胸に貼り付いてはいるけれど一度手を潜り込ませてしまえば布の立体裁断よりは頼りなく、侵入者の動きを阻害する能力に乏しい。のぼせて動けなかった露天風呂と異なり、私の目には四つん這いになっている私の胸の白い水着の下に潜り込んで直接乳房を優しく、でも指だけでなく掌全体も使って卑猥に揉んでいる貴柾兄さんの手がはっきりと映っていた。ハーフカップのブラ程度の白い布からは長い親指も人差し指も乳房ごとこぼれ、まだ少しも日焼けしていない透き通る様な白い胸に、少し日に焼けている貴柾兄さんの指が少し膨らみに窪みを作る程はっきりと食い込んでいる。感触だけでなく視認してしまったその光景のいやらしさに私の身体ががくがくと震え出すけれど、唇から漏れるのは切なく甘い鳴き声だった。
「やっぱりカップがついてない」
 水着のカップが外されている事を指摘する、咎めるまではいかない穏やかな口調に私は身を竦ませる。
「尖っているのが判るから、大勢いる場所ではどうにかしておく様に」
 どきどきして混乱しているのに「だとしたら二人きりの時はこのままでいいって事なのかな?」という疑問が頭を掠めたけれど、次の瞬間に貴柾兄さんの手が乳房をゆっくりと揉み始めてその考えは吹き飛んでしまった。掌にあったオイルのぬるぬるとした感触が乳房と手の摩擦をへらして優しく丁寧な動きを酷く切なくもどかしいものに変えているのはうなじや背中と同じなのに、オイルで滑らされて細かくこねられる形になってしまう乳首の疼きはあまりの痛痒感に堪える鳴き声が無惨に震えて喉を鳴らす猫みたいな変な感じになってしまう程だった。もっとして欲しいとかこうして欲しいとかは女の子の言うべき事じゃないのに、ちゃんと指でこね回して欲しいとおねだりしそうになってしまう自分に何度も首を振る私の髪が四つん這いの腕をほうきの様に撫でる。
「貴柾兄さん……」
 胸を乱暴に扱うと痛いのだけれど貴柾兄さんの指はそれを弁えているかの様に、痛むか痛まないかの微妙な力加減で私の胸が白い布の下で卑猥に揉みしだかれ続けていた。
「何だい?」
「おっぱいの…、このくらいな子……きらい?」
「……。好きだよ。揉まれてもっと大きくなっても好きだし、とても手に馴染む」
 ぞくっと腰から背筋に一気にはしった甘く切ない感覚に私の背が弓なりに撓って…乳房を揉む為に覆い被さっている貴柾兄さんの熱く硬いものが私のお尻の谷間と骨盤の上をぬるりと不自然な位に滑って撫でる。
 どんな女の子相手であってもこの状況ならば反応してしまって当然なのかもしれないけれど、貴柾兄さんが今興奮しているのは私のせい以外はありえない。生理現象と切り捨てられてしまう事なのかもしれなくても、貴柾兄さんの勃起を感じる程に身体が甘くとろとろになっていく…欲情しているという状態の筈なのだけれど、性欲と言うのは何か違う様な気がしてならなかった。
「貴柾兄ぃ……さぁんっ……、ぁふ……んんっ……」
 とてもいやらしい甘い声が朦朧としてくる自分の唇からこぼれるけれど、それは恥ずかしいけれど貴柾兄さんに聞いて欲しい声だった。恋人とか肉体関係に適した間柄とかそういったものでなくて、今この場にいてその相手が貴柾兄さんだからあってもいい事と私は感じている…もしも恋人の存在がいたとしてもこんなに安心して素直に任せられる自信はない。正しくはないけれどブラコンというものなのだろうか?でももしも兄弟が実在してもやはりこんなにはなれないだろう。――でも、何かを失いそうなのが怖くて卑猥なおねだりは出来ない。
 もじもじとしている間に薄く開いてしまった膝に、前後左右に切なく擦り合わせる腿の間で絡まり延ばされにちゅにちゅとあからさまに鳴るのは、貴柾兄さんとの性の味を知ってしまった時からの、あの卵白みたいな濃厚な愛液だった。
 身体がどんどんおかしくなっていく。乳首を軽く撫でるだけで心地よかったのに、乳房の裾野を指で掻かれるのも、全体を前後左右に形が崩れるくらいに大きくこね回されるのも、乳首を掌に潰されてせわしなく転がされるのも、すっかり尖りきった乳首を指の股に挟み込まれてくいくい引っ張られるのも、少し痛いくらいに指を乳房に食い込まされてしまうのも、どんな行為でも甘いあまい声が漏れて、腰が勝手に貴柾兄さんのものに自然と擦り付けにいってしまう。まだオイルを塗られていない筈なのに貴柾兄さんに擦り付けるビキニのお尻の布がぐちゅぐちゅに濡れている気がしてしまうのは愛液が全体に染みてしまったのだろうか、でも膝まで濡れているのだからそれであってもおかしくない。

 貴柾兄さんが片手で胸に、もう片手で腹部や首筋にオイルを馴染ませていった後、ようやく下腹部にたどりついた手が止まった。
「オイルを塗るには何だね」
「……、ごめんなさい……」
 その言葉がすっかり愛液で重くなっているビキニの布地とその下を差している事に気づいて突っ伏しかけている四つん這いの私は縮こまる。
「周りは拭うとして…。掻き出していいかな」
「ぇ……」
 心地よくなってしまっているというのに掻き出すという言葉に何故か思わず私の声は戸惑ってしまっていた。掻き出すという事は指を挿入するという事で、ずっと無人で恐らく今日一日誰もこなそうな場所であっても抵抗がある場所の問題なのか、どれだけ甘く蕩ろけていても処女だからやっぱり挿入行為には抵抗が本能的にあるのか、貴柾兄さんが指を挿入して物足りなさや変な…例えば緩かったり構造が変で引かれるのが嫌なのか…自分に驚きながらぼんやりといろいろ考えてみるけれど、もしかしたらただ驚いただけなのかもしれない。
 くったりとしてた身体で何とか肩越しに振り向いた私に、貴柾兄さんがくすっと静かに笑う。甘えた事を言う時の微笑みに近いけれどどこか違う、とても超然としたすべてが見透かせてしまっている様などこか怖い笑みは貴柾兄さんの様でいて別の誰かを見ている様な怖い曖昧さを伴う。
「……。――なんちゃって」
 今度の笑みはいつもの貴柾兄さんのものだった。
 急に膨れ上がった不安が心の隅に残雪の様に小さく残るものの、雪解けの様な安堵と同時に私には別の、貴柾兄さんを失望させてしまったのではないかという頼りない不安がこみ上げてきて、私は軟体動物みたいになりかけてる身体に活を入れるよりも先に四つん這いの状態から何とか貴柾兄さんへ向き直ってぺたんと座り込む。
「あ、あのね…、嫌ってワケじゃないの、たぶんびっくりしちゃって…だから嫌じゃないのっ、あ…、あっ、で…でも軽はずみでOkしちゃうのとは違ってて…えーっと……何といえばいいのか……」
 しどろもどろになりながら何とか伝えようとする私の頭を、そっと貴柾兄さんの手が撫でた。考えてみれば汗でほとんど流されているけれど日焼け止めのオイルのついている手なのだけれど、でも撫でてくれる事が嬉しいと同時に切なくて仕方なくて私はじっと貴柾兄さんを見上げる。
「同じことをしかえしてあげたいくらいに…嫌じゃないから……」
「いいんだよ、無茶はしなくていいんだ」
「でも…だって……」
 気持ちのよさとは別の切なさで涙がぽろぽろとこぼれていく。完璧にタイミングを逸してしまった自分の失態が悔やまれて、貴柾兄さんに申し訳なくて、でもまだ踏ん切りが着かない自分の馬鹿さをどうしようも出来なくて次から次から涙が溢れてきてしまう。
 たまらない優しく穏やかな笑みでそっと抱き寄せてくれた貴柾兄さんが額にキスをしてくれてもまだ泣きやむ事が出来ない私の額に、頬に、鼻の頭に何度も優しいキスが繰り返される。昔幼い頃に同じ様に頬にキスされた事が脳裏を過ぎって、まだ子供扱いをさせてしまう切なさと罪悪感は…直前まで大きくて怖いくらいだった勃起が萎えていってしまう光景に絶対的なものになっていた。あんな状態だったらセックスとまではいかなくても、せめて噂に聞くフェラチオやら何やらで満足させてあげるのが筋な筈なのに、実際に泣きじゃくる事しか出来ない自分の無能さが嫌で嫌で仕方がない。
「大好きなんだから……っ、ほんとに、ほんとに…だいすきで……っ、たかまさにいさんが…ふぇ…っ……じっさいのおにいちゃんとかきょうだいとか…っ……そんなのとか…ちがって……ひっく……とても、なんだかわからないけど……すきなの……っ」
 なだめる様に背中をぽんぽんと叩いてくれていた手がふっと止まる。
「――じゃあ、少しだけ」
「ふぃ……っ…?」
 小さな囁きにしゃくりあげながら首を傾げた私の顎に指が添えられ、貴柾兄さんの唇が唇に軽く重なった。
 ふわっとした感触は耳たぶに触る様な柔らかな接触だったけれど、その後ほんの少し離れた後少し首を傾げた貴柾兄さんの唇が目一杯深くしっかりと重ねられ、動けずにいる私の唇を貪る様に開いた口のちょっとざらつく舌が唇の間にねじ込まれて歯と唇の内側を淫靡に、正直下品な位にべろべろとねぶりあげ、唇が吸い付いてくる。
 直前までの苦しいくらいの悲しさや罪悪感で埋め尽くされていた頭が唐突なファーストキスで真っ白になってしまった私の身体が、どくんと脈打った。インテリは激しいという誰のものか判らない例え話が頭の隅でちかちかと点滅して、そしてその激しいという言葉が相応しいキスに、ほとんど治まっていた身体の火照りが一気に爪先まで広がってしまい我慢してくれてた貴柾兄さんに抱きしめられている状態なのに腰が妖しくがくがく震えてしまう。キスの応え方が判らない私の顎に添えられていた手が頬に滑って指が優しく頬を撫でてくれるのだけれど、その仕草と裏腹に貴柾兄さんの舌と口は私の口をねっとりといやらしくこじ開けて舌に舌を絡めてくる。指での肌への愛撫よりもずっと卑猥に弄ぶ様なキスに呼吸を忘れてしまう私に、鼻を擦ってしまいつつも左右に首を何度も傾けてどちらの方向からも口内を、歯も歯茎も上顎も舌の届く範囲をすべて舐めしゃぶられ、呆然としていても自然と滲んでくる唾液まで貴柾兄さんが音を立てて啜って、そして当然の様に嚥下してしまう。
 甘く切ない感触でぞくぞくとざわめく身体が崩れそうになって貴柾兄さんの手が、正面に向き合っている状態なのに座り込んだ膝の上に私をその上に乗せてくれたけれど、その結果、膝の上で座り込んでしまっている私の腹部には少し萎えかけていた硬くて熱いものがぎゅっと押しつけられる構図になってしまった。
 水着姿というのは二重になっている部分が多くても結局は薄くて小さな布で局部周辺を隠しているだけに過ぎなくて、膝の上に乗せられてしまった私の胸も下腹部もぴったりと貴柾兄さんの身体に貼り付いてしまう。急速にむず痒さを増していく乳首が貴柾兄さんの胸板の上で潰されて、キスの角度が変えられるたびにビキニのブラがほんの少し擦れて上に持ち上がって乳房の下の方が剥き出しになっていく感触に頬が熱くなる。そして、腹部にあたっているそれは、先刻萎えていってしまったのが嘘の様に重ねられている私の肌をびくんびくんと揺れて叩いてくる。大きい。とっても大きくて熱くて硬くて、そして何でかとてもぬるぬるしていて、少し変な有機的なにおいが漂ってくる。だけど、それは私の下腹部だけでなく膝までたっぷりとぬめらせてしまっている愛液も同じだった。
 ファーストキスというのはもう少しソフトなものだと想像していた私は、何度も何度も首を傾げて左右に深く重ねられまくってしまうキスに気圧されてしまう。最初のソフトなのがファーストキスでその後はセカンドキスなのか、それともこの滅茶苦茶にえっちなキスも全部ひっくるめて1回なのかよく判らないけれど、ともあれ貴柾兄さんが私のファーストキスの相手だというのは変わらない事実だろう。
「んぷっ……ぅ……っ、っ……ふ」
 時折唇を少しずらしてくれて息継ぎのタイミングらしきものをくれる貴柾兄さんに、私は何とか調子を合わせて呼吸困難になりそうな長いキスを受け続けて…そしてちょっとだけ悪戯心みたいなものが首をもたげてくる。――舌を絡め返してみるのは、女の子としてはしたないかな…?でもお人形さんみたいに何も返してこない状態だと貴柾兄さん虚しくなってしまわないかとても気になってしまう。
 頬を撫でるのをやめて背中とお尻に回してぬるぬるに滑ってしまう私の腿を捕らえてくれている貴柾兄さんに、やっぱり首に縋り付いて身体の安定を心がけるべきなのかもしれない…けど、それは何だか凄く勃起しているそれを腹部で撫で回す為の動きになってしまいそうだし、ただでさえ長いキスをもっとせがんでいる様にも思われそうだった。でも、全身が甘く蕩けているのに芯が苦しくなるくらいにずきずきと激しく脈打っていて、抱きしめられているのはとても素敵なのにオイル塗りの続きの様に乳房もお尻も…今この瞬間もひくひく蠢いている膣もたっぷりと愛撫して欲しくなっている。指を挿入されてしまう事に驚いてしまったのに少し時間が経てばそうしてくれないのが切なくて仕方ないのは、身体がえっちなのだろうか。
「にぃさ……、たかまさにぃさん……、んぷ……ぅ…ぁ……ね……」
「嫌かな?」
「う……ううん……。わからないけど…とても……えっちなかんじがする……」
 重ねられた唇を擦って何とか言葉を紡げそうなタイミングで何とか私は貴柾兄さんに話しかける。
 嫌なワケがなくて、でも目一杯いやらしいキスはやっぱり簡単に慣れる事が出来ない気がした。流し込まれた唾液を飲んでしまっていいのか判らない私は唇の端からそれがこぼれそうになって慌ててそれを飲む。こくんと音を立てて飲んでしまった唾液はとろりとしていてほんの少し甘い。
「いい子だ。可愛いよ、葵ちゃん。――駄目だな…調子に乗りそうだ」
 少し冗談めかした、でも妙に切実で免罪符か何かを求めている様な貴柾兄さんの声に、私は熱さにぼんやりとしている瞳を今更ながらに綴じた。
「いいよ……、あついの、これ……にいさんが…きもちよくなってくれるの……うれしいから」
「ありがとう。……、でも葵ちゃんが考えているのより酷い目にあわせそうだから、まだとっておくよ」
「でも……」
 最後にまたふわっと唇を重ねて、貴柾兄さんは私に目隠しをする。随分たっぷりとキスをされたのにそれが終わりそうな予感に私はほんの少し自分から唇を突き出すのだけれど、貴柾兄さんの唇はそれを無視する様に離れていってしまう。あんなキスをしたのは貴柾兄さんの方なのにまるで自分に対してそんなえっちな事をしてはいけませんと窘められてしまった気がして身を縮こまらせる私の身体がレジャーシートの上に降ろされる。
 離れてしまった腹部に重なっていた熱い塊がそのまま貴柾兄さんの昂ぶりの様な悲しい切なさと物足りなさに目隠し越しに見上げようとした私は、ふっと外された目隠しの手の向こうにあった日射しの明るさに目が眩んで思わず瞼を伏せた。
 耳に届く軽快な小走りの後に水音が大きく届いて、ようやく視界が回復した私の目に川を泳ぐ貴柾兄さんの背中が映る。

 中華風コーンスープと海老とアスパラの炒め物にきゅうりの醤油付けという夏野菜系の御夕飯の準備をしている私は、小さな台所で海老の背綿を爪楊枝で取りながらふっと朝の大家さんの言葉を思い出す。
「そういえば『悪そやった』って意味判る?」
「悪そやった? やんちゃとか悪戯とかの悪さをするって意味だけど、いきなりどうしたのかな?」
「大家さんの旦那様が若い頃そうだったんですって。――ふぅーん……」
 貴柾兄さんはそのおじいさんよりも更にやんちゃという事になるらしい。私の前では随分と大人な感じがするのだけれど、でも意外とやんちゃな事をしているのかもしれない…その姿が想像出来なくて背綿を取った海老をキッチンタオルの上に置いて私は次の海老を手に取りながら少し宙を見る。
「今日はビール飲む?帰りに温泉行ったからもう運転しないでしょう?」
「いいかもしれないなー。おばさんがお中元で送ってくれたのがある筈だけど」
「うん、冷蔵庫に3本入れてあるから。――ご相伴預かっちゃおうかなー」
「こらこら。……。コップ1杯だけだよ?」
「はぁい♪」
 お酒が進んで酔って愉快な人になったら面白いかもしれないから、目一杯腕を奮おう。貴柾兄さんは作るのは和食中心だからちょっと小ずるいけれど中華なら軍配は上がりやすいと思う。自室で飲むのだから酔いつぶれてしまったらお布団に入って貰うのは簡単だから大丈夫だろう。
「本当にコップ1杯だよ? 何だか妙に楽しげだなー」
「貴柾兄さんが鉄の意志なのは、知ってます」
 普通はあの状態は据え膳と言う部類の筈だから食べないのは武士の恥なのだと思うのだけれど。本当にその意味で貴柾兄さんは鉄の意志の主なのだろうな…、いや、遊べないだけの人なのかもしれないけれど。
 ともあれ今夜は楽しみだ。どんな酒癖なんだろう。

方言指導;紅流音さん。
<2005.09.18 UP>