■ レインタクト 第20幕<8>
水瀬 拓未様


「約束?」
 とぼけている様子はなく、本気でなんのことだろう、という顔をした結花に向かって、
「ちょうど一週間前、お願いしたこと」
 芹菜はそんな言葉を添えた。
「……ああ、あの」
 思い出したらしく、結花が頷く。
「あれ、明日にしたんだけど……平気?」
「急な話ね」
 結花が少し眉をひそめた気がしたので、
「都合、悪かった?」
 聞き返すと、結花は首を振った。
「かまわないわよ。約束だもの、芹菜の好きにしていいから」
 一週間前、自分の過去を結花に語った後、芹菜は彼女にひとつの頼み事をしている。

 今度、ここで食事会をしたいんだけど、結花も一緒してくれないかな?

 そう言った芹菜に、結花はあっさりと頷いた。
 そもそも寮生が通学生の知り合いを寮に招くのは珍しいことでもないし、実際、咲紀が遊びに来たこともある。
 ただ、そのとき結花は外出していて寮に居なかった。
「明日はちゃんと同席してよね」
「芹菜も物好きね。私が居ないほうが気楽でしょうに」
 芹菜が誰を招くのか聞かされていない結花は――おそらく美夜あたりだろう、とは思っていたが――独り言のように呟いて、読みかけていた本を再び開いた。
 そんな結花に向かって、
「そうは言うけど、ほとんどは結花も知ってる人よ?」
 芹菜は明日招く人物の名を挙げていく。
 本に視線を落とそうとした結花が、その名前を聞いて、呆れ顔で溜め息を漏らした。
「……全員、この部屋に入れるつもり?」
「もちろん」
 招待したのは、全部で五人。
 正確には中等部の後輩が二人にクラスメイトが一人の計三人だけど、この寮と隣の寮の寮長にも声をかけた。
 確かに一度に招待する人数としては多いかもしれないけれど、せっかくだから全員をいっぺんに呼んでしまいたかった。
「なんというか、あなたという人は……。最初からそのつもりだったわけじゃないでしょうね?」
 ルームメイトの計画、というよりも企みを知って、結花は観念したような表情で、それでもどこか楽しそうに笑う。
 まんざらでもない結花の反応に、
「知ってる? 食事は大勢でした方が楽しいんだから」
 芹菜はそう言って、明日の予定を打ち明けた。

 異なる恋をして、
 異なる想いを抱き、
 異なる経験を重ねて、
 それでもいま、同じ場所で、等しく笑顔で。

 それは、きっとはじまりだ。

 咲紀の料理の腕前、とりわけデザートに感動した真奈美が、作り方を教わるために放課後の料理部に通うようになったこと。
 次の生徒会長が唯だったらいいのにと里奈が言い出して、後にそれが実現してしまうこと。
 砂織の紅茶好きを美夜から聞いた結花が、その後、紅茶を通して砂織と親交を深めていくこと。
 そして、予告通りに寮の浴場で美夜を泡だらけにして芹菜が楽しそうに笑うこと。

 それらは、これから過ぎていく少女達の時間からすれば、ほんの一時に過ぎない。
 でも、だからこそ、少女達は精一杯、謳歌する。

 誰かを、好きになること。
 好きな人を、より好きになること。
 その人と一緒にいることを、心から嬉しいと感じること。

 それは、この世に雨が降るぐらい当たり前のことだから。

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<2009.12 .24 UP>