Holiday きまぐれな夏 2 |
【 最終話 】
「絵里姉ちゃん。そこ、俺のベッドなんだけど」 再びシャワーから戻って、先に出たはずの絵里姉ちゃんの姿をさがすと、なぜかちゃっかり俺のTシャツを着こんで、俺のベッドにもぐりこんでいた。 すでにうとうとしているようで、枕に顔を伏せたまま、もごもごと籠もった声の返事が返ってくる。 「ん〜。今日はここに泊まるぅ……」 「いや、泊まるのはいいんだけどさ。客間に布団敷くからそっちで寝なって」 「や。眠いの。ここで寝るの」 不機嫌そうにぐずっているところをみると、相当眠いらしい。こういう時に逆らうとあとが怖い。 俺が客間に行くことも考えたが、ここは俺の部屋だし、絵里姉ちゃんが寝てるのは俺のベッドだ。なんだか釈然としない。おまけに、 「はい」 なんて目をつぶったままの絵里姉ちゃんが布団を持ち上げて待ってたりするので、ヘンにくすぐったい気持ちで一緒に眠る覚悟を決めた。 「ちょっとそっち寄って」 「ん」 片足をつっこみながら申告すると、大きいTシャツをかぶっただけの小柄な体が素直にころり、と寝返りをうって壁際に移動した。あんだけエッチな姿をみても、こういうカッコにドキッとしてしまうのはまた別の話。 横になる前に蛍光灯から伸ばしてある長い紐を引っ張って、部屋の電気を消す。 見慣れた自分の部屋の、見慣れた夜の天井。でもいつもの夜とは全然違う。 狭さをカバーするために横向きに寝て深呼吸すると、尋常じゃない疲労感が全身にずっしりとのしかかってきた。よくよく考えてみれば……ええと一体何回出したんだっけか。いち、に、そうか、3回か。よくがんばった、俺。 いつもの半分の広さしかないベッドはやっぱり窮屈で、イったりイかせたりした体は泥のように重たくて、でも腕の中にもぐりこむようにくっついてくる絵里姉ちゃんのぬくもりが不思議と俺を幸せな気持ちにした。 定員オーバーで足りない感のある掛け布団を、お互いにちゃんとかかるよう肩までひっぱりあげる。 絵里姉ちゃんがしっかり目を閉じてるのを確かめてから、まだ濡れてしっとりとした髪に軽くキスをしてみた。 「おやすみ、絵里姉ちゃん」 こういうのは、いざやってみると結構気恥ずかしいものであるらしい。 さっさと寝てしまえと、自分でツッコミをいれながら、目を閉じて深く息をはきだした。 「おやすみ。また、しようね。………カズちゃんに好きな子ができるまで、いっぱい」 心地良い疲労のまま夢の世界に沈み込もうとしていた意識に、小さな声が忍び込んできた。 うん、と返事をしかけて一気に目が覚める。 先に眠っていたはずの絵里姉ちゃんを胸からひきはがすと、暗闇に慣れれてきた目に、眠気のかけらも無い様子で、ぱっちりと瞳をあけて俺を見上げる絵里姉ちゃんの顔が映った。 「なんだよ、いまの」 思いもしない言葉に、つい今さっきまでほわほわとあったまっていた体と胸が冷えていく。 「あのね、考えてたの。すっごく気持よかったし、何度でもこうやってしたいけど、ずっとはできないでしょ。私とカズちゃんは叔母と甥で、これってホントはしちゃいけないことだから」 だからちゃんと、あらかじめ決めておかないと、なんて、ついさっき俺が欲しいといったばかりのその口で言う。 めちゃくちゃに混乱してる。頭の中がぐるぐるして返す言葉が何も思い浮かばない。 絵里姉ちゃんが言ってる事は、もちろん言われるまでもなくよくわかってる。俺だって、考えていたことだ。それを、改めて口に出して確かめているだけなのに、こうも手ひどく裏切られてしまったような、この胸の息苦しさは一体なんだろう。 「カズちゃんに好きな女の子がでるまで、にしようね。そういう子ができたら、ちゃんと言うのよ」 とりつくしまも無いくらい穏やかな声で囁いて、俺の頬をなでる。そこに浮かんでいる笑顔はどこかつかまえどころが無くて、お互いの体温が伝わるくらい近くで横になっているのに妙に遠くに感じられて、だから、きっと使い古されているであろう陳腐なそのセリフを言わずにはいられなかった。 「なんだよ、それ。ずっと、誰も好きになんか、ならないよ」 だって、俺が好きなのは、絵里姉ちゃんだから。 たとえ、この先誰にも言えなくて秘密を抱えていく事になっても、今は考えられないけど結婚なんかできなくたって、絵里姉ちゃんが俺の大切な人であることには、なにも変わらない。 けれども、万感の想いを託した言葉は、いともたやすく打ち消されてしまった。 「だって、カズちゃん若いんだもん。まだまだ、これから、いろんな人に会うんだよ」 ひやりとした手が髪の間にすべりこんで、優しく優しく梳いていく。 「そのうち、きっと好きで好きでたまらない、誰よりも大切に思える女の子に会うよ。でも、それまではカズちゃんは、私のものだからね」 柔らかく頬に唇が押し当てられ、そのまま抱きしめられた。 俺は胸の奥をぎりぎりと引き裂かれるような痛みに、身動きひとつ取れなかった。 絵里姉ちゃんの言ってる事なんか嘘だと、そんなことあるはずないと打ち消してしまいたいのにできない。今、俺がどれだけ絵里姉ちゃんを好きでも、この気持ちの永遠を誓っても、絵里姉ちゃんはそれを信じないに違いないから。 本当に、こんな時ばっかり、こんなふうに年上に戻るなんて卑怯だ。 さっきまで、あんなに可愛い声で、俺にいいようにされて、喘いでいたくせに。 姉弟みたいに育っても、俺たちは一緒に暮らしてるわけじゃない。たとえ本性が超絶やおいオタクだとしても、童顔でグラマーな絵里姉ちゃんのことだから、俺が知らないだけで恋愛遍歴の一つやふたつ、あるいはもっとあったんだろうと思う。俺がこれから通るであろう道を、絵里姉ちゃんはすでに通り過ぎている。俺がまだ知らないことを、絵里姉ちゃんは知っている。 俺はもちろん初めてだったけど、絵里姉ちゃんはそうじゃなかった。ということは、絵里姉ちゃんの処女を破った男が、すでにいるってことだ。俺を気持ちよくしたように、他の男にしてきたということなのだ。 あ、なんだかものすごーくムカついてきたぞ。死にそうに悲しいのに、今更、見たことも聞いたこともない男にやきもち焼くなんて、むちゃくちゃバカみたいだけど。 「絵里姉ちゃんにも、いたんだ。そーゆー男」 「ん〜。それは、企業秘密です」 何を考えているのかお見通し、って顔で、絵里姉ちゃんはくすくす笑った。 「なんだよ、それ」 「ナイショ。カズちゃんが女性不信になったら大変だし」 「……まさか数え切れないくらいいる、とかいうオチじゃねえだろうな」 「うふふ。だから秘密だってば」 ぎゅっと押しつけられた体から笑い声が直に響いてきた。 大きく息を吐き出して、そっと、一筋縄ではいかない想い人の体を抱きしめる。 大丈夫。 俺はいまこの人が好きで、それはただ欲望だけのことではなくて、いつか他の誰かを好きになるなんて考えただけで、本当に心臓が痛くなってしまうくらいの本気の気持ちで。 「ねえ」 「なあに?」 「俺のこと好き?」 「好きよ」 呼吸をするように、自然に、当たり前に答えてくれる。 それが、俺のこの気持ちとは違っていても、 「うん、俺も絵里姉ちゃんが好きだよ」 わかってもらえるくらい、ずっとずっと好きでいられたら、いつか伝わるかもしれない。憎たらしいくらい、いつもの顔に戻っている絵里姉ちゃんの頬に軽くキスをしながら、そんなふうに思った。 だって今、こんなに好きなんだから。絵里姉ちゃんがなんて言ったって、この気持ちは消せない。 「なあに、急に。知ってるわよ、そんなこと」 「いいじゃん。たまには」 「まあね。なんたって、カズちゃんの童貞喪失記念日だし。初めてもらっちゃったし」 「……記念日ってなんだよ、記念日って」 ついでに失恋記念日のような気もするのは、俺だけだろうか。好きだって自覚した途端、ばっさりと袈裟懸けに切られたこの男心はどうしてくれる。 まあ、そんな容赦のないところも、実は好きだったりするのかもしれない。 だって俺はこうやって絵里姉ちゃんとバカなやりとりをするのが、一番好きなんだから。 「でもさ、なんていうの? ちょっとエロすぎるよな、絵里姉ちゃんって」 「なんか言った? いま」 初めてがどうとか言われたせいで、つい最中の絵里姉ちゃんを思い出して口をすべらしたら、間髪いれずにむにーっと、両方の頬がおもいっきりひっぱられた。 うん、やっぱり容赦ない。 「いてててて。嘘です、ごめんなさい、絵里姉ちゃんがエロくてよかったです。ハイ」 危険な角度に目尻をつりあげたまま俺を覗き込んでいた顔が、あれ、と思った瞬間、ぱあっと花開くような幸せそうな笑顔になって 「うん、私もエッチなカズちゃん、大好き」 これぞらぶらぶ、ってな感じにぎゅっと俺にしがみついてきた。 なにがなんだか、よくわからない。 でも、大好きってこうして抱きしめてもらえるんだから、それで今は充分だって思うことにした。 こうしてぴったりくっついてるとほかほかとまたあたたかくなってきて、考えなきゃいけないことも何もかも溶けて眠くなってくる。 腕の中の体は子猫みたいに顔をこすりつけて、もぞもぞと居心地のいい場所を探していた。 「ん〜。ダメだ、眠いぃ……。おやすみぃ。また、明日、朝からいっぱいしようねぇ……」 「……朝からかよ」 俺のツッコミが聞こえていたのかどうか、聞こえてくる呼吸の音はもう深くて規則正しいものに変わっている。 親父たちが帰ってくるまであと2日。 まだまだ終わる気配を見せない波乱の休日に思いをはせつつ、俺も次第に遠くなっていく意識を手放すことにした。 好きな人と眠れる。 そのほろ苦い幸せをちょっとだけ神様に感謝しながら。 <2004.06.11.UP>
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