きまぐれな夏 |
【 前 編 】
喧嘩するほど仲がいい、とはいうけれど、結婚生活20年で離婚騒動も30回を越えれば、周りは「またか」とばかりに、いいかげん相手にしなくなってくる。原因が犬も食わない痴話げんかならばなおのこと。 ひとり息子である俺は、さすがにそれほどクールになれるわけでもなくて、とりあえず伝家の宝刀「実家に帰らせてもらいますっ」を繰り出した母親について、家から歩いて15分、チャリなら3分の祖父母の家について来ている。 中3にもなったのだから、家でオヤジと留守番しててもよかったのだけど、はるばるココまでついてきた理由は簡単。今が夏休みだからだ。 このクソ暑い夏休みに自分でメシつくって、洗濯して、さらに受験勉強するなんて、真っ平ごめんだ。そんなわけで、避暑がてら受験に必要な参考書をもちこんで、じいちゃんちでカキ氷なんて喰ったりしてる。 夏期講習が始まる来週には俺は家に戻らねばならないが、祖父ちゃんたちは母ちゃんがそのとき一緒に戻るのだろうと踏んでのんきに構えている。なにしろ今までだって母ちゃんの実家帰りは10日も続いたことがないのだ。 ちなみに俺は「夏休みがおわるまで戻らない」に1000円賭けていているので、来週とは言わずできればもう少し母ちゃんには踏ん張ってほしいと思っていたりする。 親の離婚騒動を賭け事のタネにするなんてふざけてるな、って自分でも思うけど、うっかりシリアスに受け取ってしまったら最後、母さんまでもが本気になってしまいそうな気がしてなんだかコワイのだ。こんなこと、誰にも言えやしないけど。 「あ、カズちゃん、ちょっと電気切れたから取り替えてくれる?」 昼食後、居間のちゃぶ台の横で寝転がりながら参考書をひろげていたら、襖がスラッと開いて絵里姉ちゃんが顔を出した。 「電気?」 「そう。カズちゃんだったら背が高いから踏み台いらずでしょ?」 にっこり笑って、手招きをする。絵里姉ちゃんとはいっても、実際の姉ではない。今年28歳になる叔母さんだ。母さんの兄妹の末っ子でなんと長女である母さんとの年の差は16歳。母さんが俺を生んだときまだ中学生だったというのだから、スペクタクルな話だ。俺との年の差のほうが小さかったりするので、もちろん叔母さんなんて呼ぶことは許されていない。物心ついたころから「絵里姉ちゃん」という呼び方を強要され、そのまま今に至っている。 「はいはい、どの部屋の電気がきれたの?」 仕方無しに起き上がって、小さな背中についていく。自転車や徒歩で楽に行き来できる距離のおかげで、小さいころ遊んでもらって面倒を見てもらった恩があるので(俺はほどんど覚えてないのだが)絵里姉ちゃんには逆らえない。万が一逆らって「カズちゃんの蒙古班ってば、北海道の形をしてたのよ」なんて昔話を持ち出されるのは風呂を覗かれるよりマジで恥ずかしい。どう考えたって逆らいようがないのだ。男って、けっこう哀しい。 「私の部屋よ。こないだからチカチカしてて、危ないとおもってたんだけどね。とうとう点かなくなっちゃって」 行きがけの納戸から替えの電球をとると、階段を昇って2階の絵里姉ちゃんの部屋にいく。 絵里姉ちゃんは小柄で童顔のせいかどうみても20歳以上にはみえない。もてないわけではないようなのだが、なんでか結婚までたどりつかないのだそうだ。その理由について絵里姉ちゃんは、決して黙して語ろうとはしなかったが、ウン年ぶりにはいった部屋の中をみたら、なんだか聞くまでもない気がした。 壁という壁に少女漫画風の男の子(胸がないのでかろうじて判断できた)のポスターがびっちりはられ、本棚にはボーイズ系のマンガ、小説、同人誌がところせましとひしめいていたのである。 「……すげえ」 思わずうめいた俺の顎あたりに、冷たい電球が押し付けられた。 「だまらっしゃい。ほらほら、早く替えてちょうだいよ」 「はいはい」 言われたとおりに、切れた電球を取り替える。180センチもあれば踏み台なんか使わなくても、手をのばせばらくらく作業できる。でかい図体の使い道なんてこれくらいしかない。 「はい、これでいい?」 切れた電球を手渡して、紐をひっぱってみるとかちり、と音がして、上を向いたままの目にまぶしい光が飛び込んできた。 「……ばっちりだね」 ちかちかした白い飛点を追い払うように頭をふって、ついでに部屋をしみじみと見回した。 「絵里姉ちゃんこういうのが好きなのかぁ……」 つぶやく俺に、絵里姉ちゃんはちょっとすねたように唇を尖らせて、ぷいっと横を向いた。 「そうよ、悪い?」 「いや、悪くないけど……」 まだ高校生だった絵里姉ちゃんに遊んでもらってた当時から本の多い部屋だったことは記憶していたが、まさかこんな変わり果てた部屋になっていたとは。 ぼーぜんと部屋を見回している俺に尻目に、突然なにを思いついたのか絵里姉はにこーっと不吉な笑みを浮かべた。 おもわずギョッとして後ずさると、追いかけるように間近ににじり寄ってくる。まずい。これはまずい。わけわかんないけどやみくもにまずい。 「そうそう、ついでにさ、カズちゃんにもひとつお願いがあるんだけどぉ」 身構える俺にむかって、絵里姉はかわいらしく胸の前で手を合わせたお願いポーズで首をかしげて見せる。けれども今までの経験からこの手の『お願い』でロクな目にあったことがない俺は、そう簡単にカワイコぶりっこな仕草に騙されたりはしない。 「………今度はなに?」 「うん、簡単なことよ。カズちゃんはじっとしててくれればいいから」 絵里姉の不自然なくらいの満面の笑顔が、嫌な予感を裏打ちする。そうして、往々にしてこの手の勘は、はずれた試しがないのだった。 「裸でデッサンモデルやって♪ 時給はずむから!」 おれがその場で凍りついたのは言うまでもない。 喧喧諤諤のやり取りがポスターの前で繰り広げられた。 が、結局はずっと欲しくてでも値段のせいで手がでなかったゲームソフトがその勝敗の明暗を分けた。そもそも俺に拒否権なんて上等なものなどないことははじめからわかっていたのだ。でも、こんなとんでもない『お願い』黙って聞いてられるかってんだ。 言われるまましぶしぶ素っ裸になった後も、なおもしつこく口の中で文句を言っていたら、目ざとく注意が飛んできた。 「こら、ダメでしょ、カズちゃん動かないでよ」 かぎりなく真面目な顔で、絵里姉ちゃんは、膝の上のスケッチブックと俺の体と交互に目線を走らせていた。 動くなといわれても、こんな居心地の悪さに耐えるのは難しい。それよりなにより、姉弟みたいな絵里姉ちゃんに全部見られているのだと思うと、どうにもこうにも恥ずかしいやらどうしていいやらわけわかんなくて困る。 「けっこうカズちゃんがっしりしてるよねぇ……運動部でもないのに、ひきしまってていいカンジ」 なぜか嬉しそうに笑って、絵里姉ちゃんは俺の胸元から腰までをねめまわした。 「背中から腰にかけてのラインもすごいきれいだし……お尻もひきしまってるし……」 「ちょっ…、絵里姉ちゃん、そんなこと、言わなくていいよっ」 ほっとくとトンでもないことまで言われそうなので、慌てて引き止める。 「なによ、せっかくほめてるんだから、いーじゃないの」 言いながらも手はすらすらと紙の上を走ってる。この“資料”が一体どう役にたってしまうのかは、俺は一生知らないままでいたい。 そのあとしばらくは紙の上に鉛筆の走る音だけが、部屋に響いていた。叔母の部屋で裸になってる気恥ずかしさもようやく薄れて、それは絵里姉ちゃんが限りなく生真面目な顔でスケッチにいそしんでいるせいもあるのだけれど、そうすると今度は手持ち無沙汰でだんだん退屈になってきた。だって、ただ突っ立ってるだけだし、動くこともできないのだから仕方ない。 いつのまにか俺の目線は絵里姉ちゃんの指や、ふっくらとした唇、あごからのどにかけての線や、スケッチブックを立てかけた膝のあたりを泳ぎ始めていた。 小柄な絵里姉ちゃんは手も足もつくりがこじんまりしている。なのにどことなく柔らかそうなところが、女の人なんだなぁ、なんて考えてしまう。……ホントはもっといろいろ考えてしまいそうなのだが、この状況でそれは命取りになるのでできるだけ避けてたりする。 なんというか、いかにも守ってあげたい気持ちにさせる、そういう可憐な雰囲気なのに、その口から漏れる言葉といえば、 「ところでさ……なんで、それ、しぼんでるかなぁ」 なんていう問題発言ばっかりだから絶対結婚できないでいるんだ、と俺はたった今、確信した。 「絵里姉ちゃん、何いってるんだよ、甥っ子にむかって。セクハラだぞ、セクハラ」 「だって、そこ描かないと資料になんないんだもん」 むぅ、と唇をとがらせて、絵里姉ちゃんはスケッチブックを片手に抱えたままよつんばいでにじり寄ってきた。 「え、絵里姉?」 狼狽する俺の構わず、絵里姉はじりじりと素っ裸で突っ立っている俺の前まできてしまった。 「じょ、冗談だろ?」 おもわず、後ずさりながら、俺は息を飲む。 「私が、この手の冗談を言ったことがあったかしら?」 怒ってる顔より恐ろしい開き直った笑顔で、絵里姉ちゃんはスケッチブックを横にほおり出して、俺の足元にぺたんと座り込んだ。 「ちょ……待ってよ、離れてくんないとまずいってば」 「だって、近くじゃないと、よく見えない」 「近くって………」 かぁぁっ、と、今更のように顔が熱くなっていく。冗談抜きで絵里姉ちゃんはこんな息がかかってしまうくらい間近で俺のそれを見ようとしているのだ、と気づいた途端、俺の体は情けなくなるくらい素早く反応してしまってた。 「わ……すごぉい………」 足元から見上げる絵里姉ちゃんの丸い目がいっそうまんまるに見開かれる。 まだまだ半勃ちだったけれど、それはしっかり頭をもちあげてしまってる。 「………カズちゃんのって、おっきぃんだぁ」 ちょっとだけ、恥ずかしそうに上目遣いになった絵里姉ちゃんのそんな言葉や仕草に、どんどんそれは硬くなっていってしまう。 きもち頬が赤くなってしまっている絵里姉ちゃんが、やけに可愛くみえてしまうのは、俺の修行が足りないせいだと思う。 「か、描くなら早く描きなよ、姉ちゃん!」 みるまにそそり立ってしまったそれはこの状態では隠しようも無くて…というか最初から素っ裸だったんだから隠すもへったくれもないんだけど…しかもそれを間近でみてるのが血の繋がった叔母という、どうころんでもどーにもならないこの状況を打破するため、俺は考えうる唯一の台詞を口にした。 そもそも俺はこんなことをしてるのは、絵里姉ちゃんにモデルを頼まれたからで、それが終わればこの限りなく恥ずかしく気まずい状態から抜け出すことができる。そう考えたのだ。 「べ、別に初めて見るってわけでも、ないんだろ? 絵里姉ちゃんそんなにかわいいんだからさ」 「そりゃ、初めてじゃないけど……だって……」 なんだかぽわーっと頬を上気させてそこに釘付けになってしまっている絵里姉ちゃんは、どうやら当初の目的をすっかり忘れてしまってるようだった。 「ほらっ、その……お望みどおりデカくなったんだから、この状態なら“資料”になんだろ、俺だって恥ずかしいんだから、さっさと描いて終わらせてくれよ」 半ばパニック寸前の俺の必死の訴えもどこへやら、熱い息がかかるくらい間近に顔を寄せた姉ちゃんは真顔で更にとんでもないことを言い出した。 「ね、触っていい?」 上目遣いにそそり立っているモノと俺の顔を交互に見比べて、ぐっと乗り出すようなおねだりポーズを繰り出したのである。 「な……っ!」 くらっと一瞬めまいがしそうになるくらい、一気に頭に血が上った。いたいけな甥っ子にナニを言い出すんだ、この人はっ。 「絵里姉ちゃんっ! いっ、いいかげんにしてくれよっ」 「だって……だって、すごく……」 潤んだ瞳がひた、と天を向いたそれに注がれる。 「ねぇ、ちょっとだけ、ね……? だってすごく、堅そうなんだもん……ちょっと、触ってみるだけだから……」 やけにうっとりとした目つきと甘えた口調でそんなことを言われてしまったら、この手のことにまったく免疫のない高校生に逃げ道なんてどこにもない。そこまで言われたら、ちょっとくらいならいいかな……などと、ついつい言うことを聞いてしまいそうになってしまう。 しかも、相手が血の繋がった叔母ともなれば、邪険に振り払うことも、好奇心からくる素直な気持ちでして欲しいということもできやしない。悩んだ挙句、恐ろしく腰の引けた抗議をするだけでもう一杯いっぱいだった。 「姉ちゃん……そんなに寄ったら、息が……」 さわさわと淡くまとわりついてくる熱っぽい気配。本当にあと4、5センチ、絵里姉が顔を前につき出したら、そのままかわいらしいピンク色の唇が俺のそそり立ったものに触れてしまいそうなくらい、ごく近い距離。 たまらなくなって、ごくり、とつばを飲み込んだら、絵里姉は猫のようにくすりと笑って、薄くすぼめた唇からふっと息を吹きかけてきた。 「あっ、ちょっ、絵里姉っ」 ついびくんと反応してしまった事をごまかすように、あわてて腰を引く。 「息だけで感じちゃうの? カズちゃん」 ゆるゆると細い指で俺の太ももあたりを撫でまわしながら、絵里姉はなんとも形容の出来ない、一途なようなうっとりしているような顔で下から俺を見上げていた。 こぶりな顔の向こうに見える華奢なつくりの肩やずりあがったスカートから覗いている白くてむっちりとした足が、突然たまらなくいやらしい線で俺を誘惑しているように思えて、急いで視線を引き剥がす。 「き、急にされたら、誰だってびっくりするだろっ」 それでも、すぐにまたそのいやらしい体を見たくなって顔が元の位置に戻ってしまうあたりが、なんだかみっともない。 絵里姉は叔母さんで、血が繋がっているのに。こんな目で見たらいけないのに、あせる気持ちとは裏腹に俺の視線は吸い寄せられるように絵里姉の体の上を無遠慮に舐めまわしてしまう。 「言ってなさい。じゃ、触るね」 こっちは一言もいいなんて言ってないのに、しれっと宣言した後、絵里姉ちゃんのしっとりと小さい手が、俺のそこに柔らかく絡みついてきた。 |