嘘 |
【 第1話 】
不思議な男の子だな、と思った。 話してみるとこの年頃の男の子には珍しく、女の子といて構えるような様子がない。私がちょっと強い事を言ってしまっても、決して真にうけず、苦笑いしながら受け止めてくれる。決して無理に大人ぶってるわけじゃない。なんとなく女の子のわがままを言われ慣れてる、そんな感じがした。 「ああ、俺は一人っ子なんだけど近所に叔母さんがいてさ、しょっちゅうウチにくるんだよね。姉ちゃんって、俺は呼んでるんだけど」 話しながらどこか楽しそうに、私の仕事を手伝ってくれる彼。 「なんていうか、もうぜんぜん頭あがんないの。何かっちゃ、おしめをかえてあげただのお尻の痣だの言うんだぜ。まいるよなあ。おかげで、俺はもう女に夢も希望もアリマセン」 呆れてる口調なのに、その表情はとても優しい。口ではいろいろ言ってても、その叔母さんのことがとても好きなんだってわかった。 こういうのもいわゆるシスコンっていうのかな。そんなとぼけた考えが頭の片隅に浮かんだ。 「名取は? 弟いるんじゃね?」 「え? その話したっけ?」 驚いて尋ねると、やっぱり、と彼は笑った。 「だって、名取っていかにもねーちゃん!ってカンジする。なんてーか、日頃弟に容赦してない雰囲気って言うの?」 「言ったな、コラ!」 フェイクで顔面にパンチをくりだすと、それを軽くうけとめて上手に受け流す。 「ほら、言ってる側からこれだよ」 それはうっかり勘違いしてしまいそうなくらい、優しい優しい笑顔だった。 なんだかそっと愛おしむようで、どんなことでも聞いて貰えそうなそんな気がして、だから私はそれまで誰にも言うことができずにいた、小さな秘密を口にする気になった。 高原になら、話してもいい。いや、聞いてもらいたい。 ずっと自分一人で抱えていくつもりだった、その願望を。 「ねえ、高原、聞いても笑わない?」 ズルイ言い方なのはくわかっていた。 相手の好奇心をわざとかき立てるような秘密をほのめかせる切りだし方をして、私は彼の様子を窺った。 「なにが?」 心臓が、ものすごく大きな音を立てて体の内側で鳴り響いていた。指先まで鼓動が響いて、視界のはしっこで握っているシャープペンが少しふるえているのがわかった。 「笑わないって、約束してくれないと話せない」 手を止めてこちらを見ている彼の目をまっすぐに見て、もう一度繰り返す。 こうなったら答えは1つしかありえない。彼は、素直にそれにしたがった。 「笑わないよ」 半ば予想された答えだったのに、いざ話す段になると、私はひどくうろたえてしまった。 放課後の誰もいない教室。 私たちは隣り合った机で、先生から頼まれたアンケートの集計作業をしていた。 私はクラス委員なので、たびたびこういうことがある。だから、それを彼に手伝ってもらうのも、今日が初めてではなかった。クラスで一番気兼ねなく話が出来る男の子だったから、なにかというと私は彼を頼りにした。その都度、おっくうがらずにいつも手をかしてくれる、それが今私の隣にいる、高原和人という男の子だった。 背が高くて、笑顔がちょっとだけ甘くて、女の子に冷たくできない、ひそかに人気があるのにちっともそれに気づいていない男の子。 「絶対に、笑わない? 呆れたり、軽べつしたり、しない?」 彼なら絶対にそんなことありえないだろうと思ったからこそ話す気になったというのに、どうしても確かめずにはいられなかった。 「約束するよ。絶対」 急な話で戸惑っているはずなのに、彼はあの、不思議なほど優しい笑顔で、言った。 「どんな話だか想像もできないけど、俺が名取を軽べつするなんて、ありえないよ」 その声を聞いたとき、胸の奥底で、なにかが鈍く疼いた。 「あのね、私ヘンなの。おかしいの」 そう切りだした途端、高原の表情がすっと凍ったのがわかった。 え? と思った瞬間目をそらしてしまう。横顔からでさえ、激しく動揺しているのがわかった。 「……なんで?」 目をあわせないまま促される。彼の反応に疑問は残ったけれど、続けるしかなかった。 「私ね、好きな人いないの。今まで誰も好きになったことないのね」 「別にそれはおかしいことじゃないだろ」 「うん、それはね、いいんだけど………」 核心に近づくと、顔をあげていられなくなった。彼がどんな顔をするのかこわかった。とてもじゃないけど、みていられない。私は集計途中のわら半紙に目線をおとしながら、なかば搾り出すように続けた。 「………あのさ、高原って、えっちな気分になったりとか、する?」 「ん? 唐突だなぁ。うん、そりゃまあ、なりますよ。年ごろのヤローですから」 おどけた声に、少しだけ肩の力が抜ける。 「そういうときって、なんていうか……自分で、したりとか……する、よね?」 言ってしまってから、かぁっ、と自分の頬が真っ赤になっていくのがわかった。なりゆきとはいえ、すごいことを聞いてしまっている。顔がめちゃくちゃ熱い。いつもなら相手が高原だって、こんなこと絶対に聞けないし言えない。 「…………えー、まあ…………ウン」 落ち着かない様子で顎のあたりを撫でながら、隣の彼もちょっと照れたようにあさってのほうを向いて答えた。 「……女の子も、そういう気分になるっていったら……ヘンだと思う?」 ドキドキしながら尋ねると、予想よりもずいぶん早く答えが返ってきた。 「思わない」 その一言が、私を勇気づけた。 「誰に聞いても、そんなのしない、とか、する人でも好きな人のこと考えてごくたまにだけ、っていうの。でもね、私、好きな人なんて誰もいないのに、すぐ、そういう気分になって、その、自分で…………」 さすがに恥ずかしくて、その先言いよどんでしまうと、 「自分で触って、えっちなことしちゃうんだ?」 少しだけ低くなった高原の声が、後をひきとって続けてくれた。 ますます顔をあげられなくて、ただ頷く。 「好きな人もいないのに、こんなしょっちゅうえっちな気分になるなんて、変かもしれないって、自分で思うの。想像することも、なんか普通じゃないみたい、だし…。それで、あんまりしちゃうから、自分でもおかしいんじゃないかって、思って」 ぎゅっと手をにぎりしめて、わら半紙の字を無意識に目で追う。でも文字の中身はちっとも頭の中にははいってこない。どこをみてればいいのか、どうしたらいいのか、わからない。おちつきなく視線を泳いでしまう。 「別におかしいことじゃないよ。実際に、それで知らない男とやりまくってます、とか言われたらさすがにビックリするけどさ……想像して、自分でしてるくらいなら、全然普通だろ」 ぎくり、と自分の体が強ばるのがわかった。 「…名取?」 「………自分一人でしてるから、満足できないのかなって。もし、ね、例えば、恋人じゃなくてもセフレとかいて、ちゃんとしたら、こんなに自分でしなくなるんじゃないかって考えたんだけど……まだ一度もえっちしたことないのに、やっぱり、こんなこと考えるのって、ヘン、だよね」 込み上げてくるそれを抑えきれなくて、声が少し震えてしまった。言い終わると同時にまぶたが熱くにじんでしまった。 やっぱり、私はおかしいのだ。 処女なのに、好きな人もいないのに、毎晩自分で慰めずにはいられないほど、自分の性欲をもてあましてしまっている。それだけじゃない。早く誰かにそれをぶつけてしまいたいと願ってる。 まるで一年中発情期の猫みたいだ。 「名取は」 高原はいちど、言葉を飲み込んだ。 続く言葉がこわくて、体をすくめてしまう。自分から言い出したことなのに、恥ずかしくて、情けなくて、消えてしまいたい。 「恋人じゃなくてセフレがいいの?」 こくりと顎を引いて頷く。 「最初が恋人や好きな人じゃなくていいんだ?」 それは、高原に聞かれずとも何度も何度も考えたことだった。 女の子にとって処女を捧げる相手はやはり特別な存在だ。皆がそう思ってるし、私だって心のどこかではそう感じている。 それでも。 「だって、人を好きになるっていうのが、わからないんだもの。そんな、いつになるかわからないのに、待ってられないよ」 私の中で荒れ狂う欲望はあまりにも激しくて、大きくて、待つことすらもどかしすぎた。 こんな自分がおかしいことくらい、自分が一番よくわかってる。 私にはたぶん大切ななにかが欠けているのだ。友達以上に、家族以上に誰かを特別に思うということがどういうことなのかよくわからない。それを想像することすらできない。 体だけが心を置き去りにして女への道をかけあがっていく。その戸惑い。 熱い滴が頬を伝った。重力に勝てずとうとうこぼれてしまった涙は、堰をきったように次から次へと溢れだして、頬から顎濡らし、ぱたぱたと手や作業途中のアンケートの上に落ちていった。 うつむいたままの視界に、みかねたように洗いざらしの大きなハンカチが差しだされる。 「……ありがと」 迷い無く差しだされた無言の好意が嬉しかった。高原がどう感じているのかわからなかったけれど、少なくともそれで軽べつされたりしてないことだけはわかった。 「ごめんね。こんな、変なことはなして、いきなり泣いたりして」 すなおに受け取って、涙を拭きながら鼻をすすりあげる。物語のように美しく泣くなんて実際は不可能だ。 ちらっと目線をあげると、高原は静かな表情であさっての方向を向いていた。 ぐしゃぐしゃになった顔を見ないでいてくれる。ホントに優しい男の子なんだな。そう思った。 そのまま、私の涙が引くまで高原は何も言わなかった。昂ぶった気持ちがおちついてから、洗って返すからと断って借りたハンカチを制服のポケットにしまった。 時計をみたらちょっとした時間が過ぎてしまっていた。 落ち着いたら、自分勝手に突然泣きだしてしまったことが恥ずかしくなった。高原もいきなりこんな話を聞かされて、何がなんだかわからないだろう。 深呼吸して、そろそろ仕事に戻ろうか、そう言おうとした瞬間、 「普通じゃない、ってなんでそう思った?」 思いもかけない質問に、つい、顔をあげてしまった。 「俺はね、妄想なら何でもアリじゃないかって思う。女の子だって、性欲あって当然だと思うしね」 いままで見たこともないくらい真面目な顔で、高原はまっすぐに私を見つめていた。 「名取はいつもどんなこと想像してる?」 私は頭の中が真っ白になった。そんなこと聞かれるとは思ってなかったのだ。 たとえばこれが他の男の子だったとしたら、下世話な好奇心丸出しにした嫌な顔をしていたたに違いないのに、高原からはそんな気配はみじんも感じられない。 「どんな……って…その………」 私の真意をたしかめようとするような、深い色の瞳。 覗き込んでいたら、ぞくりと体の奥でなにかが目覚めてしまいそうで、慌てて目をそらした。シャープペンを机に転がして、指先で無意味にいったりきたりさせる。 「…………恥ずかしいこと、されたり、とか……。普通はそんな嫌なことされるの、考えたり、しない、でしょ?」 自分から言い出したことなのだから、ごまかすのも嘘をつくみたいで嫌だった。 だからといって、いくらなんでも話せることと話せない事がある。 質問されて、素直に毎晩の夢想を思い浮かべてしまった自分がひどく浅ましく思えた。 「名取」 名前を呼ばれておそるおそる顔をあげる。まっすぐに視線が絡み合う。黒い瞳に捕らえられてしまったように、身動きできなくなった。 「どんな恥ずかしいこと、されるの?」 人には言えない妄想を見透かされたみたいで、心臓が破裂するかと思うくらい、どくりと大きく波打った。 「……そんなこと、言えるわけないよ。高原の、バカ」 なじる声に力が入ってないのは、自分がいちばんよくわかっていた。 「教えてよ。どんなことされたいと思ってる?」 高原の大きな掌がすっと伸びて、シャープペンを弄ぶ私の右手を上から押さえた。 「いつも、どんな想像してる?」 ひどく熱い手だった。このまま答えたら、どうなってしまうのか。何がおきてしまうのか、自分がどうなってしまうのか、まったくわからない。その不安に私は喘いだ。 「そんなこと聞くなんて、高原、おかしいよ…っ」 ちっとも動かない頭からなんとかひねり出した言葉だったのに、静かな微笑とともにいとも簡単にひっくりかえされてしまった。 「おかしくたって、いいだろ? そう思わないか?」 私はあらためてまじまじと高原の瞳をみつめた。 その言葉がゆっくりと意識に染み渡って、突然胸の奥が熱くなった。 涙ではなく、こみあげてくる深い深い喜びが私の心を再び激しく揺らした。 おかしいのは高原じゃない。わたしのほうなのだ。 自分でさえ認めたくないような――女としてもっとも恥ずべき告白。 それを、なんのためらいもなくいいじゃないか、と言ってくれたことが、うれしくて、泣きたくなるほどで、でも泣くのではなく、聞かれたことにきちんと答えなければいけない、そう思った。 高原なら何を話しても受け止めてくれるから。 大丈夫だから。 わかってくれるから。 深呼吸してから、唇を開いた 「ちょっとだけ、乱暴にされたり……無理やりとかじゃなくて、強引に、断れないように……恥ずかしいこと、されちゃうの」 とんでもないことを口にしている。 そう思った。 「どんなことされると、恥ずかしい?」 静かなトーンの声が、耳朶から背筋を駆け降りて奥底に響いていく。 「……えっちなこと、言わされたり、とか、恥ずかしいところ見せられたり……」 今まで自分の想像の中にしかなかったこと、誰にも話したことのない願望を体の外に吐きだしている。それは夢想していた時よりずっと恥ずかしくて、いたたまれなくて、なのに恐ろしいほど私を酔わせた。 ふっと、横から笑いを含んだ気配が流れてきた。 けっして大きな声ではなかったけれど、低く深く、はっきりとその言葉を聞き取ることができた。 「今みたいに?」 どくん、と体の奥が脈打つのがわかった。 体中が熱い。自分でするときには、こんな風に頭の奥までしびれるような感覚になったことなんてない。 「恥ずかしいところ、ね。じゃあ、名取は足を閉じれないようにして、鏡でそこを見せられたいんだ?」 高原の声に操られるように、更に熱っぽく、自分の中のそれが頭をもたげていく。ものすごくいやらしいことを言われたのはわかった。でも、今、なにがおきているのか、うまく理解できない。どうしよう。ものすごい勢いで興奮しはじめている。だめだと思うのに、やめてほしくないと思う私がいる。 「や……ちがう……」 おそるおそる目をあげると、高原はみたこともないような男の顔で、うすく笑っていた。その瞳の光に体の奥まで一気に縫い止められてしまう。 「じゃあ、鏡じゃなくて、直にみせられちゃう?」 制服に包まれた体がびくんと反応してしまった。思わずその瞬間を想像してしまったのだ。高原の言葉通り、足をしっかりと押さえられ、そこをむきだしにされてしまった自分を。 「……うん……」 重ねられたままの掌に汗が滲んでいた。私だけではなく、高原の掌もひどく汗ばんでいる。でも、その手をどかしてほしい、とは思わなかった。 「見せられたら、どんなふうになっちゃう?」 触れ合っているのは、掌だけ。それ以上高原が私に近づいてくる気配はない。ただ、視線だけが絶え間なく私にそそがれている。それを肌で感じることが、こんなにも恥ずかしくて、昂ぶってしまうものだなんて知らなかった。 ほんのわずかな身じろぎの布ずれさえ意識してしまうほど、体中のどこもかしこも敏感になってしまっている。 「……恥ずかしいのに、やめてっていうのに……見ろっていわれて、見ちゃうの。それで……もっと、ドキドキして………」 「ドキドキして、感じちゃう?」 びりっと、指先にしびれが走った。視線を落とすと、高原の指先がわたしの指の甲をゆっくりと撫でていた。 「うん、そう…」 「……嫌?」 高原の質問はどちらとも取れた。ドキドキして感じるのが嫌か、とも、撫でられるのが嫌か?とも。 「……いやじゃ、ない……」 どちらか確かめる必要はなかった。どちらの意味だったとしても、答えは同じなのだから。 ふいにひどく甘い気持ちが忍び込んでくる。私たちは、共犯者になった。そんな気がして。 「わたし、おかしい…?」 熱にうかされたまま、子供みたいに、私はもう一度尋ねた。 「おかしくないよ」 高原は同じ答えを繰り返し、そして、言った。 「おかしくったって、かまわない。もっと続けてほしい?」 その瞳が、私の視線をからめとる。 まっすぐに見つめられて、硬い学校の椅子におしつけられているそこがじわっと熱く疼いた。 2人きりの教室に、不思議な静けさと緊張が満ちていた。 「じゃあ、高原が、なってくれる……?」 続けて欲しい?という声にそのまま頷いてしまいたい気持ちをねじ伏せ、質問に質問で返した。高原は少し考えるように首をかしげた。 「……セフレに?」 「うん……」 もしかしたら、今、聞くようなことではなかったかもしれない。この流れだと、興奮させられて我慢できなくなって、それで頼んでいるようにもとれる。 でも、そう思われることよりも、確かめないまま自分をさらけだして、彼に軽べつされるほうが、もっと怖かった。 「俺で、いいの?」 嫌がっているふうではなかったけれど、それ以上はよくわからない静かな表情で、彼は私を見ていた。 「高原なら、いいよ……」 包み込まれた右手をおそるおそる返して、汗ばんだ手をぎゅっと握りしめる。 ちっとも、嫌じゃない。 ときめきとか、恋とか、そんなものは何一つないけれど、私は彼が好きだった。一緒にいて楽しくて、触れられることもちっとも嫌じゃなかった。 「俺に恥ずかしいことされたい?」 高原のことを想像してみたことも実は何度かあったのだけれど、夢想の中の高原は、こんなにぞくぞくするような目で私を見たりはしなかった。 実際にこうなってみると想像とはなにもかもちがって、ビックリするほど生々しくて、 「……うん、高原に、恥ずかしいこと、されたい……」 声が体の外に出て行くと、疼きっぱなしの下腹部が痺れるように感じてしまう。 「俺とセックスしたい?」 はっきり言われて、もうあがりっこないと思っていた体温が更に跳ね上がる。思わず逃げ出しそうになった手を引き止めるように、今度はむこうのほうからがっちりと握りしめてきた。 「答えて。名取」 顔をそむけようとしたら、頬にそえられた手に阻まれた。もう、私をまっすぐに見ているはずのその瞳をたしかめるしかなかった。 「……高原と………したい……」 答えるとくらりと眩暈にもにた浮遊感が走る。私の逃げを、彼は見逃さなかった。 「何を?」 「やぁ……」 彼がこんな容赦ない追いつめ方をするなんて考えたこともなかった。でも、怖さより甘いしびれが私の指先まで浸していく。 「ちゃんと、言って。名取は俺とセックスしたい?」 息がとまりそうだった。 恥ずかしいのに、こみあげてくる欲望が私を突き動かす。 「わたし、高原とセックスしたい……っ」 ぎゅっと目を閉じて、一気に、言った。 「目をあけて、名取」 声が驚くぐらい近くから聞こえて、 「え……っ?」 思わず目をあけた瞬間、がたん、と大きな音がして、そのまま唇を塞がれた。 「ふぅ……ン」 驚く声が、口の中で響いている。抗議するために唇を開いたら、そのまま熱い舌が滑り込んできた。ぬるりと搦めとられて、その感触のいやらしさに体が震えてしまう。いつのまにか目を閉じてしまっていた。 「ぅ……ン………」 喉から信じられないくらい甘いうめき声が漏れてしまう。 軽やかに口の中を動き回る高原の舌。初めてキスする私にはそれが上手なのか下手なのかちっとも見当がつかない。けれど、舌でなぞられるところ全部が気持ちいいということだけははっきりとわかった。 上あごも、歯のうらがわも、舌と舌をからめることも、なにもかもぬるぬるといやらしくて、気持ち良かった。 「はぁ……っ」 唇が離れた瞬間、とめていた息を吸い込む。 「キスも、はじめてだった?」 ちょっと意外そうな顔をしていたのが癪で、ついそっぽをむいてしまった。 「…あたりまえでしょ」 「じゃあ、もう一回…」 優しく頬に手をそえて顔をもとの位置に引き戻すと、今度はついばむようなキスが唇に降ってきた。なんとなくくすぐったい気分になってしまう、そんな優しいキス。 「……キスって、気持ちいいんだね」 妙に気恥ずかしい気持ちと、さっきのしびれるような甘さをねだりたい気持ちと両方で言ってみると、高原はくすりと笑った。 「気に入った?」 「うん。……だから、もっと……」 腕を高原の首に回して、自分から顔を寄せた。 ちゅっと音がしそうな軽やかなキスが、繰り返すたびに少しずつ深く長くなっていく。 息をつくために唇をひらくと、誘うように舌先が唇をかすめて、もっとと口にするかわりに、そっと自分の舌を差しだした。 「ん……」 舌先でじゃれるようにつつきあって、ふと舌を引いた瞬間、ぬるりと口の奥まで入り込んできた。その感覚にびくりと体が震えてしまった。一度口に侵入してきた舌は、つい今し方のおとなしさが嘘のように、自由自在に私の口の中を動き回った。 「ふぅぅ………ン」 こんなことで、と思うのに、びくびくと反応してしまう体を止められない。高原の首にしがみついたまま身悶えてしまうのが、とてもはずかしかった。 「名取、俺の膝に座って」 身を乗り出すようにキスしていた高原が、自分の椅子に座り直して膝を叩いた。 「……私、重いよ?」 ぼんやりとした頭のまま正直に言うと、高原はくっと喉をならして笑った。 「ばぁか。名取くらいなら全然重いうちにはいんないって。大丈夫。ほら、おいで」 「なによ、失礼ねぇ」 ぶつぶつ言いながら、手を引かれるまま、制服のスラックスをまたぐように、向かい合って膝に腰を下ろす。男の子だから膝と膝は少しひらいていて、お尻の間が少しこころもとない。だから、自然と密着するような近さに座ることになってしまった。 あまり丈のながくないスカートから膝先がのぞいていた。 「ほら、これならもっと近くでキスできる」 これ以上何も言わすまい、というように、唇が塞がれる。 今日初めて覚えたばかりのキスなのに、なんだか癖になりそうだ。甘くて、えっちで、気持ちよくて、ちょっとだけじれったい。こんなに気持ちイイのに、ちっとも満足できずにもっともっとしたい、と思ってしまう。それともこんなに気持ちイイから、もっとしたくなるのか、もうよくわからない。 角度を変えて何度もキスを繰り返すたび、制服越しに高原の体温がじわりと伝わってきて、太ももや密着してる腰まわりの硬い感触が、私にはじめて男の人の体を意識させた。 唇が離れた瞬間、胸いっぱいになってる熱を少しでも外に押しだそうと囁く。 「どうしよう……すごく、どきどきしてる……」 「俺もだよ。ほら、触ってみ?」 私の手を引き寄せて、自分の左胸にあてさせる。意識を掌に集中させると、広くてかたい胸板の奥からととととととと、と駆け足で鳴り響くような、早い鼓動が伝わってきた。 「ほんとだ……」 あんまり余裕ありげに私を巻き込んでいくから、高原一人が冷静で、私だけ興奮してるんだったらどうしよう、と思っていたのだけれど、そうじゃないとわかってちょっとだけ嬉しくなった。 「名取のも……」 ごく自然に、高原の大きな掌がブレザーの下にすべりこんで、私の胸のふくらみの下あたりに添えられた。 「あ……」 薄いブラウス越しに、掌の熱さが直につたわってくる。じわりと広がっていく体温に、押し当てられた掌からいくらもはなれていない胸の先を、突然意識してしまう。 何もかもが、はじめてだった。触れられたところから、ざわざわと体中の感覚が目覚めていくようだった。 「すごいね、ほんとにどくどく言ってる……」 確かめるように胸の下をさする。押し上げられるように揺らされて、ブラの中でほんのわずかだけ乳首が擦れ、じわりと甘いじれったさが左の乳房にひろがっていく。 「……うん……」 「やっぱけっこう胸あるな。やわらかい…ふにふにだ」 いつのまにか大きな手がすっぽりとブラの上から私の乳房を包み込んでいた。軽くさするように揉んで、わざとなのかわからないけれど、感じやすくなりはじめた乳首にはなかなか触れない。 「やっぱりって?」 隆起にそって揉み上げる動きは、きもちいいといいきれるほどはっきりとした感覚ではない。じわりとお腹の奥になにかが降り積もっていくような、曖昧なじれったさ。 「いや、男子の間ではひそかに胸でかいって噂になってたから」 「えっち」 軽くぺちん、とほっぺをはたく。 「男はみんなエッチだよ」 いて、と笑って、しかえしのように手の中の乳房を強くぎゅぅっと握りしめた。間髪いれずに指先がブラの上から乳首のあたりを引っ掻く。電流のようなしびれが下半身から背筋を駆けあがって 「あっ!」 甲高い声がでてしまった。 「……で、女の子だって、エッチだろ。どっちもエッチ」 さっきとは比べ物にならないくらいくらい、強く乳房がもみあげられる。時折ブラ越しに乳首をつままれるのが、たまらなく気持ちよくて、私は必死に声をかみ殺した。 「そう、声我慢して。みんなに聞こえたらこまる」 顔を覗き込むように近くに寄せて、そっと囁く。言ってる間も、掌は信じられないくらい卑猥な動きで胸をこねまわしている。それを見ているのは恥ずかしいのに、でも目をそらすことができない。 恥ずかしさとはじめての気持ち良さで、どうしていいかわからず首に腕をまわすように抱きついてもたれているしかなかった。 やがて頬にキスの雨をふらせながら、高原の手が胸から離れ、器用に片手だけでブラウスのボタンをはずしはじめた。気がついたときにはすっかり前がはだけて、ブラもお腹も丸見えになっていた。 「……高原って、めちゃくちゃ慣れてる」 「ん?」 「えっちなこと、し慣れてるかんじ……やらしすぎ」 あんまりに易々とことが進んでいくから戸惑う暇もなくて、でも、なんだか信じられなくて、ふと意識に差してきたことをそのまま口にしていた。 「はじめて、ではない、かな。……慣れてるっていっていいのかわかんないけどね」 わたしのつまらないたわ言に高原はまじめな顔で答えた。その意外さと、言い方に少しひっかかって、でもそれ以上聞くのは踏み込みすぎるような気がして、言葉を探している間にブラウスがスカートから引き出され、熱い手が直にわき腹をつかんだ。 「ひゃ……や、そこだめ……っ」 「こら、暴れるなって…」 くすぐったさに身悶えすると、にやにやしながらブラウスの中で背中をだくように手をすべらせる。 「だって……」 言い終わる前に、ぷつんという手ごたえとともに胸元がふっと緩んだ。 「………やっぱり、慣れてるじゃん」 片手でブラのホックを外してしまうなんて、少なくとも初心者のすることじゃない。 「はいはい、じゃあ慣れてるって事にしとくよ」 高原はちっともとりあわない様子で、キスで私の口を塞いだ。ちょっとだけずるい、と思ったけれど、同時にブラの下にもぐりこんだ大きな掌に直に乳房を包みこまれると、その熱さと想像を超えた快感でみるまに意識を溶かされてしまった。ゆっくりゆっくり撫でるように愛撫され、乳首が掌でころがされる。胸を触られるのはほんわりと暖かくて、なんとなく甘ったるい感じがした。 「んぅ……ふぅ………ン……」 唇を塞がれた状態では喉から漏れる音を完全にかみ殺すことはできなくて、妙に鼻にかかったえっちな吐息が漏れてしまう。 校庭で部活をしている運動部の声が、遠く響いて意識の隙間に滑り込んでくる。 いつも授業を受けてる教室の真ん中で、クラスメイトに胸を触られている。 恥ずかしい、と、気持ちイイ、と、こんなところでいいのかな、という気持ちと、何もかもごっちゃに溶け合ってしまって、うまくまとまらない。 「あッ」 きゅんっとひときわ熱い痺れが体の真ん中を駆け抜けて、こらえ切れず悲鳴のような声をあげてしまった。なにかと思ったら、高原の指が乳首をつまみあげていた。 「名取、声……」 「ごめ……っ……んぅ………」 咎めながらも、指先は乳首をこねまわす愛撫をやめようとはしない。武骨な指の間で赤く色が濃くなった乳首がくねくねと形を変えていく。押しつぶされるたび吸いだされるような快感に翻弄されて、体が自然と動いてしまう。胸を前につきだすように背中を反らしてしまう自分が信じられない。 「乳首硬くなってるな。吸ってもいい?」 言われたことを理解する前に、身をかがめた高原の髪が胸元におりてきた。胸の先が熱くぬめるものに吸い取られる。きつく吸われながら舌で転がされると、蕩けるような気持ち良さが胸の先から体中に広がっていった。 「あっ、や……、高原ぁ……っ」 どうしていいかわからず、高原を呼んでしまう。胸の先から快感が吹きだしていくようだった。 「声出しちゃだめだって」 今度は反対の胸を舌で弄び始めた。先に吸われて濡れた乳首は指先で転がされている。両方の乳首を同時に刺激されてあふれ出す快楽に、下腹部は今までないくらい熱く煮えたぎっていた。 すでに半ば密着するくらい近かった体が、見悶えるたびにぶつかりあって擦れる。スカート越しの下腹部に感じる硬さがなにか、なんて確かめなくてもそれしかないにきまっていた。 「もじもじしてどうした?」 私が意識してしまったのを見透かしたように、高原が顔をあげた。くすくす笑いながら私の耳元に熱い吐息を吹き込む。びりっと電流が走ったように、体が跳ねてしまう。 「胸弄られて感じちゃった?」 くすくす笑いながら、熱い唇が耳朶をなぞる。 正解だけど素直に頷くのも悔しくて、制服の肩に爪をたて首筋に軽く噛みつくようにキスをした。 「うゎっ」 高原も首が弱点のようで、膝ごと体が揺らされる。 「まったく…」 ちっとも怒ってない笑顔が近づいてきて、仕返しするように首筋に唇が押しつけられた。熱い。焼けるように熱くてしびれていくようで、唇も、触れられているところも、撫でられている胸も、なにもかもが。 「あっ、首、やぁ………」 その動きを止めたくて、目の前の頭にすがるようにきつくしがみつく。でもそんなこと、ちっとも彼の動きには関係ないようだった。耳たぶを熱い口の中に吸い込みながら、私の体を支えるように腰にまわされていた片手がゆっくりと下へとおりていく。 「あ……」 ショーツ越しのお尻をたしかめるようになで回されて、あわてて体をおこした。 「だめ…っ」 高原の目がまっすぐに、戸惑う私の瞳を捕らえる。 ほんのわずか少し身じろぎするだけで、開かれた足の間のぬめりがすごいことになっているのが自分でわかった。触れられたらきっとすぐ高原にも気づかれてしまうだろう。 その瞬間を少しでも先に引き延ばしたくて出た言葉だったけれど、 「名取ってさ」 そっと唇を舌先でなぞられる。 「うん…?」 覗き込む瞳の色がふっと変わったような気がした。 「強引にされたいんだったよね?」 気づいた時には、胸を撫でていた手がひきとめるより早く滑り降りて、スカートの中に潜り込んでいた。だめ、と声に出すまえに、高原の指先が濡れたショーツをなぞりあげた。 「……ぁっ!」 びりびりと焼けつくような気持ち良さが駆け抜けていく。クロッチの横からすべりこませた指で襞をかきわけ、尖りきった芽をとらえて転がす。もう、声をこらえるだけで必死だった。ずきずきと激しさを増す欲望になにもかも押し流されてしまいそうで、目を閉じて目の前の体にすがりつく。濡れた音が絶え間なく響いていて、それが自分の溢れさせた蜜の音なのだと思うと、恥ずかしいのによけいに感じてしまう自分がいた。 「ふぅ……ぅん……っく………」 腰が誘うように動いていたのはわかっていたけれど、絶え間なく押し寄せてくる快感にさらされて、もうどうしようもなかった。まともに考えることすらままならない。自分の指じゃない、高原の指が私の体の一番柔らかくて無防備なところに触れている。もっと、と思ってしまう自分がこわかった。怖いのに、求める気持ちを止められない。 「こんなに濡れてるから、触っちゃだめっていったんだ?」 高原はくやしいくらいに上手に快感に緩急をつけて、私を翻弄する。男の子にされて、それが自分でするよりずっとずっと気持ちいいなんて嘘みたいだ。 「名取って感じやすすぎ。触るまえからこんなに濡らして」 「や……そんなこと、……あぅっ……」 体の奥へと続く濡れた通路が次々と与えられる快楽に耐えきれず、卑猥な収縮をくりかえす。あんまり気持ち良すぎて、もう、とうてい我慢なんてできそうになかった。 「……そんなにしたら、いっちゃうよ………っ」 息も絶え絶えに必死で訴えると、高原は嬉しそうに笑って、言った。 「じゃあいくトコみせて」 そうして、ショーツを思いきりおしのけると、蜜でぐちゅぐちゅに蕩けている襞の間に指の腹をぴったりとあてがった。くぷ、と指が蜜の間に沈む音。長い指全部をつかって入口からクリトリスにかけてをリズミカルに擦りはじめる。 動きに合わせていやらしい水音が激しく鳴りだして、下半身がまるごと溶けだしてしまいそうな快感に、もう声もだせなかった。 なにもかもがあまりにもいやらしくて、きもちよくて、薄くわらったままの高原が親指で腫れてとがりきったクリトリスを強くおし潰したその瞬間、 「あ、や、高原っ、だめ……………っ」 目の前が真っ白に焼ききれて、私はいともあっさりと昇りつめてしまった。 はげしく跳ね上がる体を強く抱きしめられる。どこかに散りぢりになっていきそうな自分が引き戻されて温かいものが満ちていく。 「はぁっ……あ………」 荒々しい息のまま、ぐったりと高原の肩もたれた。 体の奥までまだ熱がふつふつと煮えたぎっている。でもそれは物足りない、というのとは少し違う。沸騰した湯を火から下ろしてもすぐには冷めないのと同じ。 柔らかいキスがこめかみやまぶたにいくつも降ってくる。慣れた感じがする優しい愛撫が、ひどく心地よかった。甘えるように、喉元に顔をすりよせて息を整える。 私の背中をゆっくり撫でながら、やがて高原がぼそっと言った。 「名取が感じやすくて助かった」 なんてこというの、って怒りたいのに息があがりきって声が出ない。 「これ以上したらこっちも我慢できなくなるところだった。さすがに教室でこれ以上はまずいし…」 信じられない。イってしまってから言うことではないけれど、今更のようにこみあげてくる猛烈な恥ずかしさに、顔が上げられなくなってしまった。頭の上からは少し笑いをふくんだ声が降ってくる。 「こんなんで、どう?」 「……なにが?」 「セフレとしてさ。次、期待できそう?」 そっと目線をあげると、どう?と優しい笑顔で見つめられた。そういえば、その話をしているうちにこんなことになってしまったんだと、遅まきながら思い出す。 「…………うん」 「じゃあ、次はもーちょっと落ちついてできる場所だな。名取初めてだって言ってたし。名取の裸もみてみたいし」 「何言ってんのよ、ばかっ」 あまりの言いたい放題に、思わず手がでてしまった。べしっと容赦なく目の前の頭をはたく。 「いてて……」 次、というからにはどうやら今日はこれで終るつもりのようだ。でも私のお腹には硬くなったままのそれがしっかりと当たっている。なんだか、ちょっと申し訳ない気がして、聞かずにはいられなかった。 「でも、いいの? 私だけ……」 「んー。正直いうと、けっこうキてはいる。でも、これ以上ここでするのはアブナイし、名取かわいかったし、アンケートの集計もまだ終ってないし、だからいいよ」 高原が言ってることは、とても正しい。ここは教室で、放課後とはいえいつ誰がきてもおかしくないし、いつまでもこんな乱れきった格好のままでいたら、じき誰かに見とがめられてしまうだろう。アンケートは今日中に終らせなければいけないものだったし、先生から預かるとき「こんなのすぐ終りますよー」と言ってしまったから、あまり遅くなってはいぶかしがられるかもしれなかった。 正直いえばここでこれ以上進むのが怖い気持ちもあって、結局は頷くしかなかった。 「……私ばっかり胸見られて、触られて、ずるい」 自分だけあんなところを見られてしまったのが照れ臭くて、ブラウスのボタンをとめながら拗ねた言い方をしたら、高原はふと少し考える様子になった。 「なぁ、セフレってことは、俺から誘うのもあり?」 「うん。もちろん」 「じゃあ、明日の放課後、いい?」 「明日?」 あまりに急な気がしてびっくりして尋ねると、高原はあの困ったような不思議な笑顔で、私の手をとって指先に唇を押しつけた。 「うん。早い時間なら、ウチ誰もいないから。今日の続き、しよう」 |