【 第8話 】

わずかに残っていた下着も全て取り払われた。
私は裸になったけれど、高原は服を着たまま、強張った顔つきで私を見下ろしていた。
珍しいことに、高原はひどく緊張しているようだった。尋常ではなく爛々と輝く瞳でそれが極度の興奮のせいだと知れる。いつも余裕たっぷりに私を翻弄する高原が、こんなにも余裕なく昂ぶっている姿をみるのは初めてかもしれない。
うつぶせになるように言われ、掛け布団の上にそのまま体を横たえた。ベッドの真ん中に寝ていたら、もっと足元に下がるよういわれた。どんどん下がっていって、結局脛の下がベッドの端からからはみ出すくらいの位置に落ち着いた。
高原がベルトをはずしているらしい金属音と摩擦音が耳を刺す。いつもは口数の多い高原が必要なこと以外なにも話さない。これまで経験したことのない張りつめた空気が部屋を支配していた。
羽毛布団に顔を押しつけたまま耳を済ませていると、かすかな気配が動いてうつぶせた私の真後ろに立ったのがわかった。
「最初に言っとく。危ないから、俺がいい、っていうまでぜったい顔をあげないこと。それから」
押さえぎみに話す声が、かすかに震えていた。
「もしかしたら俺、上手く加減できないかもしれない。今日だけは自信ない。だから……名取がもうダメだ、って思ったら出来るだけ大きな声でストップって言って」
「…………ん」
必要の無い言葉だ、と思った。けれども、私は小さく頷いた。
「本気で痛くするから。泣き喚いても、ストップ以外の言葉は聞かないけど、いい?」
ぱちん、と試すような音が鳴る。背中を走った冷たい慄きに促されるように、私はぎゅっと目を閉じて短く応えた。
「うん。お願い。うんと、痛く、して」
次の瞬間、小気味よい音とともに背中に灼熱の痛みが走った。



部屋中で音がなってるような、大きな音だった。
同時に走る鋭い衝撃に私は叫んでいた。
手で叩かれるのと全く違う、鋭く硬質な痛みだった。
その威力を知るには、たった一打で充分だった。激痛が一瞬で頭と体の芯を駆け抜け、2打目からはひゅっと空気の鳴る音にすら体が強張った。
痛くする、という言葉そのままに、全く容赦のない鋭く、強い、切り裂かれるような痛みが、背中から太ももにかけてを繰り返し嘗めていく。
けして急くことはなく、そして休むことなく、力が緩むこともなく、ただひたすらに打ち据えられる衝撃にこらえきれず声が漏れる。
想像を越えた、それは激痛の嵐といってもよかった。
焼けるような苦痛とともに脈打つ皮膚とは裏腹に、胸のうちは恐ろしいほど冷たく冴えていく。
高原は無言で腕を振るい、私は悲鳴で打擲に応える。
鋭く打ちのめされる痛みは果てがなく、ただひたすら続く衝撃に理論だった考えはどこかへと吹き飛んでいく。呼吸と声と拍動のリズムが入り乱れ、そこにひときわ鮮やかに激痛が上書きされる。自分が叫んで体を跳ねうたせていることも意識できなくなっていく。
痛い。痛い。痛い。苦しい。
気が遠くなるほど、終わりのないこの苦痛こそが、正しい。
何十回となく打たれている肩口は既に肌が裂けていてもおかしくない。
繰り返される痛みに麻痺して鈍りかけた痛覚も、わずかに間を置けばまた新たな苦痛となって私の意識を引き裂いていく。
既に痛みと熱の境が消え、ただジンジンと背中が燃えるように焼けつき、そこからは絶えず意識を切り裂くような信号だけがやってくる。
開きっぱなしの口の中は乾ききって、吸い込む息が冷たく肺を冷やす。絶えず吐き出される声と息もつかない音が部屋に押し出される。
背中も、わき腹も、尻も、そして太ももも、全身が激しい熱と痛みとともに脈打って倍ほどに腫れ上がってしまっているような気がした。
一体どれほどのたうっていただろう。いつのまにか打擲は止み、自分のものだけではない荒い息遣いが部屋に響いていた。
「……………」
もう終わりなのだろうか。尋ねようとしたけれど、声は出なかった。
振り返ろうと痛みに強張る体をわずかに動かしかけてから、顔をあげるな、と言われたことを思い出して、ふたたび布団に顔を落とした。
「名取」
「………ん」
「大丈夫か」
「ん」
「まだ続けられるか」
「…ん」
高原の声はかすれている。私も思うように声がでない。押し出すように呻くだけで精一杯だ。
そうしてまた空気を鳴らして激痛が背中を、腰を、足を、襲う。
気が遠くなりそうなのに、気を失うこともできない。ただ繰り返される苦痛に体だけが反応する。
全ての望みが消えて痛みだけが私を支配する。
何もない。ただ痛みだけがあって叫んでいる。高原が私を打ちのめしている。苦しいのに、止めて欲しくない。この果てなく荒れ狂う痛みのなかにとどまっていたい。どうしてだろう。辛くて逃げ出したいのに、他にはなにもいらないとさえ思える。打たれるほどにもっとと乞う気持ちが大きくなる。耐えられない、と思う自分と、このまま痛みに埋もれてしまいたい、と願う自分が等しく存在している。
与えられた制止の言葉などとうにどこかにかき消えていた。
意識と体の境界が曖昧になり、絶え間ない痛みだけが浮き上がった私の心を体に縫いとめる。
ふと、苦痛の檻に閉じ込められていた意識がゆるやかに引き戻される。また痛みが止んだのだ、と気づくと同時に、なにかがぶつかる鈍い音がベッドの下から聞こえた。
何がおきたのか、苦痛に鈍った頭では起きていることを瞬時に認識することすら満足にはできない。
答えはすぐにやってきた。
不意に冷たい手が、打たれて真っ赤に火照っているであろうお尻に触れた。
「っ!」
腫れあがり、いく筋も走っているであろうベルトの痕を一つひとつなぞるように掌が動く。その都度生まれる鈍い痛みに、軋む体がまた震える。
「…………?」
ふいにベッドが揺れてスプリングが大きく傾ぐ。腕だか膝だかをついたのか。伏せた私の背中に、なかば覆いかぶさるような位置から高原の熱い吐息があたった。
「あっ!」
どうしたのか、と問う間も与えられないまま、突然お尻に噛みつかれた。
「あぁっ! あ………ッ!」
腫れ上がって傷ついた肌がさらに激しい苦痛を訴える。
鋭い牙が肉を割り、ぎりぎりと全力で筋肉を押し潰す。
無意識に逃げようと身じろぎするその些細な動きさえ蹴散らすように、高原は私の尻をしっかりと咥えたまま乱暴に頭を振るった。尻肉ごと腰が持ち上げられ全身が揺さぶられる。
理解できない状況にたまらず悲鳴が上がる。ほんとうに肉ごと引きちぎられてしまってもおかしくない。半歩遅れて喰われているのだ、と相乗された激痛の中で理解する。
「や、ぁ…………っ!」
噛みつく歯は尻からわずかずつにじるように上へとのぼりだした。張り出した腰骨からやわらかいわき腹、そして背中へと容赦ない激痛と歯型が刻みつけられていく。打たれる痛みとはまったく違う。たまらず体をよじれば、噛まれてる場所とひりつく背中の痛みに倍、声をあげることになった。
「あぁっ!」
背中のけして厚くはない肉や皮が、牙をねじ込むように強く激しく噛まれていく。私がもがいていることなど、高原はまったく斟酌しない。ただ目の前にある肉を押さえ込み、歯を立て、噛みしだく。その繰り返し。ひときわ腫れあがっているであろう肩口を噛まれる頃には、もう思うように言葉すら出ず、肺から口へと空気を押し出しながら、ただわずかに体をのたうたせるしかなかった。
「名取」
熱い吐息が耳を打つ。唇でなぞる薄い耳の縁にも容赦なく歯が立てられた。
「ぅあっ」
「……大丈夫か」
問う声が荒々しく乱れている。安否を尋ねる合間も、その歯は更なる苦痛を引き出すためかうなじの柔らかい皮膚をさぐっている。
「………ん………あッ いッ……っ」
背後から獲物を襲う吸血鬼のように、柔らかく首筋に噛みつかれた。
いたい、と口にしたけれども、それは背中やお尻を噛まれていたときに比べれば甘噛みも同然だった。薄く汗をかいて冷えた肌を味わうように吸いついては歯を立て、また唇をはわせる。それはむしろ苦痛よりも甘い痺れをも私にもたらした。
「悪い。なんか、俺…………」
肩越しに頬と頬が触れ合う。背中にはけして触れないよう注意深く覆いかぶさり、けれども押しつけられたその頬は酷く熱く、荒々しい息遣いに震えていた。
「………だい、じょうぶ……」
少しかすれていたけれど、なんとか声を出すことができた。
「ちょっとやりすぎた…背中、傷になってる。ごめん」
「いい………、わたしが…………痛く、して、って………」
言ったんだから、と声を押し出したけれど、ちゃんと高原に聞こえたのかどうか。
「名取………」
高原がいまどんな顔をしているのか伏せたままの私には全くわからない。顔のすぐ横についている筋肉質な腕はかすかに震えていた。
「……かお、見せて……」
唯一動かせそうな指先を、すぐそばにある大きな手へと伸ばそうとした。
ひどく体が重い。背中だけではなく全身が燃えるように激しく脈打ち、鼓動にあわせてじんじんと痛みを訴えている。
ほんのわずかな、普段ならなんでもない動きで、背中や腕の皮膚がひきつれて悲鳴をあげる。声だけはなんとか飲み込んでも、表情がゆがんでしまうのはどうしようもなかった。
「………ああ」
一拍おいてから目指していた手が動いて、冷えた掌が柔らかく包まれる。
と、大きな体が背後で動いて、ベッドが勢い良く弾んだ。脇の下に腕を差し込まれたかと思うと次の瞬間視界が大きく動く。じっとしていてさえ痛みで痺れる体を無理やり動かされる苦痛に呻きながら顔をあげると、仰向けになった高原に乗りあげるような格好になっていた。
ようやく正面からまみえた高原は、とても苦しそうな顔をしていた。
目線があったかと思うと、荒く頭を押さえ込まれて唇と唇が重なった。
あたりまえのように滑り込んできた舌が意識と口の中をかき回す。乱暴に吸い上げられて、まるで魂まで吸い込まれてしまうようで、あっというまに取り戻したはずの思考が攫われる。
「はぁ……っ、たかはら……?」
ほんのわずか唇が離れたすきに呼び止めると、ようやく気づいたように目を見開いた。
「…………」
互いに乱れきった荒い息はなかなか整いそうもない。ふと下腹部に押し当てられたそれが、硬く強張ったまま震えているのに気づいた。
「……くるしい……?」
応える代りに顔がしかめられる。それが自分の身じろぎのせいだ、とわかって、ようやく私は次に為すべきことを理解した。
「…ね……なめさせて…」
痺れて自由にならない体をなんとか起こそうと腕をつく。が、思うように力が入らず、無様にその腕が崩れた。全身にはしる衝撃にこらえきれずうめき声が漏れる。
「いや、いい。少しすれば収まるから」
「ちがう…………口、を………犯してほしいの…」
私の稚拙なすりかえは、すぐに気づかれてしまったようだった。
「………口でいいの?」
かすかに汗ばんだ顔がくしゃりと苦笑する。間近で見上げる瞳から、狂おしい光がかき消える。ほんのすこしだけ、惜しむ気持ちが胸の奥に生まれる。
「口が、いい……」
何かを奪い取る男の顔から、女の子に甘い高原の顔になる。
しょうがないな、と、諦め悪くもがく私を体ごと持ち上げるように上半身を起こしてくれた。
「相当しんどいだろ。もう少し休んでればいいのに」
「だって…」
呆れたような口調はいつもと同じ。それでも上手に体を動かして、私の顔を自分の腰あたりへと下ろす。服越しでもわかる、熱のこもった体。のろのろと手を伸ばして、制服のズボンをつきあげているそれに触れる。顔を寄せたら、濃い高原の匂いがした。
「まってたら……柔らかく、なっちゃう」
先回りして大きな掌がファスナーをあけ、前をくつろげた。首を伸ばして誘われるまま下着に顔をこすりつける。
「硬いのが好き? ってかちょっと待て、って」
その顔を半ばおしやるようにして、膝上まで下着が下ろされる。私は高原の足に上半身を預けているから、そこまでくらいしか下ろせないのだ。
「うん、すき……うれしい…」
ようやく目の前に現れたそれに頬をこすりつけるようにして囁く。薄い皮膚の下で脈打つ不思議な感触にそのまま唇をおしつけて、首だけで動ける範囲で根元から先にかけてを幾度も舐め上げていく。いつもでさえとても上手とはいえない出来だが、今日はさらにぎこちないに違いない。
それでも、私が望むままに打ち続けてくれた高原に、なにかお返しがしたかった。
あまりに激しい苦痛にさらされた体は、私の望むとおり欲情や快楽からは遠く隔たって、残る痺れでどこかふわふわ浮いているような感覚さえある。
だからといって、これほどまでに昂ぶっている高原をそのまま置いておくなんて考えられない。せめて口でだけでも、満足してもらえたら。
「もどかしかったら、うごいて……わたしの、くち、使って……」
大きな掌が、優しく髪を撫でる。
やがて、ゆるく高原の腰が動き始める。私の口の中をさぐるように、ゆっくりと硬いそれが入ってくる。自分では動けない分、せめて舌と唇を密着させるよう意識を集中する。舌先を細かく動かし、はりつめた先端のくぼみのひとつひとつを丁寧になぞる。
高原の動きはあくまで緩く浅く私を労わるようだった。
でもそれでは達するにはほど遠いはず。満足してもらえなければ意味がない。私は突き上げてくる動きにあわせて、深く飲み込むように首を伸ばした。
「ぅ……ぐ…………」
息苦しさに、思わず声が漏れた。目を閉じて、えづく寸前のところまで受け入れる。間違って深く喉を突いてしまわぬよう私の頭を抱えている掌に、力が入るのがわかる。
私の口の中で硬く熱く質量を増すそれを、幾度も自ら深く飲み込む。
やがて私の意図を汲んでか、高原自身も激しく腰をゆすりはじめた。乱暴に、無軌道に口の中がこすられ、吸いついたまま歯を立てないよう注意するのが精一杯になってくる。
高原の皮膚の上の、ほんのわずかな隆起さえはっきりとわかるようになって、高原がこの行為に感じてくれる快感がじかに伝わってくる。そのことがただひたすらにうれしい。触れる部分をことさらに密着させるためにきつく吸い上げて、いよいよくっきりとした傘の先を舐めまわす。
「名取……っ」
私の口に腰をねじ込む動きがいっそう深く激しくなる。まさに口を、口だけを犯されている。口が性器となって、高原に蹂躙されている。息苦しさと揺すり続けられる苦しさに、頭がぼんやりしてくる。それでも、口内を擦られる感覚はおそろしいほど快楽に近しく私の意識を侵食している。
「く………っ」
うめき声とともに、まるで引きむしるように、私の口からそれが引き抜かれた。
「あ………っ」
まだ、終りではないはずなのに。おそらく私は、とてももの欲しそうな顔でそれを目で追っていたはずだ。たった今まで自分を満たしていたものが一方的に抜け出てしまったことが、ひどく理不尽に感じられたのだから。
「名取、上に乗って」
急くような声を、私はすぐには理解できなかった。
「……え? うえ?」
「そう」
高原の腕が勢いよく私を上へとひきあげた。ちょうど腰の辺りをまたぐ格好で膝立ちになる。ともすれば力が入らずふらつく体を、なんとか高原の腕に縋って支える。打たれて時間とともにひりひりと熱を増している背中がその動きで引きつれ、途切れることの無い痛みを訴える。思わず顔をしかめた私を労わるように、大きな掌が腰と頬に添えられた。
「そのまま、自分で入れてみせて」
それは私の口ではいけないということなのだろうか。
高原にはいつも与えられるばかりで何も返せない。だからせめて気持ちよくなってもらいたいと言い出したことなのに、ちゃんと最後まで導くことさえできないなんて。
背中の痛みのせいだけではなく、私はかなり情けない顔をしていたに違いない。
「ちがう。俺のほうが、我慢できなくなった。ごめん」
高原は頬をなでている掌をすべらせ、親指でついいまさっきまで高原のモノを受け入れ濡れていた唇をゆるくなぞった。
「口なんかじゃダメだ。名取を犯したい。だから、欲しいところまでちゃんと自分で入れて」
優しい瞳と優しい声で、高原はとんでもないことを言った。思わず目をしばたかせ、言われたことを理解すると同時に頭の中がかっと熱く火照った。それだけじゃなく、腫れ上がって熱をもった背中ごと全身が再びどくどくと勢いよく脈打ちはじめる。
「ほしい、ところ……」
欲しくなんかない。そう言うはずだった。
気持ちよくなるのは嫌だと、打たれて痛みに泣いたあの気持ちは嘘じゃなかったのだから。
それなのに、高原のその一言はからっぽになってなにも無くなってしまったはずの心を丸ごと震わせてあっというまに裏返してしまった。
なぜだろう。高原の言葉に、頭の中がかき回される。
絶え間なく神経に入り込んで意識を侵食している痛みが、血管を通って全身へとさざめくような熱を運ぶ。
ゆるく唇をなぞっていた親指が、誘うように濡れた粘膜の隙間にすべりこんできた。考えるより早く舌が伸びていた。ごつごつした形をなぞるように絡めて、さっきまで高原自身にそうしていたように、吸いついて濡れた愛撫を繰り返す。
逡巡は浅い息を重ねるたびごとに、溶けて消えていった。
「…………」
注意深く膝に力をいれ、軋む体をねじ伏せて尻を持ち上げた。うまく力が入らずぐらぐらと震える体はなかなか思うようにならない。奇妙なことにそのもどかしさが私をつき動かす。少し突き出すようにすると、目指すそれが、股の間を軽くなぞった。そのわずかなその感覚に、思わず声がでそうになる。揺れる私の表情を、高原は薄く笑みをうかべて見つめている。
親指をくわえたまま、ひたと見据える黒い瞳と視線をからませて、ゆっくりと腰を下ろしていく。
やがて触れ合った花と先端からくちゅりと濡れた音が聞こえてくる。
愛撫一つうけなくても、そこはぬるぬると蜜をあふれさせている。
でも、それがなんだというのだろう。快楽のかけらも無いただ気が遠くなるような痛みのなかで、泣いて泣いて全てを吐き出してしまったら、自分を疎むことさえひどく無意味なものに思えた。
ただ一つわかっていることは、私が正視に堪えないようなひどい痛みを求め続けても、どれほど果ての無い欲望をさらしても、そして痛みと快楽の境さえ見出せずにこうして求めてしまっても、高原は決してその瞳をそらさずにいてくれるということ。
ずれないように襞の間に丸みを帯びた頭を食いこませると、割り開いていく硬い感触を知らず味わうために、浅く息を吐いた。
「はぁ………あ………………っ」
高原が、私の体の内側をはっきりと擦ってずるりと奥まで入ってくる。火照る胎内よりももっともっと熱い、高原のそれ。気がつくと背中の痛みなどお構いなしに、一番奥を押し上げるまでしっかりとくわえこみ、お尻を押しつけてあえいでいた。
「ここまで犯してほしいんだ?」
何もいえずに息をあらげている私の膝を撫でながら、あやすような口調で高原は笑う。
犯す、という言葉は加害者が一方的に貪ることを意味する。それなのに、被害者になるはずの私が自分からねだっている。
唇からは甘いため息しか出てこない。高原はそんな私を深い声で、さらに奥底まで暴いていく。
「膝をたてて、入ってるところを俺にみせて」
「…………ん………」
言われるまま膝をたてて、よくみえるように足を開いた。バランスをとるために高原の硬い膝を掴むように後ろに腕をつく。
背中を走るはりつめた痛みに、くわえこんだそこがきゅんと甘く呻いた。わずかな身じろぎに押し出されるように蜜が染み出して、溢れていく。きっと高原の根元に纏わりつくように、流れてしまっているだろう。
「んぁ………」
「指でちゃんと開いて、奥までみえるようにして」
「…はぁ………ん…………高原ぁ…………」
あやつられるように 手が下肢にむかう。恥ずかしい。でも見られて恥じる気持ちよりも、暴かれる悦びに昂ぶる私の体を高原は自由に操る。
体の中で高原がさらに大きさを増して、脈打っているのがわかる。指を滑らせながらぬめる花びらを広げた。そして、繋がってるそこを見せつけるように、足をさらに限界ぎりぎりまで開ききる。その瞬間、激しい興奮がつきぬけてぶるっと全身を震わせた。
「よしよし、ちゃんと根元までしっかりくわえてるな。じゃあそのまま腰を動かして……」
反らされる気配のない瞳に濃い欲望の色がまたたく。高原のこの瞳が一番好きだ。この瞳は決して私を裏切らない。私を逃がさない。
いわれるままにゆるく押しつけるように腰を揺らしはじめる。まだ体が思うようにならず、ぎこちなくしか動けない。それなのに、ぞくぞくと体の中心を駆け抜ける快感に、私は感じたくないと叫んだ口から甘ったるいあえぎ声を漏らしていた。
「あぁ……あ、あっ、たかはら、あぁ………だめぇ……」
「なんでダメ?」
「……私が気持ちよくなっちゃ、だめなのに……っ……あぁ……」
動きを止めることなんて出来なかった。言葉とは裏腹に、自分で一番気持ちイイところにあたるように、そこを擦りつけてしまっている。固くはりつめた高原を味わうためにきつくきつく腰をよじってしまっている。背中を波打たせるたびじんじんと訴えかけてくる痛みでさえ、いまや快楽を底上げするだけの効果しかなかった。
「まるで俺のをバイブがわりにしてオナニーしてるみたいだな。クリも触って、いつもひとりでする時みたいにしてみ?」
「やぁ…………っ」
高原は身動き一つしない。酷薄そうな笑みをうかべたまま視線で全身をなめまわすだけだ。それでも私を内から擦りあげているはりつめた性器が高原の中で荒れ狂う激しい欲情を私に教える。
どんなに恥ずかしいことだったとしても、高原が口にしているのは私の欲望だった。いやらしく腰を揺らしながら、開ききった足の間でぷっくりと膨らんで頭をだしている小さな芽を、指先でちらりと撫でる。
「あぁんっ!」
鋭い快感が突き抜けて、奥底がきつく収縮する。この気持ちよさを味わってしまったらもう逃げ道なんてどこにもない。動き出した指は痺れるような快楽を産む小さな器官を焦らすようにこねあげ、見られてなお、いや見られて更に次々と激しい快感を生み出していく。
「はぁっ、ああ、たかはらっ、だめ、これよすぎる………っ」
寝転んだ高原の上でひとり腰を揺らし、ときにいやらしく回しながら、自分でするときよりも激しくクリトリスを転がして快楽を貪る。鋭い背中の痛みがふりかけられたスパイスのように快感を変質させ、純粋な快感の何倍もより深いところまで心と体を侵してくっきりと焼きつく。恥知らずな行為。でもそれが気持ちよくて自由で気が遠くなりそう。
「名取の指使いやらしいなあ。いつもこんなにクリを腫らして、エロく腰振ってオナニーしてるんだ?」
「あぁっ、や、違う、ちがうの……っ、ああっ、でもいいっ、これ気持ちイイ……っ」
ぐちゅぐちゅと卑猥きわまりない音が、こすれあう部分から沸き立って意識を焼く。
「俺のでオナニーするの気持ちイイ?」
びくりと体が大きく跳ねた。今自分がしてることはオナニーなのか、セックスなのかわからなくなる。私の体の中には高原がいて、高原の声で昂ぶって、でも快楽を操っているのは自分で、でもそんなことよりもただ気持ちイイことだけであっというまに一杯になってしまう。
「やぁっ、あっ、高原のっ、いいのっ、ひとりでするよりいい………っ、だめ、だめすぐいっちゃう………っ」
「俺のでずぼずぼ奥までかき回して、一人で腰振って、オナニー見られてるのにいっちゃうんだ?」
「あ! いやっ、いや、言わないでっ、あああっ、たかはらっ、ああっ!」
「触ってもないのに乳首もこんなに尖らせて、自分でうごいて気持ちよくなっていっちゃうんだな。ほら、やめちゃダメだよ。いやらしくいっちゃうとこみせて」
「あぁっ、高原っ、やぁっ、おねがい、いっしょに……っ」
「ダメ。先にいきな。まだまだこれからなんだから」
高原の指が固くとがりきった乳首をひねり上げ、ギリギリで踏みとどまっていた背中を快楽の坩堝へと突き飛ばした。
「あ! ああっ! たかはらっ、いや、いや……あ! ああああああっ!」
のけぞった体ががくがく跳ねて、あっというまに浅い絶頂に押し上げられる。真っ白なものが芯ではじけて皮膚の外へ飛び出していくような不思議な開放感。
「俺はダメになっちゃってぐちゃぐちゃになってる名取じゃないと全然物足りない。………だから今、すげー興奮してるの、わかるだろ?」
くん、とくわえ込んだままのそれが奥で跳ねる。
飽和した快楽に浮き上がっていた意識がまた体に引き戻され、間髪いれずに小刻みに下から突き上げられた。あっというまにまた小さな絶頂まで連れて行かれて、白く溶ける愉悦に体が抑えようもなくがくがくと跳ねた。
「んぁっ、ああ…………っ! あ…………っ!」
「ほら、休んじゃダメ。もっと俺を気持ちよくしてくれるんだろ?」
「はぁっ、あ……あぁ……あん………っ……あぁ………たかはらぁ……あっ、はぁっ……」
言われるままに再び腰を揺らしはじめる。自分がどう動いているのか、全然わからない。のぼりつめたばかりの体にはそのわずかな動きでさえ膝に力が入らなくなるほど強烈な刺激だった。高原はそんな私を下から揺さぶってリードしながら、まったく違うリズムで容赦なく乳首をひねり上げる。
「名取だけじゃなくて……俺だって変態だよ。叩かれて痛がってる名取にちんぽおっ勃てて、こんなふうにオナニーさせて興奮してるんだから……」
囁く言葉は耳には入ってもそのまま素通りして、のぼりつめたまま降りきれないでいる私の鼓膜を心地よく振動させる。
「んぁっ、はぁっ、たかはらぁ……あぁっ、だめ、だめぇ………」
「何がダメ? 名取のココは俺を締め付けて、もっとってねだってるじゃん」
「やぁ……っ……あぁ、はっ、あんっ……そんな…壊れちゃう…っ、おかしくなっちゃうよ……っ」
「たとえ名取が壊れても、やめないよ。俺が満足するまでは」
「…………っ、はぁっ……………ん………っ」
ふと息をついた瞬間目と目が絡み合う。
高原の瞳は激しい焔にも似た欲情に燃えていて、押し殺すように囁いたかすれ声が、嬲るためではない本心を私に教える。
「して………高原が、欲しいだけ、犯して………っ」
身震いするほどまっすぐに中心を貫いた、それは欲望だったのか。悦びだったのか。
答えの代わりに深く強く突き上げられて、火照りきった体がまた震えた。
「いっぱいして、壊して、めちゃくちゃに、してっ。私をバラバラに…っ、ああっ、や……あ………っ!」
子宮を突き破られそうな強い衝撃が容赦なく襲ってくる。続けざまに突き上げられて激しく揺さぶられ、自分の体がもうどう揺れているのかさえもわからなくなる。今感じているのは果して快楽なのか苦痛なのか。ただ、体の一番深いところだけが高原を受け止めて、その衝撃と快楽と苦痛に幾たびも震える。
気がついたらベッドの上にうつぶせに引き倒されて、腰を高く持ち上げられていた。
引き抜かれて生まれた空白によってそれを認識した次の瞬間、また深く抉られて叫ぶ声もでないまま息を吐き出す。
「………ぁ、はぁ………………っ、たかはら………っ、あ、ああっ、は…………」
激しく揺さぶられるたび、腫れあがった乳首が乾いたシーツで擦れる。たったそれだけのことで、愉悦のレベルが簡単に跳ね上がる。
押し込まれ、突き崩される。
自分の中にある空白が、一突きごとにバラバラになっていくそんな錯覚。
一瞬、信じられないほどの熱が、溺れる背中の上を一閃した。
「あ………っ」
背後の高原の腕の動きで、背中に爪を立てられているのだと気づく。痛みでも痺れともつかない激しい灼熱が、繰り返し背筋を駆け下り腹の奥に満ちて噴き出していく。
「や、なに……っ、やぁぁぁ…………っ」
自分の体になにが起きているのか、慄いて逃げ出そうする気持ちとは裏腹に体は快楽に溺れ切って、更なる高みをもとめて自ら揺れてさえいる。ジンジンと痺れるような気持ちよさに体の奥底がたまらず波打つ。
「たかはらぁ……っ、や、あ……………っ」
「……名取」
低くかすれた声が、意識の隙間に滑り込んでくる。ただ名を呼ぶ、それだけなのに涙が出そうになる。
夢中であえぎ、叫ぶ合間にこわい、と言ってしまったかもしれない。
高原はこわくないと笑っているような声で言い切って、シーツを握りしめる手に汗ばんだ手を重ねた。そして、更に私を深く突き上げて、わずかに残った意識を勢いにまかせてそぎ落としていく。
「く………っ」
不意に鋭く硬い歯が再び肩口に押し込まれた。痛みではなく衝撃と肌を焼く熱に声が漏れる。生まれるはずの痛みは一体どこにかき消えてしまったのか。
そんなささいな疑問に思い巡らす余地さえ与えられなかった。高原は耐えるように私の肩をきつく噛みしめて動きを早めた。
暴れる下肢と押さえ込まれる肩口の間で快楽だけが勢いよく圧を増して頭の中を白く染めていく。砕かれそうなほど強く噛みしめられている肩口がひときわ熱く痺れて、みるみるうちに私は幾度上り詰めたかわからない絶頂へと再び押し上げられていく。
恐れも疑問もなにもかもう意味を成さない。
それはもうすぐ目の前まで来ていた。
「あ、あ…………………っ」
のけぞりきった体にごり、と音がしそうなほど深く深く押し込まれ、声をあげた瞬間、全てがはじけ飛んだ。



「うわっちゃー」
どこか呆けたような、間抜けな声で我に返った。
肩口から腰にかかっていた重さが動いて、汗に濡れた肌と肌の間にひやりとした空気がすべりこんでくる。
「肩に歯型くっきり。これ痣になっちゃってるな。名取ズタボロだ」
汗で冷えた指先が、つい先ほどまで噛みつかれていた肩口をなぞる。全部自分でやったことなのに、他人事のような言い方がおかしくて思わず笑ってしまった。
「………背中も、だっけ……?」
「ああ。打ち身と擦り傷と…蚯蚓腫れと……一つや二つじゃないから、風呂に入ったら相当染みると思う。ごめんな」
「シャワー、水にしたほうがいいかな…」
「そうかも。あとでやってやるから、もう少し休んどけよ」
「ん…」
大きな掌が汗ばんで濡れてはりついた額の髪を掻きあげる。甘やかすようなその感触が、疲れて重たくなった体にひどく心地よく感じられた。そっと目を閉じて深く息を吐き出す。
全身が水を吸った毛布にでもなったみたいにだるくて、指一本動かすのさえ億劫だ。でも。
「……たかはら」
「うん?」
「……………ありがと」
他の言葉はなにも思い浮かばなかった。
撫でてくれる掌にそっと頬をすり寄せる。
「……ん」
静かな返事の声とともに、柔らかな唇がこめかみに押しつけられた。