ピアス 〜 SIN番外編 〜
【 後 編 】

「また、ぼーっとしてる」
 香菜の指が、智の二の腕を軽く抓りあげた。
 ちょっと拗ねたような表情で、またキスをねだる。
「他の女の子のこと考えてたら、噛むわよ」
 お気に入りのキスの合間に、そんなことを言う。
 バカだな。ずっと、香菜のことしか考えてない。
 でもそれは口には出さない。言えば、香菜を縛りつけてしまうような気がした。
 年の割には多すぎるほどの女性経験も、みんな香菜の姿を追い払う為だけに費やされてきた。それでも、最後の瞬間に思い浮かべるのは、いつも香菜の顔ばかりで。
 比喩でもなんでもなく、智にとって香菜は「運命の女」だった。
 誰もが巡り合うわけではない。
 けれども一度出会ってしまったら、魂に刻まれて決して消すことなどできない恋。
「香菜」
 耳元に声を吹き込みながら、生まれたままのその体をたしかめるようにまさぐる。
 毎日こうして触れていても、黒い染みのように、心から拭えない闇がある。
 香菜の上に、決して消えない自分の跡を残したかった。
 香菜が自分のものであるという、確かな実感が欲しかった。
 こんなに近くにいても、前よりも香菜を遠く感じてしまうのは何故なのか。
「んっ…!」
 胸元の白い谷間に、小さな赤い花の色がつく。
「痛い?」
「ううん、いいよ……もっとつけて」
 智の気持ちを読んでいるかのように香菜が囁く。
「痛いのが好きなの?」
 そんなつもりがないのを知ってて、言う。
「…違うよ。智のしるしが欲しいの。そのためだったら、痛いことなんかいくらでも我慢できるよ」
 いつものようにつっかかってはこないで、かわりに熱っぽい声が、唇の柔らかい感触とともに首筋からはい上がってくる。
「一つだけ、私が智にだけはあげられないものがあるわ。…なんだと思う?」
 熱く濡れた唇が、肩口から耳もとへ幾度も押し当てられた。
「…なんだろ。わかんないな」
 きまじめに結ばれた口元から答えを予測したけど、知らないフリをした。
 香菜の手が、智のシャツを引きはがしていく。
 途中焦れたように、智の腕を引いて体勢を入れ替えた。
 体をかさねて、むきだしになった智の胸にキスの雨を降らせる。
「私がこれから経験してく痛みの中で、子供を産む痛みだけは、智にはあげられない。智と私の間には、何も残せない。……兄妹という絆のほかには」
 くり返されるキスの合間に、赤い花が散る。
 香菜は飽くことを知らない様子で、智の胸に唇を押し当てていく。
「女になった最初の痛みがもう消えてしまったように、智に抱かれたこともいつか時間に流されて消えていってしまう。でも、そんなの絶対イヤ。だからこそ、はっきりとした智の跡が欲しかったの。血のつながりなんかじゃない、恋人としての智のしるしが」
 もどかしそうに、香菜が智のズボンの前を開き、中で強張ってるものを優しく撫でまわしはじめた。
「キスマークなんてすぐに消えるだろ」
 顔を隠してしまっている長い髪をかき上げてやる。ズボンを下ろそうとする香菜を助けるために腰をあげると、一緒にトランクスまで引き下ろされた。勢いよく、猛ったものがはねあがり、香菜の乳房を叩く。
「ピアスの話をしてるのよ」
「ピアス?」
「そうよ」
 香菜の手がすぐ、熱くなったものにからみついてきた。
 愛おしそうにそれの形をなぞっていく。
「だめだよ、香菜」
 智は低く呻いて、その手をひっぱった。
 何も隔てるもののない体を押しつけあうように、きつく抱きしめあう。
 愛しい存在がいま、確かにこの腕の中にいる。
 それ以上の幸せがあるだろうか?
 切ない気持ちのままに、香菜の頬にほおずりをした。
「愛してるわ。智」
 香菜は顔をあげ、智の唇に軽くキスをした。
「こうしてずっと二人でいられるわけじゃないけど、この先、私が誰といても、ピアスをつけるたびに、私は智を思いだすわ」
 香菜の色素の薄い瞳が、真っすぐに智をみつめている。吸い込まれそうな錯覚。
「誰からもらったどんな高価なピアスをつけたとしても、このピアスホールをあけたのは智」
 香菜の指が、そっと智の体をなぞっていく。
「一番最初に、体を開いてくれたのも智」
 その感触と、熱っぽい言葉に、じわりと欲望の火が灯る。
「ファーストキスは?」
「それも智だよ」
「え?」
 驚く智に、香菜はいたずらっぽく笑ってみせた。
 そして、ちょっと照れたように智の首筋に顔をうめ、
「小学生6年生の時にね、寝てる智の唇に、キスしたの。…こっそりね」
と告白した。
「マジ?」
「うん。……だから、ファーストキスの相手も智」
 香菜はふいに体を起こし、真っすぐに智と向きあった。
 熱っぽい声が智の耳にすべりこんでくる。
「ずっと、忘れないで。私は死ぬまで智のものだよ」
 再び唇を重ねてきた香菜をきつく抱きしめ、智はそのまま体を半回転させて、柔らかな体を組み敷いた。
 熱く濡れた口腔を舌で蹂躙し、くまなくなぞっていく。
「智…ん…」
 舌先を吸い上げ、いやらしくからめると、智の体の下で、香菜が身をよじらせる。
「愛してる…智……全部智のものにして」
 嵐のようなキスの合間に香菜のかすれた声がこぼれて、また次の瞬間言葉が塞がれる。
「香菜…!」
 突然の荒々しい欲望につき動かされるように足の間に体をわりこませ、まだ愛撫もしていないその部分に、強引に堅くなったものを押し当てた。
「あ……っ…!」
 香菜の体が突然の進入に強張る。かまわず中の抵抗をむりやり押し切り、香菜の体内に自分を1センチずつ、めりこませていく。
「……くぅ……ん…」
 愛おしい。
 でも、それ以上に、言葉にならない感情の奔流が智を動かしていた。
 きつく眉をよせて、痛みに耐える香菜を見下ろしながら、自分を締めあげる花の感触に酔う。もうこの先へと進めない部分まですっかり押しこんでしまってから、あらためて香菜の体をまさぐりはじめた。
 感じやすい耳元を唇だけで噛むと、それだけで自分を包みこんでいる部分がきゅ、と震える。耳のふちを軽く噛みながらはいあがっていき、その中に舌を押し込む。
びくり、と逃げる体を押さえつけたまま、幾度も耳への愛撫をくり返した。
「や、耳…だめ…っ」
 香菜の息がすっかりあがってしまうまで、智の唇は香菜の耳と首筋をくまなくはい回った。
 やがて舌はゆっくりと首筋から鎖骨におり、その下でおもたげに震えているふくらみに到達した。
 弾力があるくせに信じられないくらい柔らかな乳房を掌で確かめながら、もう一方の桜色の先端を舌で舐め回す。丁寧に乳輪をなぞっては、敏感な先端をころがされるたび、楔をうちこまれた腰がうねり、中のそれを溶かすように蠢く。
 淡い桜色だった乳首が濃いバラ色になり、その存在を主張するようになったのをたしかめてから、もう一方をまた同じように責める。その間も、指先は休むことなく、唇から開放された乳首をつまみあげ、その先をこすりあげている。
「あぅ……っ……んん……」
 口と指先でかわるがわる両方の胸を刺激され、香菜は甘い声をあげた。
 中に押し込まれた存在をひしひしと感じながら、胸から直に腰の奥にすべりおりてくる快感に、耐えきれずいやらしく腰を動かし始める。
 乾いたままぎこちなく智を受けれいていた部分は、いつのまにか溢れてきた蜜で身じろぎするたびにくちゅ、と湿った音を漏らしている。
「香菜、もう感じてるの?」
 その言葉と同時に指先で押しつぶされた乳首から、痛みとともに痺れるような快楽が走る。
「あ!……ちが…っ…」
 いいながら、腰は絶え間なく揺れ、中の楔を締め上げた。
「うそばっかり。香菜のここ、さっきは全然濡れてなかったのに…いまびちゃびちゃだよ?」
 楔をつたって流れ出してきた蜜が智の股間をてらてらと濡らしている。
「自分でこんなにいやらしく腰をうごかして…」
 耳元にささやきながら、動きを止めようとする香菜をそそのかすように、くい、と軽く奥に突き上げてやる。
「んぁっ!」
 荒い息をはいて、濡れた瞳で智を見上げる香菜。
「イジワル言わないでよぉ…」
 じれったそうに腰をもじもじさせながら、智の首に腕をからめる。
「イジワルじゃないよ。……こうやって言われるの好きだろ?」
「……そんなの、好きじゃないよ」
 首筋に顔をうずめて、いやいやをする。その背中を抱きしめてやりながら
「だって、俺がこうやって言うたび……」
「…あっ…」
 くっ、と中でそれを自己主張させる。
「香菜がこれにぎゅってしがみついてくる。……そんなに気持ちいい?」
「やだぁ…っ!」
 泣きそうな香菜の声に誘われるように、荒々しく腰を揺さぶりはじめた。
「あ!……ああっ、とも…とも…っ」
「香菜の中…すごく熱くなってる」
 せつなそうに眉を寄せて、香菜はくり返される嵐のような快楽に溶かされていた。
「んん…っ、だって…気持ちいいよぉ…っ」
「…俺も気持ちいいよ。香菜の中、すごくイイ」
 ぬめるような花びらを先端で押し広げては、引き、また気持ちのいいそこにもぐりこむ。
「とも…あ…あいしてる…とも…っ…あぁっ!」
 次第にきつくのけ反ってくる体にきづいて、智はピッチをあげた。
「香菜、もう少しだから……一緒に……」
「…うん…一緒にいこう…んんっ…くぅ……っ……」
 奥まで智を受け入れようと浮き上がった腰を抱えて、欲望のままに花に腰を打ちつけた。
 絶頂間近で充血しきった花がいよいよ智を逃がすまいとしがみついてくる。
 蕩けそうな愉悦とはじけそうな感覚の中で、二人はただつながっている部分から溢れてくる熱に浮かされるように、その瞬間を目指す。
「………もう、だめ…っ………」
 とうとう、香菜があえぐように囁き、きつく目を閉じた。
「ごめん、とも…もう…っ……あ! ああっ!……くぅ………ん………っ!!」
 その最後の収縮に押し出されるように、智にも絶頂が訪れた。
「う…っ! かなっ………!!」
 ほとんど無理やり引き出されたモノを、香菜の腹に押しつける。
 次の瞬間、熱く溶けた精液が弾けた。2度、3度と震えながら、すべてを吐きだす。
 きつく抱きあったまま、二人は荒い息をくり返した。



「愛してる…香菜」 
 智が小さな声で腕の中の香菜にささやいた。
 眠りに入りかけた香菜が、もぞもぞと擦り寄ってきて、智の胸元に顔をうずめる。
「ん…愛してる…」
 寝言のような、くぐもった声。
 やがて、深く規則的な寝息が聞こえてきた。
 もしかしたら、智が感じていたような不安を、香菜もまた、感じていたのかもしれない。
 あどけない寝顔を見ながら、香菜がつぶやいた言葉を反芻する。
 この先ずっと一緒にいられない。それはわかっている。
 もしかしたら、変わらず愛し続けることなど、不可能かもしれない。
 いつかこうして二人でいることが、お互いを破滅に導いてしまうかもしれない。
 でも、それは、今、愛しいと思うこの気持ちを否定するものではない。
 香菜が望んだ“消えないしるし”は、もう、すでに刻まれてしまっている。
 この情熱がいずれ時に浄化されて、穏やかな優しい親愛に姿をかえても、なお、癒えない傷のように、静かに心を痛ませる瞬間がきっとある。
 恐らく恋というのは、そういうものなのだ。
「…愛してるよ」
 もう一度囁いて、その耳元に光るピアスにそっとキスをした。
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