秘密の夢
【 第1話 】

 時々夢をみる。
 私と一緒に眠っている白猫のミヤが人間になっている夢。 夢の中のミヤは私と同じくらいの年齢で、薄茶色のセミロングの真っすぐな髪の間からちょこんと白い耳がとび出ている。その耳としなやかな長いしっぽがお尻から生えている他は、人間の私と寸分の差もない。しかも、なんていうのか、ちょっと悔しいくらい可愛かったり、する。猫ミヤは今年8才になる大年増だから、ほんとならもっとオバサンの姿でもおかしくはないんだけどね。
 小生意気な口をきいたりすることもあるけど、それは猫ミヤがつねづね言いそうな言葉だったりするので、本気で怒る気になんかなれない。
 こまるのはミヤがすっぽんぽんのまま(猫は服なんて着ないから当然だけど)、しかもそれに頓着しないでいつもみたいに飛びかかってじゃれてくること。
 猫のミヤ相手ならそのふかふかのお腹に顔擦りつけたり、ぎゅっと抱きしめたりするんだけど、華奢な女の子のミヤの体にそうするのは、なんだか倒錯した照れ臭さがあって、目のやり場に困ってしまったりするのだった。
「ねーねー、ミヤの名前は誰がつけたの?」
 猫ミヤなら膝でまるくなれるけど、夢の中のミヤにはちょっと無理なので膝枕。
 ときどき膝に頭を擦りつけて、嬉しそうににこーっと私を見上げる。これで猫好きにならない人は、人間じゃない!って断言する。いや、いま膝にいるのは猫じゃなくて猫耳の女の子なんだけど。
「ミヤの名前は私がつけたんだよ」
 さらさらの髪を撫でてあげる。人間の姿をしていても、うるる、と喉をならして、ミヤは私の手に顔を擦りつけてくる。
「えへへー。ミヤねー、ミヤって名前好き〜」
「そ? よかった」
 夢の中でも起きてるときテレビの前でやってるみたいに、ミヤを撫でながら他愛もない話しをだらだらしてる。違うのは夢の中だとミヤの返事がちゃんと返ってくることくらい。いつもならお愛想にしっぽ振るくらいだもんね。
 猫ミヤより女の子のミヤが甘えっ子なのは、私の願望もあるのかもしれない。
「ミヤ、最近ふとったんじゃないの〜?」
 ふと、ちょっとしたいたずら心で白いお腹のあたりを撫でてみた。と、
「にぁんっ」
 ミヤはくすぐったそうに伸ばしていた体を丸めた。
 そのしぐさが可愛くて、思わずまた手が伸びてしまう。華奢な腰のあたりから引き締まったお腹、胸の下あたりまでをゆっくりさするように撫でてあげる。
「だって、このへんなんかさぁ…前は骨さわったけど今ぷよぷよだよ〜?」
「にゃぁ………ん…んにゃ……」
 私の膝にあたまを載せたまま、小さめの胸を波打たせて、ミヤは白い体をうねらせる。
 猫ミヤもお腹撫でるとうにゃうにゃいうけど、女の子のミヤにやられるとなんかのぼせちゃいそう。
 ぱっと手を離してのぞき込むと、ちょっと残念そうに見上げるミヤの金色の瞳とぶつかった。
「もっと、撫でてぇ…」
 そうして、ミヤのおねだりに、私が勝てた試しなんかなくて。
 毎日撫でている猫毛のふかふかとした手触りとはちがう、女の子の柔らかで滑らかな肌をどきどきしながら撫でまわすことになるのだった。
「ふぅ……ん、まゆみぃ………ん……」
 どう聞いてもあえぎ声にしか聞えない、ミヤの可愛い声が私の名前を呼ぶ。
 自然に手はミヤの体を撫でさするのではなく、指先で愛撫するようなこまやかな動きになっていく。片手で滑らかなミヤの頬を撫でながら、もう片方の手はもっとミヤを喜ばせるために動き回っている。
 私が通っているのは女子校で、女の子同士で胸のさわりっこなんて遊びもめずらしくないけど、こんなふうにどきどきしたことなんか、一回もない。
 私の腕の中でミヤがとても倖せそうな笑顔になって、キスをせがむように目を閉じる。口の端にキスすると、ぱちっと目をあけて口をとがらせる。
 そんな拗ねたミヤのかわいい顔がみたくて、いつもイジワルをしてしまう。
 やがてミヤから唇を押しつけてきて、ちょっとざらつく舌で私の口元を舐め回す。
 猫ミヤがいつもそうしていることだけれど、体中を侵食していく甘い感覚はこの夢の中だけのもの。
 すでに『経験』している同級生がどこか自慢げに言う「彼が感じているのを見ると、私も感じてきちゃうの」というのは、きっと今みたいな感覚をいうのかもしれない。
 もっともっと、感じているミヤを見たい。ミヤの声を聞いているだけで、肌の下が沸騰しているような、そんな錯覚をすら引きおこす。まだ誰も触れたことのない体なのに、何かを求めるように体の奥が熱く潤ってくる。その熱がいっそう私をのぼせさせ、ミヤへの愛撫を念入りなものにさせる。
 そう、私は夢の中のミヤに恋をしていた。


 
 学校で眠気をさそう授業に耳をかたむけながら、私はぼんやりと昨夜見たミヤの夢を思い出していた。
 私の指先ひとつで、あんなに気持ちよさそうに甘えてくるのを見たら、もっともっとしてあげたくなるのが人情と言うものだろう。
 男性経験も自慰の経験のない私は、気持ちよくなるということがどうなることなのか知らない。もともとその手の関心が薄かったせいもあって、どうすればミヤがもっともっと気持ち良くなるのか、まるで見当もつかないのだった。
 撫でるだけではだめなことは、なんとなくわかる。じれったそうにミヤが見上げてくるのに、答えてあげられない自分が歯がゆい。
(どうすればいいのかなぁ………)
 シャープペンのお尻を噛みながら思案する。
 友達に聞くのが一番簡単だけど、今まで無関心だった私がそんなことを口にしたらとうとう真弓も彼氏が出来たっ?と目を輝かせて迫ってくるのは違いない。それを適当にかわせる自信など私にはなかった。大体女友達にそんな生生しい事を微に入り細にわたって聞くことなんて、考えただけでも恥ずかしい。
 いままで自分が女の体を持っていることなんて、私にとっては何の意味も持たなかった。そのことが私の無知と無関心の最大の原因といえた。でも、今は違う。女の体を持っていることで、ミヤと同じ感覚を共有することができる。自分の体を通して、ミヤを理解することが出来る。
 そう考えれば、自分の体で練習してもいいのだけど、ミヤの目の前でするのも何だし、そもそもどうやればいいのかが全然わからないから困ってしまう。
 あとは、そういう経験がありそうな人に聞いてみるしかない。考えてはみても、さして交友関係の広くない私の脳裏に浮かんでくる顔はいくつもなかった。その中で、くだけた話が出来る相手ともなると、残るのは一人だけ。
(だめだったら……いさぎよくひとりで練習するしかないかなぁ)
 断られてもともと、と覚悟を決め、先生の目を盗んで携帯からメールを打った。
 いつもは多愛もない日常のことばかり流れてくる液晶から、突如『夕方遊びにいくから家にいてね!』という問答無用の文面が流れたらその人はどんな顔をするだろう。苦笑する顔が見えるようだ。
 送信し終わったのを確認すると、ため息をついていいかげん結構な分量になった黒板の板書をノートに写しはじめる。
 ほどなく消音設定された携帯のLEDが小さく瞬いて、私だけに返事の着信をしらせた。