おにいちゃんといっしょ
<そのいち>
ANNA様

「おにいちゃん、遅いねぇ…。」
 おやつのプリンを突つきながら、満瑠はぼんやりと天井を見ていた。
「遊んでないで、ちゃんと食べなきゃだめだよ。」
 そう言う南波のおやつも一向に減っていない。
 3個1パックのプリンが一個だけ残っている。以前なら残ることなど無かったのに…。
「つまんないなぁ。」
 どちらとも無く、ため息が漏れる。
 学童保育が終わって、家に戻ってきても暫くの間は二人きりである。
 母親は仕事をしており、6時過ぎまで帰ってこない。父親はもっと遅く8時過ぎの帰宅になる。
 昨年までは、すぐ上の兄が学童へのお迎えや、帰宅後の遊び相手になってくれていたが、高校に入ってからは部活動を始め、帰宅時間が遅くなっていた。
 平日は部活動で、そしてここ数日はテストが近いからと、相手をしてもらえない。
 もう一人、一回りも年が離れた姉がいるが、昨年の暮れに嫁いで今は家に居ない。
 広い家の中には、子供達しか居なかった。
 小学校に入る前から、彼らのお迎えは兄であった。
 たまに姉や母親が迎えに行くと、口を揃えて
「何で馨お兄ちゃんは居ないの?」
「お兄ちゃんが来るまで帰らない。」
等と言って、帰ろうとしないくらいであった。
 3人だけの閉ざされた空間…。
 その空間に変化が訪れたのは兄の高校進学であった。最初のうちは少し遅くなる程度で、彼らの後に帰宅する兄を、おやつを食べずに待っていた。
 しかし、夏休みに入る頃から兄は部活動を始め、帰宅時間は段々と延び今では母親より遅いくらいになっていた。
 兄には兄の生活が有るのは理解していても、小学生の自分達にとっては、家の中の生活がメインである。学校で起こった出来事、感じたこと、全てを兄に報告し、共有することが日課であった。 
 だから、楽しそうに部活動の話をする兄に対して、高校生活への憧れを抱くと共に、兄を自分達の手元から奪って行った、部活動に対する嫉妬のような意識があった。
 一年でも一番寒いこの時期、二人っきりの部屋の中は暖房が効いていても、なんとなく寒々しかった。
 何回目かのため息をつき、悪戯に突ついていたおやつが無くなる頃、玄関の開く音がした。
「お兄ちゃんだ!」
「おかえりなさ〜い」
 我先に兄を出迎えに玄関へ急ぐ二人であった。
 兄の胸に抱き付いて出迎える南波、兄の背中にしがみ付いて出迎える満瑠。
「ただいま、二人とも良い子にしてた?」
 いつものように、二人の出迎えに答える兄であったが、何故だか今日は活気が無い。
「馨お兄ちゃん、元気無いね。」
「学校で嫌なことでも有ったの?」
「ん?たいしたこと無いよ。試験で疲れてるだけさ。着替えてくるから後でね。」
 馨はそう言って、二人の頭を撫でると2階の自分の部屋に向かった。
 後でね。と言った兄は、そのまま部屋から出ては来なかった。
「お兄ちゃんどうしたのかな?」
「きっと、試験が難しかったんだよ。」
「みるちゃんもテスト嫌い。」
「僕も嫌い。」
「テストなんか無くなっちゃえば良いのにね。」
 幼いながらも二人で相談し、兄が疲れているであろうとテレビのボリュームを小さくして、母の帰りを待った。



「お兄ちゃん、ご飯だよ。」
 母親が帰宅し、食事の準備が出来た頃、満瑠は2階に声をかけた。
 試験が終わって疲れているからと、夕食時になっても兄は部屋から出てこなかった。
 母は、試験の後だから仕方が無いからと、さして心配した様子も無く、
「夜中にお腹が空いても何も無いわよ。」
と、一声かけたまま兄をわざわざ呼ぶことは無かった。
 夕食が終わっても降りてこない兄が気になって、ふたりは「邪魔しないで、寝かせておきなさい。」と言う母の言葉を無視し、見つからないようにこっそりと、兄の部屋を覗いて見た。
 馨はベッドに突っ伏して泣いているようであった。
「お兄ちゃん泣いてるみたいだ。」
「うん、どうしたんだろう?」
 こっそり覗いているので、声を掛ける事も出来ず、ふたりは冷たい廊下でドアの隙間を覗き続けた。
「…先輩、どうして…。どうして僕じゃ…。」
 兄の啜り泣きは、止んだかと思うと再開し、何時終わるともなく続いていた。
 居たたまれなくなったふたりは(廊下が寒かったせいもあるが…)、南波の部屋へと戻った。
 去年までは、双子だからと同じ部屋にいたのだが、歳の離れた姉が嫁いでからは、満瑠の部屋は元の姉の部屋に移された。しかし、それまでずっと同じ部屋であった為か、何か有ると自然に南波の部屋に集まってしまうふたりであった。
「お兄ちゃん泣いてたよ。」
「あんなに泣くなんて、テストが出来なかったからじゃ無いよね。」
 高校に入ってから部活にだけでなく、お勉強にも兄を盗られていたので、テストの出来で泣く等とは思ってもいない。