おにいちゃんといっしょ
<そのに>
ANNA様

 机の上の目覚し時計は10時を示そうとしていた。
 暫くして、かすかにドアのきしむ音がした。
 二人は目配せをすると、出来るだけそっと階下に降りて行った。
 浴室からはシャワーの音が聞こえる。
 こんな時間まで起きていた事を知られたら、母に怒られるに決まっている。
 二人はこっそりとキッチンに忍び込むと、ほっとため息をつき、きっと兄が空腹であろうと、ジャーの蓋を空け握り飯を作り始めた。
「南波ちゃん、へたくそぉ。」
「みるちゃん、海苔付け過ぎぃ。」
 暗いキッチンの片隅で、ひそひそと互いの作品に文句をつけながらも、ちょっと歪なお握りが4個出来上がった。
 不意にキッチンの灯りが点く。
「あんたたち。何やってるの。」
『叱られる!』二人は思わず、うなだれて次の言葉を待った。
「…まったく、二人してお兄ちゃんっ子なんだから…。」
 母は呆れた口調で二人に話しかけた。
「それだけじゃ足りないでしょ。育ち盛りなんだから。」
 戸棚の上のほうから、カップスープを取り出すと南波に渡す。続いて冷蔵庫を開けながら、
「満瑠、お皿出して。お箸もね。あらら、南波火傷しないでよ。」
 母は冷蔵庫の中から夕食のおかずのハンバーグを出すと、電子レンジにセットした。
 お盆にハンバーグとスープとお握りを乗せると、戸棚の中からみかんを何個か取りし、南波に渡した。
「ちゃんと寝る前に歯磨きするのよ。ほら、お兄ちゃんお風呂上がったみたいよ。」
「お母さんありがと。」
「お兄ちゃんの邪魔しないのよ。」
 母の忠告を聞くのもそこそこに、二人は嬉しそうに二階へ上がって行った。
 後に残された母は、仕方がないと言った表情で夜食の残骸を片付け始めた。



 南波は恐る恐る兄の部屋のドアをノックした。
「どうしたの?二人とも。こんな時間に。」
 馨がドアを開けて、二人に尋ねた。まだ、目が赤い。
「馨お兄ちゃん、ご飯食べなかったから…」と、満瑠。
「お腹空いてると思って、夜食作ってきたの。お部屋に入っても良い?」と、南波。
「南波とみるちゃんで作ったんだよ。食べて元気出してね。」
「テスト難しかったんでしょう?高校なんか行かないでずーっとお家にいれば良いのに。」
 馨は儚げに微笑むと、二人を部屋の中に招き入れ、
「お兄ちゃん1人だと、こんなに食べきれないから、南波ちゃんとみるちゃんも一緒に食べよう。」
 と、言った。兄から誘われたことで、二人は少し安心した。
「うん!」
「うん!」
 それから、3人で歪なお握りとみかんを食べた。
「これはみるちゃんが作ったの。」
「南波のは、おかかが入っているんだよ。」
 二人が互いに自作をすすめあうので、苦笑しながら馨は両手におにぎりを持ち、交互に食べた。
「…心配かけてごめんね。」
「お兄ちゃん、テストが終わったら元気が出るよね。」
「テスト終わったら、何処かに遊びにいこうよ。」
 母にもらったみかんを食べながら、兄を囲んで話を続ける。
 何時しか時計は11時を回っていた。
「もう、こんな時間だ。遅いから寝なさい。」
 まだ兄と一緒にいたかった二人だが、兄の言うことには逆らえない。
「ちゃんと歯磨きしてから寝るんだよ。」
 いつもの兄の言葉に、名残惜しそうに返事をすると洗面所へ向かう。
「お兄ちゃん少し元気になったね。」
「うん、いつもの馨お兄ちゃんになってきたね。」
 帰ってきて以来の兄の行動が、まだ心配では有ったが、二人の力作を食べてもらい、自分達が兄の役に立ったと、ちょっぴり嬉しい二人であった。