馨君の画策
<前編>
ANNA様

 大学に入って早2ヶ月、五月病にかかる事も無く、念願の先輩との生活にも慣れて、楽しい毎日を送っている。
 GWに実家に帰ったときは、遊びに来た先輩と妹たちの間で、ちょっとした事件があったけど先輩は笑って許してくれた。
 大学でも友人が出来、今の所は順風満帆な滑りだし。
 先輩は経済学部、僕は国文学と学部が違うので、学内ではすれ違いが多いけれど、家に帰れば……ね。
 時々、廣敷先輩が乱入してきて宴会になるけれど、故郷を懐かしむでもなく過ごしている。
 実家からは結構頻回に電話が入って来る、夏休みには帰るって言っているのに…。
「あの子達が、お兄ちゃんの声が聞きたいって五月蝿いのよ。」と、母。
 今度先輩に悪戯したら、いくら優しいお兄ちゃんでも怒るよ。って言っても効果無いんだろうな…。
 先輩の所にも時々妹さんから電話が有るけど、こちらは平和そのもの。美夜ちゃんって言うんだけど、先輩は「にゃん」と呼んでいる。



 で、事の起こりはそんな安定した生活を満喫している昼下がりだった。
 同期の連中と安いのがとりえの学食で、320円也の本日のランチを食べていた時の事だった。
 2ヶ月も経つと、何時も集まるメンバーも決まってきているのだが、その日はあまり親しくない連中も一緒になっていた。
 話題は昨日見たTVドラマの話から、女の子の話になり、終いには初体験の話にいたった。
「俺?高校2年の時。」
「相手は?」
「バイト先の女子大のオネ−様。」
「俺は高校一年だったな。友達のねぇちゃん。」
 話を聞きながら、顔が赤くなっていくのがわかった、こういう会話は苦手だ。人前で話す話題じゃないと思う。
「馨は?」
「結構、大人のお姉様に美味しく頂かれてそうじゃん。」
「馨はまだ童貞君だよな〜。」
「お子ちゃまだしな〜。」
 どうでも良いじゃないか、他人の性体験なんて、食事が不味くなるよ。ただでさえ味は二の次で有名な学食なのに…。無言のまま、そそくさと食事を終わらせる。こんな所に長居は無用と、席を離れようとすると、連中の中の一人が言った。
「おいおい、逃げるなよ。」
「童貞君には刺激が強すぎたかなぁ〜?」
 悪意は無いのだろうけれど、その、からかうような口調にむっと来た。
「こういう会話は好きじゃないんだ、それに残念ながら僕は童貞じゃない。」
 ついつい口調がきつくなり、学食の一角は剣呑な空気に包まれた。
「どうせ、一回だけ、お情けで経験したんじゃないの?」
「そんなんじゃ、相手の女もちっとも良くなかったろうさ。」
「だとしても、僕は軽々しく他人にひけらかせるような、軽い相手と関係を持ったわけじゃあないから…お先に失礼。」
 僕と一緒に数人が席を離れた。連中は不服そうにしていたけれど、頭に来たのでそのまま学食を後にした。
 3講目が終わるころになっても、気分が悪かった。
 4講目は休講だったので、何処かで友人達と遊んで帰ろうつもりだったが、先輩の顔が早く見たい。今日は早く帰ろう。



 アパートに帰っても先輩はなかなか帰ってこなかった。
 先輩との生活に不満が有る訳じゃなかったけれど、僕の頭の中で昼食時の些細な一言が引っかかっていた。
『どうせ、一回だけ、お情けで経験したんじゃないの?』
『そんなんじゃ、相手の女もちっとも良くなかったろうさ。』
 あの時は、先輩を自分のものにする事だけしか頭に無かった。
 後先も、先輩の感じた苦痛も考えず、自分の欲望だけをぶつけてしまった。
「いつだって…僕の事を気遣ってくれるけど…それで良いのかな…。」
 思い起こしてみれば、(最初は痛かったけれど…)何時だって先輩は馨の嫌がるような事をしようとはしなかったし、行為の最中でも緊張が解れるまで名前を呼んで、待っていてくれる。
 何時の間にか、訳がわからないようになって、先輩の背中に爪を立ててしまっても、痛いとも言わず耐えている。
 僕は気持ち良くしてもらっているけれど…
「先輩は…気持ち良いのかな。僕だけの独り善がりじゃないのかな…。」
 1人っきりのアパートで、日が暮れるまでぐるぐるとそんな事ばかり考えていた。
「…暗くなっちゃった…。お米でも研いで置こう…。」
 もたもたと台所へ行き、米を研ぎ出す。
 先輩との日々を思い出しながら、ふと、先輩に「好きだ。」と言われていないのに気が付いた。
「先輩、僕の事好きだよね。」
 愛されていると言う自覚は有っても、言葉にしてもらえない事が悲しい。相手の気持ちが計れないのが悲しい。
 馨は何時の間にか泣いている自分に気がついた。
 時計は7時を回っている。
「うわっ、30分もお米研いでるよ!」
 慌ててごしごしと涙を拭うと、炊飯器をセットして居間に戻った。
   
『そんなんじゃ、相手の女もちっとも良くなかったろうさ。』
『そんなんじゃ、良くなかったろうさ。』
 頭の中であざ笑うような連中の言葉を反芻するうちに、ふと解決策を思いついた。
 僕が先輩を気持ち良くさせてあげれば良いんだ。なんで、そんな簡単な事を思いつかなかったんだろう。
 馨はようやく気分が晴れた気がして、にっこりと微笑んだ。



 玄関の鍵を開ける音がした。先輩だ。
 駆け出すように出迎えに行く。
「先輩、おかえりなさい。」
 慎二に飛びつくようにして出迎える。
「ただいま。あれ?どうしたの。目が紅いよ。」
「何でも無い。ううん、先輩がなかなか帰ってこなかったから、寂しかった。」
 先輩をぎゅっと抱きしめてキスをする。
 先輩がビックリしたような目で僕を見ている。
「嬉しいね。馨からキスなんて、どうしたんだい?」
 にっこり笑ってご返礼。こんな事くらいで喜んでくれるなら、恥ずかしがらずに毎日キスでおで迎えすれば良かった。
 もっと先輩に喜んでもらうにはどうしたら良いだろう。
 先輩の手が僕の腰のあたりをまさぐり始める。
「…や…先輩。こ、ここは玄関だよ。」
 先輩の手を解くと、後ろから押すようにして玄関を後にした。
 居間についたとたんに、再び抱きしめられた。
 何回か、軽いキス。
 先輩の手が僕の気持ち良い所を攻めてくる。
 僕も何とか片手で先輩のジーンズの前をくつろげる。
 先輩が僕のTシャツの中に手を忍ばせてくる。
「ちょっと待って。」
「ん?」
「邪魔されない様にしてくるから…。」
 こんな時に限って、あの子達から電話が入るような気がする。
 ごめんね、お兄ちゃんには今誰にも邪魔されない時間が必要なんだ。
 と、心の中で詫びながら、先輩がしらけたりしないようにと電話機を留守電モードに切り替えた。
「今日は積極的だね。」
 先輩が囁く。嬉しそうだ。
 電話の前で再びキス。
 先輩のブリーフにそっと手を忍び込ませる。
「いつも先輩がしてくれるように…。」
「僕も先輩を気持ち良くしてあげたい。」
 真っ赤になって、思いつめたように訴える僕を見て、先輩は
「じゃあ、今夜は馨に任せるよ。」
と、返事をすると軽く口付けをしてくれた。
「ここで?」
「ここじゃ恥ずかしいから、寝室で…。」
 先輩の腕を引っ張るようにして、寝室(本来は先輩の部屋なんだけど…こっちの方がベッド大きいし…)に向かった。
 後ろの方で炊飯器のピーピーと言う音が聞こえた。