赤いくつ
Written by : 愛良
[31] 対


肌が合う、と言うなら、まさに晃浩と私の肌は合ったのだと思う。互いに重なった肌は逆立った鳥肌をこすり逢わせているかの様に、不快さと紙一重だった。それくらい、重なった部分からピリピリと鋭い感覚が突き刺さる。その鋭い感覚は熱い電流となって全身を駆けめぐる。
貪るように私の乳房を鷲掴みにし、全身に掌を押し当ててはまさぐる晃浩もまた、それを感じ取っていたに違いないと思う。まるで呪い合うかの様に、憎み合うかの様に、私達の肌は反発し、そしてしっくりと馴染んだ。
ハァハァと言う荒い息づかいだけが、寮の応接室に響いた。閃光が時折寮に差し込んでは消えて行く。雷鳴が轟いて、私や晃浩の喘ぐ声は、激しい雨音にかき消されていく。
薄暗い応接室で、時折の閃光が晃浩の肌をくっきりと浮かび上がらせるだけだった。

「ぁっ……ぁぁっ……」
汗にまみれた晃浩が私に抽挿を繰り返す。その度に私の腰は大きくうねる。ピッタリと私の中にはまった晃浩は、隙間すら無い肉壁を押し分ける様に力を込めて腰を突き動かす。
「ぅぅっ……ぅっ……んっ……」
時折呻く晃浩の声が頭上から降り注ぐ。私の髪を掴み、引っ張り、そして愛おしそうに頭を撫でる。私の手を掴み、荒々しく引っ張り、指を絡めてくる。憎しみを抱いた様な、自分の物にならないという傲慢な苛立ちの様な、それでいて慈しむ様な、不思議な表情を次から次へと浮かべてはやがて快楽に歪んでいく晃浩の表情は恐らく、鏡に映しだした私の表情だとも思った。
晃浩の熱い指先が私の敏感なクリトリスを弾く。その度に今まで感じたことのない程の快感に身をよじる。そして勝手に収縮する膣内は、晃浩自身を締め付け、やわやわと包み込む。

それは言いようのない不思議な感覚だった。きっとそれは晃浩も感じていたと思う。私と晃浩は、対極であり、同極だ、とふと思った。もしくは、異質であり同質だ、とも。この相反する矛盾した気持ちは何なのだろう?

やがて、晃浩が快楽に歪んだ表情で私を見つめる。その瞳を私はじっと見つめ返す。瞳に映っているのは、私であって恐らく晃浩自身。憎々しい者を見るかの様に、愛おしい者を愛でるかの様に。その瞳は晃浩自身の不可解な感情の揺れを映していた。
そして、同じ様に、私もその不可解な感情に揺れていた。

「うぅぅぅっ……」
「……ぁぁぁぁっ」

ほぼ同時に。ただ無言のまま、体をぶつけ合った私達は、イク、と言う言葉さえ言わずに果てた。
体の芯は灼熱の様に燃えて、痛々しいと感じる位だった。
まるで戦いの様なセックスだと私は思った。

愛撫らしい愛撫も無く、ただ抽挿を繰り返しただけだった晃浩とのセックスは、私の体に初めて膣内でのオーガズムを与えた。
ピクピクと痙攣する膣壁。晃浩は射精したにも関わらず、まだ勃起したままなのが分かる。
やがて、再び晃浩が腰を動かし始める。先程とは打って変わって、何かを確かめる様に。
「ぁっ……ぅんん……ぁぁっ」
力の入らない体に晃浩自身をぶつけられ、私の体は頼りなく揺れる。その揺れた乳房を優しく包んだ晃浩は、私に唇を重ねてくる。
「んっ……んんっ……ふぁんっ……」
舌先が重なる度に、私の口からは喘ぎ声が漏れた。晃浩の唇からも、荒い息と共に時折、喘ぐ様な小さな声が漏れている。

何なんだろう、これは一体何なんだろう……?

いつの間にか私は晃浩にしがみついていた。合わさった肌。まるで境界が無いかの様にしっくりなじみ、一つの体となっていく気がした。晃浩の汗が私の汗と混ざり合う。晃浩の体液が私の体液と混ざり合う。晃浩の肌が私の肌と混ざり合う。晃浩の体温が私の体温に混ざり合う。晃浩の匂いが私の匂いと混ざり合う。全てが、まるで元々一つの者であったかの様に、私と晃浩が混ざり合う。
晃浩を包み込んだ膣内は、既に溶けてきって感覚を失くし、突き上げる快感に支配されていた。頭の中は白く融け、既にその快感が私の物なのか晃浩の物なのかさえ区別が付かなくなっていた。

「ひぁっ……ああああああああっっ……」
「ううう……ぁぁぁぁぁ……」

二度目の絶頂に達する頃には、私と晃浩はしっかりと抱きしめあっていた。



「僕と君は近すぎる」
気怠い体を起こし、のたのたと服を着始めたのは、行為が終わって15分も経った頃だっただろうか。その間私と晃浩はただ抱きしめ合っていただけだった。そうすることで、自分自身を抱きしめていた様な気がする。
「もしくは、遠すぎる」
私はその言葉に呼応するかのように呟いた。
晃浩がじっと私を見つめる。私もその瞳を見つめ返す。
それだけで充分だった。お互いがお互いの中に、自分自身を見つけ、それを見つめていた。
「成功報酬がそれじゃ、足りなかったかな」
苦笑めいた様に晃浩がニヤリと嗤う。その笑顔はいつもの傲慢なそれだったけれど、どこか違って見える気がした。
「充分すぎる位充分です」
私はそう言った。これだけあれば、進学するにしても取り敢えず当分は生活に困らない。
「……もう一度言う。僕の駒に……側に、来ないか?」
「いいえ」
私は晃浩の質問にキッパリと答えた。

互いに相似し過ぎる位相似し、相反し過ぎる位相反している私と晃浩は、恐らく無類の信頼関係を築けるか、それともその全く逆かどちらかになるだろうと思った。
きっと、晃浩もそう思ったのだと思う。だからこそ、普段の晃浩なら到底言わないだろうセリフを何度も言ったのだと思う。
「……残念だ」
ふぅ、と吐息を吐くと、晃浩は軽く瞳を閉じてそう言った。



[32] につづく




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