目覚め
Written by : ひさと
◆◆◆ #2 ◆◆◆
…… [5] hesitation …… 



 彩子は既に起きていて、ソファに座ってテレビを見ていた。ケーブルテレビではなく、ncc(長崎文化放送)のようだ。「いい朝ncc」のようなので、まだ8時前か。

「あ、すみません、起こしちゃいました?」
「ううん、爽快に目覚めた」

 私は笑いながら起き上がり取り敢えずトランクスを穿く。テレビの画面の中では原野淳子アナウンサーが「今までかわいがってくださいましてありがとうございました・・・」と言っている。

「あれ、原野さん今週で終わりなの?」
「なんだかそうみたいですよ。ニュースウェイブに行くみたいです。夕方の」
「ちょっと天然なコメントが楽しみだったのになぁ。新しい人は誰なんだろ?」
「大嶋真由子アナみたいですよ。新人さんに引き渡すわけじゃないんですね」
「そうかぁ・・・ 4月だもんね、いろいろと異動もあるよなぁ」
「でもこの番組は長崎ローカルにしては息が長いですよね」
「そうだよね、平成2年ごろからやってるもんね。『テレビみゅーで』よりも長いんじゃない?」
「『みゅーで』は割と最近始まった番組ですよね。『upる』とか『ZONE BE』とかも最近の番組だし・・・ 息長く続ける秘訣って何かあるのかなって思って、ついつい毎週見ちゃうんですよね」

 すべて長崎のローカル番組のタイトルの一部である。

「やっぱり他局の番組って気になる?」
「そうですね。ウチでも独自番組をいくつか作ってますから、やっぱり長く皆様に親しんでいただきたいですし、でもテレビに関してはほとんど素人ですから、試行錯誤の連続みたいですよ。楽しいですけどね」
「彩子って、結構肩書きが高いよね。やっぱりそれなりに番組の制作の責を負ったりするの?」
「あ・・・ いえ、私の部署は、他社が制作した番組を購入して、配信して、課金を回収して、っていうセクションなんです。番組を実際に作っているところは番組部って言う別の部署です。ただロイターとかからのニュースはウチが買ってるんで、それで番組内容が気になるんですよ」
「なるほど、自分たちのところで作っている番組のチャンネルと、映画とかスポーツとか昔のドラマとかの配信を流すチャンネルがあるわけか・・・」
「そういうことです。で、私の今の肩書きは、実はアダルト部門を大量に買い付けるのに成功したことでついたんですよ」
「え? アダルト部門?」
「そうです。アダルトって、儲かるんですよ。お堅い向きには眉をひそめられる事も多いんですけれど、やっぱり成人男性だったら、レンタル店に行かなくてもいつでも最新作が見られるってのは大きいですよね。なので、手っ取り早く収益が上がります、番組表はアダルトは専門のものを作成してアダルト申し込みをした家庭にだけ別料金で送付することでアダルトが嫌いな方々との棲み分けが出来ます、別契約すればホテルでの配信も出来るので固定の大口の顧客がつけば大きいです、って上の人を説得しまくって、それでこれだけのチャンネルを獲得することが出来たんです」

 彩子はマガジンラックから別刷りのアダルト番組表を取り出し、ぱらぱらとめくりながら私に見せた。

「ずいぶんあるよね。これ、ひとりで?」
「そうですね・・・ 女性がアダルトの買い付けに来るってあまりなかったみたいで、どこでもよくしていただきましたよ。体と引き換えに、みたいな話も残念ながらなかったし」
「残念って」

 二人声を上げて笑った。

「・・・で、これだけのアダルトチャンネルを、買収後にオープンさせたんです。いきなり数千万の単位で売り上げが上がったから現金なものですね。で、私はその功績を買っていただいて、今の肩書きと、この社宅と」
「えっ・・・? ここって社宅なの?」
「そうですよ。20部屋ぐらいをCCNが買い上げて社宅として使ってます。市内からはちょっと離れてますけど、電車通勤できるし、普通のマンションだから男性を連れ込んでも大丈夫。で、私は入社当時からこの部屋にずっと住んでて、最初のうちはちゃんとそれなりの家賃が天引きされていたんですけれど、アダルト買い付けに成功してから家賃が引かれてないんです。どうも、そういうことらしいです。CCNの有料チャンネルも全部無料で見られるんですよ」

 今まで私の中にあった彩子に関する疑問が、氷解していくのを感じる。

「・・・で、調子のいいことを言いましたけれど、本音は、私がアダルトをいっぱい見たかったからってのがあるんですよ」
「AV好きなの?」
「大好きです。他の人のセックスってなかなか見られないし、やっぱり見てみたいんですよね。でも女の子だけではビデオ借りにいけないし、何かの機会にラブホテルかアダルト配信があるビジネスホテルなんかに行けば見られますけれど、そうしょっちゅう泊まる訳でもないし。で、ケーブルテレビ配信だったらいつでも見られるから、って感じだったんです。半分自分のことだから自然と交渉にも力が入ったみたいで」

 彩子は顔を赤くしながら、地味に赤裸々な告白をした。

「さて・・・ 朝ごはんにしますか?」

 彩子は手早く部屋着を着て、キッチンに入った。「いい朝ncc」はいつの間にか終わり、テレビ画面は「朝だ!生です旅サラダ」になっていた。

 私もスウェットを着てキッチンに入った。キッチンマットには、よく見ると昨日の精液の跡が残っていたが、よほど注意して見ないとわからないぐらいであった。

 こういうのが、もしかしたら、思い出になっていくのかな。

 そう言い掛けて、やめた。正直言って実はまだ彩子に対する気持ちを決めきれずにいたのだ。

 彩子は、私に、愛情を持っているかもしれない、と私は勝手に思っている。しかし、もしかしたら彩子は私をセックスフレンドの位置においているかもしれない。私が私の感情を全面的に押し出して彩子に迫ったら、もしかしたら彩子は逃げるかもしれない。また、彩子が私とのセックスに飽きたらまた新しい誰かを探すという可能性もゼロではない。そもそもの二人のきっかけだってチャットルームではないか。

 彩子とのセックスを始めてから、チャットルームの開設頻度は極端に落ちた。以前は2日に1回の割合で、しかも週末には必ず開設していたのだが、先週末と今週末はずっと彩子と過ごしていたので開設していない。

 特定の誰かとセックスをしているという状況で、不特定の誰かと猥談するためにチャットルームを開くというのは、どうなんだろう。

 私は、正直言うと、複数の相手とのセックスを楽しみたいタイプである。仮に結婚しても、他の誰かとのチャンスがあれば婚姻外のセックスをするかもしれない、いや、間違いなくする。

 不特定多数の女性との猥談が楽しめるチャットルームの開設は、私にとっては擬似的な浮気の楽しみなのかもしれない。

 だとすると、今、私がチャットルームを開くことを、彩子はどう思うだろう?

 彩子がもし嫌悪感を持って、私と会わないことを決めてしまったら、このセックスの環境はなくなってしまう。

 それは、避けたい。

 愛情なのか性欲なのか、自分でも自分の気持ちをきちんと量りきれていない。あまり苦労をせずにあっさりと手に入れてしまった彩子との快適なセックスの環境だが、手放すのは惜しい。

 しかし人間関係だから、相手のある話だから、相手がどう考えているかでこの環境はどうにでも変わってしまう危険性を常に持っている。結婚していれば多少の拘束力は働くかもしれないが、今はまだお互いに自由な身である。

 よし、週末はともかく、ウィークデイには努めてチャットルームを開設するようにしよう。せっかく固定で来てくださる常連の方も増えてきたのだから、場がなくなるのは余りよくないだろう。

 彩子からチャットルームの件で意見が出たら、その意見を基にそのとき考えればいいや。

 私は最後は半分投げやりに結論を出した。


「どうしたんですかぼーっとして? トースト焼けましたよ」

 彩子の声で我に返った。オーブンレンジからは焼けたパンとチーズのいい香りがしていた。



[ 2005.08.27 初出 ]
#3 につづく




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