■ レインタクト 第13幕<1>
水瀬 拓未様


 食事を終えた後、食堂で過ごす。
 夕食の余韻を楽しむように歓談している寮生たちもいたけれど、その輪の中に入る気にもなれず、芹菜はひとりぼんやりと、自動販売機で買ったミルクティーを飲んでいた。
 混雑する時間は過ぎたので、寮生はすでに少ない。
 食堂が閉まるのは点呼前なので、それまではここにいればいいかと思いながら、甘い紅茶を口に運ぶ。
 二人とも夕食をとらないつもりかな。
 そんなことを漠然と考えながら、それでも、二人のことをあまり想像しないように意識した。
 でないと思い出してしまう。
 あの声を、また。
「……はぁ」
 あれから何度目になるか分からない溜め息をついて、まだ暖かい紅茶をテーブルの上に置いた。
 朝夕は食堂で食べるのが寮生の基本とはいえ、さまざまな理由から食事を抜いたり、食べない生徒もいるので、今日の結花と里奈のようなケースは珍しいわけじゃない。
 目下、芹菜の心配事はひとつ。
 どんな顔をして、結花に会えばいいのか。

 部屋を追い出されたことに不満を言えばいい?
 昨日は叩いてごめんと、謝ればいい?
 それとも、何も言わずに物わかりのいい顔をすればいい?

「……」
 また漏らしそうになったため息を、ミルクティーで咽の奥に流し込み、芹菜は空になった紙コップをテーブルに置いた。
 あれこれ悩んで、結局普段通りでいいと思ったのも束の間、一度身構えてしまったせいか、普段の自分が思い出せない。
「芹菜、お先ー」
「おやすみ−、明かりよろしくー」
 最後まで残っていた二人組も食堂を後にする。厨房に職員がいない場合、最後に残った寮生が消灯する決まりだった。
 壁の時計を見れば、じき点呼の時間になろうとしている。
「……結局、こなかったな」
 里奈は寮長として点呼をとりに回らなければならないから、すでに自室に戻っているはずだ。
 厨房の後片付けもいつのまにか終わり、広い食堂はがらんとして、ひどく、寂しかった。
 がたん、と椅子を引いてゴミ箱に紙コップを捨てると、そのまま壁のスイッチで食堂の明かりを消す。
 自室のある四階まで、普段通り、普段通りと呪文のように繰り返しながら、芹菜は足を動かした。
 自分はどんな顔で結花と喋っていたのか、寝る前にはどんな事を話していたのか。
 そんなことすら、よく思い出せない。
 日常過ぎておぼろげにしか記憶していないそれらを、部屋に戻るまでには思い出そうと踊り場で足を止めた芹菜に、
「芹菜」
 名を呼ぶ声が掛かって、見上げると結花が立っていた。
「結花……」
 また、不意打ちだ。
 驚いて言葉の継げない自分が間抜けに思えて、芹菜は慌てて顔を逸らし、結花の視線から逃げるようにうつむいてしまう。
 そんな芹菜の挙動を気にした様子もなく、
「遅いから迎えに行こうと思っていたのよ」
 階段を下りた結花は、踊り場で立ち竦む同居人の手をとった。
「お願いがあるのだけど」
「……今度はなに?」
 下を向いたままの視界に、結花の手が映る。
 自分の手をそっと包んだ結花の指が、影絵でも作るように動いたと思ったのも束の間、芹菜は小さな紙片を握らされていた。
「なに、これ……」
「手紙よ。ある人の所に届けて欲しいの」
 目的は果たしたとばかりに、手がすっと離れる。
 細くてしなやかな感触が、少しだけ名残惜しかった。
「……そんなの自分で行けばいいでしょう?」
「お願い」
「また、そうやって……」
 ずるい声を、と言いかけて、言葉を飲み込む。
「また……なに?」
 結花が芹菜の耳元に唇を寄せ、声が近くなった。
「……届ければ良いんでしょう?」
 芹菜は身を捩るように距離をとると、結花を睨み返す。
 目を逸らし続けたら負けだ、という妙な意識が働いた。
「ありがとう」
 含みある笑顔でそう言った結花は、手紙を届ける相手の名前と、その所在を芹菜に告げると、そのまま立ち去ってしまった。
「もう、なんだって……」
 本人が去った途端、文句や苛立ちが沸いてくる。
 が、頷いてしまったからには手紙を結花に突っ返して断る、というわけにもいかない。
「はぁ……」
 本当、今日は溜め息の大安売りだと芹菜は盛大に息を吐いた。