■ レインタクト 第13幕<3> 水瀬 拓未様 時を遡ること、点呼前。 芹菜が食堂で時が過ぎるのを待っていた頃、結花と里奈は二人きりの部屋で向き合い、互いの言葉に耳を傾けていた。 花が咲くほど盛り上がったわけではないが、それでも二人にとって、その会話はずっと欲していたものだった。 だからこそ、その時間を守りたいと思ったのだろうか。 二人とも核心に触れることはなく、過去――二年前――の出来事が話題に上ることはなかった。 最近よく読む雑誌について、とか。 学食では何が好きだ、とか。 なにを話すのかは問題ではなく、誰と話しているのか、ということが二人にとってはなによりも大切だった。 「……そろそろ、点呼にいかないと」 ずっと向き合って、結花と話すだけに費やした数時間。 その終わりを切り出したのは、里奈らしい一言だった。 「そうね。……なら、私は芹菜を呼んでくるわ」 いかにも真面目な彼女らしい言葉の裏に秘められた名残惜しさを感じ取って、結花は自ら率先して立ち上がる。 もっとも、物足りないのは結花も同じだった。 「少し芹菜と話したいことがあるから。……この部屋の点呼は、最後にしてくれる?」 「かまわないけど……話、って?」 「少し、ね」 くすっと微笑んだ結花の言葉に、首を傾げながらも頷く。 「……今日はありがとう」 忘れないように感謝の気持ちを伝えると、結花はあっけにとられた顔で、ほんのわずかきょとんとした後、 「こちらこそ、どうも」 なんとも丁寧な微笑みで、自室に向かう里奈を見送った。 里奈が部屋に戻ると、ルームメイトはすでに眠る寸前だった。 一緒に暮らして一年になる里奈の同居人は、陸上部で将来を嘱望されている少女で、入寮時には水泳と陸上の有望株が同室なんてと周囲から囃し立てられたこともある。 その後、里奈は水泳部を辞めてしまったが、彼女はひたむきなまでに陸上を続けていて、その姿を羨ましいと思う事もあった。 「遅かったじゃない?」 「あ、うん。少しね」 言いつつ、点呼の用意をする。 必要以上に互いのことを詮索せず、とはいえ仲が悪いわけでもない。二人の関係は、あっさりしたものだった。 「明日も朝早いの?」 「有望な1年が入ってきたから、楽しくてさ」 「自分だってまだまだ有望なくせに」 ちょっとした会話を交わすだけで、自然と笑みが漏れた。 さばさばした性格の彼女が与えてくれた日常は、自分にとってわりと大きかったんじゃないかと、里奈は思う。 寮生活の中で、この出会いは大切なものだったと。 「じゃ、点呼いってくるから」 「ん、おやすみー」 潜り込んだベッドの中から手を振った彼女に、同じように手を振って、里奈は部屋の電気を消した。 「……よし」 廊下に出ると、点呼簿を抱きかかえるようにして、短く声を発して気持ちを整える。 その後、とくにこれといったトラブルもなく点呼をこなし、里奈は四〇五号室へ向かった。 結花の言いつけを守り、この部屋の点呼を最後としてある。 ドアの前に立ち、ノックをしようとして、手が止まった。 「……話、か」 なんだろう、と気にしてしまえばキリがない。それは分かっていても、結花の含みある物言いにはどうしても惑わされる。 芹菜とは、高等部にあがってから知り合った。 ずっとクラスが違っていたこともあり、お互いが寮生でなければ縁遠かったことは間違いない。 里奈にとっての芹菜は、結花のルームメイト、というもので、彼女を個人として見たことはないに等しい。 だけれど今日の夕方、目があった芹菜の印象は鮮烈だった。 何とも言えない、強いて言うなら戸惑いに揺れた瞳を見た瞬間、思わず謝ろうと声をかけてしまったほどである。 結花と二人きりになるためとはいえ、押しかけるように部屋を占領してしまったことへの罪悪感があったことは否めない。 けれど、ごめんなさい、という言葉は、知らず知らず、ありがとう、になっていた。 謝ったらきっと、芹菜がより困るような気がしたから。 「……うん」 ドアを開けたら、芹菜に改めて感謝の気持ちを伝えよう。 そう思い、里奈は軽く呼吸を整えてからドアをノックした。 |