■ レインタクト 第15幕<1> 水瀬 拓未様 触れてきた唇から伝わるのは、柔らかさよりも温度だった。 それが彼女の熱なのだと理解すればするほど、沈むように全身を撫でる指先のしなやかさが愛しくなる。 自分が食べられてゆく。 そんな錯覚を里奈が抱いてしまうほど、結花のキスは深く、それはときおり、肌をゆっくりとはんだ。 「ふっ……く、んっ」 歯の先が程良く食い込むたびに、じわ、と自分の中の何かが染み出しているのではないかと少し不安になる。 けれどそんな戸惑いなど、いまは微々たるもの。 「……おいしい」 結花が口にすれば似合うだろうと、そんな事を考えぬでもなかった台詞を囁かれ、くん、と里奈の足の指先が焦れた。 このままでは夜が明ける頃、自分は全て彼女に食べられているんじゃないかなんて、そんな事まで幻想してしまう。 それを口に出せば、結花はきっと笑うだろうけれど。 「慣れ、てる……」 火照った息を吐く合間に、少しの皮肉を込めて呟いた里奈を見て、結花は涼しそうに目元だけで笑った。 薄く開いた唇に、同じく薄く開いた唇が重なる。 「は、ぅ……ん、んく……っ」 味覚を感じる器官同士、お互いを味わうように、ゆっくりと確かめながら軽く押し合った後、 「おいしい……?」 結花から問いかけられて、耳が熱くなった。 「……っ」 肯定も否定も出来ず、目を逸らすように里奈が顔を背ける。 その反応を待っていたのか、結花は目の前に現れた彼女の耳たぶを、唇できゅっとくわえこんだ。 「はっ……」 ほんのわずか開いた里奈の唇から、息が漏れる。 吐けばいいのか、それとも吸えばいいのか、それが分からずに呼吸が乱れてしまう。 「あ、あ……あ……」 か細く、断続的に漏れる声音を楽しむように、結花の唇が、耳たぶから首筋へと降りて、そのままうなじを這っていく。 ほんのわずかくすぐったそうに身をよじると、 「ん、ふっ」 結花の細い指が、里奈の口の中にゆるくすべりこんだ。 「は……え? これ……」 一瞬、なにが起こったのか分からず、それでも結花の人差し指の先を舌で受け止めながら、これはなにか、という問いかけを漏らした里奈に、 「舐めて」 答えは短く、それだけだった。 「あ……ん、ん……」 声を我慢していた里奈は、結花の端的な命令を受け入れて、ちろ、と舌先を絡ませていく。 「ふ、んん……」 なめらかな爪の曲線と固さ、指自身の柔らかさ。その差を舌で確かめるように、丁寧に結花を舐めていく。 指は小さな魚みたいに小刻みに動いて、里奈は知らず、それを追いかけることに夢中になっていた。 「は……ん、ん……?」 いつのまにか首筋を襲っていたこそばゆさは消えていて、ふと横目で結花を見れば、彼女がじっと自分の唇を見ていることに気付く。 視線が重なり、再び問われる。 「おいしい?」 「あ……ぁ……」 きゅっ、と首筋のあたりがすくまってしまう。 見つめる結花の瞳に込められている優しさと意地悪さが、自分の舌の動きをずっと追っていたのかと思うと、羞恥がこみ上げてくるのを抑えられなかった。 いっそ指を噛んでしまおうか、なんて企む余裕すらない。 ただ、 「……ん」 目を逸らして、ほんのわずか頷くのが精一杯だった。 その返事を良しとしたのか、 「私も」 里奈の耳元に唇を寄せ、吐息混じりに結花が微笑む。 その、くすっという独特の笑みの気配が、どこか懐かしくて、恥じらいばかりの心に少しだけ余裕をくれた。 指先と唇と言葉が、体を溶かすように浸食していく。 やはり、食べられてしまうのかも知れない。またしてもそんな感想を抱いた里奈は、 「……おいしい?」 確かめるように、自ら結花に問いかけた。 「とても」 間を置かず、短く答える結花。 その言葉が嘘ではないと証すように、里奈の唾液で濡れた指は、つらつらと肌を滑って下へ下へと落ちていく。 「あ……」 胸の膨らみの間を通った人差し指は、やがて中指、薬指とともに肌におりて、手のひら全体を使った愛撫へと変わる。 慈しみ撫でる感触は、里奈の傷痕を避けることなく、むしろそれを確かめるように、柔らかな動きを繰り返した。 「……」 どんな感じがする? 直接触れてみて、どう思った? 沈黙に耐えられず、なにか言葉を選ぼうとするけれど、そのどれもが彼女を困らせてしまいそうで声を掛けられない。 そんな里奈の心中を察したのか、 「……里奈も触れて。私に」 言いながら、結花はゆっくりと力を抜いた。 覆い被さるように自分へと体を預けてくる結花を支えようと、反射的に里奈の手が動く。 結花は器用に体勢を整えて、自らの胸の膨らみに里奈の手が触れるように体をずらした。 「あ……っ」 何とも言えぬ感触に、里奈の唇が自然と開く。 垣間見えた舌ともう一度絡みたくて、結花は唇を重ねると、自らの舌を滑り込ませた。 「は、っ……く、や、あふっ……」 今度のキスは一瞬で加速し、準備の出来ていなかった里奈はあっという間に飲み込まれてしまう。 少し息が苦しくて、それを逃そうと手に力が入るたび、指は結花の胸をくいん、と揉んでしまう。 それこそが結花の狙いだと分かっているだけに悔しくて――――その悔しさが、里奈の炉にだんだんと熱を入れていった。 触れて。 結花の囁いた言葉が、里奈のためらいを消していく。 手のひらに満ちる柔らかさは、結花の上半身が寄り添うたびに形を変えて、その先端にある突起の固さをかえって目立たせる。 「んっ、は……ん、ん、ぅ、あ……っ」 結花とキスをしている事実だけでも体は熱くなっていくのに、胸の感触は、なお里奈の神経を高揚させた。 「……もっと」 一瞬だけ唇を離した結花は、そう要求すると、里奈の返答を待たずに舌をさらに深く差し入れた。 「ん、ゆっ……か……ぁ、っ」 もっと、だけじゃどうしていいのか分からない。 愛撫をもっと強くすればいい? それとも、舌をもっと激しく動かせばいい? もっと別の場所に触れた方が良い? 分からないまま、それでも自分なりに、懸命に、里奈は結花の問題の答えを探して――――気付けば、両手を使って結花の体に触れていた。 「ん、んん……っ」 口づけを交わしたまま、互いの手が互いの体をさぐっていく。 唇の端からどちらのとも分からぬ、おそらくは両者のものが混ざり合った唾液が垂れても、二人はキスをやめなかった。 唇を重ね、肌を重ね、舌を絡め、それでも足りない部分は指を使って、二人は相手の体に自らを刻む。 遠慮がちだった里奈の指が、結花の下腹部で立ち止まる。 だからそれを導くように、結花が先に境界線を越えた。 「は、ぁふ……くっ」 結花の指はけして断定的ではなく、むしろ探るような触れ方で、敏感な箇所を巡るように優しくなぞっていく。 どこが好き? そう、聞かれているような気がした。 「……ん、んっ」 未だ舌は絡まり合ったままなので声では答えられず、里奈は自分が触れて欲しい場所を示すため、自らが結花の秘所に指を置くことで、その位置を伝えようとする。 「あ……」 火照った肌よりも熱く、蒸れたと表現しても大げさではない内側から、汗とは明らかに違う、粘度のある液体が指に伝う。 その感触が、里奈のぼやけはじめた思考を揺する。 が、それも一瞬のこと。 「んん……っ!」 直後、聞こえてきた音に自分も同じ状態であると知った。 里奈が結花に示した、触れて欲しい場所。あらためてそこに降りた結花の指は、意地悪な動きで音を響かせる。 粘りけのある水音は、舌同士が絡み合う音よりも艶やかで、だからこそ里奈の恥ずかしさを煽り立てた。 この音を出しているのが、自分であること。 この音を、彼女が聞いていること。 これから先に待っているであろう必然の展開を想像すればするほど、どうすればいいのか分からなくなる。 「や、は……や、め……っ」 半ば無意識に拒む言葉が漏れるけれど、結花はそれを気にとめるふうもなく、指の動きに熱を込めた。 だんだんと早くなりながらも、焦らすことを忘れない。 「あ、ああっ……ん、ん……っ!」 唇の隙間からこぼれる吐息よりも、里奈の秘部で奏でられる音のほうが、結花の耳にははっきりと届いていた。 やらしい音。 そんな台詞を囁いて彼女の反応を試してみたくなる気持ちを堪えながら、結花は里奈の熱を攪拌していく。 「ふっ、あ……うぁっ、く、はあぁ……っ!」 唇を離せば、なお際立つ嬌声が里奈の限界を示す。 「あまり大きな声を出すと隣室に聞こえるわよ」 結花の囁きに全身がびくっと震えたものの、止まらない。 止められない。 「寮長自ら風紀を乱すなんて……駄目でしょう?」 「や、は……っ、い、だ……っ、て、ああっ!」 切なく動く里奈の手が、結花の長い髪の中で溺れた。 堪えようとすることで声が途切れ途切れになると、合間の呼吸がかえって火照りを増していく。 「ん、ふ、くぅ……んんっ!」 背を反らし、腰を浮かせる里奈が、結花の腕の中で跳ねた。 「はっ、あ……ん、ゆ、はっ、あ……か、はぁ……あ、あっ!」 絶頂に至る寸前、それでも自分の名前を紡ごうとした里奈の声に後押しされる形で、結花の指がほんの少し強く沈む。 その些細な深度の違いが、とどまりたいと、もっと甘受していたいと思う里奈を内側から弾いた。 「ひぅっ、あ、や……あ、ああ……ッ」 手だけでなく足の指さえもぎゅっと握り、強張るように全身を堅くしたのは、声を少しでも抑えたいと思った結果だろう。 踏み切りはあっけなく、けれど長く深い余韻を残した。 「は……あ、あ……ん、んんっ」 抑えることのできない鼓動を示すように上下する里奈の胸に手を添えて、結花はもう一度口付ける。 吐く息は熱く、それすらも舌で味わいながら、 「……好きよ、里奈」 「んっ……」 不意打ちに等しい結花の言葉に、里奈は全身を震わせた。 |