■ レインタクト 第18幕<1>
水瀬 拓未様


 一人で眠るようになって、どれぐらい月日が経っただろう。
 生まれてからずっと一緒に眠っていた美優とは、両親が亡くなった夜を境に、一緒に眠らなくなった。
 そしてもう永遠に、一緒に眠る事は出来ない。
「……」
 仰向けのまま毛布をたぐり寄せ、鼻にかかるくらいまでくるまると、吐く息の熱が毛布にこもる。
 ほんの少し、湿り気を帯びた暖かさが口を覆う。熱を感じると、自分が生きているんだという気がした。
 美夜にとって、夜は怖いものだ。
 眠りに落ちていく瞬間を自覚できないことも、次に目覚めた時、世界が変わらずにある保証がないことも。
 そして何より、夢を見るのが怖かった。
「……はぁ」
 少し息苦しさを感じて、息を吐きつつベッドから起きる。
 寝付きが悪いのはいつものことだけれど、ここ数日はとくになかなか眠る事が出来なかった。
 理由なら分かっている。美優のことを考えてしまうからだ。
 美優が二年前に亡くなっていると芹菜から聞いた日、そのことを養母である砂織に尋ねてみると、本当だと言われた。
 同時に、今までそれを報されなかった理由も知る。
 美優は雨の日に交通事故で亡くなったのだと――――だから言えなかったと、砂織は打ち明けた。
「……」
 枕元に置かれた、革のバレッタに触れる。
 それは形見であり、お守りであり、楔であり、戒めだった。
 双子である自分たちの誕生日に母がくれた、正真正銘、世界にふたつしかない髪留め。
 見るたびに、母からそれをもらった日を思い出す。
 姉妹二人して鏡を見ながら自分の髪にそれを留めていると、母が笑って自分たちを向き合わせた。
 本当、鏡みたいね。
 左右対称に髪留めをつけた美夜と美優が向き合って座ると、母の言葉通り、真ん中に鏡があるようだった。
 二人でお互いの動きを真似て遊んでいると、それを見ていた父も楽しそうに微笑んでいた。
 だんだんと幼い頃の記憶がおぼろげになっていく中で、美夜が思い出せる、楽しかった時間のひとつ。
 どうして楽しい記憶は淡く儚いのに、つらい事だけはこんなにも忘れられないのだろう。
「……美優」
 撫でるように触れていたバレッタを手に取って、部屋の明かりをつけると、それから手鏡を手に取った。
 誰でも知っている童話の中に、自我をもって話すことのできる魔法の鏡が出てくる。世界で一番美しい女性が誰であるかと問われた鏡の答えが、のちに何人もの人生を変えた。
 美夜の手にしている鏡は、もちろん喋ることなど出来ないし、まして魔法がかかっているわけでもない。
 それでも、美夜にとって鏡は特別なものだ。
 バレッタを髪に合わせ、それから鏡を覗くと、そこには唇を真横に結んだ少女が映っている。
 それは自分でありながら、自分ではない存在だった。
 両親が亡くなり、別々の家に引き取られて数年。その間、美夜が美優を忘れたことはない。

 でも、美優はどうだったんだろう。

 ここ数日、ずっと自問している。
 そしてその答えは、いつも決まっていた。
 芹菜という新たな姉ができた美優は、自分のことをきっと忘れたくて仕方がなかったはずだ、と。
 二年前の入学式――亡くなる前日――、美優はあなたを見ていたはずだと芹菜は言った。その上で声をかけなかったのは、自分を本当の姉だと思っていてくれたからだ、と。
 聞く人によっては、なんて思い上がった言いぐさだと腹を立てるかもしれない。
 けれど美夜は、その通りに違いないと思ってしまった。
 美優にとって、姉は自分ではなく芹菜だったのだと。

 だって自分は、あの子にひどいことをした。

 幼かったから仕方がないと言うのは簡単だけれど、それを年齢のせいにするには、記憶はあまりにも鮮烈すぎた。
 自分が美優にした事を思い出せば、芹菜の態度に一喜一憂してしまう自分に嫌悪すら抱きそうになる。
 けれど、それでも、美夜は芹菜の事が好きだった。
「美優、ごめんね……」
 絞り出すように、それでも、その一言は声にするべきだと、美夜は一人きりの部屋で呟いた。
 もう二度と会うことは叶わないと知りながら。
 その言葉を伝えたい相手が、もう居ないと知りながら。
 鏡の中の、彼女によく似ている自分に向けて。