■ レインタクト 第18幕<4>
水瀬 拓未様


 夜の住宅街は人影も少なく、点在する街灯の明かりを頼りに、芹菜と美夜は並んで歩いていた。
「今日ご馳走になったシュークリームって、どこのお店のだか分かる? 美味しかったから、今度買いにいきたんだけど」
「ああ、あれは……」
 会話を交わす二人の距離は、夜の闇のせいか自然と近くなる。
「……あ、ここでいいよ」
 見覚えのある建物が多くなってきたので、芹菜は足をとめた。
「でも」
「いいってば。帰るのも大変でしょう?」
 一緒にいる時間が長くなるのは嬉しいけれど、そのぶんだけ美夜の家からは遠ざかってしまう。
「次に会えるのは来週だけど、元気でね」
 明日は土曜だから、少しの間、美夜とはお別れだ。
 長く感じた一週間が終わろうとしている。
「……じゃ、またね。美夜ちゃん」
 芹菜が手を振り、踵を返す。
 美夜と出会い、真奈美と触れあい、咲紀から告白され、結花の頬を叩き、里奈の過去を知り、唯とベッドを共にした一週間。
 これから先、何年、何十年経ったとしても、この密度を超える時間が過ごせることはそうそうないだろう。
 そう思えば、この数日間がたまらなく愛しく感じる。
 けれど、少女の一週間はまだ終わらない。
 街灯によって作られた芹菜の影を踏むように、
「あの……っ」
 ある決意を胸に秘め、美夜が一歩、その足を踏み出していた。
「なに?」
 とくに気構えもせず振り向いた芹菜は、街灯に照らされた美夜の顔を見て、知らず知らず、胸に痛みを覚えた。

 ――――なんだろう。

 思いがけない、不意打ちのような息苦しさ。
「……まだ、時間ありますか?」
「別に予定はないけど……」
 寮の門限までは、まだ猶予がある。
 芹菜が頷いたのを見て、
「実は、その……話しておきたい事が、あって」
 そう呟いた美夜は、そわそわとして落ち着きがなかった。
 その様子を、芹菜は訝しむというより心配そうに見つめて――――そして今度は、不思議な既視感に襲われた。
 けれど、それは夢などではない。
 間違いなく芹菜の胸に刻まれている、ある夜の記憶だった。
 それに気付いたとき、芹菜もまた、あることを決めた。
「……美夜ちゃんさえ良ければ、一緒に家に戻ろう?」
 芹菜の提案に、美夜は少し迷ってから頷いた。