■ レインタクト 第1幕<5>[改定版]
水瀬 拓未様


 その命を失っても輝きだけが届くという運命を宿し、星の光が雲の狭間から夜の闇に染まった大地を照らす。その星の名前を冠している鈴蘭寮・星の四〇五号室では、夕食も食べ終わって入浴も済ませた芹菜が一人きりの部屋で二段ベッドの上に寝転がっていた。
 結花はあれきり部屋に戻ってこない。外泊の届け出をしたとは聞いていないので、おそらくは一年生のいる鈴蘭寮・月の誰かの部屋に遊びに出掛けているのだろう。
 鈴蘭寮の門限は平日が午後九時、祝祭日が午後九時半、と決められているものの、それまでに鈴蘭寮の敷地内に入っていればいいので、門限以降でも鈴蘭寮の別棟への移動は特にこれといった規則がない。門限の十分後にはそれぞれの寮に一人ずついる寮長が点呼をとるが、それも別の寮にいるという理由ならば部屋にいなくても大丈夫だ。
 そして結花のいない一人きりの部屋で、芹菜は今日の午後にカフェテリアで拾ったあのバレッタをずっと見つめていた。
 なるべく考えないようにしているのだけれど、どうしても一人きりの時間があると脳裏の関心がこの出来事へといってしまう。
 芹菜が疑問に思っているは、どうしてあの少女が美優と同じバレッタを持っていたのかということ。そしてそれをさらに混乱させるのが、焼き印のイニシャル。
「m.k…。木村とか加藤とか小林とか、Kの名字って云ってもたくさんあるし…」
 と、芹菜が呟いたとき、ちょうど部屋のドアがこんこん、とノックされた。
「こんばんわ、芹菜。点呼なんだけど…」
 少し高めの声とともにドアが開くと、廊下の蛍光灯が暗かった芹菜の部屋に差し込んでくる。そんな明かりと一緒に、寮長の上坂里奈が室内に入ってきた。
「どうしたの? 明かりもつけないで」
「うん、ちょっと…」
 薄暗い部屋を見回し、里奈が呟く。芹菜はそんな彼女に、ちょっと曖昧に答えた。
 ラフな部屋着のようにも見えるパジャマを着ている里奈は、芹菜の隣のクラス、D組に在席している。勝ち気そうな瞳が印象的な少女で、今は湯上がりなのか、普段ならポニーテールにしている髪をタオルで頭の上に束ねていた。
 寮では寮長として、学園では高等部生徒会の副会長として活躍している。人から頼りにされるタイプで、彼女の場合はそれが特に上級生、教師からのものが多い。
 これ以上は忙しくなりたくないから、と部活には所属していないが、一年の頃は水泳部の中でも指折りの選手だったという。
「…結花、また一年生の寮?」
 二段ベッドの上で横になっている芹菜に問い掛けながら、里奈は持っていたペンで点呼ノートにチェックを入れた。
「多分、ね。…結花が高一だった時に中三だった女の子が今年の春になって入寮してきたんだもの。だからだと思うけど」
「芹菜も結花が同居人だと苦労するでしょ」
「もう慣れちゃったよ」
 ちょっと苦笑気味に答える芹菜の言葉に、里奈はおかしそうに小さく笑った。
 中等部時代から結花を知っている里奈は、寮に入ってから結花を知った芹菜よりも彼女の事について詳しい。
「…そういえば今日の夕方頃に中等部の子をお風呂に入れる許可を求めてきたけど、あの女の子とは芹菜、どういう関係?」
「えっ? …ああ、真奈美ちゃん。彼女とは何でもないよ。結花が彼女をあたしの部屋で可愛がってたから、かばってあげたの」
 不意に聞いてきた里奈の意外な言葉に、芹菜は自分でもちょっと嘘っぽいな、と思いつつそう答えた。
「そう。…ま、芹菜は大丈夫だと思うけど、同居してるからって結花の趣味がうつんないよう、気をつけてね」
「忠告ありがと」
 自分が呟いた冗談混じりの言葉に、芹菜はくすっと笑って返す。そんな彼女を見て、里奈は自分もくすくすと笑った。
「じゃ、あたしは点呼が残ってるから」
「うん、おやすみ」
 それから里奈が廊下に出ると、芹菜はちょっとベッドから身を乗り出して片手を小さく振った。里奈も芹菜に対しておやすみ、と言葉を付け足してからドアを閉める。ぱたん、と云う音がして部屋がまた薄暗くなった。
 閉められたドアを無言で見つめていた芹菜は、ちょっと考えてから身を乗り出したついでにと、バレッタを持ったままベッドから降りる。それから自分の机の椅子に腰掛けて、芹菜はその引き出しの中にしまっている美優の形見のほうのバレッタを取り出した。
 美優に関する物で今の芹菜が持っているのは、この髪留めと、そしてあの事故の日に美優にあげようと買ってきたリボンだけ。
「えっと…」
 芹菜は取り出したバレッタと、そして持っていたバレッタを机の上に並べて、そのふたつを見比べた。
 ふたつの髪留めはまったく同じ大きさで、素材の革も同じように見える。髪に留めるための金具の仕組みもまったく同じものが使われていて、もちろん焼き印のイニシャルも同じ場所に同じ書体のものが押されていた。
「これじゃまるで……」
 双子みたい。
 そう言い掛けて、芹菜はその言葉を思わず呑み込んでしまった。
「双子…」
 呟いて、芹菜は自分でも身体が小刻みに震えているのを感じた。驚きとも畏怖とも違う感覚が、なぜか胸の鼓動を早める。
 カフェテリアで出会ったあの少女が美優の実姉だという可能性を、芹菜も考えなかった訳ではない。彼女が美優の姉だとしたら、同じバレッタを持っているという点も、そしてイニシャルの問題も彼女の名前が美夜であるから、という答えで解決する。
 ただ、美優がもし生きていたら彼女は今年で中等部の三年生になる。もしカフェテリアで出会った少女が美優の姉だとしたら、その彼女が中等部の制服を着ているのはどう考えてもおかしい、そう思っていた。
 けれど。
 美優と顔が似ているのも雰囲気がそのままなのも、双子だと簡単に説明がいく。


『……芹菜姉さんの妹になる前ね、あたしには美夜…って姉さんがいたの…。…その美夜姉さんとあたしとは血がつながってる本当の姉妹でね、あたしと美夜姉さんは同じ、同じ日に……』


 なにより二年前の夜、美優が言い掛けたあの言葉。もしもカフェテリアで出会った少女と美優が双子の姉妹だとしたら、美優はこの言葉の後に。


『生まれた双子で…』


 と、続けようとしていたのかも知れない。 そして入学式の夜に美優が突然あんな話をしだしたのも、入学式で偶然、自分の実姉と再会したからなのだとしたら。


『…今日、学校でちょっとあったの』


「……」
 不揃いだと思っていた疑問というパズルのピースが、驚くほど綺麗に組み合った。
 そして出来上がったのは、芹菜ですら信じられない結論で。
「美夜…」
 小さくその名前を呟き、芹菜はふたつのバレッタを両手で持つと包み込んだ。
 手の中で重なった小さな髪留めは、不思議と暖かい気がする。芹菜はその髪留めを机の引き出しに二つともしまうと、ベッドに戻るために椅子から立ち上がった。
 いくら悩んでいても、この部屋に答えはない。あるとしたら、学園の中等部。
 あの少女に逢って聞いてみれば、全てが判るはずだから。
「明日、あの子を探してみよう…」
 決意の込められた声で呟くと、芹菜は自分のベッドの毛布にもぐり込んだ。