■ レインタクト 第20幕<2>
水瀬 拓未様


 里奈が髪を切ったのは、日曜の昼下がりだった。
 彼女の象徴のひとつといっても過言ではなかったポニーテールはすでにない。
 結花とのキスの噂が校内に浸透した直後にそんなことがあったものだから、週明けに登校した途端、周囲はその断髪になにか意味があるのだろうと勘ぐっていたらしい。
 実際のところ、髪を切った事と、その一件とは関係ない――――といえば嘘になってしまうけれど、思い切って髪を切ろうと思ったのは、たぶん、言い訳が欲しかったからだ。
 ずっと髪を束ねてきた、白いリボン。
 恵美理からもらったそれを外そうと思った時、どうしても踏ん切りがつけられなかった。

 それなら、束ねる髪がなくなれば良い。

 そう思ったのが、きっともっとも大きな動機だ。
 長い髪に未練はなかった。本当はあったのかもしれないけれど、伸ばしたくなったらまた伸ばせばいいだけの話だから、あまり深く考えず、ばっさりといった。
 結わずに下ろして、それでも結花より少し短かった髪の毛は、実にさっぱりと、肩につかない程度にまとめてしまった。
 切ってみると不思議と気持ちまでどこかさっぱりとしたようで、ずっと心に淀んでいた想いまで、自分の心から切り離されてしまったかのようだった。
 また水泳をやるのも悪くないかもしれない。
 そんなことを考えたら水が恋しくなって、泳ぐ自分を想像すればまだ少し遠い夏の日まで恋しくなって、胸が弾んだ。
 白いリボンは、引き出しにしまった。二度と付けることはないとは思うけれど、それを捨てようとは思わない。
 それは、傷だらけだった頃の自分を守ってくれた、包帯のようなものだから。
 傷が癒えた今、包帯はもう、必要ない。
 けれどもし、また何かが起きて、迷いそうなときには、その包帯を取り出してみようと思う。
 今も残る胸の傷痕はけして消えることはないけれど、それを受け入れる強さをくれたのは、間違いなく、恵美理だから。