■ レインタクト 第20幕<3>
水瀬 拓未様


 結花と里奈が校内でキスをした事。
 それを知ったのは事が起きた翌日、金曜の放課後だ。
「先生知ってる? 高等部の先輩の話なんだけどさ」
 部活ですりむいたという女生徒の手当をしていたら、少女はそんな切り出しから、どこか楽しそうに事の顛末を語った。
「今まで険悪だったの全部演技とか、キスしたのは別の理由があったからとか、色々説があるんだけど、先生はどう思う?」
 問われて、恵美理は、さあ、と応えた気がする。
 それ以外の言葉を、うまく声にすることが出来なかった。
「ありがとね、先生ー」
 手を振って部活に戻っていく女生徒を見送り、一人になった保健室で、聞いたばかりの話を思い返す。
 それが嘘だ、という気はしなかった。
 むしろ、ようやく、という気持ちがどこかにあった。
 最後に里奈が保健室を訪れた時、これといっておかしな素振りは見られなかったし、気づかなかった。
 だから、なにかがあったとすれば、この数日か。
 いったい何があったのか――――理由を推測し始めた恵美理は、けれどすぐに頭を振って、それをやめた。

 自分にはもう、その必要はないのだから。

 週があけた月曜、髪を切った里奈を偶然校内で見かけた瞬間、脳裏には、初めて出会った日の里奈の泣き顔が浮かんだ。
 それで、自分でも驚くぐらい懐かしくて、ほっとした。
 プレゼントした日から里奈の髪を束ね続けてきた白い結束が、彼女自身の意志によって解かれたこと。
 そうなってほしいと――そうなるはずがないと――思いながら、心のどこかで怖れていた日の到来。
 里奈に声をかけず、ただ、見送った恵美理は、胸の淀みを吐き出すように、そっと息をついた。
 それから保健室で一人、余白ばかりのノートを眺めて、二年前から今日までのことを思い出す。
 あの日、里奈を失いたくないという、ただそれだけの気持ちから口にした嘘によって、自分は少女達の心を傷つけた。
 あれから二年。
 思春期において、けして短くはない歳月を経て、自分が歪めた運命はもとに戻ろうとしている。
 心の中で漏れた呟きは、ただひとつ。
 随分と長い寄り道をさせてしまった。
 どんなにねじ曲げたとしても、辿る者が求める限り、運命はその姿を正すことが出来るのかもしれない。
「……」
 願わくば、彼女が自分を憎んでいますように。
 ずっと何も書き込む事のなかった一冊目のノートに、一行だけ文字を書き加えて、恵美理はそれを、棚へと戻した。