■ レインタクト 第20幕<6>
水瀬 拓未様


 来年になったら寮に入りたい。
 それが、真奈美のあたらしい目標だった。
 切っ掛けは言うまでもなく芹菜と結花の二人だ。
 ともに寮生で、しかもルームメイトでもある彼女たちを通して経験した数々の出来事を思い起こせば、学生寮への憧れは尽きることがなかった。
 同い年の少女と、寝起きを共にする三年という月日。
 自分が寮生になったら、誰と出会い、そして、どんな時間を過ごすのだろう。
 考えるだけで胸が騒ぎ、来年の春が待ち遠しかった。
 自分が寮生になると言ったら、兄はどんな反応をするだろう。
 少しは寂しがってくれるのかな。
 そんなことを思って、週末はバイトで夜遅い兄の帰りを待っていたのに、兄はなかなか帰ってこなかった。
 いくらなんでも、遅すぎる。
 もしかしたら朝帰り、なんて考えた矢先、めずらしく酒を飲んで家に帰ってきた兄が、普段からは想像できないくらい落ち込んだ口調で、彼女と別れた、と言った。
「え?」
 あまりに突然の出来事に――真奈美は兄に恋人がいることすら知らなかったので――驚きながら、年の離れた兄が見せた弱さが愛しくなって、酔いが醒めるまで兄の愚痴に付き合った。
 兄に恋い焦がれていた頃だったら、その口から別の女の話を聞かされるだけでも嫌な顔をしたはずだ。
 私も変わったのかな――――なんて思って小さく笑ったら、自分の情けない姿を笑われたと勘違いしたらしい兄から、軽く小突かれてしまった。
「失恋したことない奴が、兄を笑うな」
 そんなことを言われたので、
「あるよ」
 思わず、怒るでもなく、自然な口調で言い返してやったら、兄は面食らった顔のまま、しばらく固まっていた。
「……相手、誰だよ」
「いいでしょ、誰だって」
 急に真面目な口調で聞いてくる兄の、その様子が本当におかしくて、今度は素直に笑ってしまう。
 勘違いで小突かれたんだから、秘密のひとつぐらい持っていたって、バチはあたらないはずだ。

 初恋の相手はあなただよ、お兄ちゃん。

 いつかそんな言葉を、自然に言える日がくるだろうか。
 そんなことを考えた直後、別に言う必要もないかな、と思う。 勝手に恋をして、勝手にフラれただけなんだし――――そんな初恋が、自分には似合っている気がしたから。