■ レインタクト 第4幕<2>
水瀬 拓未様


 わがままじゃ、いけないの?
 呟いたのは、まだ自分が子供だった頃。誰も周りに居てくれなくて、ずっと独りぼっちだった頃。
 大人は、自分の事をいじめられている可哀相な子供だと思って、同情してくれていた。でも、本当はそんなんじゃなくて、自分は独りになろうとしていたんだと判る。
 決して大人の同情や優しい言葉が欲しかったんじゃない。
 みんな、大人になって初めに覚えてしまうのは躊躇する事。
 学校いかないといけないの? 勉強が出来るようになったら、いじめられないようになるの? 
 そう言った時の先生の顔、覚えてる。
 中学一年、登校拒否していた頃の自分に学校へくるよう説得しにきた大人に言った言葉は、今でも忘れない。
 嘘つき、偽善的。自分のクラスから問題児を出したくないだけのくせに。
 黙り込む大人。
 その時から判ってる。自分は独りになりたいんだって。いじめられてたんじゃない。孤立したくて、自分からいじめられてた。
 クラスの皆は、自分を無視してくれた。それで良かったのに。
 中学三年生の時、クラスの中に一人だけ、自分の演技に、嘘に、気付いた人物が現われて。
 上坂里奈。
 彼女が自分をこんな風に変えてしまった。
 今、思い出しても、あれは夢だったのかもしれないと考えてしまう事もある。
 花火のような想い。
 火が付いて、間があって、ぱっと弾けて輝き、そして余韻を残して、余韻だけを残して消えていく。
 そんな想いが、全てだった。
 二年前の花火が、今の彼女を、自分すら判らない何かを照らし、導いている。
 並木結花という自分を。
 自分についての噂は知ってる。


 レズなんだって。


 否定しない。事実、そうだから。
「どうしてこうなったのかは分かっているのに…」
 自分はどうやったって、あの時の里奈と同じにはなれない。それは知ってる。
 だけど。
「唯、ごめんね。ヤな想い、ばっかりさせて…」
「いいんです。私の役目、結花さんを支える事だって、思うから」
 芹菜にもらった平手打ち。その場所に触れる小さな手。
 芹菜から遅れて教室を出た後、結花は偶然彼女と出会った。いつもそうだ。この小さな少女は、二年前から自分の気持ちが不安定なときに現れる。
 そして、傍に居てくれる。


 私の部屋、きませんか? 先輩。


 彼女に手を引かれるまま寮に戻ってきて、自分が戻るべき建物の、その隣に並んで建っている建物に入った。
 室内は同じ広さ、同じ作り。でも、そこは自分の部屋じゃない。
 部屋に入って、少女は結花を自分から抱きしめた。小柄な体は結花の体を抱きしめて、そのままベッドまでつれていく。
 同じ行為。自分の両腕で相手を拘束する。
 なのに、自分が美夜にしたそれと、少女が自分にしているこれは、どうしてこんなにも違うんだろう。
「…結花さん、あんまり自分を追い詰めないで下さい」
 少女、唯のキスが結花の頬に残る。
 結花と里奈、当事者二人以外で二年前の出来事を知っている数少ない人物の一人。
 高等部一年、笹木唯。
「…結花さん、まだ上坂先輩との事、気にしてるんですか?」
 小柄な身体を猫のように丸めて、結花の腕のなかに納まる。心配そうな表情で結花を見つめる唯の瞳には、同情なんて、そんな感情は一欠けらも含まれてはいない。
 素直な気持ちでここにいて、そして自分の曖昧な好意も全て知った上で唯は側にいてくれている。それがなにより、この二年間、結花の支えだったのかもしれない。
 この少女が、いてくれたから。
「…気にしてる。だから、唯に甘えちゃうのかも知れないわね」
「私は、気にしてませんよ」
 にこっと微笑んで、唯。
「ごめんね」
「やだな、結花さん。ありがとう、の方が嬉しいのに」
「唯…」
 無邪気な笑顔で呟いた唯の背中に手を回し、結花は彼女をきつく抱き寄せる。
「…んっ…っ」
 壊れるぐらいに、遠慮なんて込めないで唯を深く抱き寄せていると、自分がなんて弱いのか判ってしまう。
 身を捩りながら、それでも抗わずに腕のなかにいる唯をいとしく想い、その首筋にキスをする結花。
「好きな人、できたんですか…?」
 キスを受けながら、自分も結花の背中に手を回す唯。
「…もう、私のような人を作っちゃ駄目ですよ。先輩…」
 唯の言葉に、結花はなにも答えなかった。ただ、その腕で一層、少女をきつく縛るように抱き寄せた。