Holiday きまぐれな夏 2 |
【 第3話 】
「あー、さっぱり……っと。あれ」 拝み倒して手錠を外してもらい、熱いシャワーで体中にはりついていた汗と快楽の残滓を洗い流して出てくると、居間に絵里姉ちゃんの姿はなかった。 「もう帰ったのかな」 バスタオルで髪をふきながらあたりを見回してみる。つけっぱなしになっていたテレビは消され、ぬいぐるみの手錠とスケッチブックが手提げと一緒にソファの上に置きっぱなしになっていた。いくら絵里姉ちゃんとはいえ、こんな物騒なものを置いて帰るとは考えにくい。一緒に夕食をとったあと、水につけてあったタッパーがきれいになって水切り籠にならんでいるところをみると、絵里姉ちゃんはどうやら洗い物を済ませてから家捜しの旅に出たらしい。時計の針はちょうど7時を差していた。 念のため暗くなった玄関にまだ靴があるのを確認して、あえて気配は消さずにゆっくりと2階の自分の部屋に向かって階段を上っていく。 外はもう真っ暗だから、帰りは絵里姉ちゃんを送っていかないと。そんな事を考えながら階段の途中から首を伸ばすと、案の定、開けっ放しにしておいたドアから廊下に光がもれていた。その向こうに人の気配を感じて、俺は思わず苦笑してしまった。我が叔母ながら、ここまで期待を裏切らない人もめずらしい。 「絵里姉ちゃん?」 部屋を覗き込むと、絵里姉ちゃんは俺のベッドの上に寝転がって、本棚の奥に隠しておいたはずのエロ本を興味深げにめくっていた。 「あ、カズちゃんおかえり〜。さっぱりした?」 エロ本に取り囲まれたまま両足をぱたぱたさせて、悪びれる気配もない。 「だーかーら、何でわざわざこんなの引っ張り出して見てるんだよっ」 半ば予想通りといえど、隠し持っていたエロ本を家族同然の相手に見られる気恥ずかしさから逃れられるはずも無く、大股で部屋に踏みこむと、開いていた雑誌を取り上げた。 「あっ、けち〜。ちょっとぐらい見せてよ」 「冗談!」 「だって、年頃の男の子がどんなの見てるのか知りたいんだもん。もうちょっと見せてよ」 「自分で買え、自分で」 言いながらベッドの上に広げられたエロ本をかき集めて、もとあった場所にしまいこんでいく。 バラして隠しておいたのにそのほとんどが抜き出されていたあたり、絵里姉ちゃんの眼力がすごいのか、俺がわかりやすすぎるのか。 「ね、カズちゃん、ゲームやりたくない? ゲームやっておいでよ」 背中から覗き込んでいた絵里姉ちゃんが唐突に言った。 「………で、その間絵里姉ちゃんはこれ見てるってか?」 「うん♪」 「アホ」 「あっ、それなに? まだ見てない、見せてっ」 「見せて、じゃねえだろ、だから」 執拗な妨害を背中でかわしながらも、なんとか全部を元の場所に収めて、俺はひとつため息をついた。もしかして、世の中の姉を持つ男はみんなこんな苦労をしてたりするんだろうか。まあ、絵里姉ちゃんは実の姉じゃないけど、もし一緒に暮らしていたら、なんて考えるとちょっと怖い。というか怖すぎる。 絵里姉ちゃんはまだ俺の背中にへばりついて名残惜しそうに本棚を見ていた。この調子だと俺の留守中にまた家捜しされてしまうかもしれない。でも、目の前で見られるよりは、知らない間に見られているほうがまだマシだ、と俺は思う。 ずっしりともたれかかっているせいで、そのじんわりとあたたかい体温やら見た目より大きい胸の感触なんかがダイレクトに伝わってくる。 なんとなく、もうしばらくこうしていたい気がしたけれど、 「よし、おわり。居間に戻ろうぜ」 わざと大きな声を出して振り向くと、絵里姉ちゃんの肩を掴んで体ごと回れ右させた。 「えー。もう?」 「俺の部屋にいたってしょうがないだろ」 ベッドと本しかない部屋に2人きりでいるのは精神衛生上よろしくない。背中をぐいぐい押して階段に向かう。一度は出してすっきりしたとはいえ……あ、やばい、なんかリアルにさっきのことを思い出してしまったぞ。 急に顔が熱くなっていくと同時に背中を押す力も緩んでしまう。と、突然絵里姉ちゃんは肩越しに俺を振り返って、言った。 「下に戻ったら、またカズちゃん手錠だよ? いいの?」 「え?」 いたずらっぽい瞳で俺をみつめたまま、ゆっくりとした口調で、絵里姉ちゃんは同じ言葉を繰り返した。 「居間に戻ったら、わたし、またカズちゃんに手錠かけちゃうよ。降りていいの?」 頭の中が真っ白になった。 とっさに返す言葉がみつからない。 その言葉が意味することは一つだ。それがわからないほどバカじゃない。 今さっき手錠をかけられて、されたこと。シャワーなんかじゃ洗い流しきれない記憶に、いつもの軽口もどこかに逃げ出してしまう 頭の中をいろんな思考がものすごい勢いでぐるぐるとかけまわって、結果出た言葉は、 「………何言ってんだよ。もう、いいだろ。あんだけ舐めといて」 言い返す声が少し上ずってしまった。 「ダメ。今日はもっといっぱい舐めるんだもん。ふやけるまで、舐めていいんでしょ?」 今さっきエロ本を見せろとダダをこねていたことが嘘みたいな、意味深な大人の女の人の顔で、絵里姉ちゃんは笑った。 こんな時ばっかり、こんな顔を見せるなんて、卑怯だ。 こちらを向いて、凍りついてしまった俺の手をとり、いいの?と尋ねるように首をかしげる。 頷けばそれは、自分から舐めて欲しいという意思表示に他ならず、かといってこの部屋に残っても、すぐそこにベッドがあって2人きりでいたらとても冷静でいられる自信など何一つない。 俺は一体今どんな顔をしているのだろう?階下の手錠、背後のベッド。どっちにしてもろくな選択肢じゃない。 さっきのあれではとうてい満足しきれていない自分に気づいてるから、バカいってるんじゃねえよ、と突き放すこともできない。本音を言えば、何度でも、いつでも、こんな風に、いやそれ以上だって―――したいと、思っているのだ。 こんな事、考えちゃいけないってわかっているのに。 何度も口を開いては答えることができず言葉を飲み込んでしまう俺に、絵里姉ちゃんはどこか懐かしい優しい笑顔でにっこりと笑って 「カズちゃん、下にいこ」 繋いだままの手をきゅっと引っぱった。 そういえばこんな風に手をつないだのって何年ぶりだろう。 よく手を繋いで連れまわされてた子どもの頃と、俺たちは何もかわってやしない。俺はいつまでたっても絵里姉ちゃんには絶対叶いっこないのだ。 だったら、答えなんて最初から聞かれるまでもなく決まってる。 俺は、手をひく絵里姉ちゃんに逆らわなかった。 居間に戻ると、再びソファの前で絵里姉ちゃんは無言で風呂上がりに着込んだ俺のトレーナーとスエットを脱がせ始めた。 また全部脱がされるくらいならいっそ着なくてもよかったかなと思わないでもなかったけれど、まあ、そういうわけにもいかない。そもそもまた脱ぐ事になるだなんて、風呂から出る時には考えもしなかったんだから。 その間堂々と人のエロ本を物色していたわりには、俯き加減で手を動かしている絵里姉ちゃんは特に興奮した様子もなく淡々と手を動かしていた。それどころか妙に生真面目に口元をきゅっと引き結んでいて、だから「今度は全部脱ぐの?」なんて質問も口に出せないうちに、俺は素っ裸にされていた。 ソファの前で裸の俺と服を着たままの姉ちゃんが立ったまま向かい合う。 手錠をかけられて驚いているうちに勢いで最後まで突っ走ってしまったさっきと違って、こんなふうに黙りこんでいると、つい、いろんなことを考えてしまってなんだか妙に気まずい。お互いの息づかいの他はエアコンの音しか聞こえない。 「絵里姉ちゃん?」 何を考えているのかまったく読み取れなくて、不意に不安になる。名前を呼ぶと目を合わせてくれたものの、相変わらずその口は閉じられたまま。 「なんだよ、急にだまりこんで。もしかして、俺にみとれてるとか?」 こんな真面目な顔をしてるのを見るのは、もしかしてものすごく久しぶりかもしれない。いつもみたいに軽口を叩いてもらいたくてけしかけてみたけど、どうやら効果はないようだ。 どうしたものか悩んでいると、やがて、俺の胸にとすん、と絵里姉ちゃんの小さなおでこがアタックしてきた。 まるで反省している子どもみたいに裸の胸に額をあずけたまま、絵里姉ちゃんは黙って何か考え事をしているようだった。 俯いているせいで顔の両側に明るい色の髪が流れ落ちて、白いうなじが少しだけ覗いている。 頼むからそのまま下半身を覗き込んでくれるなよと半ばやきもきしつつ、間近から見下ろしていると、なんだか絵里姉ちゃんの小柄さをしみじみと実感してしまった。 もちろん日頃からありあまる身長差を便利に使われてはいるけれど、普段はそんなことわざわざ意識したりはしない。なにしろ小さい頃からしょっちゅう顔をつき合わせている年上の「お姉ちゃん」なのだ。この2、3年で急に俺のほうが体がでかくなったからといって、何年もかけて刷り込まれた見上げる気持ちは、ちょっとやそっとで変わるものじゃない。 それでも、昔は俺を背負ったこともあるはずの絵里姉ちゃんの背中は、実はこんなにも狭くて細かったのかと今更のように驚いてしまう。 いつのまに。いつからか。それとも、今だから? 「―――――――……」 ずきん、と体と心の一部が痛む。 いま、絵里姉ちゃんが何を考えているのかはわからない。 でも、2階であんな事を言ったからには、じきまた手錠をかけられてしまうのだろうと思う。 その後の事は…なんというかもちろん期待しているのだけれど、また手が動かせなくなってしまう前に、ひとつだけやっておきたいことがあった。 嵐のように俺を押し流していく快楽のさなかで、幾度も胸を掠めたあの想い。 俺はその了解を得ようと口を開き、でも、まったく動く気配を見せない華奢な肩に、何とか言葉を飲み込んだ。 なぜだかわからないけれど、今、声に出して尋ねたら、なにもかも台無しにしてしまいそうな、そんな気がした。 あるいはダメ、といわれるのが怖かったのかもしれない。 だから言葉で聞くかわりに、恐る恐るまだ自由な両手を持ち上げた。 躊躇う気持ちが動きを鈍らせる。 自分の呼吸する音が耳元で鳴っているように感じてしまうほど、俺は緊張していた。 今までずっとされるがままで、自分から絵里姉ちゃんに何かするのはこれが初めてだ。それは、なんというか家族としてのスキンシップなんかじゃなくて、男としての俺が女の絵里姉ちゃんを意識して初めて触れようとしている。胸に頭を押しつけたままの絵里姉ちゃんには、きっとこのものすごい勢いで鳴り始めた心臓の音も全部聞こえてしまっているに違いない。 やがて俺の掌が、薄いセーターの背中に触れる。 もし咎められるとしたらこの瞬間以外にありえない。けれど息をとめて様子を伺っていても、絵里姉ちゃんは両腕の輪の中で動こうとはしなかった。 安堵とともに突如として逸りだした気持ちを押さえこんで、ゆっくりと両腕に力をこめる。 「―――絵里姉ちゃん」 そうして、俺は絵里姉ちゃんを強く抱きしめていた。 甘いシャンプーかなにかの匂いがこれ以上近づきようもないくらい近くから立ち上ってくる。どくり、と更に体温があがる。眩暈がしそうだ。こんな俺の両腕に、すっぽりと納まってしまう絵里姉ちゃんの体。ほっそりとしているのに思ってた以上に柔らかくて、重みがあって、けれどもやっぱりそれは男のごつい体とは全然ちがう、女の人の体だった。 腕に力を入れれば入れるほど、物理的な息苦しさとはまた別に、熱さともせつなさともつかないものが胸いっぱいにこみあげてくる。 ほんとうに、こうして、抱きしめたくて、絵里姉ちゃんを確かめたくてたまらなかったのだと。実際にやってみてから気づくなんて、俺も相当間が抜けてる。 どこもかしこも柔らかい、生身の体。それを直に自分の体で感じた途端、今まで本当に起きた事なのか信じきれなかった全ての記憶が、確かな実感を伴って俺の頭の中を勢いよく駆け巡りはじめた。 押しつけられている胸の弾力とか、アソコで感じた口の中の熱さだとか、その記憶のあまりの鮮明さに気づいて、やばい、と思った時はもう手遅れだった。 「―――んん?」 だって、俺たちの体はまったく隙間がないくらいぴったり密着していて、それはもちろん下腹部も例外ではなくて、要するにイロイロ思い出したらあっというまに硬くなってしまったわけで。当然、それが、絵里姉ちゃんにばれないはずなどないのだった。 「ねえ……この当たってるの、なあに?」 今の今まで黙ってつったったまま考え込んでいたのが嘘みたいに、耳慣れた笑い声が胸元から響いてきた。恥ずかしさについ腕の力をゆるめると、あろうことか柔らかな体があきらかな意図を持ってむにゅりと押しつけられた。 「う………」 気がつけばいつものからかうような瞳が俺を見上げていた。いかにも楽しそうなはずんだ視線にさらされて、つい顔を背けてしまう。 もちろん言い訳などできるはずもなく。かといって、そのままにしておくのもあんまり恥ずかしいので、俺は絵里姉ちゃんの頭を抱え込むようにしてぎゅっと抱きしめることにした。少なくとも、こうして視界をふさいでしまえば、見られる恥ずかしさからは遠ざかる。硬くなってる部分には明らかに逆効果になってしまうのだが、この際いたしかたがない。 「カズちゃんってばえっちなんだから、もう」 細い腕が俺にまきついて、その頼りなくもほんのりと温かい感触を意識した途端、体中の血管が一気に開いて血流が勢い良く暴れ出した。 「……それ、絵里姉ちゃんにだけは、言われたくない」 なんてことだろう。絵里姉ちゃんに、抱きしめられている。 息を呑み、確かめるように再び抱き返す。お互いに抱きしめあって、強く体をおしつけあう。ただそれだけで満たされていく気持ちを悟られたくなくて、ぎゅっと目を閉じた。 どうしようもなく、心が騒いでいる。抱きしめる腕が震えている。 望みどおり抱きしめた。でもまだ足りない。こうしているだけでとても満たされているのに、同時にどうしようもなく飢えていく部分がある。それが何なのか、何がたりないのかわからないけれど、何もかもがたりないような気がしてならない。 もちろんしたい事はたくさんある。そのどれもが考えてはいけないような事ばかりで、いや、常識とかそれ以前に絵里姉ちゃんになんて言われるか考えると、勢いだけで全てをぶちまけられるはずもない。 ただ、それは体だけのことではなくて。 俺は男で、まだガキだから、好きと、欲しいと思う気持ちを分けることができない。絵里姉ちゃんがとても可愛く、愛おしく思えて、内心、これが恋というものなんじゃないかと漠然と感じたりもしている。 血縁に惚れて身も心も欲しくなってしまうだなんて救いがない話だ。いっそ絵里姉ちゃんが資料と言い切って俺に触れたように、ただ欲望だけを向けることができたなら、まだ楽だったかもしれない。でも、たとえ恋ではなくとも、俺の中で大きな位置を占めている絵里姉ちゃんという人を、今更単なる性の捌け口として捉える事はとても難しかった。気づいてしまった気持ちをなかった事にもできない。 そうして、動けない俺を動かすのはいつも。 「カズちゃん……手錠、するよ?」 信じられないくらい甘い響きが、耳から頭に入り込んで心臓を食い荒らす。 「もうちょっとだけ」 このままでいたい、と飲み込んだ言葉を、絵里姉ちゃんは柔らかく受け止めて剥き出しの胸に戯れるように歯を立てた。かすかな痛みと、甘い痺れ。柔らかな舌が痛みをなだめるようにそよいで、吸いつく小さな音がささやかな戸惑いや困惑をたやすくかき消す。あっというまに体中が欲望でみたされる。愛しい息苦しさより焼きつくような欲情が頭の中を支配していく。 どうして、いつもこんなにも簡単にこの人は俺を動かしてしまうのか。 やられっぱなしでは気持ちがおさまらない。でも、それはただの言い訳で、ほんとうのところは、せめてこの気持ちの切れ端だけでも伝えたくて、まだ自由な手で絵里姉ちゃんを仰向かせると、ぎこちない仕草でその唇にキスをした。 ほんの2秒か3秒、それでも俺にとっては充分長い初めての口づけ。止めていた息とともに顔を離すと、大きく見開かれた瞳が絵里姉ちゃんの驚きを物語っていた。 「……いまの、ファーストキスだ」 なんでもないことのように言おうと思ったけど、やっぱり無理だった。 驚いたまま薄く開かれた唇から出てくる言葉が怖くて、だから、俺は自分からそれを口にした。 「手錠、つけて。なんでも、好きにしていいよ。………絵里姉ちゃんに、してもらいたい」 目の前で黒く濡れた瞳が揺れる。 「本当に、いいの? 私、もっともっとしたいのに、後悔しない?」 妙に一途な顔で俺を見上げてそんなことを尋ねる。じわりと胸の奥が熱く滲む。 「しないよ。だって、ふやけるまで、してくれるんだろ?」 照れくささで冗談交じりに即答すると、絵里姉ちゃんは戸惑うように口をつぐみ、そうしてこぼれてきた囁きは、もう取り返しのつかない気持ちを更に駄目押しするように、胸の奥に抜けない楔を打ち込んだ。 「ごめんね。私おかしいの。カズちゃんが、欲しいの。いけないことなのに、もっともっとしたい」 信じられない言葉に思考速度がゼロになる 「血が繋がってるのに、考えちゃいけないのに、カズちゃんよりずっと年上なのに、おかしいの。私、おかしいの」 ゆるゆるとその意味が意識に落ちてくる。狂おしく訴える声に酔わされる。 「……いけないことだから、気持ちイイんだ。もっともっとしたくなる。俺も同じだよ」 同じことを同じように感じていたと知って、沸きあがる喜びが俺の声をかすれさせた。 「もしかして、ずっと、考えてたのはそのこと?」 絵里姉ちゃんは質問に子どもみたいにこくりと頷いた。一度噴き出してしまった不安はとめどない流れとなってピンク色の唇から勢い良く溢れ出していくようだった。 「どうしよう、わたし、取り返しのつかないこと、しちゃう。カズちゃん普通の男の子なのに、こんなの好きな女の子と、することなのに」 不安の裏側にある激しい情熱に溺れてしまいそうだ。なんて言っていいのか、何を言えばいいのか皆目わからないけれど、とりあえず最後の言葉はまったく心配要らないことなので、それを態度で示す事にした。 「わた………んんん」 黙りこんでいた分をいっぺんに取り返すようによく動く唇を、強引に仰向かせて問答無用でふさいでしまう。 声が口の中に響く、不思議な感覚。 出口を一方的に塞がれて発音する機能を奪い取られた小さな舌は、次の仕事とばかりにすばやく俺の唇の隙間をちろちろとくすぐり、なんとも魅力的な誘いをかけてきた。 薄く唇を開くと、待ちかねたようにするりと俺の口の中に滑り込んで柔らかくぬめる感触を直に伝える。舌と舌がぶつかって絡み合う。ぞくぞくと痺れるような気持よさに、鼻から大きく息をつく。濡れた口の中をひらひらと飛び回る舌先は次々と俺に見知らぬ快楽を教える。歯並びをなぞられては震え、上あごをくすぐられて喉の奥から思わず声を漏らした。 「は……っ」 一瞬唇が離れた隙に大きく息を吸い込む。けれども離れてしまうとまた物足りない。もっと、キスしたくなってしまう。あの一分のすきも無く絡み合って睦みあう気持よさに浸りたくて、再び唇を寄せる。 「すごい、気持ちいい」 触れ合う直前に唇の上で囁くと、絵里姉ちゃんはちょっと恥ずかしそうに眉を寄せて、仕返しとばかりの俺の唇を柔らかく甘噛みした。 「いてっ」 別に痛くはなかったけれど、噛まれたのでそう言ってみる。そうすると、噛んだ場所をなだめるようにぷっくりとした唇がこすりつけられ、下唇と上唇をそれぞれ交互に吸い取られた。 なんだかたまらなくなって、その両頬を手でしっかり包み込むと、身をかがめて深く舌を差し入れた。うっとりとまぶたを閉じたその顔に信じられないくらい昂ぶってしまう。たった今覚えたばかりの愛撫の仕草を絡みついてくる舌にお返しすると、頭を押さえられて自由にならない肩がびくびくと震え、眉をよせた苦しげな表情とは裏腹に柔らかな舌は更なる愛撫をねだるようにまとわりついてきた。 油断すると主導権は簡単に取り返されてしまう。舌先を吸われては吸い返し、夢中になって絵里姉ちゃんの口内のなめらかな粘膜を味わう。ついさっきまで俺のモノを飲み込んで信じられないような気持よさをもたらしてくれた場所。ほかでもない絵里姉ちゃんの、体の内側に自分の舌で触れているのだと思うと、柔らかな肌にぴったりと押しつけられている部分がすばやく反応してびくりと震えた。 「はぁ…」 わずかな息継ぎのあいまに、絵里姉ちゃんの上気してとろりと蕩けた表情に一瞬目を奪われる。その瞬間を狙い定めていたかのように、突然、下半身から強烈な快感が駆け上ってきた。 「ぁ……っ!」 やけつくような感覚にとっさに腰をひいてしまう。と、小さな手が俺のそれをしっかりと掴んでいた。釘付けになった俺の視線に応えるように、目の前で白い指がゆるゆると赤黒い性器を擦り上げはじめる。 「絵里姉ちゃん……ぅあ……」 ぞくりとこみ上げてくる快楽に、情けなくなるくらいみっともない喘ぎ声しか出せない。 「ね、もう、いい……?」 見上げてくる絵里姉ちゃんの瞳も見るからに濡れて、その声までも滴るような響きを帯びていた。 「手錠して、いいでしょ? また、さっきみたいに、したい……」 言ってる間にも、体ごとのしかかるようにしてソファに座らされる。 そのまま向かい合わせに膝の上に座り込んだ絵里姉ちゃんは、その子どもっぽい顔からは想像もつかない巧みな手つきで俺の快感を掻きたてながら答えを迫った。 「ちょっ、わかった、わかったから………っ!」 掴まれた部分から駆け上ってくる容赦ない愉悦と、膝の上ではだけて丸見えになってしまった太ももの思わぬ白さに意識を焼かれて、思わず叫ぶ。 「うん、ほら、早くぅ………また、手、後ろにまわして」 慌てまくる俺の気持ちなどおかまいなしに、絵里姉ちゃんの手にはすでに手錠が用意されていた。さっきまでそのへんに転がっていたはずなのに、ほんとに素早いったらない。言われるまま腕を後ろに回すと、さっきと同じように胸に絵里姉ちゃんがもたれかかって、ごそごそ背中で気配がした。またふかっとした感触が手首に巻きついて再び自由が奪われる。 「ん………っ」 熱い吐息が、俺の剥き出しの胸にぶつかる。 ぎゅっと押しつけられた絵里姉ちゃんの頬。ふせ気味の長いまつげ。薄く開いた唇。 この角度からは見えないその表情は果たして安堵しているのか、焦れているのか。子どもみたいに幾度も顔を擦りつけてくる感触からは、まったくわからなかった。 |