【 第4話 】

それから2ヶ月もの間、どちらからともなく声をかけあって、高原の家で幾度もセックスした。
多いときはそれこそ毎日、間があいてもせいぜい3、4日。一度すれば私のどうしようもない妄想もすっきりきっぱり落ち着くとおもっていたのに、むしろ前よりもエッチなことばっかり考えるようになってしまったのには閉口した。でもそんな自分のいやらしさについて思い悩む間もなく、気がつくと高原と抱きあう、そんな日々が続いていた。
高原は私に次から次へと見知らぬ快楽を教え込んでいき、たとえそれがどんな戸惑うようなことでも、一度試してみれば最後には必ず「お願い、やめないで」とせがむ羽目になった。
拙い想像だけで毎晩オナニーしていたころが嘘のようだ。
たとえば指を撫でられること、指を舐められることがどれほどいやらしいことなのか、昔は想像することさえできなかった。いまでは高原が笑いながら指先を撫でるだけで、あっというまにえっちな気分のスイッチが入る。
学校では今までどおり、ちょっと仲のいい友達で今のところは上手くいっている。高原の家に行く時一緒にならないよう時間をずらしているせいか、詮索好きなクラスメイトにも特に疑われてはいないようだ。
予想外に苦労したのは、学校で高原を男として意識しないようにすることだった。視界にはいる横顔や、背中、指先、そして声、なにげない動きひとつに、あのときの感覚が呼び覚まされてしまう。それに気づいた高原が、誰もいない時にわざと私のスイッチを入れてからかうこともたまにあった。
ここまで溺れてしまっているのだから、高原がほかの女の子と仲良くしていたら焼きもちのひとつでもやくのが普通なのだと思う。でも、幸か不幸かそういう気持は全く訪れなかった。
高原がとてもマメなのは毎日くれるメールでもわかるし、家で一緒にいる時はびっくりするくらい紳士的で優しくしてくれる。でもそれはたとえて言うなら女性に囲まれて育った男の子ならではの自然に身についた優しさで、私に勘違いをさせないだけの冷静さも常に見え隠れしていた。だから私は変に思い煩うことなくその気遣いを受け取ることができた。無粋な詮索もつまらない独占欲もそこにはなかった。
最初、高原にセフレになってほしいと頼んだとき、もしかしたらえっちしているうちに好きになってしまうかもしれない、という淡い期待が少しだけあった。
セックスしていればいずれ体だけではなく心も欲しくなるのが自然。それを信じたい気持ちが私のどこかにあった。
確かにこうなる前の高原への漠然とした好意と、今の高原への親愛と信頼は比べるべくもない。
でも日と体を重ねてゆくごとに高原を得難い男だと感じはしても、毎日のようにセックスをしてるからといって自分だけのものだと思いこむことはできなかったし、そのよさがわかればわかるほど、私と過ごす時間の他に高原が持っている人間関係であったり彼だけの時間であったり、そういうものを不躾に侵すことに対して、罪悪感にも似た感情を抱くようになっていった。
なぜなら私は高原としていることに対してとても満足していたけれど、高原が私が私とのセックスで100%満足しているとは到底考えられなかったし、一緒にいる間見せる顔におそらく嘘はないのだろうが、だからといって何もかも全てを正直に見せてくれているわけではないということにも薄々気づき始めていた。
そのことに寂しさより、配慮を感じてしまうのはやはり高原に惹かれているわけではないからだと思う。
ほんの少しだけ、彼の時間をわけてもらい、お互いの欲望という一側面だけを共有する。
決して近づきすぎないこのスタンスに私は不思議なほど安らぎを感じていた。
物語の中や、周りにいる恋している女の子たちが熱病にかかったようなまなざしで語る「もっと相手を知りたい」「もっと相手にとって大切な存在になりたい」という気持ちは、理解はできても私の中にはないものだった。
女は心で男に抱かれる、心が体を求めさせる。
もし、そういう通説が正しいのだとすれば、私は最初から全ての階段を踏み外してしまっている。私の体は高原を求め、与えられる快楽にのぼせ上がっていたけれど、高原でなければ、と恋い願ったことはまだ一度もない。
もし機会があれば私はいくらでも、高原ではない人に抱かれるだろう。他者によって得られる快楽を知ってしまった今、見知らぬ世界があるのならもっと見たいという好奇心もまた私の裡にある。
セックスに毒されてる。
ただ快楽だけが私の心を捉えている。
大人が子供に禁ずるのも無理はない。それは一度覚えたら最後溺れずにはいられない、甘い甘い麻薬ににていた。



その日は朝からおかしかった。
ひどく気持ちがたかぶって、妙に体のどこかが疼いて落ち着かなかった。
いつも楽しみにしている社会科の先生の楽しい脱線話もまったく耳にはいってこない。気がつくと、高原としているときの記憶や、どうしようもなく卑猥な妄想がとめどなくわき上がってきて、授業に集中しようとする私を悩ませた。
今日は絶対高原にしてもらわないといけない。
じりじりとした気持ちで1時間目の授業終了のチャイムがなるのを待って、休憩時間にヘルプメールを打った。
 “どうしよう。今日すっごくしたいんだけど、放課後まで待てそうにないよ(>_<)”
自分でもどうしようもないと思うのだけれど、ほんとのコトなんだから正直に書くしかない。
 <朝っぱらから熱烈なお誘いだなw なんなら学校でするか? 初めてした時みたいにw>
 “いいよ。なんなら今からでも。どこかできそうな場所、知ってる?”
 <マジ? 一箇所あるけど、そこは放課後にならないと無理。授業サボる気か?>
 “なんかホントに今日はダメなの。今すぐしたいの。サボりでもいい”
打ちながらちらりと顔を上げて見てみると、高原もこっちを見ていた。
困惑しつつも、もう男の顔になっているのがわかる。いつもの人懐っこい表情とはまったく違う、鋭く熱を帯びたまなざしで私を貫く。
 <そんなエロい顔してんなよ。みんなの前でつっこみたくなるだろ?>
みんなの真ん中で、かっと自分の体が熱くなるのがわかった。ただでさえ昂ぶった下肢に、あまりにあからさまな欲望の言葉が深々と突き刺さる。
 <じゃあ放課後までの宿題だしてやる。ちゃんとできたら、放課後学校で好きなだけイかせてあげるよ>
かすかな失望感に私は唇を噛んだ。放課後までこの苛立たしい欲望を抱えていなければいけないのか。
ため息をついて、次のメールを見た瞬間、
「……うそぉ……」
思わず声が漏れてしまった。
 <今からトイレに行って、今日一日ノーパンで授業を受けること。
  あと、休み時間ごとに証拠の写メも送れよ。
  我慢できなくなったらトイレでオナニーしてもいい。
  オナニーしたらその後の写真と、何をしたか全部書いて送ること。
  OK?>
はじかれたように顔をあげる。でも、さっきまで高原がいたはずの場所にはもう誰もいなかった。きっと私の反応を見越して、教室を出たにちがいない。
クラスのみんなにはナイショにしてるのに、教室で何度も見つめあってたりしたら絶対怪しまれる。賢明な判断だった。
それにしたって。
耳元でものすごい勢いで心臓の音が鳴り響いていた。もう一度「宿題」の内容を読み返す。何度読んでも、それは冗談でも嘘でもなかった。もちろん、撤回のメールもこない。
この教室で、みんながいる中で、私一人がノーパンで発情したまま、授業を、うける。
冗談じゃない、と真っ先に思った。万が一バレでもしたら、どうなってしまうか考えるだけでも恐ろしい。でも、そもそも宿題を「こんなバカなこと」と笑い飛ばせるくらいなら、高原にあんなメールは打たない。『ちゃんとできたら』とわざわざ書いてある意図を汲めば、私に拒否する選択肢など最初から与えられてはいなかった。
そして。
一方でこのとんでもない「宿題」に興味を持っている私もいた。
今までの経験から、羞恥心が体の感度を大きく底上げすることに自分自身でもうすうす気づいていた。恥ずかしければ恥ずかしいことほど、私は興奮して感じてしまう。
そのことは高原のほうがおそらく私よりもよくわかっているはずだ。
もちろん授業中だから、高原は私に指一本触れることはできない。平静を装う私が人知れず羞恥心に高ぶっていく有様を、同じ教室から黙って見ているだけ。
ぞくり、と体の奥がもの欲しげにさざめく。
そう、それは―――もしかしたら、衆人環視の中で公然と行われる愛撫も同然なのではないだろうか?
たった一瞬の想像で体の中心を駆け抜けた甘さが、私を強く刺激し惑わせた。
携帯は静かに沈黙して、私の返事を待っている。
口の中がすっかり乾いていた。
私はひとつ深呼吸をして、震える指でメールを打った。
 “OK。がんばってみる”
信じられないことに、すでに体は今日一日渦巻くものを予見してじんわりと熱く火照っていた。
とてつもなく長い一日になりそうだった。



じりじりと一日中待ち望んでいた放課後、高原のメールで指定されたのは校舎のはずれにある社会科準備室だった。別名物置小屋。たまたま先生に頼まれごとをされた高原が鍵をあずかっているのだそうだ。なんの用事だったかもたぶん聞いたはずだけど、私にそんなことに気をまわす余裕なんてなかった。
人にみられないよう注意して準備室の中に入り込み、先に待っていた高原と噛みつくようなキスをする。
私の息はもうとっくあがってしまっている。高原の指が確かめるようにスカートの中に入ってきた時も、とがめるより触れてもらうために腰を突き出すありさまだった。
「どうだった…なんて聞くまでもないな。もう準備万端だ」
カーテンを引いた準備室はうっすらと暗く、埃っぽい匂いがした。低い声で揶揄されても、興奮のあまり頷くしかできない。
促されるままに壁にそって並べられた書架に向かって手をつき、ねだるように腰を突き出す。大きな手で腰を引かれ、スカートをまくりあげられた。ひやりとした空気が内股を撫でる。本当に恥ずかしくなるくらい濡らしてしまっていた。
「あ、あ…………っ!」
巧みな指使いでいつもよりずっとずっと柔らかくほどけた場所を執拗にまさぐられて、こらえようとしてもつい声が漏れてしまう。
「すごいねぇ…写真もすごかったけど、奥はもっとすごい…指にからみついて離れないよ」
命令どおり、休み時間ごとにあまり人がこないトイレで、スカートの中の写真を撮って送った。最初の一枚を足を閉じたまま撮って送ったら、次には足を開くよう命令がきた。最後の一枚では更に指で開くよう求められた。
防犯目的の大きなシャッター音に気づかれないよう、廊下の音に細心の注意をはらって撮った。擬似的な機械音が響くたび、こらえている快感の針が大きく跳ね上がるのを認めないわけにはいかなかった。
許可がでていたのにオナニーしなかったのは、オナニーなんかでこの欲望が収まるはずなんかないとわかっていたから。そして、待てば待つほど後から得られる快楽が大きくなることを、どこかで期待していた。
立ったり歩いたり、といった身動きごとにスカートのざらついた生地がお尻を直に撫で、むき出しのそこに冷たい空気を感じるたび、自分がしでかしてることの恥ずかしさが絶え間なく襲ってくる。
四方にクラスメイトたちの気配を感じ、時折廊下ですれ違う先生に神経を尖らせ、ばれたらどうしようと恐れながらも体はどんどん火照りを増していく。
午後にはそこはもう拭いても拭いても次々へと蜜を吐き出して止まらなくなっていた。
「は……あ………っ、おねがい、意地悪しないでぇ……ほしいの……っ」
みせかけだけの羞恥心なんかこの放課後までに全部使い果たしてしまっていた。突き出したままのお尻を揺らして、一生懸命ねだる。
「奥までいっぱいにしてぇ……」
溢れた蜜が内股をつたってつぅっと流れていく。
こんなに濡らした事なんていままでなかった。そしてこんなに欲しくて狂いそうになったことも。
「名取にしては上出来なおねだりだけど…ちょっと足りないな」
卑猥な水音を立ててかき回している指はそのままに、ぴったりと背中に密着して唇で耳のふちをなぞる。
「あっ……な、なに……」
「何でどこをいっぱいにしてほしい?」
かすれた声とフェイントで襲ってきた快感に、きゅんと体が反応してしまう。
「や……高原の…」
「俺の、何?」
使い切ったはずの羞恥心がふつふつ湧き出して今更のように言いよどむ。
こうして言わされるのは初めてではないし、頭の中ではちゃんと浮かんでいる単語なのに、声に出そうとするとこんなにもためらわれてしまうのは何故だろう。
「たかはらの……かたくて、太い……」
なんとか誤魔化そうと遠回りしてみても、そんなことはとっくにお見通しなのだった。
「硬くて太い……指ならもう入ってるよ?」
「ぅあんっ! ち、ちがう……指じゃないの……あぅっ」
「じゃあ何?」
「うぅ………」
耳まで熱い。でも、待ってても、欲しいものはもらえない。私が望むものをきちんと言わなければ、高原は絶対に与えてはくれない。
「高原の……高原のおちんちん欲しいの……っ、私の中……おまんこいっぱいにして……っ」
目をきつく閉じてささやき声で一気に言いきった。
「……高原のばかぁ………っ」
あまりにも恥ずかしくていたたまれなくて、言わずにはいられなかった。荒い息をつきながら体を震わせていると
「お待たせ」
低い声とともに、それが一挙動でずるりと私の中に押し入ってきた。
「ぁ………………ッ!」
びりびりとはじけ飛びそうな快楽が襲ってきて、昂ぶりきった意識を焼いた。わずかに残った理性で必死に書架に爪をたてて声を押し殺す。焦らされきったあげくに満たされ、ようやく与えられたそれを逃がすまいと容赦なく締め上げる。おなかの奥に感じる高原は、いつもよりもずっと大きくて、熱かった。
「んっ、……くぅぅ………ン」
「く……っ、そうそう、声、出すなよ?」
上半身を寄せて、後ろから半ば覆いかぶさるような形でささやく。
一瞬よぎった悪い予感は見事に的中した。高原は容赦のない動きで、激しく私を突き上げはじめたのだ。
「く……ふぅ……んんん………っ」
めったに人が来ない場所でも、ここはまだ生徒も先生もいる校舎の中だ。いつものように声をあげるわけにはいかない。
でも、こらえようとすればするほど、体に力がはいり、腫れきった粘膜を擦るその刺激に溺れることになってしまう。それでなくても繰り返されるぬめる気持ちよさが次々に体の中につめこまれ、密度を増した快感が皮膚の内側を荒れ狂った。
「だ、だめ……高原……わたし…………っ」
どう動いても、どう突かれても、はりつめた先端が硬い子宮口を小突くたび溶けそうな気持ちよさが全身を駆け抜ける。一日中我慢していた何もかもがはじけて、なにもわからなくなっていく。
ただただつながっている場所だけが、私と高原のすべてになる。
こんな気が遠くなるくらい我慢して声を押し殺していても、腰を打ちつける度わきあがる卑猥な摩擦音や水音は消せない。そして、それを制御できる冷静さなどとっくの昔に失われてしまっていた。
「や、あ、あ………ったかはら………っもう、だめ、だめ………っ」
少しでも長くこの恍惚の瞬間を引き伸ばしたくて、わずかばかりの容赦を求めて限界を訴える。けれども、いつもと違って高原は私を焦らそうとはしなかった。ますます激しく私を突き上げ、快楽でもみくちゃにした。
「いく、いっちゃう…………っ!」
あっという間に、絶頂に押し上げられた。逃げるまもなく押し流される。きつくのけぞった体に真っ白な愉悦がはじけた。
「あ……っ、あ、あ………」
びくびく震えながら恍惚を貪る体に、途絶えることなく新たな快楽が注ぎ込まれ、のぼりつめた頂上近くの戻れない場所に私をおしとどめる。
「あっ、あぁ……っ……はぁっ、だめぇ……そんなぁ…あぁん……」
「今日はまだまだいけるだろ?」
笑いを含んだ声の言うとおり、まる一日かけて興奮にあぶられた体は、一度いったくらいではまったく冷めそうになかった。
ひくついている部分から生まれる快感は次から次へととめどなく私を満たして、溢れ出した分をあっというまに満たしていく。
「あぁんっ、はっ、ん…………っ、うそ、また感じちゃうぅ………」
高原の動きはこちらの様子を伺うように穏やかで、その焦らすような動きにたまらなくなって、自分から腰を押しつけるように動かしてしまう。更に深い場所で甘い火花がはじけて、その感覚に夢中になる。
「んっ、ふ…………いい………っ……」
「一日中我慢したご褒美にもういらない、っていうまでしてやるよ」
「……して、いっぱいして……奥いっぱいシテほしいの………っ……とけちゃうくらいにめちゃくちゃにして……」
甘く媚びたリクエストに答えて、高原の固いそれが再び一番奥をリズミカルに打ちはじめた。自分の体が常にない貪欲さで高原をしめあげているのがわかる。
高原の息づかいも荒くせわしくて、突き上げてくる硬さがその興奮を無言のうちに語っている。猛るそれに執拗にからみつく自分のピンク色の粘膜までもが思い浮かぶようで、そのいやらしさに頭の中まで溶けてしまいそうだった。
夢中で自分から腰を突き上げるように持ちあげ、一番気持ちイイ場所にあたるよう揺すっている。
びりびりと体の中心を駆け抜ける快感は、ブラウスに包まれた胸の先にまで届き、ちりちりと尖りきった乳首の先を疼かせた。
「んっ、ふぅンっ……んんっ、はぁっ、あ…………どうしよう、気持ちいいよぅ……」
まともな愛撫もなく制服もそのままに、ただむき出しにした下半身だけをぶつけあって、でもそれがこんなにも気持ちよくてオカシクなりそうなのに。
「……一日中ノーパンでずっと感じてたの?」
鼓膜をふるわせる高原の低い声が、奥深い部分をじわりと更に刺激する。
「はぁっ、………っ、ぅん……っ……恥ずかしくて、ずっとドキドキ、してた………っ」
「うん、やらしい顔してたよな。顔真っ赤にして、目潤ませて。なんでみんなわかんないんだろうって、思ってみてた」
ずっと見られてた。そう意識するだけでで高原をくいしめている場所がきゅぅっと疼いた。
誰もいない準備室の静かな空気を、制服がたてる衣擦れの音と、乱れた2つの息遣いと、湿った音が絶え間なくかき乱す。
「……っ……先生に、聞かれちゃった……。熱あるのかって、廊下で」
「実は、スカートの中がすごく熱いんですって、言った?」
「やぁっ、あっ、そんなこと、いえないっ……はぁっ」
「すげ……今ぎゅって締まった……」
頭の中に休み時間の光景が浮かびあがる。5限が終わってすぐ写真を撮るために人がほとんど通らない4階奥のトイレに向かう途中のことだった。
「あれ、名取。……どうした? 顔赤いし、なんかふらついてるんじゃないのか」
偶然すれ違った三島先生がぎこちない会釈をする私に気づいて足をとめた。
それでなくてもやましいことをしている罪の意識が私を慌てさせ、とっさに返事ができない。けれども先生はそんな私に気づく様子もなく、怪訝そうに顔をのぞきこんできた。
「大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか」
気遣う手は熱を測る時にお決まりの額ではなく、なぜか頬に伸びてきた。
乾いた指先が火照った頬をなぞる。びりっと甘い痺れが肌から体の中心へと伝い降りていく。
「え、あ、大丈夫、ですっ。あと1時間で授業終わりだし……っ」
慌てて身を引くと、先生もはっと気づいたように手を離した。
「あ……その、無理するなよ。きついなら保健室で休んでていいからな」
私の反応をどう解釈したのか、とりつくろった笑顔でそういうと先生は足早にそこから立ち去った。
背の高い背中が廊下の角をまがって見えなくなるのを確かめてから、私も急いでトイレに向かった。
いくら親しいとはいえ、先生があんなに不用意に私に触れるなんて常にはありえないことだった。
もしかして、感づかれた?
不安な気持ちを捨てきれないまま切った携帯のシャッターの音は、開いた足をひときわ熱く痺れさせ、撮れた写真は私からみても猥雑としかいいようがないほど夥しいぬめりでピンク色に光っていた。
「………そんなに……っ、私、変だった? ……っ」
「いや……気をつけてみてなければ、わからないと思うよ。俺は、名取が発情してるときの顔知ってるからわかるけど」
ぐりぐりっ、と深く体の奥が押し上げられた。はじける快感に体がぶるぶるふるえてしまう。
「……………っ! はぁっ」
「ほんとにすごい感じようだな……。ほら、こっちの足あげてみ」
軽く叩かれた右ひざを浮かせると、そのまま大きく開くようにもちあげられた。片足立ちで不安定な姿勢を支えるため、書架の棚にきつくしがみつく。
「……もし、誰かが入ってきたら、繋がってるところ丸見えだな」
笑いを含んだ低い声が、後ろでそう囁いた。
「………っ、や、ぁ……………っ! ………っ」
ぱっくり開いてむき出しになった花を深くえぐるように、高原が大きく腰を動かし始めた。
「………すげ、きっつぅ………っ」
不自然な体勢のせいで、いつもと違う場所に力が入ってしまう。ここに誰がいるわけでもないのに、みせつけるような格好を意識させられたせいで、ずるりと胎内を擦られる感覚がひときわ鮮やかさを増して体の芯を貫いた。
「はぁっ、ぁ、くぅ……………っ」
ぐちゅ、ずぷ、とたまらなくいやらしい音が聞こえる。
一突きごとに快感がはじけて、膝ががくがくと震える。
「あっ、は………っ、たかはらぁ…………っ、んぅ………」
目を閉じて押し寄せてくる愉悦に意識を集中しようとした時、敏感さを増した皮膚感覚が、かすかな違和感を捉えた。
特になにか音がしたわけではなかったと思う。
けれどもわずかに感じた気配のほうへと視線をむけて、私は思わず息を飲んだ。
入り口近くの背の高い書架の脇でゆらりと揺れる影。
先生が―――三島先生がそこにいた。
眼鏡の奥の瞳を大きく見開き、唇を薄く開いたまま呆然と立ち尽くしている。
「あ…………」
頭の中が真っ白になる。
容赦なく突かれてはじける衝撃がそれを引き戻し、同時に喉から声が押し出される。
「や……あ…………っ」
見られた。
いや、見られている。たった今も。
こんなにも恥ずかしい姿でみっともなくよがっている姿を、よりによって一番親しい先生に。
無意識のうちに逃げるように腰を引いていた。
高原はすぐそれに気づいて動きを止めた。
「名取…?」
その声が、先生を正気づかせたようだった。
「な―――なにをしてるんだ、お前たち、こんなところで」
先生の声はとても小さく、そしてかすれていた。
口ではとがめながらも、その視線は高原と繋がってドロドロに溶けている部分に縫いとめられて動かない。
高原が顔をあげるのと、私が身を離して動くのと同時だった。
「先生……っ」
体ごとぶつかるように長身の先生に抱きついてその顔を見上げた。
驚きで硬直したまま身動きできないでいる先生に、小さな声で囁きかけた。
「お願い、先生、誰にも言わないで」
そのまま膝を折って体にそってすべり降りるように跪く。自慢できるほどすばやくベルトをはずし、スラックスの前をはだけた。
「えっ、あっ、な、何をしてるんだっ」
「おい……っ」
どまどう声が、私の上と後ろから聞こえた。でも私は頓着しなかった。
はだけたズボンの前は下着をしっかりと内側から押し上げ、信じられないことに濃い匂いを放っていたのだ。
「名取やめるんだ、そんなことするんじゃない…っ」
大きな掌が思い出したようにズボンの前に顔を寄せようとする私の頭を押し戻す。
あせる顔を見上げながら、私は阻もうとする手をかいくぐって張りつめたものに手を伸ばした。
「なっ、やめろっ。お前たち一体……っ」
布越しでさえはっきりと伝わってくる熱さと硬さ。それをさするように刺激しながら、私は抑えた声で尋ねた。
「先生………いつから見てたんですか?」
手を引き剥がそうとする動きが、一瞬凍りつく。
目があった瞬間、眼鏡の奥に走ったものが、私を突き動かした。
間髪いれずトランクスをずりさげる。飛び出してきたモノの先端に軽くついばむようなキスを打ちまくりながら、ちろりと舌先でからかうようになぞった。
「名取っ……」
「こんなに元気になってるんだから、今さっき来たわけじゃないんでしょう……? 私と高原がセックスしてるのを、こっそり見てた。そうなんでしょう?」
押し戻す力が緩んだ隙に、丸い先にわざと音を立てて吸いつき、そのまま口の中に飲み込んでいく。
「そんなこと……うぁ………っ…だめだ、やめろ……っ、名取……っ」
「先生のおいしい……口の中いっぱい……んん……」
喉奥まで飲み込んで動かし始める。
むしゃぶりつく勢いに噛まれることを恐れてか、頭に置かれた手はもうただ添えられているだけで、私を阻もうとはしない。
時折目線をあげて先生の様子を伺うと、私と、私の背後にいるはずの高原とを交互に見比べながら、こらえきれないように声をかみ殺していた。
「く……っ、な、なとり……っ、離しなさい……っ……うぁ」
高原に教えてもらったとおり、唇や舌をこすりつけるようにして、敏感な箇所をかわるがわる刺激していく。吸いながら先の割れ目を舌先でくすぐる。手で根元をかるくしごきながら、張りつめた竿に唇をこすりつける。先生からよくみえるように、舌を長く伸ばして舐めあげて、また震えるそれを口の中に飲み込んでいく。
ねだる私に根負けして教えてはくれたもののフェラチオがあまり好きではないらしい高原とは違い、先生は私の拙い愛撫にとても敏感に答えてくれる。舐めましている先端がぱんぱんにはりつめ、先から薄い塩味の体液を滲ませているのがわかる。
なれない行為にすぐ顎がだるくなってしまっても、感じてくれてると思うとなんだかすごく嬉しくて、本来の目的も忘れてしまいそうだった。
「すごく硬くなってる……うれしい」
「名取……だめだ、やめるんだ……」
わざと喉をならして吸いつきながら、私は目をとじて先生の言葉を聞き流す。
発する言葉とは裏腹に、私が熱心にすればするほど、先生は抗うとも求めるともつかない仕草でゆるく腰を振る。
更に深く押し込まれて、口唇愛撫にふける私の陶酔も深くなっていく。
「んむ……ちゅっ……ちゅむ………んんん………」
うわごとのように繰り返される無意味な制止の言葉と、私の口元から漏れる水音が、この散らかって埃っぽい社会科準備室を奇妙に淫靡な空間に変えてしまった。
口の中のモノは限界まで硬くはりつめて私の喉奥ちかくでびくびく震えている。
ゆっくりと口から引き出しながら目線をあげると、信じられないものを見るような顔で見下ろす先生の視線とぶつかった。
「なんでこんな………っ」
「あのね、先生、私セックスがすごく好きなの……」
唾液と腺液でてらつくそれを手で擦りながら、ピンク色の先端を舌先でひらひら嬲った。
「欲しくて欲しくて我慢できないの。気持いいことがやめられないの。こんな風に……んん………」
吸いついてそのまま、喉奥までのみこむ。頭をリズミカルに上下させながら、唇と舌で硬いモノを容赦なく扱く。頭の上でうめき声とともにのけぞる気配を感じる。
もっともっと、追いつめて何も考えられないようにしなきゃいけない。
でも、そんなのはもうただのタテマエで、私はすでに目の前の先生の興奮に引きずりこまれてしまっていただけなのかもしれない。
見られた驚きで一度は冷めかけていた欲望が、再び私を内側から焼き焦がそうとしている。あふれだしていく淫らがましい言葉を自分でとどめることができない。
「だから、高原にしてもらってたの。学校なのに、我慢できなくなっちゃったから。……でもまだ足りない。もっとしたいの」
濡れた唇を血管がうきあがるごつい竿にぬるぬるとこすりつけて、入り組んだ裏筋を舌先でくすぐる。唇だけでついばむように吸いつきながら、ちろちろと舌をひらめかせて震えるそれを更に濡らしていく。
「な……っ、うぅ…………」
「こんな硬くて大きいのにいっぱいかき回されて何度でもイキたい。いっつもそう考えてるの」
「名取……っ」
舐めているだけではなんだか物足りなくなってまた口の中にくわえ込む。口の中に硬くはじきかえすものを感じるだけで、じわりと両足の間に甘く滲むものがある。頭をゆるく動かしながら、硬いそれを飽きることなく味わっていると
「なんでそんな……淫乱みたいに……っ」
短い言葉が、私の熱を一瞬で冷ました。
何度も何度も自分を責めるときに浮かぶ言葉。
けっして認めたくない―――人の口からとびでたその事実は、思っていたよりもずっと深く鋭く心の奥底を切り裂いた。
「………そうだよ、先生。だって、私、淫乱だもん」
背後でゆらりと動く気配がした。
跪く私の後ろに高原が近づき、同じように膝をつく。そして膝立ちになって軽く突き出すようにしている尻からスカートをまくりあげ、すばやく股間に指を滑らせた。
「あっ…ッ!」
くちゅり、と痺れるような気持ちよさが這い上がってきて、たまらず声を上げる。
「ほら、先生。見て」
高原が…たぶん薄く笑いながら、先生になぞった指を見せている。
それがどんなふうになっているかなんて、改めて確かめなくてもよくわかってる。
「高原……っ、お前……」
「名取は先生の舐めてるだけで、こんなに感じちゃってるんだって。……可愛いよね、先生。いやらしくて、かわいくて、こんなに感じやすい……」
再び指先が足の間にもぐりこみ、尖りきった芽をいやらしく転がした。
「んっ、ふ………ぅん……………」
下半身から次々と流れ込む快感に意識を飲み込まれないように、舌先をほそくとがらせて、先端の割れ目を誘うようになぞる。くわえている口と、弄られている下半身と両方から体が溶け出してしまいそうだ。
勢いよくむしゃぶりついて、やみくもに頭を動かしはじめる。
「やめろ……っ、……なとりっ、高原っ、うぁ………っ」
私の口いっぱいにふさいでいるそれはあっというまに、ぴきぴきと音がしそうなほど硬く大きさを増していく。いつはじけてしまってもおかしくない。
「嫌じゃないのか、そんな……く………っ」
「はぁっ、ん……嫌じゃ、ないよ。舐めるの、好き。気持ちイイこと好き。……先生の飲ませて……」
「だめだ、こんな……っ」
「いや、いや……んむ……んんん………っ」
唇も舌も、頬の内側も、口の中の粘膜すべてを、先生のそれにぴったりと張りつかせる。たとえ言葉でなんといおうと、先生のコレはたった今にでもイキたくてこんなに震えている。
のんびりしていたら危ないのはむしろ私のほうだった。高原の指が執拗に尖りきったクリトリスを押しつぶすように転がし、時折焦らすように蜜をこぼし続けている入り口をぬるぬる撫でられるのがたまらない。
どうしていつものように指を入れてくれないのか、先生の前だからなのか、浮かんだ疑問に答えるように、唆す声が耳に流し込まれた。
「先生は口なんかでいっちゃうのがもったいない、って思ってるのかもよ?」
「高原っ、何を言ってるんだっ、あ……っ」
物足りなさにひくつく胎内が、その一言で歓喜にわなないた。
「………先生っ………」
一挙動で立ち上がって、何かいおうとしていた先生の唇をキスでふさいだ。
引き剥がされないようきつくしがみついたら、からめとった舌は予想外に素直に私を迎え入れ、こなれた動きで私ともつれ合った。
「ん………」
体の両側に投げ出されていた腕が、背伸びする私の背中を支えるように引き寄せ、今まで私の愛撫を拒み続けたのが嘘のように、深く激しく舌で犯される。ただそれだけでぶるっと震えて反応してしまう私を、先生は初めて男の人の瞳で見下ろした。
「そんなに我慢できないのか」
「うん……欲しいの………っ」
先生の瞳が一瞬高原の方を見る。私の後ろにいる高原がどんな反応を示したのかわからない。
ただ、先生が私を抱きかかえたまま部屋の奥へ――さっきまで私と高原が交わっていた場所へ動き、それと入れ替わるように、高原のシャツの背中が書架の影に消えた。ほどなくごく小さいかちりという金属音が響いた。
あれは鍵の音だ。でも、ドアがあく音はしなかったから、高原はまだ部屋の中にいる。そのことが不思議と私を安心させた。
「名取……」
また唇をふさがれる。ほこりっぽい事務机の上に私を仰向けに寝かせ、抗う間も与えず膝をかかえあげた。
「せんせぇ……んん………」
開かれた膝の間に、先生の腰が入ってくる。つい擦り寄るように腰が浮き上がってしまう。剥き出しのままの蜜まみれで震えている花を、はりつめたモノが焦らすように気まぐれにつついているけれど、けっして撫でる以上に入ってこようとはしない。
いつでも挿入できる姿勢のまま、タイがゆるめられ、ブラウスのボタンがはずされていく。皮膚のすぐ上でわだかまっていた熱気が一気に放たれて、ひやりとした空気が震える乳房を撫でた。
「あぁ……せんせぇ……おねがい、焦らさないでぇ……」
なまじそこで硬いそれが開ききった花にあたっているだけに、予測できないタイミングでぬるり擦れる感触がじれったい。昂ぶりきったままほおりされた体が、激しい快楽を待ちわびてひくつく。
「はやくぅ………んあっ!」
尖りきった乳首をひねりあげられるのと、貫かれるのと同時だった。
「あ、あ…………ッ! あっ、あ、や、せんせい……っ、んんんんっ!」
飛び出した声は大きな手で閉じ込められる。性急な動きで突き上げられて、次々と最奥からあふれ出す快感に私は身をのけぞらせて呻いた。
「ふぅっ、うううううっ、んっ、ん……………っ」
先生の大きな手が、私が知っている手とはまったく違う動きで揺れる胸をもみくちゃにする。その見知らぬ感覚が、私を強く刺激した。
「はぁっ、………っ、んんんんっ…………っ」
額に汗をうかべて眼鏡の向こうから私を見下ろしている先生。教室で見ているまじめな顔とも、職員室で話しているときの優しい顔ともちがう、何かを奪い取ろうとする厳しい男の人の顔をしていた。
「あっ、せんせいっ、いい……気持ちイイの…………っ」
ぞくぞくと留めようもない大きな波に飲まれかけて、すがりつくように腕を伸ばす。身をかがめた先生はそのまま私を抱き起こし、机の上に座らせるようにして急な角度で激しく動きはじめた。乱暴な動きに机がぎしぎし悲鳴をあげる。
「は、あっ、く……んんんっ、はぁっ、せん、せい………っ」
無理やり奥までねじ込むように強く中を擦られる。突き上げてくる硬いモノの微妙な形までくっきりと私に思い知らせるかのように。粘膜を引きずり出される愉悦と、奥まで貫かれる充実感だけが繰り返し押し寄せてきて、私を鳴かせる。声をこらえるなんて、到底できない。
「あっ、おねがい、んぁっ、キス、して…………っ」
わずかにのこった理性でねだる。
唇をふさがれて閉じ込められた声と、一緒に次々と突き上げる快楽が私の中でいくつも跳ね返って密度を増していく。唇の間から忍び込んでくる舌までも容赦なく私を犯していく。絡めとり、吸い上げて、上と下から両方私を食い尽くそうとするようだった。
「ふっ、うぅっ、んんっ!ん…………っ」
体がもう言うことを利かない。かき回すそれをきつくきつく締め付けて逃がすまいとする。けれどもそれはいともたやすく滑りぬけては再び割り開いて奥まで埋め尽くしていく。快楽の全てが体の内側に押し込められて純度を上げていく。
貫かれている場所から溶け出してしまいそうで、意識は形を失う。ただただあふれ出す快楽だけが、私の全てになる。腕の中に閉じ込めて私を乱暴に揺さぶる先生が、ぐうっと更に大きさを増した気がした。
「はぁっ、だめ、せんせい……っ、あ………………っ」
「名取……っ」
抱き起こされていた体が再び机の上に倒され、膝が胸近くまでたたまれた。
更に深く、硬い部分を押し上げるように先生が小刻みに腰を打ちつけてくる。
「あ、あ…………ッ!」
たまらず身をよじり、ふと目をあけると、入り口近くの書架に背中をあずけて、こちらを見ている高原の姿が視界に入った。
さっき見つかってしまった時と同じ。ただ高原と先生だけが入れ替わっている。
凍りついていた先生とはちがい、高原は怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに私たちをみている。
私の視線に気づいた瞬間、その顔にあまりに見慣れたあの薄い笑みが広がって、小さく唇だけが動いた。
『い・や・ら・し・い』
ゆっくりと紡ぎだされた、音のないその言葉を理解した瞬間、頭の中が沸騰した。かき回される快感がひときわ鋭く体の中心を貫いていく。
こんなに何もかもどうしようもなく感じてしまっている有様を見られて恥ずかしいのに、こみ上げてくる愉悦を押しのけることができない。それどころか、見られていると思えば思うほど、体中を満たす快感は理性も思考もなにもかもを食い尽くして、荒々しく私を翻弄した。
「だめ、せんせい、いっちゃう……………っ」
かすれ声で叫んだ瞬間先生の動きが荒さを増す。浮き上がる体を押さえ込まれ、ばらばらに壊されそうなくらいめちゃくちゃに揺さぶられて、無音の悲鳴とともに私は絶頂に押し上げられていた。体ががくがく震えて、きつくのけぞったまま意識まで焼き尽くされる。
「……く……っ……う、う……………っ」
ついでびちゃ、と太ももに熱いものがかかる。2度3度とふりかけられるそれは、肌をとろとろと流れて、遠くなりかけた私の意識を引き戻した。
「はぁ……あ……………っ」
先生が私の肌の上に射精したのだ、と気づいて、また体が震える。その熱さを直に感じるのははじめてだった。高原はいつもきちんと避妊していたし、終わったあとも自分で手早く始末してしまうから。
投げ出した指先まで甘い余韻が広がって、身動きできない。汗だくになって呆然と私を見下ろしている先生はいつもより少し若く幼く見えた。
のぼりつめた後の荒々しい息づかいの音だけが、放課後の準備室のなかに響いていた。
欲望を燃やし尽くしてぽっかりと空白になった部屋で、最初に動いたのは高原だった。
上履き裏のゴムがリノリウムと擦れる高い音がゆっくりと近づいてくる。
先生はとっくに高原が出て行ったものと思っていたのだろう。その気配に驚いた様子で顔を上げた。
さっきまで私と一緒に乱れていたのが嘘のように高原は一人制服を整え、涼しい表情で、私たちのすぐ横にやってきた。
決まり悪そうに体を離す先生を気にする様子もなく、その指先が私の肌を濡らす先生のそれを拭う。
「あ…………っ」
てらてらと濡れて匂いを放つ指が私の前に突き出され、薄く開いた唇の間に押し込まれた。
「いっぱい出してもらってよかったな。名取」
何も考えずにその指をしゃぶる。ほんのりと独特のにおいが鼻をぬけていく。これが、先生の……男の人の味。
「ん……」
何度か舌をからめたところで指は引き抜かれ、また肌の上の精液をぬぐって、唇まで運んでくる。
高原との行為を途中で放り出してしまったことに今更ながらに気づく。
けれども見下ろす高原の表情はとても静かで落ち着いていて、だから私は安心して目を閉じ、されるがままに指に吸いついた。
火照った体を優しくおさめるように、指は私の唇と舌を柔らかく撫でていた。



「恋人なのに……こんな風にほかの男に抱かせて平気なのか、高原」
先生の低い声が、耳を打った。
瞼をあけると、先生が険しい目で高原を睨んでいた。
高原はちょっと困惑気味に、ちらりと私のほうに視線を走らせた。なんと言ったものか困ってしまうのも無理はない。
「違うよ、先生。恋人じゃないの」
高原が答える前に、私から言った。
「言ったでしょう? 高原は私がえっちしたがるから、それにつきあってくれてるだけだって。セフレなの。恋人とかじゃ全然ないの」
けだるい体を無理やり机から引きはがして起き上がる。ぐらりと揺れた上半身を、高原の腕が支えてくれた。
「今日だって、私があんまりしたがるから…」
「名取、いいよ」
「私が、誘ったんです。お願い、学校でして、って。高原は私の頼みを聞いてくれただけ」
先生は厳しい顔で、私と高原をじっと見つめていた。
汗で髪は乱れ、ズボンを半分ずりおろし、股間をじっとりと濡らした格好のまま。
ほんとについ今の今まで私を抱いていたくせに、なぜ怒るのだろう。
私が誘ったから? 自分を無理やり巻き込んだから? それとも学校でこんなことをしていたから?
いずれにせよ、それなら最初から私を抱かなければよかったのに。
怒りをあらわにしながら何も言わず睨むだけの先生に、次第に苛立ちにもにた気持ちが湧き上がってくる。
こんな人だったんだ―――頼れるお兄さんのように思っていた人の理不尽な反応に、今まで感じていた好意が一瞬でしぼんで大きな失望にとってかわる。一日中欲望にあぶられて疼いていた体が、急速に冷めていく。
もちろんここで私が怒るのはおかど違いなのだ。自分が一番悪いことはよくわかっている。
見つかってしまったのが今まで可愛がってくれた三島先生だからこそ、上手くいけば黙っててくれるかもしれないと思って、それにつけこんだ。ほかの先生だったら到底こんなことできやしなかった。私はもっとも卑怯な選択をしたのだ。
そしてその浅慮のせいで、事態は更に悪化してしまった。
先生は目の前で怒ってるし、私がしてしまったことは申し開きのしようもない。
どうすればいいのかもわからない。
もう考えること自体が、ひどく億劫だった。
汗をかいて、どろどろになってしまった体が気持悪い。せめて足の間だけでもきれいにしたいかったけれど、ティッシュの類を教室に置き忘れてしまった。
ポケットのハンカチだけでは後始末ができない。私も、そして先生もおなじだろう。
支えてくれた時のまま背中に添えられた手から、ブラウス越しに高原の体温が伝わってくる。
私のわがままにつきあったせいで、高原にはとんだとばっちりになってしまった。自分のことはさておき、途中でただ巻き込まれただけの高原にまでなにかあったら。
そう思った次の瞬間には、私は机の上から滑り降りて、再び床に膝をついていた。
「先生の、きれいにしてあげる……」
いっそ堕ちるならとことん堕ちてしまえばいい。
私がもっとどうしようもなくなれば、高原から目がそれるかもしれない。怒られて責められるのは私一人で十分だ。
大人ぶってまじめなフリをして、先生から信頼されていたって、実際のところ私は先生が言ったとおりただの淫乱でしかないのだから。
近くで見てみると、先生の濃い繁みやおなか、足の付け根にいたるまで私の分泌した蜜でてらてら光っていた。こんなに濡らしてたんだ、とまるで他人事のように感じながら、顔を寄せた。
硬い毛だらけの太ももに触れた一瞬、先生はびくりと体を固くしたけれど、何も言わないのでかまわず舌を伸ばした。
周囲から順番に、舌でこそげとるように、なにも味がしなくなるまで丁寧に舐めていく。
頭の上はひたすら静かで、先生や高原がを考えているのか皆目見当もつかない。
わからないことなら、考えたって仕方がない。
「ん……………」
私はただ無心に匂いがこもる男の人の肌を舌で味わった。
力を失って柔らかくなったモノも口のなかに含み優しく転がす。さっきまでとはあまりにも落差があるその感触が可笑しかった。
そうしたところで、先生を誘惑したときのような興奮は訪れはしなかったけれど、諦めにもにた感情は、さらに丁寧な作業を私に促した。
どれだけそうしていたのか、やがて乱暴な手が私を引きはがした。
「もういい、やめろ」
言いようのない苦々しい顔で、先生は私を見下ろしていた。
腰にかけられていた私の手をふりはらい、下着とズボンをそそくさと引き上げる。その動きのひとつひとつに言いようのない怒りと失望と軽蔑の気配が見てとれた。
「……お前たち今日のところは帰れ。ここの鍵を持ってるのはどっちだ」
決して目をあわそうとはしないまま、吐き捨てるように言う。高原が一歩前に出て、準備室の鍵を先生に差し出した。
「今日の授業の当番で預かったのを返し忘れてました」
「わざと返さなかった、の間違いじゃないのか」
高原はその追及には答えず、床に座り込んだままの私の腕を取って立たせ、スカートの埃を払った。気がついて、慌てて乱れたブラウスのボタンをはめ、緩んでいたタイをとってポケットに押し込んだ。きちんとしてる、にはほど遠かったけれどとりあえず廊下には出られる程度にはなる。
高原に背中を押されるまま、無言で先生の横を通り過ぎて出口に向かった。
ドアを開けようとしたところで鍵がかかっているのに気づいた。戸惑っていると、後ろから伸びてきた手が手早く鍵をひねり、私を廊下に押し出した。
高原は職員室や先生がいる準備室を出るとき生徒が必ずそうするように「失礼します」と中にむかって一礼し、準備室のふるぼけたドアを閉めた。


薄暗かった準備室から出ると、暗がりになれた目に廊下の窓から差し込む日差しがまぶしかった。
確かめてみたら、腕時計の針はすでに4時過ぎをさしている。夕暮れ直前の校舎にはもう殆ど人の気配はない。連なる教室越しに、校庭で活動しているクラブの音だけが遠く聞こえてきた。
ぼんやりと並んで廊下を歩いていたら、唐突に襲ってきた現実感に足がすくんでしまった。
密室の中でどこか非現実のように感じていた出来事―――それらは全て実際に起きてしまったことなのだ。
私は学校内で高原とセックスをして、それが先生に見つかり、先生とセックスをして怒らせたまま、帰れといわれてしまった。
せき止められていた流れがあふれ出すように、頭の中が一気に働き出す。自分がしでかしたこと、その結果予想しうる最悪の状況に、どうしよう、と今更のようにそれだけが頭の中を埋め尽くし、そこから動けなくなってしまった。
怪訝そうに振り返った高原は、私の様子に気づくと、何も言わず手を引いてくれた。
自分たちの教室に向かって機械的に足を動かしながら、それでも震えが止まらない私の手を手をぎゅっと握り締めて
「大丈夫だよ。そんな顔すんな」
ゆっくりそういって、優しく笑った。
「………ホントに大丈夫かな」
おずおずと見上げて尋ねると、高原は繋いだままの私の手をもう片方の手で軽くぽんぽんと叩いた。
「まあちょっとは怒られるかもしんないけど、俺もついてるから安心しろ」
巻き込んでしまって申し訳ない。そう思っていたはずのに、不覚にもその言葉で泣きそうになってしまった。
高原の言葉がなんの根拠もないただの気休めであることはよくわかっていたけれど、少しでも私を安心させようと力づけてくれるその気持ちが胸に染みた。
「……ごめんね」
「ばーか。今日一日名取を焦らしてたのは俺だぞ。俺にだって責任はある」
「だって」
「もういいって。な、たまには一緒に帰ろうぜ。家まで送ってくよ。なんか、今のお前一人で帰すの心配だから」
ごめん、とまた言いそうになって、私は口をつぐんだまま小さく頷いた。
よく考えてみたら、高原とは何度もセックスしたのにこんなふうに手を繋いで歩くのははじめてだった。それどころか、誰かと手をつなぐなんて子どものとき以来かもしれない。
恋人同士ではない、友達なんだから。
ずっとそう思っていたけれど、今はその手の暖かさとひっぱってくれる力強さが嬉しかった。
「ありがと」
謝るのはだめでも、これならいいだろうと思ってぽつりと言うと、高原は照れたように、繋いでないほうの手ででこピンした。いたい、と顔をしかめると、痛くしたんだからあたりまえ、と笑った。
「…………次のときサービスするね」
セフレである高原の目の前で違う人とセックスしてしまった。しかも途中でほおりだしてしてしまったのだから、プライドだって傷つけられただろう。
それなのに。
「それは次と言わずいつでも大歓迎だな。………でも、無理はすんなよ」
「……うん」
なんでこんなに高原は優しくしてくれるんだろう。
邪険にされる理由こそおもいあたりこそすれ、こんなふうにしてもらえる理由などなにも思いつかない。私のどうしようもない淫乱っぷりは高原が一番よく知ってるはずだし、それどころかそれが他の男にも同じように向けられるのを目の前で見たばかりだというのに。
教室近くでトイレの前に差し掛かった。
「入るか? 制服ちゃんとするだろ?」
聞かれたので素直に頷いた。
あわてて整えただけの今の格好で自転車にのって帰るわけにはいかない。なにも後始末してないスカートの中はもちろん、髪も顔も制服もきっとすごいことになってるだろう。
「…………あ」
けれども高原から手を解かれたら、そこから何かが抜け落ちていくような寂しさが忍び込んできて、思わず声が出てしまった。
考えるより早く、離れようとする手をぎゅっと掴んでしまっていた。
「……もう誰もいないから、教室でもいいか。下着、かばんの中だろ?」
高原は少し驚いたようだったけれど、ふと笑ってまるで甘やかすように言って、私の手を軽く引いた。
「うん……」
肩と肩がぶつかりあうくらい近くに身を寄せたまま、しんとした放課後の廊下を歩いた。
教室に戻ってみると、高原が言ったとおり誰もいなかった。人が集まりそうな場所を避けて戻ってはきたのだけれど、それで実際に誰にも会わなかったのだから、それだけこんな時間に校舎に残っている生徒は少ないということなのだろう。
ドアを閉め、念のため高原が出入り口のほうに向かって立ってくれたので、その背中に隠れるようにして、ティッシュやウェットティッシュを総動員して汚れを拭い下着をつけた。見える範囲で制服を調えてから高原にちゃんとなってるか尋ねると、鏡がなくてわからなかった髪を手櫛で整えてから、うん大丈夫、と頬に労わるようなキスをしてくれた。
逃げようと思えば、高原だけは逃げられたはずだった。でも、そうはしないで準備室に残ってくれた。
今、この瞬間、高原が私のそばにいてくれてよかった。
心からそう思った。