嘘 |
【 第5話 】
今日こそはどうしても、図書室に本を返しにいかねばならない。 とっくの昔に読み終え、十分に楽しんだ本の表紙をあらためて眺めながら、私は小さくため息をついた。食事を終えたあとの昼休みは残り少ない。迷っているうちにあっというまに午後の授業が始まってしまう。 思い切って席を立ったものの、向かう足取りは重かった。 図書室にいくには、職員室の前を通らなくてはならない。 職員室には、当然―――先生もいる。 翌日にも呼び出されると思っていたのに、あれから丸3日経った今日になっても、先生は何も言ってこない。 このまま何もなしに終わるだなんてことは、まず到底ありえない。待てば待つほど、どうなるかわからない怖さが降り積もっていてもたってもいられなくなる。自分から尋ねることができない事だからなおのこと。 もとはといえば自分が悪いとはいえ、いつ呼びだされるかとびくびくしているうち、先生の顔を見るのも、遠目の気配さえ次第に避けるようになっていった。 あの日高原は家まで私を送り届け、出てきた母親にそつのない挨拶をしてそのまま帰っていった。夜には、一人にはしないから安心してお休み、というメールが届いた。一人ではないからこそよけいに心配だというのに、それでも気にかけてくれることがうれしかった。 いつも放課後に決まってくるメールも次の日は少しだけ文面が違っていて、そこに滲む自然な気遣いの気配は、丸一日神経を尖らせて疲れた気持ちを少しだけ楽にしてくれた。処分が心配なのは高原も同じだろうに、自分ひとりが不安に振り回されていることが恥ずかしく思えた。 昼休みの廊下は少しだけ浮ついた空気に満ちて人と音がさざめいている。 あと、すぐ目の前の角をまがれば、職員室とその向こうの図書室に通じる廊下だ。 毎日のHRでも、授業でも、教壇の上に立つ先生に不自然な様子はなにも見つけられない。教室を見回すとき私や高原をなでる視線に特別な感情を感じることもない。それだけを見ていると、まるで、なにも起きなかったかのようにも思える。でも、それはただの都合のいい錯覚にすぎないことを私はよく知っている。 あの日ひび割れてしまった何かが私の奥底でしゃらしゃらと甲高い音をたてている。じかに触れた先生の肌や打ちつける力強さを思い出すとき、破片はガラスのように鋭利な切っ先で私の意識を刺して、起きた現実を思い知らせた。 職員室の前を通るからといって先生と会うとは限らないのに、ぐずぐすと気にしていたのが悪かったのだろうか。 どうかどうか会いませんように、と念じて職員室の前を足早に通りすぎようとしたその瞬間、嫌になるくらいタイミングよくドアが開いて三島先生が出てきた。 目と目があった瞬間、凍りついて動けなくなった。 「……………放課後、一人で視聴覚室に来なさい」 一息飲み込んだあと、先生は私だけに聞こえる低い声で、短く言った。 私は声を出すこともできず、ただ顎を引いて頷いた。先生はそれ以上何もいわず、図書室とは逆の方へと歩いて行った。 来るべきものが、来た。 背の高い後姿。ぱたぱたと乾いた音をたてるスリッパの音が遠ざかっていくと同時に、はりつめていたものがほどけていく。 ひとつ息を吐き出して、私も廊下のつきあたりにある図書室へと向かった。 視聴覚室のドアを開けると、一番奥の教壇脇で三島先生が一人で待っていた。 横長の机がすり鉢状に配置され、最新の映像機器が使えるようになっているこの教室は、うちの高校の自慢の一つだった。 「遅くなりました」 一礼して入室する。背後で重たい防音扉が閉まる音がした。 「鍵を閉めてから、こっちに来なさい」 言われるまま、ドアの鍵をひねり、かちりと音がするのを確かめてから先生のところへ向かった。 先生は少し険しい表情のまま私を一番前の席に座らせ、そのすぐ横に立った。 そして開口一番きっぱりと言い放った。 「学校であんなことをするんじゃない!」 「……はい。すいませんでした」 勢いに押されて素直にあやまるしかなかった。 思わぬ状況に困惑していた、と言うが正しかったかもしれない。 呼びだされたのが生徒指導室ではなく視聴覚室だということも妙だったけど、待っていたのが三島先生が一人だけだったことにも驚いていた。 学年主任や生活指導の先生が勢ぞろいしてつるし上げられるのを半ば覚悟していたのだ。それだけの騒ぎになってもおかしくないようなことを、私たちは学校でしていた。それくらいの自覚はちゃんとあった。 どれだけ体ができあがっていても、大人にとっては私たちはまだなんの責任もとれない子供でしかない。それよりなにより、子供たちが校内でセックスにふけるなんて、あってはならない出来事なのだ。 予想外の状況に続く言葉も想像できず、険しい顔の先生を見つめているしかできなかった。 「名取―――」 やがて見下ろしていた眼鏡の奥が一変した。 しばらく言葉を探すように視線が泳ぎ、理知的な顔に逡巡の表情がよぎる。 やがて押し殺すような声で、先生は尋ねた。 「昨日、お前が言ってたことはほんとうなのか」 何のことをきかれているのかはすぐにわかった。 私が昨日すがりつきながらうわごとのように幾度も繰り返した、数々の言葉。 あの時の資料室と同じ、息づまるような空気が広い視聴覚室にひたひたと満ちていく。 悪いことをした生徒を咎めるにしては、先生に浮かんでいる表情はあまりにも不釣り合いだ。躊躇い。不安。そして熱っぽく私を貫こうとするかすかな光。 それから瞳をそらすことなく、私は静かに答えた。 「はい。ほんとうです」 いつも和やかな目元にくっきりと苦悩の色が浮かぶのを、私は不思議な思いでみつめていた。 そう、私はあの時何一つ嘘はいわなかった。 私たちが恋人ではないこと。 セフレになってくれと頼んだのが私であること。 だから悪いのは高原ではなく私なのだということ。 いつもいやらしいことを考えているということ。 舐めるのが好きなこと。 セックスするのが大好きなこと。 なにもかもがまぎれもない事実だった。 三島先生はふいに目をそらすと、深いため息をひとつついた。 「お前らがセックスに興味を持つのはわかる。したい年ごろだっていうのも、まあわからないでもない。でも学校ではするな。それに、その年でセフレなんて言ってないでちゃんと恋をしなさい」 「……処分はなしですか?」 「あのことは誰にも言ってない。……お前があんなことをしたのも、そのためだったんだろう?」 くっと低く笑った先生は、なぜだかひどく傷ついたいたいけな少年のように見えた。苦々しさを全身に滲ませながら、通路をはさんだすぐ横の席に無造作に腰を下ろす。 「無理やり誘われたのだとしても、俺がお前を振り払えなかったのは事実だしな」 膝に肘をついてあごをのせ、同じ高さになった目線をまっすぐに私にむける。 悲しさに濡れた黒い瞳。場違いなのはわかっているけれど、私のせいで傷ついているこの人がひどく愛おしく思えた。 ずっと年上のこの人が、私の事でこんな顔をすることなどないのに。 「どうして、振り払わなかったんですか」 「聞くなよ。知ってたから、俺を巻き込もうとしたんだろ? お前のことを生徒だとわかってても憎からず思ってた。抱かれるお前を見た瞬間、嫉妬して気が狂いそうになった」 脳裏に浮かぶ私たちを見つけた瞬間の先生の強ばった顔。あの時まぎれもなく浮かんでいた、恐ろしいくらいの欲望と羨望の色を、今でもはっきりと思い出すことができる。 だからこそ、私は、あの瞬間決意したのだ。 「お前が自分からあんなことを頼んでるだなんて信じられなかった。お前が俺に触れてる間でさえ、これはなにかの嘘だと、夢だと思いたかった」 全てが心からの言葉であることは、声に滲んだ哀切な響きから痛々しいほどに伝わってくる。横顔に浮かんだ絶望の色。それなのに。 「どうして、あんな――――……」 ずっと仲がよかったはずのこの先生の、悲鳴のような告白をきいているうちに、もっとこの人を傷つけたい、そんな黒々とした欲望が体の奥底からとめどなくわき上がってきて私を突き動かした。 私を好きだといい、そして私の体で欲望をとげながらも、欲望にまみれた私を信じたくないと独白する先生。 気がついたときには口が勝手に動いていた。 「先生が望むのなら、何度でもしてあげますよ」 「名取!」 怒鳴り声が広い教室を切り裂く。先生は昂ぶった感情もあらわに私を睨みつけた。 今この瞬間刺し殺されてもおかしくないほど殺気立った目の光に、私はぞくぞくするほど自分が熱くなるのを感じていた。 「……口止め料のつもりか」 「いいえ。咎められるのが私だけなら、処分されてもかまいません」 「そんなわけにはいかない。高原の方が、たぶん厳しく処罰される」 「なら、やっぱり先生を口止めしないといけませんね。先生が話したら、あの時先生が私としたことも話します」 まるで自分が別人になってしまったかのようだった。全身に血がめぐって熱くなる体とは裏腹に、思考はどこまでも冷静に冴えていく。まったくひるむ様子がない私に、先生が苛立っていることまで手に取るようによく見えた。 鋭いカミソリのように張りつめた沈黙が無音の教室に満ちる。 ぶ厚い壁と扉に囲まれた聴覚室。他の教室のように声や物音が外に漏れることはない。ここで何がおきても、私や先生が叫ぼうと、鍵がかかったドアから誰かが入ってくるなど決してありえない。 続く言葉がなんであるか、きっと先生も気づいていたにちがいない。 「もし黙っててくれるなら」 「やめろ、言うな」 「フェラチオでもセックスでも、なんでも先生の言うことを聞きます」 「名取……っ!」 「今からでもいいですよ。私、先生としたいです」 それが先生が一番聞きたくない言葉であることはわかっていた。 それでも、いや、だからこそ、私はわざと誘うような笑顔を浮かべてみせた。 「バカなこというんじゃない……」 力ない返事。そっと手を伸ばして腕に触れてみても、昨日とは違い形ばかり振り払うそぶりすら見せない。ただ苦しそうに私を見つめるだけだ。 「先生は私なんかとするの、嫌ですか?」 ずるい言い方で先生の逃げ道を絶つ。最初から逃げることなんて出来ないのは百も承知の上で追いつめていく。 「嫌とか、そういう問題じゃないんだ。わかってるだろう」 苛立ったように言い捨てて、先生は乱暴に私の腕をつかんで椅子から立ち上がらせた。視線と視線がぶつかる。 「もうこんなことはやめろ…寂しいのなら俺が愛してやるから、セフレだなんてそんなわけのわかんないことするな」 気がつくと、息苦しいほどの抱擁に絡めとられていた。押しつけられた胸の奥から声が直接響いてくる。抱きしめてくれる腕の熱さにため息が漏れる。 それでも。 「先生、私、愛されたいわけじゃないんです」 更に腕の力が強くなる。何も聞きたくない、とでもいうようにきつくきつく私を抱きすくめる。それはどんな言葉よりも雄弁に先生の気持ちを私に伝えた。 でも、その情熱を感じれば感じるほど、私の心は冷たく凍えて温度を失っていく。 「寂しいわけでもないし、ただ愛するということがどういうことなのかわからないだけ。誰かに恋い焦がれる気持ちがわからない。それだけなの」 こんなふうに情熱的に愛を告白されて、抱きしめられているこの瞬間を幸せだと感じることができたならどんなにかよかっただろう。 「愛しあってないセックスはいくらでもある。愛しあってなくてもちゃんと気持ちよくなれる。私の欲しいのはそれだけなのに、どうしていけないの? 私が高校生だから? 子どもだから?」 「ああそうだ。早すぎる。愛がなくてもセックスはできる。気持ちよくもなれる。でもそれは、とても心をすり減らすことだ。愛のあるセックスも知らないで、楽しむようなことじゃない」 「おかしな先生……私は何も傷ついてなんかないよ」 私は抱きしめられるままおろしていた腕を上げ、自分から先生の体に巻きつけた。 どくり、と密着した胸板の奥が強く脈打つのがわかる。体をおしつけるようにして、広い肩口に頭をあずけた。 どうしようもない苛立たしさが冷えきった心をごつごつと揺さぶる。 この人は結局なにもわかろうとはしていないのだ。 私が何を望んでいるのか、なぜあんなことをしているのか、わかっていながら目をそむけようとしている。 「私は高原を都合よく利用してる。それなのに高原はとても優しくしてくれる。だから、私なんかのために、高原が罰されるなんて間違ってるよ。―――悪いのは私だけなのに」 「お前は男がわかってない。セックスできるならいくらだって優しくできるし、なんだってできる、男はそういう生き物なんだ」 「でも、したい、って言ってるのは私のほうなんだよ? 先生」 ポロシャツの襟元に唇をおしつけるようにして囁く。次第にかすれていく先生の声。耳もとにかかる息はひどく熱い。すぐ目の前にある首筋は鼓動に合わせて早い速度で震えている。 高原とこうなる前の私なら、もしかしたら同じ言葉を喜んだかもしれない。 自分がひどいことをしているのは百も承知だ。でも、逃がさない。逃がしてなんかあげない。愛という言葉をふりかざす無意識の傲慢さを許してなんかあげない。 そっと目を閉じて、すがりつく指先に力をこめた。 「だから、先生が、私を罰して」 抱きすくめる先生の体がかたく強ばるのがわかった。 自分で言ってるとは思えないような、甘えと媚を含んだ誘惑。 この人が好きなのは、真面目で優等生の私だ。高校生のくせに男を誘うようなこんな女なんかじゃない。 ひどく攻撃的な欲望と、自虐的な感情が同時に激しく私の中を吹き荒れる。 思い知らせたかった。信じていた少女などどこにもいないのだと。好きになった女の正体はただの淫乱でしかなかったのだと。それでも私を振り払うことができない先生自身の愚かしさを暴いて見せつけたかった。 けれども心のどこかでは、こんな自分を好きになってくれたのに、その気持ちに応えられない事が苦くて悲しかった。 こんな私を好きになんかなるから、いけないのだ。 昂ぶりすぎた感情が涙になって溢れそうになっていたけれど、それをむりやり奥歯でかみ砕く。どう思われてもいい。いまさら泣いたってどうにもならない。 「いやらしい私に罰を与えて」 答えの代わりに噛みつくようなキスが私を襲った。高原のキスとはまったく違う、荒々しくそれでいて巧みな舌づかい。蕩けて力が抜けていくのを見計らったかのように、防音素材のぶ厚いカーペットの上に押し倒された。 背中を強く打って、息がつまりそうになる。けれども先生は頓着しなかった。私も乱暴な扱いに逆らわなかった。 机と机の間の狭い通路。両わきをつくりつけの机と椅子に囲まれている。そびえたつ机の脚を肩越しに見上げている間に、スカートの中からショーツがひきずりおろされる。 猛々しさと痛々しさがないまぜになった瞳が真上から私を射た。次の瞬間、硬いものがまだ濡れていない花を一気に貫いていた。 「あ………っ!」 鈍くこすれあう苦痛に思わず声が漏れた。勢いにまかせても乾いた体は入ってくるそれを容易に受け入れることができない。押し込まれる動きに合わせてぎりぎりと体がきしむ。力任せに割り開かれて喘ぐ私に、先生は動きを止めた。 「だめ、やめないで」 とっさに腕を掴んで、見下ろす暗い瞳をまっすぐに見つめる。 「罰なんだから、もっとひどくしても、いいの」 自分からさらに飲み込むように腰をつきだす。硬くはりつめたものが、まだ乾いてひきつる花の内側を鈍く削る。 「名取……」 私よりもよほど先生のほうが苦しそうだった。こんなふうにしたかったんじゃない。濡れた瞳からそんな声が聞こえてきそうだった。でももう戻れない。それを伝えるために、肩から腕に手をすべらせて筋肉の浮いた腕を撫でながら、私はねだった。 「私が壊れちゃうくらい、めちゃくちゃにして……」 押し込まれたそれがひときわ硬く密度を増した。 もっと深い場所で受け止めたい。愛情なんて要らないから、この荒々しく焼けた存在で隙間なく私を満たしてほしい。それを態度で示すために、私は自分から腰を更に突き出して、両膝をかかえこんだ。 「先生………」 M字型に開脚して腰を浮かせた、いやらしく相手を受け入れるためだけのかたち。一瞬の逡巡の後、応えるように先生の腰がぐっとせり出す。さらに奥まで押し込まれて、苦しいはずのそこが快楽に波打った。 いっぱいいっぱいまで押し広げられて、息苦しさと同時に満たされる喜びに深いため息がもれる。 たった今傷まみれになっているのは、先生なのか、それとも私なのか。 さぐるように覗きこむ先生の視線と、苦痛と充足が入り交じる私の視線が絡み合う。 言葉もないまま、先生はブラウス越しに私の胸をまさぐりながら動き始めた。 「あっ、あ……っ、せんせぇ……っ」 ずるり、と粘膜ごとひきずりだされそうになる。乾いてぴったりと密着した粘膜は、胎内に飲み込んだ存在の細部までを私に意識させた。 ゆっくりゆっくり馴らすように、幾度も先生が私の中に入ってくる。 目を閉じてきつい感覚に耐えていると、乱暴な挿入をわびるかのような優しいキスが顔中に降りそそいだ。 「先生―――…んんっ」 どうしてこんな時に、こんな優しいキスができるのだろう。 お願いだから優しくなんかしないで。もっと酷くして、なにも考えられなくしてほしい、そう感じてしまう私がおかしいのだろうか。こんな風に優しくされたら、私は自分を許せなくなってしまう。 キスで唇を塞がれて、煙草の匂いがする舌が口中深くまではいってきた。 禁煙してるって言ってたのに。この期におよんでそんならちもない記憶が頭の片隅をよぎる。でもそんなことを気をとられていたのは一瞬だけだった。下半身の動きをまねて、幾度も侵入してきては、私の舌を吸い上げる。粘膜同士がからみあい、溶け合っていく。 「ふぅ……ン、んんんっ、んーっ」 押し寄せてくるのはすでに苦痛ではなく快感だった。ひきつれた感覚は溢れた蜜の感覚と入れ替わり、ぬるぬると体の内側を擦られる気持ち良さに、たまらず身をよじってしまう。唇が離れた瞬間あふれだしたのは、まぎれもない嬌声だった。 「あぁんっ、あっ、あ……っ、あぁ………」 こんなにすぐ感じてしまう、いやらしい私の体。先生も私の変化に気づいてか、押さえ気味だった動きが次第に大きく激しくなっていく。ブラウスの上から握りつぶされている乳房が、痛み混じりの快感を繋がっている部分に流し込んで、焼けた芯がどんどん熱く膨らんでいくような気がした。 「はぁっ、あ……っ、せんせぇ……いいの、気持ちイイ……っ」 「……罰なのに、こんなに感じてるなんて……」 押し殺したような囁き一つに、さらに感度が跳ね上がる。咎められているのに、責め立てる動きがもたらすのは溶けだしてしまいそうな快感だけだった。 「あぁ……ごめんなさい……でも、先生のいいの。きもちいいの……やめちゃいやぁ……」 はりつめた先端に蕩けた奥を幾度もかき回されて、ぞくぞく震えるような快感に我を忘れてしまう。打ち寄せる体にすがりついて、寄せては引いていくそれを引き止めようときつくしめつける。 濡れた唇がまぶたにおし当てられた。 「まだいくなよ。勝手にいったらお仕置きするからな」 「あぁん……あっ、あ……っ……そんなぁ……っ」 いくなと言いながらも先生の腰は私の感じやすい部分を探りあて、いやらしい動きでかきまわしている。唇は敏感な首筋や耳をなぞり、指先は密着した部分に潜り込んでクリトリスを見つけ出してつまみあげた。 全方向から押し寄せてきた気持ち良さがあっというまに私を押し上げていく。なんとか体をゆるめて快楽をにがそうとしても、先生の愛撫はどれひとつとしてそんな怠慢をゆるさない。 「いったら全然罰にならないだろ。我慢しろ」 こんなことしておいて、そんなことを言うなんてずるすぎる。 「いや、意地悪しないでっ あ! あ…………っ、せんせい……もぅ……っ」 我慢しなければいけないと思えば思うほど、突き上げる快楽は鋭く大きくなっていく。こらえようとしても、それはすぐ間近まで迫ってきていた。 「もう我慢できないのか? それとももっと罰されたい?」 「いや、いや、わかんない…あぁっ、あっ、…いく、先生いっちゃう…………っ!」 きつくきつく体をのけ反らせて、私はあっというまに絶頂へと駆けのぼった。 体中が小刻みに震えて、思考が真っ白にはじける。 「あ! あ……………っ!!」 押し寄せてくる快感はまだ止まない。 ゆるく小刻みに奥をかき回されて昇りつめたままなかなか降りることができない。がくがくと体が震えた。気が遠くなりそうだった。 「あぁ……あ………っ、せんせい……っ、だめ……だめ…」 気がつくとまた次の頂に押し上げられていた。それとも最初の絶頂の続きなのか、私にはもう判断することができない。 「あぁ、いや、……あああああ………っ! ……………………ッ!」 頭の中いっぱいに快楽の火花がはじけ飛ぶ。体中をかたくこわばらせて、教室中に響き渡るような声をあげたまま、愉悦の底へまっさかさまに落ちていった。 「はぁっ、あ………っ、は…………………っ」 眩暈にもにた浮遊感と、緊張の果ての制御できない自分の体の反応にしばしぐったりと身をあずける。 「……先生は、まだ?……あっ」 先生は腰を引いて、ゆっくりとそれを引き抜いた。たったそれだけの刺激にさえ、敏感になりきっていた体はたやすく反応してしまった。 「ああ。まだだ。その前に……いいつけを守れなかったお前にお望みどおり罰してやるよ」 シャツに包まれたままの腕が、やや乱暴に私を抱き起こした。 「そこの椅子によりかかって、お尻をあげなさい」 言われるままに、余韻をひきずって自由にならない体を椅子の座面にあずけ、四つんばいになってお尻をつきだす。 先生はスカートをまくりあげ、ひくついて震えるむき出しのお尻を愛おしそうになで回しながら言った。 「100まで数えなさい」 言い終わると同時に、小気味いい音と痛みが尻の皮膚の上ではじけた。 「あっ!」 「数えるまで終らないよ」 言われた言葉を理解する前に、また次の平手が尻たぶの真ん中に打ち下ろされた。 「あぁっ!」 乾いた音と張りつめた痛みが次々と尻を打ちのめす。 「あ! どうして……あぁっ!」 先生の手はとまらない。子供みたいにお尻を叩かれてお仕置きされている。 打たれたところはじんじん痺れて熱を持ち、その痺れもおさまらないうちに次の打擲がやってくる。痛みだけが繰り返し尻を襲う。 どうして、という問いに答えはなかった。先生はほんとうに私が数え終るまで打ち続けるつもりなのだ。終らせるためには、言われた通り打たれた数を数えるしかなかった。 「あっ! いち…っ あ……っ!」 静かな教室に小気味よい音がくりかえし響いては吸い込まれていく。 本当に思いきり打っている。きっと先生の手だって同じくらい痛いはずだ。でも、その手が休むことも、力が緩む気配もまったくなかった。 「じゅうご……あッ」 繰り返し叩かれ、熱を持った肌は、痺れているせいでまるで尻が何倍にも膨れ上がってしまったかのような感覚を私にもたらす。 「あぁっ! せんせい……っ」 腫れあがった尻が次に打たれるまでの短い間、ひりつくような疼きが肌の上を走る。そして鋭い痛みとともに弾き飛ばされては、また密度を増して尻一面を多い尽くす。 小気味いい音と、痛みと、私の声が入り混じって果てしなく続いていく。 一体それはいつから始まっていたのだろう。 痛みに備えて打ち据えられる瞬間を息を殺して待ちうけて、打たれると同時に痛みと掌の熱がはじける。背中の上から聞こえてくる先生の息遣いもひどく荒い。皮膚一枚から痛みは肉を伝わり、火照る深部へと響いていく。 幾度も幾度も、時間の感覚すらなくただ数を唱えているうち、痛みも熱も苦痛もなにもかもが一緒くたに交じり合って、ただ打ち据えられる瞬間とその時感じる衝撃だけが、私を侵食していく。 痺れかけて焼けつきょうな痛みが繰り返される尻のすぐ下で、剥き出しのまま放置されているそこが、知らず疼くような熱を溜めこんでいることに気づいた時は、 もう手遅れだった。 いつのまにか自分の上げている声が、悲鳴なのか嬌声なのか区別がつかなくなり、苦痛であるはずの痛みをただ受け入れて待っている私がいた。 やめて、というべきだったのだ。でも私は言わなかった。終わらせるために数を数えながら、その痛みの奥ではじけるものに溺れた。 ようやく100まで数え終えた時、私は自分が痺れとともに感じていたもの―――それはもう快感としかいいようがないものだった―――に言葉も見つからず、先生と同じように荒い息をついたまま呆然とするしかなかった。 「まったく…しようがないな」 呆れた声とともに、火照った尻が押し開かれた。つぅ、と内股を雫が流れて落ちていく。つきだされた下腹部の唇の内側をひやりとした空気がなでた。 「叩かれてこんなに濡らしてるのか」 「んぁっ!」 無造作に開いた襞をぬるりとなで上げられた。 焼けるような快楽を味わう間もなく、2本の指が胎内にすべりこんできて、火照った全身に甘い電気が走る。 「あぁぁぁっ…………っ!」 無意識に食い締める襞を無遠慮な抽送が幾度も割り開いては引いていく。聞こえてくる濡れた音が、叩かれている間どれだけそこを濡らしていたのかを私に思い知らせた。 「全然罰になってないじゃないか。さっきも自分一人でいくだけいって…」 「あぁんっ、ご、ごめんなさい……っ……あぁっ……」 私の一番無防備で柔らかな部分を、無造作な指使いで先生にかき回されている。叩かれるだけで濡れてしまったアソコを、先生に見られてしまっている。 そう思うだけで、しびれるような痛みとともにくすぶっていた快楽の火種が一気に燃えさかった。 「んぁっ、せんせい……あぁっ、あ……っ、や……あぁん……」 やめないで、もっとして、とそれしか考えられなくなってくる。 怒られて責められているのに、私の中で全ては欲望にすりかわってしまっている。 「先生も……先生も私の体でいって……」 たった今快楽に溺れているのが自分だけだということが無性にやるせなかった。 ねだるようにかき回されている腰を突きだし、足を開く。 「指じゃいやぁ……あぅっ…先生のがいいの……ねぇ、お願い……」 おずおずと振り返ると、先生はなんとも形容できない、苦しそうな顔で私を見ていた。 「……いやらしい女だ」 苦々しい声とともに、指と入れ替わるようにして硬いものがずん、と下腹部を割り開いた。 「うぁんっ!」 ずっと疼いていた奥までを一気に貫かれて、体が激しく震える。 先生は動きをとめたまま。なのに、私は信じられないほど感じていた。呼吸で震えるわずかな動きにすら、いっぱいに押し込まれたそれを味わうように花がさざめきたつ。 「先生……せんせい……っ、あぁぁ………っ」 「こんなにいやらしい体で……どうしようもないな。ほら、ちゃんと膝をたてて」 しっかりと腰を掴んで固定すると、先生は激しく腰を打ちつけはじめた。 「あああっ! あ……っ!」 さっきまでとはうってかわった、なんの思いやりも遠慮もない乱暴な挿入。なのに、張りつめた先端が通路の奥にたたきつけられるたび、溶けだしそうな快感が弾けて私の思考を奪った。 「せんせい…あぁっ、あ……っ! だめぇ…っ!」 全身を嵐のように貫く快楽に見舞われ、私は更に奥深くで受け入れるために自分から腰をうごかしていた。自分がどうなっているかなんて考える余地などない。私はきっと地獄におちる。それでもかまわない。組み伏せられ、打ちのめすような欲望をぶつけられて満たされる私がいる。 ゆさぶられて、体をあずけたままの椅子からわずかに目線をあげると、窓の向こうに澄み切った青空が見えた。綿菓子のような白い雲も、どこまでも届きそうな青も、いまはアルミサッシの窓枠に切り取られて別世界のように遠い。 「ああっ! あ!あ……っ、先生っ、だめ、いくっ、いっちゃうッ! 先生のでいっちゃう………ッ!」 押し寄せる快感が私から視界を奪っていく。 ただ性器と快楽だけの存在になって、私はあらゆる思考を闇の中に投げ捨てた。 すべてが終わって静かになった教室に、ただ荒々しい呼吸の音だけが響いていた。 先生は体を離すと、黙って私の背後で服を整えはじめた。 私はしばらく身動きさえできないまま、椅子にもたれてその音を聞いていた。 やがて、気配が遠ざかる。顔をあげると換気のために教室のカーテンと窓を開け放す背中が見えた。 大きく開けた窓から入ってくる爽やかな風が、教室の中にわだかまっていた濁った空気を押し流した。 いつまでもこのままではいられない。私も泥のように重い体を引きずって起き上がった。汚れた部分は持っていたハンカチで始末した。2人分の汗を吸って重く湿った制服からは、タバコの匂いが入り混じった先生の体臭があわく立ちのぼっていた。 「名取―――…」 私が身支度を整え終わるのをみはからって、黒い遮光カーテンがひるがえる窓辺で先生は口を開いた。 「名取、一つだけ答えてくれ。高原は………」 「はい」 「高原は、お前にとって必要な存在なのか」 「―――……」 虚をつかれた。 きっと私はすごく驚いた顔をしていたと思う。そんなこと、今まで考えたこともなかったから。 「理由はなんでもいい。もし必要だというのなら」 「必要、です…」 たとえそれがセックスのためだけの存在であっても。 もし高原がいてくれなかったら、今頃自分がどうしていたかなんてわからない。 もしかしたら、行きずりの男と援助くらいはしてたかもしれない。 もちろんこんなことまで、先生に教えるつもりはないし、分かって欲しいとも思わない。 一言答えたきり口をつぐんでしまった私に、先生は表情を動かさないまま続く言葉を飲み込んだ。 「………名取がそう言うのなら、それはもう俺が口だしすることじゃない。ただ、今後は校内であんなことはしないように」 「はい」 「乱暴して、すまなかった」 「いいえ。私の方こそ―――ごめんなさい」 先生は無言で頭を横に振った。 あまりにも激しく通り過ぎた被虐の快感と、指先まで砂をつめこまれたような重い疲労感は私から考える力を奪った。 言わなければいけないことはたくさんあるはずなのに、ただバカみたいに先生の顔をみつめているしかできなかった。 「俺はこれからも誰にも何も言わないし、口止めも必要ない。だから、もうなにも心配しなくていい。―――出るとき窓を閉めておいてくれ」 先生は静かにそう言って視聴覚室から出て行った。 空になった教室には私一人だけが残された。 まだ体中に痛みと快楽の余韻が残っている。そしてそれはひどく苦く、やるせなく私を打ちのめした。 高原は確かに今の私に必要な人だ。快楽を共有する以上に、果てのない欲望を楽しんで受け入れてくれる高原がいてくれることで、私がどれだけ救われているかなんて、言葉にできない。だから、私のせいで迷惑をかけちゃいけないと思ったのは決して嘘じゃない。 けれども。 「ごめんなさい……」 先生に爪を立てて引き裂こうとしたのは、他でもない私の弱さと狡さ。 守ろうとしたものは高原ではなく私自身。 受け取る人のいない言葉が、風に溶けてどこかに消えていった。 |