赤いくつ
Written by : 愛良
[7] 体育教師


 翌年、私は俊樹と同じ中学へ進んだ。年齢的に一つ年下の子と一緒のクラスになるのはイヤだったけれど、ブランクがあったのだから仕方ないと思った。年下の女の子達はとても子供で、何の苦労もなさそうで、そう言う意味では私はクラスの男の子達から大人びていると人気があった。
 丁度そのくらいの頃から、私は人よりも抜きん出て可愛いのだと自覚するようになった。一つ歳が上なせいだけじゃない。大きな瞳は黒目がちでいつも潤んでいたし、鼻筋が通り、下唇の厚い形のよい唇をしていた。パーツは元より、バランスよくそれらは顔に配置され、真っ直ぐに伸びた形のよい眉が意志の強さを表している。髪は艶やかに黒く長く、多くも少なくもなく、適度に私の顔に陰を落とす。体型も、あんなにおじさんが嫌がっていた乳房が張り、突き出し、その頃では既にDカップになっていた。セーラー服の胸元がきつくて、私はその頃よく、胸元を押さえていたと思う。それが更に男の視線をそこへ集めさせたのだと言う事は、後になって気付いた。

 夏頃を過ぎて、私は体中を這い回る視線を感じるようになった。別にその粘っこい視線に不快感は無かった。おじさんや男達が私を品定めした時にしていた視線だったからだ。不躾に舐め回す視線に、逆に快感すら感じながら、私は一つ年下の同級生達が言う「セックスなんてフケツ」と言う言葉に素直に頷いていた。胸の内で、バカらしいと思いながら、同意することで得られる信用を計算していたのだと思う。
 そのくせ、俊樹とのセックスを相変わらず毎日貪っていた。徐々に私のツボを心得ていく俊樹に教え込んでいくのは、また違った意味で気持ちよかった。
 そんなある日、最初に感じた視線が最早遠慮さえ無く、じろじろと注がれ始めている事に気が付いた。
 体育の授業中、その視線は特に強く感じた。そんな視線を送れるのが誰か、私がすぐに気付くのは当然の事だった。いや、私だけじゃない、他の同級生達も気付いていた。体操着越しに透けるブラジャーのラインやブルマからすらりと伸びる太股を舐める様に見つめる視線。「いやらしい〜」と、不快感を露わにして噂する女の子達を心の中であざけりながら、私は少しマズイと思った。不快感の中に宿る、女性に対しての同性が持つ敵対心を無意識に感じ取ったからだと思う。それは、いつか私が、おじさんが連れてきた女の子に対して向けた瞳と同じだったからこそ、敏感に感じ取ったのかも知れない。このままでは、私がイジメの標的になってしまう可能性がある。私は何とかしなくては、と焦った。



 真夏になり、体育に水泳の授業が組み込まれる様になった。去年詰め込み式で小学校で勉強をしていた私は、プールサイドに水着を着て立つこと自体、久しぶりの事だった。
「わぁ、未来ちゃんって肌が白いねぇ」
と、同級生の女の子達は着替え中、私の体を見て感嘆の声を漏らした。
「……そうかな?」
「うん。それに、胸おっきいね〜。いいなぁ」
「……あんまりいいことないよ。肩凝るんだよ」
私ははにかむような愛想笑いを浮かべながらそう答える。
胸が大きい事は私のコンプレックスの一つだった。おじさんが私を拒否した原因がこの膨らみのせいだと思うと、イヤでたまらなかった。……けれど、舐める様な視線は最近そこへ集中してきている。その視線は私に、乳房が大きいのもまた魅力の一つだと教えてくれている様な気がしていた。
 水泳の授業に関しては、私はとにかく泳げなかった。水に浸かる事自体久しぶりだったのだから、仕方ないと思う。同級生が軽々と25メートル泳ぎ切る中、私や運動音痴な子達は少し泳いでは立ち止まり、また少し泳いでは立ち止まるを繰り返す。
「未来ちゃんって、見かけによらず体育苦手よね」
とよく言われたけれど、水泳の授業も例外では無かった。

「そこ、水を掻く時に顔を上げるんだ」
ピッピッ、と笛がリズミカルに鳴って、体育教師がそう指導する。
「ああ、違う……ほら、体から力抜いて」
みんなが見ている前だった。泳いで立ち止まり、また浮こうとした瞬間、体育教師が私の体を支えた。アンダーバストの辺りと太股の辺りを大きな手で、さもさりげなさそうに支えた彼の、その手が少しいやらしく蠢いたのを感じた。
「ほら、お尻が浮いてる。もっと自然に浮く様な感じで」
そう言いながら、太股を支えていた手お尻に滑り上がり、をぐい、と押さえる。水で濡れたその手は熱くぬめっていて、何とも気持ち悪い感触だった。
ふっと、プールサイドでそれを見つめている同級生の女の子達が目に入った。ひそひそと、眉間にしわを寄せて内緒話をしている。
「ばた足は、もっと足を伸ばさないと」
そう言いながら、お尻から内股に手を滑らせ、片足を持ち上げては落とす。これは、指導じゃない、いい様に私を触っている、と私は思った。同級生の女の子達の嫌悪感を露わにした表情が目の裏に焼き付く。
「手も、ちゃんと水を掻かないと」
もっともらしくそう言って、アンダーバストの辺りに置かれていた手が、わざとらしく私の乳房をぐい、と押し上げ、そのまま手首の方まで伝い上がった。水の中だから、彼女たちに見えていなかったのは幸いだった。
 私は水に顔を浸からせながら、このままでは間違いなく変な噂が立つ、と焦った。それは困る。ただでさえ一年遅れて入ってきているのだから、色んな意味で私は標的になりやすい立場なのだ。私は必至に頭を働かせた。
「ほら、こうやって水を掻くんだ」
私の手を何度か振り回した体育教師は、「分かったか?」と言って、また水面下、手首から手を伝い下ろして、乳房を掠め、撫でつけてアンダーバストの辺りで再び私を支えた。平静を装いながら、その鼻息は少し荒かった。
もう躊躇は出来なかった。

 次の瞬間、私は足をばたつかせ、もがく様に暴れ始めた。足がつった振りをしたのだ。
体育教師は驚きながら、支えた手を滑らせ私を抱きかかえようとした。私は慌てて立とうとする振りをして、体育教師の股間に太股を押しつけ、抱きかかえられた時には、彼が執拗に視線を這わせた柔らかい胸を彼の胸板に押しつけた。
 一瞬、体育教師と私の視線が絡み合う。
すっと視線を外し、私は
「いたっ、痛いっ……いたたた……」
と執拗に溺れた生徒を演じた。足をばたつかせ、もがく振りをして太股を押しつけては離し、離しては押しつけていた彼の股間は、ゆっくり大きくなっていった。

 プールサイドに上げられ、げほげほと噎せながら、そこでお尻をわざとらしくならないように突き出し、体育教師に向けながら、心配して駆け寄ってくる同級生達に
「ごめんね、ありがとう」
と言うのは簡単だった。
「ねぇ……アイツに変なことされなかった?」
「え?変なコトって?」
「やーらしいこと。アイツ、絶対あんたに気があるよ。ほら、今もやらしい目ぇしてるもん」
「分かんない……それどころじゃ無かったし……」
「あたし、見たよ。アイツ、あなたのお尻とか胸とか、わざとらしく触ってたもん」
よく見ている、と私は少し冷や汗を掻いた。女の、どこかに綻びがあればそれをこじ開け、引きずり落とす様な本能的な泥臭さを感じた。
「やだ〜〜〜」
と言う女の子と一緒になって、私はわざとらしく両腕で自分の肩を抱くようにして
「嘘、やだっ」
と言った。そうすることで女の子には私の潔癖さをアピールし、同情的な視線を集められるし、腕を組むことで寄せて露わになる胸の谷間に男達からの視線が集まることは充分計算済みだった。







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