赤いくつ
Written by : 愛良
[11] 決意


「みらいちゃん、上手だよ……どこで習ったの……そんな……ぁぁっ……」
 少女の、成長期の発育は目覚ましい。すらりと身長は伸び、乳房は更に膨らみ、体は丸みを帯びてウエストが引き締まった。あどけない表情に時折大人びた光を宿す瞳がアンバランスに混在して、我ながら魅力的だと思う。艶やかな唇とそこから覗く白い歯と時折ちらりと見えるピンク色の舌は、男だったら誰でも釘付けになるだろう。
「ぁぁ……ダメだ……そんな……吸ったら……溶けちゃうよ……」
 私はこの頃から自分が「女」であることを強く意識し始めた。男は「女」を無意識に嗅ぎ分ける能力がある。幾つであっても、女は「女」になり得るし、男はその「女」に惹き寄せられる。性的欲求と言うのはそう言う物なのだ、と思うようになっていた。
 確かに、まだ「女」に目覚めていない無自覚な花を無理矢理開花させる歓びを持つ男だっているだろう。けれど、大抵の男は「女」という花の蜜を敏感に嗅ぎ分け、すり寄ってくるのだ。そう言う意味では、私は幼い頃から「女」だったのかも知れない。おじさんを惹き寄せてしまったのは、私が無自覚に「女」だったからなのだと思う。
 ある意味、私は「無自覚な花」を演じ分けるのにまだまだ都合のいい年齢だった。男達は私を「女」と知っていながら、無自覚な花を無惨に開花させる悦びに浸る。見た目、品行方正で清く正しそうな私は、彼らの嗜虐の悦びを刺激するのに丁度良い存在だった。
「習ってない……もん……あたし上手?こうすればいいの?……ここ?こうすると……もっといい?教えて……?」
あどけない瞳でそう言いながら上目遣いに眺めればいいだけ。性への興味が先走り、知識だけが堆積した女の子を演じるだけ。
 昔もこうすれば良かった、と私は時折思う。そうすれば、もっと楽に生活が出来ただろうに。おじさんが連れてきた男達を悦ばせる手段は知っていても、態度や媚び方は知らなかった。仕方ない、私はまだ幼かったのだから、と思いながら、男のペニスにピンク色の舌で唾液を塗りつける。
「そぉ……もっと……裏っ側、舌でちろちろして……俺に見えるように……ぁぅぅっ」
男は喘ぎながら私をいやらしい目で舐めるように見つめ、教え込む悦びに浸る。ツボを焦らしながら、分からないとでも言うふうにズラし、一生懸命舐める振りをすればする程、渡してくれる紙幣の枚数が増えることを私は知っていた。
 おじさんと暮らしていた頃は、おじさんが男を連れてきてくれていた。おじさんがいたから私は生活の心配をする必要がなかった。ある意味保護された状態で私は男の相手をすればいいだけだった。……今は違う。今はおじさんはもういない。今は自ら選んで交渉しなければならなかった。男を捕まえるのは容易だったけれど、交渉は少しのコツが必要だった。
「ぱくって……口に含んで……ぁぁ……奥まで……そう、根元まで……」
俯いて男のペニスを根元まで呑み込む。さらり、と長いストレートの髪が男の腹をくすぐる。呑み込みながら裏筋に舌を這わせ、ちろちろとくすぐると、大抵の男達は悦んだ。


「ぁぁぁ……ダメだ……そんな……激しく吸っちゃ……イッちゃうよ……」
「ぇ……そうなの?」
「ぁ……やめちゃダメだよ……いいんだ……そのまま……ぅ……もっと激しく……」
「んっ……こ……ぅ……?」
あどけなく、男に訊ねる様な目でペニスを口に含んだまま男の顔を下から見つめると、男は腰を痙攣させ、白い放出物を私の口から引き抜き、顔と体に垂れ流した。はぁはぁと荒い息を吐き出し、遠い所を眺めるような瞳になっている。おじさんが。おじさんが連れてきた男達が。体育教師が。俊樹が。そして今私が捕まえている男達が。一概にそんな目をして、一瞬遠いところを眺めるのが何故なのか、私は分からなかった。
 どろり、と鎖骨から胸元へ伝い落ちる精液を指でそっとすくい、にこっと天使の様な天真爛漫な微笑みで男を見上げると、大抵の男は罪悪感の為か、少し困った顔をする。けれど、その笑顔をする事で、確実に三枚分の紙幣を確保することが出来るのを私は知っていた。

 捕まえた男達がくれたお金は既に三十万を越えていた。一回こうする度に、約二万円から多い時は五万円貰えた。大抵の男は、私がこういう事をするのを初めてだと勘違いし、
「もう二度としちゃダメだよ」
と言って、恐らく相場よりも多めの紙幣をくれる。私は大抵の男がことを終えた後に言うその言葉に違和感を感じながら、何の躊躇もなくそのお金を貰っていた。
 自分からお金の話を打診すると、相手から煙たがられた。上手く巻き上げるには自分からお金の話をしてはいけない、と言う事を学んだ。それより、相手の罪悪感をくすぐる。何も知らないいたいけな少女を陵辱してしまったと思わせるのがコツだと徐々に分かってきた。
 私はお金を殆ど使わなかった。派手に使いすぎると貧しい施設内では目立つからで、このお金は何かあった時の為にといつも考えていた。……何かあった時の為、と言っても何があるのかは分からない。ただ、漠然とした不安だけがいつも私を襲っていた。
 男を捕まえるのは月に一度程度に留めておいた。そう頻繁に都内に出ることも出来なかったし、誰かにバレるのを警戒していた。それでも、その為に都内に出れば空振りすることは決してなかった。私服よりもセーラー服の方が高く売れることも分かった。男達は何かを夢見るように私に声を掛け、そしてセーラー服を脱がしていく。
 時折、制服を着たままヤリたいと願う人もいたので、私は制服をもう一つ購入した。それ用の制服と、学校に行く時に着るための制服を分けた。性に敏感な年頃の女の子達は、他人の性にも敏感で、私がそのセーラー服を着ていくといつ何時気付くか知れたものでは無かったし、そう言う意味でも貰ったお金は役に立った。私服などは一切そのお金では買わなかった。



 中二の二学期になっていた。私は夏休み明けの実力テストで学内一位、全国でも100位内に入るという偉業を達成した。先生達は驚きの色を隠さなかった。他の生徒達が塾に通ったり家庭教師を付ける中、当然の事ながら施設出身の私にはそんな余裕などなく、実力で勉強し身につけた学力だった。生徒達から寄せられていた信頼は教師達にまで浸透し、私は簡単に「人望」を集めていた。
 俊樹は生徒会長をそつなくこなしている。教師と生徒の橋渡しをし、折り合いを付け、文化祭を盛り上げようとしていた。一見、彼は何も変わらなかった。変わった様には見えなかった。けれど、時折昏い陰を落とすその表情に女の子達は狂喜して夢中になっている様だった。でも私は彼が時折見せるその目に、危うさをどこかで感じ取っていた様な気がする。

 進路票をそろそろ提出しなくてはならない頃だった。
私は俊樹の部屋へ相談に行ったのだと思う。私の学力だと、その地域でトップクラスの高校も狙えると言われ、単純に喜んでいた私は、俊樹も当然その高校を狙うのだろうと思っていた。
「俺は高校へは行かない」
だから、その俊樹の言葉は予想外だった。
「……どうして?」
「どうして……?」
俊樹は一瞬、その昏い瞳の奥に凶暴な光を宿したかと思うと、苛立った様に声を荒げて
「未来もどうせ高校に行けないよ」
と、凶暴性を秘めた口調で嘲笑う様に言った。
「……どうし……て……?」
感情を荒げた俊樹を見るのは始めてだった。私はその意外性に驚き、俊樹の荒げた声に体を強張らせながら同じ事しか言えなかった。
「俺らに、親が居ないからだよ!」
俊樹は、憎々しげに怒鳴る様にその言葉を吐き出した。それはまるで、今まで見えなかった憎むべき標的がやっと見えたかの様に、照準を私に合わせた憎悪すら感じた。
「だ……て、先生……行けるって……公立だったら……」
「めでたいよな、未来は。本気でその言葉信じたのか?」
「だって……」
「お前、この園の状態見て、本気で行けると思ったのか?そんな余裕があると本気で思ったのか?中学までは義務教育だから行かせて貰えたけどな!公立だって金がかかるんだぞ!」
私は俊樹の言葉に軽い目眩すら覚えた。そんなバカな。進学に悩むと口にすれば一緒だけど、その悩みの質が、私達と、同級生達とでは根本的に違う。同級生達は自分たちのレベルに合う高校はどこか悩み、私達は進学出来るか否かで悩むなんて。
「……お……金……?」
私は呆然と俊樹の言葉をオウム返しするしか無かった。何の疑問も感じず、進学出来ると思っていた自分が情けなくて恥ずかしかった。

 大人になりたい……早く、大人になりたい。

 私はその瞬間、強くそう思った。今まで以上に強く。……扶養されてのうのうと生きていく子供と言う存在が憎かった。早く自分の力で何とかなって、自分の責任で何でも出来る年齢になりたかった。そして、自分がまだ子供なんだと言う事をイヤと言う程味わった。それは自分の体を無理矢理開かれる事よりも、屈辱だった。
 俊樹は、私を蔑んだ様な表情で、吐き出す様に
「女はいいよな……稼ごうと思えば、その体で稼いでこれるんだろ?ロリコンの変態おやじだったら、未来でも高く買ってくれるよなぁ?」
と、言った。私は呆然としつつも、その言葉に冷水を浴びせられた様な気がした。もしかして、俊樹は知ってる……?そう思うと、言葉すら出てこず、体は硬直した。
 俊樹はそんな私の胸ぐらをぐい、と掴み、ブラウスを引きちぎった。ボタンが一つ、飛んで何かに当たる音がした。
「やっ」
私は弾かれた様に反射的に体をよじった。
「何がイヤだよ……好きなんだろ?セックス好きなんだよな?ここ来る前から、稼いでたんだろ?変態おやじに、いいようにされて、それで食って来たんだよな?」
俊樹はそう怒鳴りながら、スカートの中に強引に手を突っ込み、下着の上から私の股間を鷲掴みにした。
「な……んで……」
「園長がそう言ってたぞ……お前、監禁されてたんだって?そこで毎日何してた?……言わなくても分かるよなぁ?俺をさんざ、オモチャにしたんだから」
「オモチャだなんて……ちがぅ……」
「変態おやじに教え込まれた事を俺に披露してくれたよな?……俺だけじゃないんじゃないの?ここに……他に誰の咥え込んだんだ?」
俊樹の指が、乾いた膣に強引に捻り込まれた。痛みを感じながら、俊樹の体を押しのけようとしても、俊樹の力は強く、逃れられない。
「痛ぃ……ぃやっ、やめっ……」
「言えよ。……変態おやじと俺と?……園長か?それとも校長か?担任か?……それとも全教科の教師とヤッたんじゃないの?……でなきゃ、あんなに成績上がる訳無いもんな?」
「……っ!」
 その瞬間、私は何かが弾けた様な気がした。
―全教科ノ教師トやっタンジャナイノ?……デナキャ、アンナニ成績上ガル訳無イモンナ?―
 頭の奥がちりっと焦げる様な気がした。目の裏側で火花が散った様な気がした。喉の辺りが何かにつっかえて、呼吸がしにくくなる様な感じがあった。
 私は胸の奥底から沸いてくる何かに弾かれる様に、俊樹を力の限り突き飛ばした。
「何するんだよ!」
「……その程度の事で高校行けるんだったら、いくらでもやってやるわ……」
一体、どこからこんな声が出るんだろう。全身が総毛立っていた。沸々と体の奥から怒りが沸いてくるのを感じていた。
「……けど、実力を否定されるのだけは許せない……」
俊樹が、しまった、という表情をした。見る間に後悔が彼を襲った様だった。
「未来……ごめ……」
「セックスしてお金稼いで、そしたら高校行けるの?お金さえあれば行けるの?ねぇ?その程度の事だったら何て事は無いわよ、確かにね!利用出来るんだったらいくらでも利用してやるわよ!」
「未来……」
俊樹が私の興奮を納めようとして肩に手を置こうとした。私はそれを払い除け、
「でも、成績は私が自分の力でもぎ取ったのよ。……それをあんたにどうこう言われたく、ない!あれは、私の実力だわ!頑張ったのよ!何の代わりでもない!私が!頑張ったのよ!」
「ごめん……未来、ほんと、ごめん……」
謝る俊樹を、私は一瞥して吐き捨てる様に言いきった。
「私、絶対諦めない……何をしてでも……絶対高校行く!」
全身が熱かった。もう、俊樹の表情すら見てなかった。頭の中が妙に冴え渡るのを感じながら、自分で言った言葉を噛み締めていた。







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