赤いくつ
Written by : 愛良
[17] 俊樹


 随分と泣いて、泣きすぎて頭が痛くなるほど泣いて、泣き疲れてやっと地べたから立ち上がって私は施設に戻った。嘔吐して汚れた汚物が制服にこびりついている。もう一つ、売春用に買っていた制服があって良かったと思いながら、私は人目に触れない様にこっそりと自室へ入っていった。頭がガンガンしていた。けれど、気分は妙にスッキリとして頭の中は冴え渡っている。ふぅ、と溜息を吐きながら、私は制服を脱いだ。
「……随分遅いお帰りだったな」
不意に、ドアが開いて俊樹の少し嘲笑う様な声が聞こえた。私は下着姿のまま、扉の方を睨み付けた。
「……勝手に入ってこないで」
不意に耳の奥に俊樹の下品なアノ時の声が浮かんでは消えた。ぶるっと全身に悪寒にも似た鳥肌が立つ。
「……お前、見たんだろ?」
「……何を?」
「俺と、女が、ヤってるトコ」
「見てないわ」
「嘘吐け」
「……声は聞いたけど」
「何だ……声だけか」
「声だけよ」
「……で、ショックで帰って来れなかったのか?」
「……?……どういう意味?」
訝しげに訊ねると、俊樹がにやりと嗤った。まるで初めて見た男の顔の様だった。ひげがうっすらと伸びて顎を覆っている。頬が少しこけて、髪の毛は薄茶色に染められて。額には少しだけ脂が浮いていた。……キタナらしい男……
「俺が、お前以外の女とヤッてるの見たから」
「……?……だから?」
「ショック?」
にやにやと嗤う俊樹の顔を一瞥して、私は気にも止めずTシャツを引き出しから抜き出した。
「……別に」
「へぇ?」
「あんたが何してたって、私には関係無いもの」
そう言いながらTシャツを着る。スカートはどれにしようかと引き出しの中を見ていると、いつの間にか傍まで近寄っていた俊樹が、ぐい、と腕を掴んで私の身体を俊樹の正面へ向けさせた。
「お前に関係なくったって、俺にはあるんだよ」
「……どういう意味よ」
「だからっ……」
突然言葉を句切って、俊樹は私の瞳を射抜く様に睨み付けてきた。
「離してくれない?」
私は静かに彼の瞳を真正面から受け止めて、そう言った。
「……離さない」
「離してよ」
「いやだ」
俊樹の瞳には苛立ちと共にどこか懇願めいた色が浮かび上がっていた。
「……どういうつもり?」
私は一つ溜息を大きく吐き出すと、抑えた声で訊ねた。
「私に見せつける様に待ち伏せしてそこで女の子とキスしたりセックスしたり……ねぇ、どういうつもりなの?」
「……それは……」
「俊樹がどんな女の子と付き合おうが勝手だけど。あれ、本気でやめてくれないかな?」
「へぇ……何故?」
一瞬、期待に満ちた光が俊樹の目に宿る。
「気持ち悪いのよ。反吐が出る位にね。あんた達、すっごい醜い。盛りの付いた猫みたい」
「……っ」
途端に、俊樹の表情が強張る。
「吐き気するの。あまりに汚くて」
吐き出す様に私はそう言い放った。途端に頬が熱く燃える様な強烈な刺激を受けた。ぐらりと視界が回って、気付くと私は床に尻もちをついていた。
 熱くなった頬に手を添える。何が起こったのか一瞬分からず、徐々に痛みを持ち始めたそこから、殴られたのだと言う事が理解出来た。口の中に鉄の味が広がる。余程強く殴られてどこか口の中を切ったのだと言う事が分かった。
「……サイテー」
殴られた頬に手を添えて、俊樹を下から睨み付ける。俊樹の掌は握りしめられ、小刻みに震えていた。
「サイテーなのはお前だろっ」
突然俊樹が私を組み伏せた。
「ぅうっ……」
したたかに背中を打つ。一瞬咳き込みながら、俊樹を押しのけようとした。
「何するのっ……むぐっ」
俊樹が私の口をその大きな手で塞いだ。私にのしかかりながら、身体を身動きできないように押さえつけたかと思うと、もう片方の手でショーツをずらす。
「腰、上げろよ……パンツ取れないだろ」
私は激しく首を左右に振った。俊樹が何を考えているのかは分からないがどうしたいのかは悟ることが出来た。俊樹は軽く舌打ちしたかと思うと、手の届く膝上まで下着をずり下げる。そして、荒々しくも器用に陰毛の上を滑って掌が長らく触らせなかった部分へ到達した。
「俺、上手くなったんだぜ……悦びたくて俺にヤらせる女多いしな……」
どこか自虐的に嗤いながら、俊樹が私の割れ目に指を滑らせていく。
「ふごごごっ」
やめてよ、と言ったつもりが、口を塞がれて上手く言葉にならない。
「何言ってるか分かんねーよ」
嗤いながら俊樹の指は確実にクリトリスを探し当てる。
「お前が教えてくれたんだよな?……ここ、いいんだって……なぁ?」
そう言いながら指を押し当て、押し潰す様に指先に力を入れる。
「んぐぅっ……むぅぅぅぅ……っ」
私はその強烈な刺激に思わず背筋を反らす。
「ほら、濡れろよ……感じろよ……未来……」
はぁはぁと荒々しい息を吐き出しながら、俊樹はクリトリスを執拗に弄ぶ。確かに俊樹は、私とセックスをしていた頃より格段に上手くなっている。器用に動く指先は、どこを触れば女の身体にスイッチが入るかまるで熟知しているかの様だった。
……けれど、私はあまり濡れてはいなかった。
「くそっ……」
俊樹がヤケになったかの様に指先を動かす。ほんの少しだけ沁み出した愛液をまんべんなく擦りつけている間にそれは乾いて、指の動きが引っかかる位だった。
「感じろよ……未来、強がってないで……」
その言葉はまるで俊樹自身に向けて言っているかのようだった。私は燃え上がり切らない身体と、閉ざした心のまま、俊樹を眺めていた。
「……そんな目で見るな……ほら、俺の指に集中しろよ」
焦るかの様に俊樹はそんな言葉を繰り返す。私は藻掻くのも声を上げるのもやめて、ただ、彼のしたい様にさせた。するなら勝手にすればいい、と思っていた。何だか心の中がすーっと醒めていく。ああ……そうだ、この感覚。こうやって全てを閉じれば楽なんだ。
「ちくしょう……ちくしょう、ちくしょう……」
俊樹は、やがて私を濡らすことを諦めた様だった。自分のズボンをずり下げると、それでも硬くそそり立った自分のモノを取り出し、口を塞いでいた掌を外して私の腰を持ち上げた。するりとパンツを足元から抜き取る。
「……諦めたら?」
私はそんな俊樹から顔を背けてそう言った。何だか今は俊樹を見たくなかった。情けなさそうで、それでも欲に支配されているみっともない俊樹を。
「うるさいっ」
俊樹は足から引き抜いたパンツを私の口に突っ込んだ。むぁっと、自分の匂いが鼻に突く。そのデリカシーの無さに、私はどうしても苛立ちを隠せなかった。醒めていた心が一瞬かっと熱くなる。苛立ちと怒りとどす黒い何かが私を支配する。がすっと俊樹の身体を一度蹴る。怒りに燃えた瞳が見えたかと思うと、バシッという音と共に目の下から火花が飛び散る。負けじともう一度蹴り飛ばす。……その足は見事に俊樹のみぞおち辺りに入ったらしかった。
「むう゛っ……っ」
俊樹の手が、私の首元を押さえつけた。喉が窮屈になり、ただでさえ口許に下着が入ってしにくい息が、余計に出来なくなる。俊樹は私の首を押さえたまま、自分の怒張したモノを私にあてがい、無理矢理ねじ込んできた。
「ぶっ……む……う゛……」
痛い。苦しい。息が出来ない。頭に血が昇って行くのが分かる。意識が薄らいでいく。
「ぁぁ……未来……未来っ……」
俊樹が腰を荒々しく押しつける。喉を押さえ込んだまま、抽挿を繰り返す。息が出来ない。酸素が足りない。苦しくて私は掌で宙を引っ掻く。……私、このまま殺される?……いや、俊樹にそんな度胸は無い筈……それでも俊樹は首を押さえ続けた。喉から酸素が送られて来なくて、頭がぼんやりとする。
「ぐぶっ……」
はっとした様に俊樹が喉から手を離す。漸く解放された喉が頭に空気を取り込もうとするけれど、口に押し込まれた異物に邪魔されて、空回りする。
「ぶぼっ、ぶはっ……えぼっ……」
苦しい……私のただならぬ様子に、俊樹は怯えた様に身体を離した。私は慌てて口内の下着を引っ張り出す。
「がはっ……ごほっごほっごほっ……」
「ぁ……未来……ごめん、俺、そんなつもりじゃ……」
おろおろと動揺する俊樹に罵りの言葉を投げつけたかったけれど、今はそんなことよりも酸素が欲しくて私はごほごほとむせ続けた。
「大丈夫か?未来……」
手を伸ばしてさすろうとする俊樹の手をぴしゃりと払い除けながら、それでも私は咳き込み続けた。
「……っ」
「……さ……いて…………ー……」
「……ご……めん……」
「サイテー……よ、あんた……なんか、サイ……テー」

 ―……圭ちゃんっ……―

「ごめん……」
「消えてよ……顔も見たくないっ」

 ―……圭ちゃん……圭ちゃんっ……―

「……ほんと……悪かったと……」
「あんたが消えないんなら、私が消えるっ」

 私は力任せに俊樹を突き飛ばし、下着と制服を持って下半身を晒したまま、部屋から飛び出した。無性に圭ちゃんに逢いたかった。何故かは分からない。けれど、私の脳裏には圭ちゃんの声ばかりが響いていた。


 施設から桜並木まで走ると、私はスピードを落とした。このまんまじゃ、表通りには出られないと思って、掴んでいた制服とパンツを道端で履く。また吐き気が襲ってきた。どうせなら俊樹に吐き出してやれば良かったと思いながら、それでも空腹なのか胃液くらいしか吐き出せなかった。
 涙が出てきた。夕方あれだけ泣いたのに。よくこれだけ泣けるなぁと、どこかで冷静な自分が自嘲している。私は酸っぱい口許を拳でぬぐうと、表通りから駅前に向かって歩き始めた。







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