赤いくつ
Written by : 愛良
[24] プレイゲーム


……おじいさまのお誕生日パーティ、と言うにはあまりに盛大だと思うのだけれどね……と私は溜息を吐いた。極々身内のパーティだと思っていた私はまず、一流ホテルの会場でパーティが催されるとは思ってもみなかった。
私はジュースの入ったグラスを握りしめるように持ったまま、会場を見渡してみる。どこかで見たことのあるような顔があっちにもこっちにも見える。あれは何とかっていう政治家。あっちは大物俳優。こっちは有名企業の社長だか会長だか。沙也香はそう言った人達に極上の笑顔を向けながら、ひらひらと蝶の如く優雅に渡り歩いては挨拶をしている。……お嬢様は、確かにお嬢様だったって訳ね。
 何度目か分からない溜息を吐いて……場違いだわ、私……ぐい、とグラスの中のジュースを飲み干すと、私は空になったグラスをどうしたものか分からず、そのままキョロキョロと目線を走らせた。ふ、と、長身の、いかにもブランド物のスーツを身に纏った男と視線がぶつかる。こんな所でキョロキョロしちゃいけなかったかしら、と慌てて視線を下げると、男はすいっと私に近付いてきた。
「……君、沙也香嬢のご学友かな?」
男はよく通る声で私の空いたグラスをひょいと持ち上げると、飲み物の乗った盆を持って歩いているウェイターの、その盆の上に置いた。
「はい」
私は彼から視線を外したまま、返事をする。……と、途端に顎に手を置かれ、くい、と顔の向きを変えられる。
「返事はね、人の顔を見てするもんだよ」
それは誰かを……初めて逢った時の沙也香を、彷彿とさせて、私は思わず彼の顔をしげしげと眺めてしまう。
「ふぅん……君、綺麗な顔してるね。いいな。名前は?」
「あ……緒方、未来、です」
「名前もいいね。僕は……」
「あら、晃浩さん。早速目を付けたわね」
男が言いかけたと同時に、沙也香が人混みの隙間をするすると縫うようにして近付いてきた。
「沙也香嬢、ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう、晃浩さん。……いかが?お気に召して?」
「ああ、いいね。何より、この瞳が気に入ったな」
「お気に召すのはそれだけじゃなくてよ。彼女、頭も凄くいいの。頭の回転が速いのね」
「へぇ、それは頼もしいね」
男は沙也香と一緒に意味ありげな笑みを浮かべ、私を見つめた。それはどこか悪戯を画策している子供の目にも似ている、と思った。
「ね、あなた。……ゲームをしてみない?」
沙也香がくるりと私の方を向くと、にっこりとそう微笑んだ。



「ご婚約おめでとう御座います」
「おめでとう」
「おめでとう!」



金色のついたての前で、沙也香がにこやかに微笑んでいた。その隣にはどう見ても彼女より二回り程年齢が離れていそうな男が立っている。会場は祝いの言葉に満ち溢れ、さも喜ばしげにさざめきあっている。
「……まさか、婚約パーティだとは思わなかったわ」
私は驚きの顔を隠せずにぽつりと呟く。
「まぁ、そうだろうね」
晃浩という男が私の隣にさも当然の様に立っている。
何だかもう、それは非日常の空間そのものだと思った。私の今までの人生の中で、想像だに付かなかった世界。想像だに出来なかった事態。
「いわゆる政略結婚と言うヤツかしらね」
壇上に上がる前に、沙也香が吐き捨てる様に言ったのが脳裏に浮かぶ。
「卒業したらすぐ、よ。だからそれまでは思いっきり遊ぼうと思っているの」
一点、晴れやかに……どちらかと言えばやけくそめいたその表情は意味ありげに笑みを含んでいた。
「政略結婚……」
私はぽつりと呟く。そんなものはドラマか小説の中だけの話だと思っていた。今でさえ、この世界は私にはあまりに眩しくて、ドラマの様な感じがする。
「まぁ、珍しい事では無いね。多かれ少なかれ、社交場に顔を出せる人間は、家柄や会社のしがらみの為の結婚をするね」
晃浩が私の呟きに対して答える。私はしげしげと晃浩の顔を見上げた。
「……あなたも、政略結婚するんですか?」
「僕?僕はまだ予定は無いけど、いずれそうなるだろうね」
「……で、それまでにやっぱり、思いっきり遊ぶんですか?」
「そうだね。人生一度きりだし。結婚したって遊べるなら遊ぼうと思っているよ」
にやり、と嗤って晃浩が言う。自信に満ちたその表情は、先程から全く変わらない。……なるほど、だからゲームなんて言い出せる訳よね、とふと私は思う。
「……あなたの遊びは、人間を駒の様に操ることですか?」
私はじっと晃浩の目を見てそう問いつめた。晃浩は、私のそんな瞳を真正面から受け止める。
「そう言うゲームが一番、興奮しないかい?」
「私はあなたの駒ですから……別に興奮はしません」
「駒に対する報償は、随分張り込んだつもりだけどね?」
「……そう言う問題ではありませんから」
ぷい、と私から視線を逸らす。絶対に視線を外さない晃浩の瞳は、確かに人を惹きつけて操るには説得力がある気がした。
「……あなたの眼力が曇ってるので無ければ良いんですけど」
横を向いたまま、そう言うのはまるで負け惜しみの様だと思った。案の定、晃浩は喉の奥からクッと笑みを漏らしている。
「君は自分に自信が無いタイプじゃないだろ?どちらかと言えば、自己顕示欲は強い方だと思うけどね?」
にやりと笑った晃浩の表情は、一見すると単に爽やかな好青年にも見える。……私の気分がこんなだから、嫌な顔に見えるのかしらね。
確かに、晃浩の顔は端正で整っていると思う。自信過剰気味な余裕が、更にその容姿を引き立てている。その為か、会場にいる女性が老若問わず晃浩をちらちらと見ている気がする。
「私が自己顕示欲が強いなら、あなたは自意識過剰の塊だわ」
むすっとしたまま私がそう答えると、晃浩は大きな口を開けて笑った。
「ほら、見てごらん。この会場の男達の一体どれくらいが君に興味を持っていると思う?未来、背筋を伸ばせ。顎を下げるな。脚は揃えて、優雅に微笑むんだ。」
私はむっとしながらも、早速のゲームが始まった事を感じて、言われた通りに姿勢を正す。優雅に微笑む事なんて知らないわ、と思いつつ、沙也香の曖昧な微笑を真似してみる。
「紅い口紅が君を華やかに演出しているぞ、未来。ほら、あっち……あれは加賀友善だ。俳優の。知ってるだろ?……それに、こっちは友菱商事のぼんぼんだ。君を見ているのが分かるか?」
「ええ……」
身体中を這い回るような視線がまとわりついているのは気付いていた。私はいつも男達からこういう目で見られていた気がする。
「君がそそる女だからだよ、未来。華やかな顔立ちにその体。男を射抜く瞳と翻弄する微笑み。……さぁ、ゲームの始まりだ」
晃浩は両手をパシッと合わせてにやりと笑った。







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