赤いくつ |
Written by : 愛良 |
◆ [25] プレイゲームU ◆ |
「……それで、晃浩さんの指導はいかが?」 優雅に紅茶を淹れながらにっこりと沙也香が尋ねてくる。私はその仕草を見ながら成る程ね、と思う。指先にまで神経を行き届かせて、いつでもどこでも、誰かに見られていると意識している全身は、確かに美しい。 「厳しいですよ。毎回……嫌になってきます」 私はソファに座って、置かれた紅茶を頂く。 「そう……でも、男性って好きよね。光源氏か、マイフェアレディか……」 クスクスと笑って沙也香が私をじっと見つめる。 「あなたが更に素敵になっていくのは、私にとっても嬉しい事だわ」 「……恐れ入ります」 私は曖昧な微笑みを称えて取り敢えずそう答えた。 「ね、あなた。……ゲームをしてみない?」 くるりと振り向いた沙也香が目を輝かせて悪戯っぽくそう言った。 「ゲーム……?」 「ええ、ゲーム。育成ゲームよ。あなたのね?」 「は?」 「沙也香嬢、ここから先は僕が説明するよ。……要するに君には僕に相応しい女性になって頂きたい」 沙也香が言いかけたのをやんわり制して、晃浩は私を真っ直ぐ見つめてそう言った。 「え?」 「立ち居振る舞い、動作、処動、言葉遣い。全て一流になって貰う」 「……え?」 「勿論、閨の作法もだ。一流に、僕好みになって頂く」 「はぁ?」 「君の生い立ちは全て調査済みだ。非常に楽しい生き方をしてきたのだね。ああ、失礼。楽しい……いや、興味深い、だ。」 ニヤリと晃浩が嗤う。……やはり、と言う気がする。沙也香は調べ上げていたのね。そして、この男に明かした訳だ。 それにしても白々しい。沙也香嬢のご学友かな?とか……もう私の事調べ上げて知ってたんじゃないの。 「……私の生き方がどうあろうとあなたに関係ないと思いますけど」 ギロリと彼を睨み付ける。 「うん、いいね。その瞳は非常にそそるよ」 睨んだ私を意に介していないとでも言うように、さらりと晃浩はかわす。 「君には報酬として一千万を約束するよ。これは手付け金だ。成功報酬は更に高くなる。……まぁ、何を持ってして成功とするかは、僕の一存によるのだけどね」 「……私、お受けした覚えはありませんが」 「……受けて損は無いと思うがね? 今の世の中金は必要だろ?君はまた、体を売って金を稼ぐつもりかい?」 ……そう、そんなことまで調べてたのね。どうやってか、どうやってだか。 「施設出身で親がいない身の上は確かに同情に値するがね、世間は同情だけで渡っていけるほど甘くはない。知性、教養、だけでもね。……バックボーンが物を言う。君はそれが欲しくは無いかい?」 何でも持っている者の傲りだ、と思った。この男は私の顔を札束ではたいているのだ。心の底から、腹立たしい思いが沸き上がる。……と同時に、そのバックボーンと言う物の存在は魅力的だとも思った。高校に行けるか行けないか、施設出身だからというくだらない理由だけで悩んだ事が、それで減るのは嬉しいことだと思った。 体を売ることと同じよ。私はこの男に私を売る。 「……確かに魅力的なお話ですね。要は、あなたに私を売る訳ですね」 恐らく私は彼と同じ様なニヤリとした表情をしたのかも知れない。どうせなら高く買って貰いましょう。 それからは休日毎に、迎えが学園にやって来た。歩き方から始まって、マナー、立ち居振る舞い、メイクの仕方等を専属の講師らしき人に叩き込まれる。それは新しい知識であり、覚えること自体は楽しい事だと思った。……ただ、それは時折滑稽すぎる位滑稽な事だ、とも思っていたけれど。 金持ちのぼんぼんは何を考えているのか分からないわ……。ふぅ、と溜息を漏らすと、紅茶を一口すする。 「この銘柄、お解り?」 にっこりと沙也香がティカップを携えて微笑む。……ああもう、あなたまで講師なんですか、お嬢さん。 「フォションですね、アールグレイですか?香りも味も濃いですね」 「ええ、本来ならアイスティにして飲むものだけど、私はホットで頂くのが好きなの」 にっこりと沙也香が笑う。 「……それはそうと、あなた、もう晃浩さんには抱いて頂いて?」 私は思わず紅茶を吹き出しそうになった。……そうね、よく考えればそれも契約の内だった。 「残念ながらあのパーティ以来、お逢いしてもいませんよ」 私は平静を装いながらそう言う。……既にあのパーティから三ヶ月は過ぎていた。 「あら」 意外そうに沙也香が眉を上げる。 「残念だわ、晃浩さんがどんな風にあなたを抱くのか伺ってみたかったのに」 沙也香の微笑みは徐々に含みを増していく。 「あなたを抱く時とそう大して変わりは無いと思いますが?」 何の気無しに言った言葉に大して沙也香は大きく溜息を吐いた。 「あの方も素敵で、私としてはそうなりたい気もするのだけれど……ふふ、振られてばかりよ。そう言う関係にはなったことは無いわ」 それはとても意外だった。てっきり二人は既に肉体関係を結んでいるだろうと思っていたのに。 「あら……意外だった?……ふふ、あの方ああ見えて、案外身持ちは固いのよ。浮いた噂を聞いたことは一度も無いわ」 どうやら私の表情を読んだらしい沙也香がそう言う。……身持ちが固いなら、なんで駒にする女に対して、閨も一流にとか僕好みに、とか言えるんだろう、と私は心の中で思わず毒づく。 「素敵なあなたと素敵な晃浩さんの睦み合いって、さぞ甘く素敵なんでしょうね」 ほぅ、と溜息を漏らす沙也香は既に女の匂いを醸し出している。……が、最初の時の様に誘ってくる気配は無かった。三ヶ月間、彼女は私に触れようともしなかったのは、晃浩と何か約束でもしていたのかも知れない。私もそれを特別尋ねようとは思わなかった。それよりも沙也香が私を対等に扱っているのが何だか心地よかった。 「分かりませんよ?……ああ見えて、実はまだ女性を知らなかったりして」 「ふふ……ではあなたが初めての女性?何だか妬けてしまうわね」 にっこり微笑む沙也香の口調は、とても冗談だとは思えなかった。 |
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