赤いくつ
Written by : 愛良
[27] 北風と太陽U


「うーん、未来ちゃん、白いドレスの方が似合うと思うんだけどなぁ」
私は隆浩に連れられて、何故かドレス選びに来ていた。
「白は……ちょっと」
「白、嫌い?肌の色が白い未来ちゃんにはピッタリだと思うけどな」
ニコニコと微笑む隆浩はしきりに私に白を勧める。
−白は……似合わないから−
ふと、胸の奥がちりっと痛む。白いワンピース。決して着ようとしなかったかおりん。その影響かな。私も白い服を着る気にはどうしてもなれない。
ふと、一瞬目に暗い陰が走ったのかも知れない。隆浩は、ハッとした感じで私を見ると、
「じゃあ、未来ちゃんはどの色がいいかな?」
と慌てたように話題を変えてくれる。その心遣いの様な物が嬉しくてありがたくて、逆に私は両手をぶんぶんと振ってしまう。
「いえ、あの、隆浩さん。私、ドレスなんて買って頂く訳には……」
「いいんだよ。僕がプレゼントしたいんだ。未来ちゃん、正式にパーティに出るのは初めてなんでしょ?こんな綺麗な子がいるんだ〜って、みんなをビックリさせたいんだ」
ニコニコと本当に屈託無く、私にプレゼントをしたい、という素直な気持ちが言葉から溢れ出ている。
「だからね、未来ちゃんに一番似合うドレスを僕が選びたいなって思ったんだ。……大丈夫?疲れちゃった?」
「そんな……全然。嬉しいです。あの……でも、このお店、お値段が尋常じゃ無い気がするんですが」
値札を見ると、それはもう、目が飛び出る様な、ゼロが幾つも並んだ数字だった。私が一体何人の男に身を売れば、手に入るお金だろう。思わずそんなことを思ってしまう。
「未来ちゃん。レディはね、値段なんか見ちゃいけないよ」
ウインクをするように、悪戯っぽく隆浩が笑う。思わず、そう言う物なの?と思ってしまうくらい、それはもう、拒否を許さない隆浩独特の笑顔だった。
何着も試着した中で、結局私はダークグリーンの胸元がドレープ状になっていて大きく開いたドレスを選んだ。色味は大人しい落ち着いた感じだけれど、着てみると肌を美しく引き立ててくれる色だった。大人っぽくてとても魅力的だよ、と隆浩も納得していたし、店員もそのドレスは着る人を選ぶけれどよくお似合いです、と誉めてくれた。



そのパーティで、私は注目の的だった。
隆浩が会場に入った途端に寄ってくる知人の数々。有名・著名な人達と親しく話しながら隆浩はさり気なく私を紹介してくれる。それは何というか場慣れしている、としか言いようが無かった。私は、教わってきた事を総動員して、常に笑顔で微笑み、紹介された人達に挨拶をした。優雅に飲み物を手に取り、どんな会話にもついていった。
「隆浩君、どこでこんな素敵な女性を見つけて来たんだい?」
口々に、紹介して貰った人達はこう言った。それはお世辞もあったかも知れない。けれど、値踏みするように爪先から頭の先まで視線を這わす彼らの瞳には、いつも、私が感じていた男の匂いがした。
「うふふ。深窓の令嬢ですよ。後は極秘です」
隆浩はどこか得意げに、悪戯っぽく笑いながら誰に対してもそう言った。深窓の令嬢……なんて無理があるんじゃないかしら、と私は少しヒヤヒヤしたけれど、彼らは何となく納得した様だった。私は安堵しながら、何とか化けの皮を剥がして無い自分に少し自信を持った。
「未来ちゃん。名前も歳も、何も誰にも教えちゃダメだよ」
私は会場に入る前に、隆浩からそう言われていた。悪戯っ子の様なその笑顔の意味が、最初は分からなかったけれど、成る程、上手く化けられれば素性が分からない方がより効果的に人の心に残る物なのだな、と思う。
きっと、隆浩は、それを計算ではなく、生まれ持った才能で、知っているんだろう。だから、隆浩は人を惹きつける。だから、隆浩はどこへ行っても人気があるのだと思った。

「隆浩さん。ご機嫌よう」
「あ、沙也香姫。ご機嫌麗しゅう」
会場で沙也香が人混みの隙間をひらひらと泳いで近付いて来た。ちらり、と沙也香は私に視線を寄越す。
「そのドレス、とてもお似合いだわ。肌の白さが引き立って、とても大人っぽいわ」
にっこりと笑顔を寄越す。
「ありがとうございます」
私もにっこりと微笑み返す。
「ね、隆浩さん。私、喉が渇いてしまったわ。ワインを持ってきて頂けないかしら」
「沙也香姫、いけませんよ。あなたはまだ未成年でしょう?」
くすっと笑って隆浩が軽く言う。でも決してそれを非難している訳ではない感じだった。
「あら。フランスではワインなんてお水替わりなのよ。ご存じでしょう?」
「ハイハイ、まったく我が侭なんだから、沙也香姫は」
くすくすと笑いながら、隆浩が人混みをすり抜けて、ワインを取りに行った。ちら、と視線を泳がせた瞬間、沙也香は私の耳元に唇を寄せる様にして囁いた。
「……どうして晃浩さんではないの?」
「隆浩さんが、私をエスコートしたいと仰ったそうです」
「そう……変ね」
それだけの遣り取りを瞬時に交わすと、私達は体をまたすっと離して一定の距離を保つ。当然の事ながら沙也香は美しく視線を集める存在であったし、私もまた、隆浩が初めてエスコートした謎の令嬢、と言うことになっていたから、自然と視線が集まる存在という立ち位置にいた。……これで、コソコソと喋っていたら、無粋な存在になってしまう。
そこへ、丁度隆浩がウェイターの様にワイングラスを三つ、盆に乗せて帰ってきた。
「どうぞ、お嬢様。赤で宜しかったですか?」
「結構よ。どうもありがとう、隆浩さん」
にっこりと沙也香が微笑む。
「全く、僕をのけ者にして何を喋ってたんだろう?」
同じようににっこり微笑みながら、隆浩が私にワイングラスを渡してくれる。
「あら。隆浩さんが如何に素敵か、彼女から伺っていただけでしてよ」
しゃらっと返す沙也香に、クスクス笑いながら隆浩が肩をすくめる。
「隆浩さん、ワインをどうもありがとう。では、ご機嫌よう」
沙也香は肩をすくめた隆浩を意に介さない様に、微笑みを残したまま人混みの中へ消えていく。
「僕、沙也香姫って少し苦手なんだ」
苦笑混じりに隆浩が私の耳元で囁いた。
……確かに。何でもストレートに表現する隆浩だと、含みの多い沙也香は何を考えているのかよくわからない相手、になるんだろうな、と思った。



それから何度も、私は隆浩にエスコートされて色んなパーティへ赴いた。徐々に私は、謎の令嬢として、また隆浩のパートナーとして、認められ始めていた。人の感覚なんて曖昧な物だと思う。一度目の印象が強ければ、二度目に定着し、三度目にはそれが普通になってくる。ほんの10回足らずパーティへ行っただけで、私のイメージは定着したらしかった。私も徐々にコツを覚え、更に化ける腕を磨いた。パーティの後は、いつも、二人でクスクス笑いながら悪戯っ子めいた笑顔を浮かべ合って笑った。
何だか、そう言う感覚は随分久しぶりの様な気がした。隆浩の無邪気な微笑みは、誰かを彷彿とさせる懐かしさは、あの頃の私だった。圭ちゃんやかおりんと、必死に無邪気さを貪った頃の、あの頃の愛おしい私だった。







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