赤いくつ
Written by : 愛良
[28] 北風と太陽V


「そう言えば僕、未来ちゃんの詳しい事って聞いてなかったな」
ある時、館でいつもの様に隆浩が淹れたコーヒーを味わっている時に、隆浩がこんなことを言った。
「未来ちゃんはいつもニコニコ僕の話聞いてくれてるから、僕ばっかり喋ってた様な気がするな。ね、未来ちゃんの事も教えてよ」
「え……」
途端に私は表情を曇らせた。隆浩は恐らく、どんな意図も無く、素直に尋ねただけだろう。私は私のこれまでを決して恥じてはいない。けれど、この、あまりに違う世界の人にどこまで言えばいいのか。
親密になった気がしていた隆浩との距離が、突然広く、深い物であったことを突きつけられた様な気がした。
親密になった気がしていたかおりんとは所詮何の関係もない存在だったと突きつけられた事実の様に。
「あ……ごめん、言いたくない事なら、聞かないよ。僕は、今の未来ちゃんが好きだからね。覚えておいて。昔の事は関係ない。今、ここにいる、未来ちゃんが好きなんだ」
隆浩はまっすぐ、私の目を見てそう言った。いつの間にか、いつもの屈託無い笑顔は消えて、とても真摯な瞳だと思った。私はその瞳に吸い込まれそうになって、慌てて視線を下げる。
「あ、気にしないで。僕、気持ちを隠しておくのって苦手だから、すぐ言っちゃうんだ。返事が欲しいとかじゃないから。ただ、僕の気持ちを知っておいて欲しかっただけ」
またいつもの笑顔に戻って、隆浩はそう言った。私は少しだけ、ホッとした気持ちを覚えた。まだもう少し、その距離を広めたくは無かったのだと思う。

好き、と言う気持ちが何なのか。私には正直よく分からない。かおりんが好きだった。圭ちゃんが好きだった。それはとてもとても大切な私の一部だった。家族だった。初めて出来た、私の家族。例え疑似家族だったとしても。私は、二人からそれを感じていたし、あの頃の私には無くてはならない存在だった。
そういう、好きなら分かる。大事な人。大切な自分の一部。
では隆浩の言う好きって感情は?

それは、恐らく男が女に、女が男に対して抱く自然な感情。中学の頃のクラスメイトが言っていた、彼が好き、彼女が好き、と言う部類の物。私には到底分からなかった物。
私にとって「男」は、私の体を弄ぶ人達でしかなかった。私は「男」達の道具に過ぎなかった。

でも。間違いなく、私は隆浩の側に居ることが心地よかった。悪戯の共犯者の様な感覚。屈託無く笑い合う懐かしい感覚。これは好きって気持ちなんだろうか?よくわからない。

それでも、相手から貰う、好きという感情は、甘ったるい位に気持ちの良い物だった。隆浩は、私を慰み者にする為にそう言ってるんじゃない。それは彼が今まで一切私に手を出して来なかった事からも分かる。中学の頃の体育教師の様に、自分の欲望と感情をぶつけて来るだけでもない。そこには私を気遣い、思い遣ってくれる優しさが感じられた。

けれど、だからこそ余計に、私と彼とでは世界が違うのだ、と言う事実が重かった。素直に相手を信じられる隆浩。恐らく屈折しているんだろう自分。それだけでもこんなに違いがある。何も知らなくても今、目に見えている事だけを信じ、それが全てだと思ってしまえる人は、それだけで純粋過ぎて私には眩しかった。大体、私は隆浩の見後人である晃浩に「買われた」のだ。いずれ、晃浩の望むままに体を開かなきゃいけない。それも契約の一つだったから。
……そんなこと、隆浩が知ったらどう思うだろう、と思うと、私の口からはどんな言葉も紡ぎ出せなかった。



「隆浩から求愛されたんだってね?」
いつもの如く館へ向かう迎えの車。晃浩がバックシートに座って私を待っていた。何か言いたいことがあると、彼は決まって迎えの車の中で用件を済ませた。
「求愛……じゃないですよ。ただ、告白してくださっただけですから」
私はどうにもどういう表情をして言えばいいのか分からなかった。どこか、晃浩に対しても隆浩に対しても後ろめたさが生まれてきていた。
「ふぅん。君は隆浩の事、どう思っているの?」
てっきり、身分違いを諫められるだろうと思っていた私は、その質問の意味をすぐには汲めなかった。
「よく、分かりません……」
私はようやく、その言葉だけを絞り出した。その返事に納得したのか、晃浩はそれ以上聞かなかった。私も、それ以上は何も言えなかった。



「ホームパーティでもしようか。極々友人だけを招いて」
その日、珍しく晃浩が館へやって来た。いつもは迎えの車の中でしか顔を合わせなかった晃浩が、館に来ているのはとても珍しい事だった。晃浩と隆浩が二人並んでいる光景は、本当に人目を惹く、と私はどこかでぼんやりと思う。面立ちは似ているのに、全く質の違う雰囲気を醸し出している。一人でも目立つのに、二人並んだら、きらびやかだわ。
晃浩の提案は、隆浩の気に入った様だった。
「いいね。コーヒーは僕が淹れてもいいかな?晃浩君」
「ああ、どうせ止めたってやるんだろう?いいよ」
「じゃあ、特別に隆浩ブレンドを作ろうかな。早速コーヒー豆の手配をしなくちゃ。あ、何人くらい呼ぶつもりなの?」
「そうだね、ほんの20人程度でいいんじゃないかと思ってるよ。君の友人と僕の知人と、そのパートナーだね」
「未来ちゃんは当然出席?」
「ああ、勿論」
隆浩はその返事を聞いて、満足そうに頷いた。でも、私は見逃さなかった。晃浩の笑顔が、一番最初に見たあの不遜な程傲慢に歪んだのを。







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