赤いくつ |
Written by : 愛良 |
◆ [29] 冷たい澱 ◆ |
「やだっ、いやぁ、お金要らないから!要らないから、帰してぇ」 悲痛なほどの叫び声が、ラウンジに響いていた。 「撮らないでよぉ……やっ!離して!」 「暴れんじゃねぇよ、面倒くせぇなぁ」 懐かしい声が、私の耳にこだまする。 痛いほどの視線が、痛いほどの、白い顔が、私を見ていた。 「あああああ〜〜〜……もっとぉ……もっとぉ……」 やがて、その聞き覚えのある声は甘ったるい声を出していく。 「ああああぁ〜……おちんちん好きっ……おじさんのっ……んぁぁ……おちんちん大好きぃ〜」 静まりかえったラウンジに、その声が大きく響いていた。 痛い程の視線。痛い程の、隣にいる人からの、視線。 私は、画面を食い入るように見つめていた。何故?何故……?そんな言葉しか浮かんで来ない。後はまるで思考停止してしまっているかの様だった。 「今日はね、面白い趣向があるんですよ」 少し前に。和やかだった雰囲気の中、晃浩がこんな風に言ったと思う。隆浩の友達や晃浩の知人、沙也香もそのパーティに顔を出していた。極々内輪の様な雰囲気の中で、隆浩は本当に楽しそうに、そのパーティのホスト役を晃浩と共に行っていた。 「そんなの聞いてないよ、晃浩君。何をするの?」 不思議そうに、素直に疑問を口にした隆浩に、意味深な笑顔を向けて晃浩は 「それはこれからのお楽しみ」 と言って、一本のテープをビデオに差し込んだ。 ラウンジに置かれていた大型モニターには、一瞬砂嵐が現れた後、一人の制服を着た若い女の子が映し出された。手と、足を押さえつけられ、涙でぐちょぐちょになった顔で藻掻いている。たくし上げられた制服の下から、下着が見え、その下着すらたくし上げられて白い乳房が剥き出しになっている。 ラウンジに来ていた人々は、水を打ったように静まりかえった。 やがて、一人、二人、と私の顔を確認するように見つめ始める。 まるで、全てがスローモーションの様だった。表情を無くし、のっぺらぼうの顔達が、こちらを振り向いて行く。 視線って、痛い物なんだ ぼんやりとどこかでそう思う。一番痛い視線。隣から、食い入るように送られる視線。 「未来ちゃん、大好きなおちんちん、もっといっぱい舐めて」 「うんんっ……舐めるのぉ……いっぱい、舐めるぅ……おじさぁん……」 「いいこだなぁ、未来ちゃんは……ぅ……ぁ、はぁはぁ……ほら、もっと動いて」 「んっ、あっ、あっ、ぁぁん……おじさぁん……おじさぁん……」 「ぉぁ……中が……っ……締まってる……」 「未来ちゃん、イク時は言ってねぇ」 圭ちゃんたら。圭ちゃんたら。なぁんてやらしい声出してるの?まるでAV男優みたいじゃないの。ああ、あんな風に腰動かして。やだ、お尻。圭ちゃんのお尻写ってる。AV撮るのってホント大変なんだなぁ。 視線、が、痛かった。 「もう辞めて!」 突然、悲鳴の様な声で私は我に返った。 ざわざわと動き始めるラウンジの空気。のっぺらぼうの視線は、徐々に軽蔑の色を帯びていく。パァン、と言う音が、画面の近くでしたかと思うと、沙也香の怒気を帯びた声が聞こえて来た。 「晃浩さん。私、あなたの多少強引なところも魅力的に感じておりましたけれど、これだけは……これだけは許せません。最低だわ。軽蔑します」 やがて、軽い衝撃と共に、沙也香が私に抱き付いて来たのを感じた。しっかりと。私を抱きしめていた。 「皆さん、今日はもう帰って。お願い、帰ってください」 私に抱き付いたまま、沙也香が泣いていた。泣きながら、悲鳴に近い声でヒステリックに叫んだ。 視 線 が 痛 か っ た。 晃浩が嗤っていた。嗤って見ているのは、私では無かった。では誰を?……その視線は、私の隣に向けられていた。嗤っていた。晃浩は嗤っていた。 ゆっくりと、首を隣に向ける。隣に……立っている筈の、隆浩を探す。 隆浩は、蒼白な顔をしていた。その顔は歪み、嗚咽すら出ない涙をダラダラと流しながら、私をじっと見つめていた。隆浩を探す私の視線と、私を見つめていた隆浩の視線がやがてぶつかる。その瞬間、屈辱にまみれた表情で隆浩は私から視線を外し、そして呻くように呟いた。 「僕を……騙したんだな?」 隆浩の顔から、笑顔が消えた。沙也香は泣いていた。晃浩は嗤っていた。じゃあ私は?私はどんな顔をしていたんだろう? 隆浩は、頭を抱え込んで踞った。その足下へ、晃浩がばさっとレポート用紙の束を放り投げる。 「君が好きだと思った彼女の調査書だよ。読んでご覧」 晃浩の冷たい声が、隆浩に降り注ぐ。 「嫌だ……」 「いいから読んでご覧」 その声にのろのろと隆浩はレポートを拾い、ゆっくりとめくっていく。沙也香は泣いていた。泣いたまま、私に抱き付いていた。 レポート用紙を繰る音がカサカサと耳に響く。やがて、その耳障りな程の紙の音は、隆浩の嗚咽と混じっていく。 「僕は……恥を掻いた……僕は……」 何故泣いているんだろう。沙也香も。隆浩も。 何を言っているんだろう?……隆浩は。 「普通の女の子だと思って……なのに……なんで……深窓の令嬢とか……僕はみんなの嗤い物だ」 何故あなたが泣くの?何故、あなたが嗤われるの? アレは私なのに。 −アレハワタシナノニ− 不思議と、私は何も感じなかった。怒りも。理不尽さも。侮蔑も。恥ずかしいと言う気持ちや後悔の念も。 ただ、全ての感情が冷たく凍り付いて、塊になって沈んでいくような感じだった。ふと見ると、夜を映した窓ガラスに、無機質な顔で、口の端だけ上げている私の顔がぼんやり写っていた。……それはぞっとする程美しく、ぞっとするほど最期に見たかおりんの顔にそっくりだと思った。 |
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